<特集 がんの免疫療法>
【特別寄稿】
個別化医療に向けて本格化するゲノム研究
免疫療法は科学的であり、がん治療の新たな可能性を開く先端医療である

中村祐輔 シカゴ大学医学部内科・外科教授 個別化医療センター・副センター長

中村祐輔 シカゴ大学医学部内科・外科教授 個別化医療センター・副センター長
中村祐輔先生(シカゴ大学医学部内科・外科教授 個別化医療センター・副センター長)に個別化医療に向けて本格化するゲノム研究について解説していただきました。

これからのがん医療にゲノム解析は不可欠。
 オバマ前大統領も訴えた「個別化医療」の重要性

2012年に私は、研究の拠点をアメリカに移した。シカゴ大学の個別化医療センターに籍を置いて主にゲノム免疫療法の研究に携わっている。

アメリカでは個別化治療の研究が盛んで、2015年1月にはオバマ前大領が一般教書演説の中で「プレシジョン・メディシン・イニシアチブ(Precision MedicineInitiative:PMI)」の必要性について訴えたほどだ。従来にあっては平均的な患者さん向けにデザインされていた治療を、遺伝子解析やバイオマーカーなどに基づいて個々人の違いを考慮した医療を提供しなければならないと訴えたのである。これはすなわち「オーダーメード医療」のことであり、これを実施するにはゲノムの研究が不可欠だ。私は20年ほど前からこのことを提唱してきた。

アメリカでは遺伝子情報に基づくがん診療が急速に広がっている。患者さんはまず遺伝子検査を受け、その結果に基づいて治療法を決めているのである。遺伝子検査では数百から千種類以上の遺伝子を一度に調べることができるが、全ゲノムを調べても時間も経費もあまり差がなくなってきた。

昨年(2017年11月)私は、「がん患者大集会」のために来日し、講演でもこのことについて述べた。遺伝子解析技術は革新的かつ急速に進歩している。2001年にヒトゲノムの情報を手に入れた当時は、一人分のゲノムを知るのに約10年と1000億円が必要であった。しかし今は、時間も経費もかけないで全ゲノムを簡単に調べることができる。おそらく今年中には、一人分のゲノムを知るのに約15分くらいで、費用は3万円程度でできるようになるのではないか。

2015年になって、日本でも厚生労働省が「ゲノム医療実現推進協議会」を設置し、ゲノム医療の実現に向けた具体的な方向性を示している。国際基準で検査試料の品質・精度管理を行う必要性や、希少疾患や難病、薬剤の副作用回避のためのファーマコゲノミクス(ゲノム情報に基づいた創薬研究)を対象に研究を促進すべきだとしているが、これが日本で初めて提示されたゲノム医療政策である。アメリカやヨーロッパに比べるとかなり遅れを取っているが、今後に期待したいと思う。

免疫療法は科学的である―「プレシジョン・メディシン」における免疫療法の位置づけ

「がんプレシジョン医療」(オーダーメード医療)は、①がん細胞の特徴を知る(リキッドバイオプシーによるがんの発見+がんの遺伝子変異などを調べる)、②最適な治療薬を見つける、③②に該当しない場合は「免疫療法」を提供する、といった3つの分野で構成されている。図1に示すのが「がんプレシジョン医療」の全体像である。

図1 「がんプレシジョン医療」の全体像(中村祐輔氏の資料を参考に編集部で作図)

遺伝子検査によって、効く抗がん剤と効かない抗がん剤をあらかじめ判別できれば、患者さんは効果のない治療を受けずにすむ。このメリットは大きく、逆に、治療効果の期待できる患者さんが、これまでの制約によって治療を受けられないという問題も回避できる。世界的に注目されている免疫チェックポイント阻害薬ぺムブロリズマブの場合、日本は臓器別に保険適用を進めているようだが、FDA(米食品医薬品局)は2017年6月、子どもから大人まで、遺伝子不安定性が高いがんすべてに対し臓器にかかわらずぺムブロリズマブの適用を承認すると発表した。この点、日本も考慮すべき余地があるのではないか。

アメリカと日本の違いは他にもある。それは「がんプレシジョン医療」の③に掲げた「免疫療法」についてである。日本において免疫療法は「科学的根拠がない」として否定的に捉えられているが、アメリカでは「期待できる治療」として前向きに研究が進められているのだ。たとえばプレシジョン医療で、遺伝子の異常がわかっても、多くの場合、それに対応する薬がまだない。そうした患者さんは従来の化学療法による治療を行特集がんの免疫療法うしかなかったが、アメリカではそこに、免疫療法の可能性に期待をかけているのである。

先に挙げた、免疫チェックポイント阻害薬。同薬はなぜ効くのかというと、体の中にがんを倒すリンパ球が存在するからであり、体内のリンパ球をさらに働くようにすれば、がんの治癒率はもっと上がることになる。これは科学的な常識であり、そのメカニズムは図2に示すとおりである。免疫の特性上、早い段階で免疫療法を実施すればより効果が期待できることから、アメリカでは、がん治療で早い段階から免疫療法を行うという試験を始めている。

図2 遺伝子異常と免疫療法(中村祐輔氏提供の資料を参考に編集部で作図)

ところが、日本ではどうだ、昨年(2017年)のメディアの報道に接し私は「またか!」という思いで失望したものである。自身のブログにも書いたが、NHKの報道には唖然とした。

ある中核病院の医師のコメントだとして「拠点病院は有効性や安全性が確認された標準治療を提供することになっていて、科学的な根拠が確認されていない免疫療法は、臨床研究として行う以外、実施するべきではない」と報じていた。各紙にも同様な内容の記事が掲載されていたが、これは単に免疫療法バッシングでしかない。報道する側も、免疫療法を頭から否定している医療者も、科学的思考力が停止していると言わざるを得ない。

日本では種々の免疫療法が行われている。免疫療法を行っている医療機関は玉石混交であり、自由診療による治療費の高さも相俟って、確かに「怪しい」医療機関も少なくない。しかし報道する側は、このことを明確にして報ずるべきであり、「免疫療法イコール悪」という誤解を患者さんに与えてはならない。

また中核病院も、国を代表する機関として免疫療法をどのように評価し、開発していくつもりなのか、しっかり意見を述べてもらいたい。世界は、免疫療法を中心に大きく動いているのだ。

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