<特集 がんの免疫療法>
特別寄稿 がん光免疫療法
オバマ米前大統領が年頭教書演説で紹介した「がん光免疫療法」
―手術や抗がん剤、放射線ではない画期的治療に世界が注目

永山悦子 毎日新聞編集編成局編集委員

永山悦子 毎日新聞編集編成局編集委員
「がん光免疫療法( PIT:Photo ImmunoTherapy)」は、従来のがん治療法と大きく異なるコンセプトを持つ。これまで知られている免疫療法とも違う。米国立衛生研究所(NIH)の小林久隆主任研究員が開発したPITを、私は2007年から取材してきた。その取材を基に、がん患者の皆さんの注目が集まり始めている光を使った新たながん治療法のメカニズムを紹介したい。

薬と光を使うことで「物理化学的」にがん細胞の細胞膜に穴を開け、細胞死へ導く

現在、患者の皆さんのPITへの期待が高まっている背景には、▽米国で2015年に始まった治験(再発頭頸部がん対象)で従来の治療法を超える可能性がある効果が確認されていること、▽幅広いがん種が治療対象となる可能性があること、▽副作用が非常に少ないと期待されていること、▽国内で治験が計画されていること――などがある。

開発者の小林さんは、これまでの代表的ながん治療について「毒をもって毒を制す治療」と表現する。手術でがんを切除すれば周囲の組織も傷つく。全身に投与される抗がん剤はさまざまな副作用を避けられない。放射線も「ピンポイント」を狙うが、現在の技術では周囲への影響を皆無にすることはできていない。放射線科医として治療による副作用に悩む患者さんを見てきた小林さんは、できる限りがん細胞だけを攻撃する治療法の開発を目指したという。

PITの効果をマウスを使って確認したという論文は、2011年に米科学誌『ネイチャー・メディシン』に掲載された。これまで薬剤でがん細胞を攻撃する場合、細胞内の機能にダメージを与えるなど「生物学的」な仕組みを利用して殺していた。しかし、薬が細胞に働きかけても細胞死が起きなかったり、細胞側が薬から逃れる術(耐性)を身につけたり、がん以外の正常細胞への影響が大きかったりして、すべてのがん細胞を殺すことは難しかった。

一方、PITは薬と光を使うことによって「物理化学的」にがん細胞の細胞膜に穴を開け、細胞死へ導く。従来のがん治療ではなかったコンセプトといえる。この画期的な成果は、オバマ米前大統領が2012年1月の一般教書演説で紹介した。

1回だけ治療する治験で、8人のうち7人のがんが縮小し、うち3人はがんが消失した

PITは、どのようにがん細胞を攻撃するのか。小林さんは、がん細胞表面に数万から数百万と大量に発現している特定の「抗原」と結びつく性質を持つ「抗体」を使うことにした。「抗体ほどピンポイントでがん細胞へ届く物質はないから」(小林さん)という。PITでは、抗体に「IR700」という小さな色素を取り付け、患者さんに投与する。IR700付き抗体が、ターゲットのがん細胞表面の抗原と結びつく頃合い(約1日後)を見計らって、がんの部位に近赤外光を当てる。IR700は特定の波長の近赤外光が当たると瞬時に水に溶けなくなり、抗体と抗原を巻き込んで丸まる。この抗体などの急激な変形によってがん細胞の細胞膜に傷がつき、膜に穴が開いて外から水が流れ込んで細胞が破裂する。

研究の進め方について議論する小林久隆・NIH 主任研究員(右)= NIH の小林さんの研究室で2017 年8月=著者撮影

そもそも近赤外光は、テレビのリモコンなどに使われている人体には無害な光だ。IR700については、がんに結びつかなかったものは1~2週間で、がんにくっついたものも1日程度で体外へ排出される。治験では、IR700そのものの毒性は確認されなかった。また正常細胞にがんと同じ抗原が出ていても、▽近赤外光が当たらなければ細胞は傷つかない、▽正常細胞にがん細胞ほど多くの抗原が出ていることはなく一定数以上の傷がつかなければ細胞膜に穴は開かない――ということから、正常細胞にはほぼ影響はないと考えられるという。

米国での治験は、他の治療法では治癒しなかった再発頭頸部がんの患者さんを対象に実施。「EGFR」(上皮成長因子受容体)に結びつく抗体にIR700を付けた薬剤を投与した。これまでに公表された結果によると、1回だけ治療する治験では、8人のうち7人のがんが縮小し、そのうち3人はがんが消えた。1人はがんが小さくならなかったものの悪化はしなかった。がんの状況に応じて最大4回の治療を受けた7人は、全員のがんが縮小し、4人のがんが消えた。これら15人全員について、目立った副作用はなかったという。

この治療法は、近赤外光を患部に当てることが治療実施の条件になるが、細い光ファイバーを患部に刺すなどの方法で、深い部分に光を「届ける」ことは可能だ。また、小林さんによると今後、抗体の種類を増やしていけば、最終的に8~9割のがんを対象に治療できる可能性が出てくるという。従来のがん治療は、がんができた臓器やステージが治療法の選択や予後を左右していたが、PITの効果は▽細胞表面に発現する抗原の種類や量、▽抗原に結びつく抗体の有無、▽がんの深さ(光の当てやすさ)――によることになる。

正常細胞に影響を及ぼすことなく、転移がんの治療に使える可能性を示す成果

「抗体を使うがん治療」というと、従来の分子標的薬を思い出す人も多いだろう。分子標的薬にも、抗体をがん細胞表面の抗原に結びつけることによって治療するタイプのものがある。しかし、抗原の働きを完全に抑えなければがんを弱らせることができないため、大量の薬を長期にわたって投与する必要がある。抗原の形が変わるなど耐性が生まれることも多い。

一方、PITは、がん細胞の細胞膜に約1万個の傷がつけば膜に穴を開けられることがわかっている。分子標的薬より結びつく抗体が大幅に少なくても効果を見込める。がん細胞が破壊されれば治療は終わるため、投与回数も少なくなると期待される。傷の数が少なければ穴が開かないから、正常細胞に影響が出にくいというメリットもある。

名前に「免疫」という言葉が入った理由は、細胞膜が破れるというPITによるがん細胞の死に方が、患者さんの体内の免疫の働きを活発にし、がんへの攻撃を高めるためだ。細胞膜が破れて水が入り込んで破裂すると、細胞内の物質が周囲へまき散らされる。がん細胞だけをピンポイントで破壊するPITでは、放射線治療などと違ってがん近くの免疫細胞は「元気」なまま存在している。このため、近くにいる樹状細胞が細胞からまき散らされた物質を認識して目覚め、そのシグナルをもとに樹状細胞から教育を受けたT細胞が増殖し、がんへの攻撃を開始すると考えられる。

図 光免疫療法のイメージ

小林さんによると、マウスに移植したがんの大きさに比べて少ない量の光しか当てなくても、がん全体が消えたケースがあったという。PITによる直接的な攻撃以上の効果がマウスの体内で起きていたことになる。そこで、「免疫」という言葉を名前に加えることになった。

さらに、2016年に米科学誌『サイエンス・トランスレーショナルメディシン』に発表された論文は驚くべき内容だった。がんが体内で増殖する仕組みに関わる免疫細胞に「制御性T細胞」がある。制御性T細胞は、がんの周りに集まって「門番」として免疫細胞からのがんへの攻撃を抑える。だから、がん細胞は免疫細胞の攻撃を逃れて増殖を続けられる。制御性T細胞は大阪大学の坂口志文栄誉教授が発見したものだ。

小林さんは、この制御性T細胞をPITで攻撃する実験をした。制御性T細胞の表面にある抗原「CD25」とくっつく性質の抗体とIR700を結びつけ、がんを発症させたマウスに投与し、がんのある場所に近赤外光を当てた。すると約1日でがんが消えた。がんの抗原と直接結びつく抗体ではなかったにもかかわらず、がんが消えた仕組みを調べると、PITで制御性T細胞を破壊すると、制御性T細胞が押さえていたT細胞やNK細胞が目覚め、がん細胞への攻撃を始めていた。がんの「守り」が手薄になることによって、免疫のがんに対する攻撃力が回復していたのだ。

続いて1匹のマウスに同じ種類のがんを4カ所に発症させ、CD25抗原とくっつく抗体をIR700と結びつけて投与した後、1カ所のがんだけに近赤外光を当てた。その結果、マウスのすべてのがんが消えた。光を当てた場所で目覚めた攻撃力のあるT細胞が血液に乗って全身を巡り、他の場所のがんまで壊したと考えられる。一方、異なる種類のがんを同じマウスに移植して同様の治療をしたところ、光を当てたのと同じ種類のがんしか消えなかった。目覚めたT細胞が攻撃するのは光を当てたがんのみに限られ、正常細胞に影響を及ぼすことはないとみられる。転移がんの治療に使える可能性を示す成果だ。

承認に向けた治験が、日米両国で進められる予定

今後の治験は、日米両国で進められる予定だ。米国では再発頭頸部がんの患者さん対象の治験が第2相まで終了し、これから承認に向けた第3相が始まる。小林さんが所属するNIHでも、口の中にできるがん手前の病変「白板症」への治験、ナノサイズの抗がん剤投与と組み合わせた治験、制御性T細胞を攻撃する治験などを計画している。

日本での初の治験は、国立がん研究センター東病院(千葉県柏市)で今年3月、再発頭頸部がん患者さんを対象に実施されることになった。治験計画は、米国でこの治療法の実用化を目指す米製薬ベンチャー「アスピリアン・セラピューティクス社」が厚生労働相に届け出し、同病院に実施を依頼した。

米国で実施した第1相で、すでに再発頭頸部がん患者の皆さんにする安全性は確認されたが、国内での承認を得るには、安全性について人種による差が出ないかを確認する必要があるという。このため、倫理審査委員会の審査を経て、少人数の再発頭頸部がんの患者さんを対象に治療を施し、日本人に対しての安全性確認を進める予定だ。また、今後は、EGFR(上皮成長因子受容体)ががん細胞表面にある消化器系のがんなど、内視鏡で光を当てられるがんでの治験も検討しているという。

最近の新たながん治療は治療費の高騰が問題になっているが、PITは▽投与する抗体量が分子標的薬より少なくても効果が見込める、▽投与回数が数回程度で済むと考えられる、▽近赤外光を当てるレーザー装置は放射線治療装置などと比べて大幅に安い――などから、医療経済的なメリットは大きいとみられている。また、細胞膜を傷つけて破壊する治療法では細胞がそのまま死んでしまうため、新たな攻撃に対応する「耐性」もほぼ生まれないと考えられるという。実用化されればがん患者の皆さんにとって有望な新たな治療の選択肢となると期待される。

私が最初に小林さんを取材したのは、狙ったがん細胞を光らせる研究だった。狙ったがん細胞にピンポイントで変化を起こさせるという研究が、PITの開発につながった。基礎的な動物実験の論文発表(2011年)からわずか4年で治験が始まり、早ければ10年かからず最初の薬剤が実用化されるというスピード開発の裏には、インターネットショッピングで知られる楽天の三木谷浩史会長の支援があった。それらの経緯については、拙著『がん光免疫療法の登場 手術や抗がん剤、放射線ではない画期的治療』(青灯社=本誌87頁「新刊・既刊患者図書館の本棚」において紹介)をご覧いただければと思う。

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