第29回 がんの放射線治療の副作用とその対策
~主な適応と照射範囲の設定法 その③ 甲状腺がん~
放射線が持ち合わせる電離作用を駆使して悪性腫瘍を制御する放射線治療は、同時に正常細胞にもダメージを与え、さまざまな有害反応(副作用)を引き起こすことがあります。それでも、現在の放射線治療では、がん病巣への的確な照射が可能になり、放射線障害が確実に減少しています。したがって、放射線治療を始める前から、必要以上にその副作用を心配する必要はありません。
しかしながら、放射線治療についての正しい知識を持ち合わせ、治療後に発症する重い副作用を認識しておかなければ、大事な症状を見逃してしまいがちです。定期的な診察で早期発見に努めるとともに、いざというときの対処法を心得ておくことが、放射線治療を受けるうえでの得策だと言えます。
そのような趣旨で連載している29回目は、「主な適応と照射範囲の設定法」として、転移のある甲状腺がんに対する放射線療法を取り上げ、最新の知見を交えて概説します。ぜひ、副作用対策にも役立てていただきたいと思います。
転移のある甲状腺がんに対する放射線療法
甲状腺は頸部の正面下方に、喉頭に続く気管を取り巻くように位置する10~20g程度の小さな臓器です。そこから全身の新陳代謝や成長の促進に関わるホルモン(甲状腺ホルモン)が分泌されています。
この臓器に発生する甲状腺がんは、組織の特徴(組織型)によって、乳頭がん・濾胞がん・髄様がん・未分化がんに大別されます。そこに甲状腺から発生するリンパ系のがんとして悪性リンパ腫を加える場合もあります。
そのようにいくつかに分類できる甲状腺がんのなかで、分化型(乳頭がん・濾胞がん)は、元々、甲状腺刺激ホルモンを低値に抑えることで進行を抑制させることが可能で、一般に予後が良好です。さらに、腫瘍細胞に放射性ヨウ素(Ⅰ–131)を取り込ませて寛解状態に持ち込むことも可能です。そのため、転移していても、比較的、予後が長いとされています。
また、骨転移の治療に関しては、これまで用いられている30Gy/10分割に代表される緩和的放射線治療の線量では、治療後の経過観察中に再発をきたすことが少なくありませんでした。そこで、私たちは、とくに脊椎転移に対し、椎弓切除時に術中照射を加え、局所制御率を向上させたり、強度変調放射線治療の技術を用いたりして、脊髄を巧妙に避けながら脊椎転移部分に1回高線量の照射を行う定位放射線治療を逸早く取り入れました。その結果、局所制御の向上が得られています。その一方で、脊髄への線量は線量制約を満たしつつ治療が行われているので、重篤な有害事象はほとんど認められていません。
転移のある甲状腺がんに対する放射性ヨウ素内用療法
甲状腺に発生するがん細胞の発育は、甲状腺刺激ホルモン(TSH)に依存しています。それは、甲状腺刺激ホルモンを抑制すればがんの成長を抑えられるということです。加えて、分化型の甲状腺がんのなかには甲状腺細胞と一緒に甲状腺ホルモンを産生しようとしてヨウ素を能動的に取り込む性質を持っていて、そのヨウ素に放射性同位元素を用いることで、内部からの放射線治療が行えるのです。それを「内用療法」と称しています。ちなみに、内用療法は、体内に投与(静注・経口)した放射性同位元素(アイソトープ)やそれを組み込んだ薬剤を用いた放射線治療で、核医学治療や内照射療法、RI内用療法、RI治療とも呼ばれています。
また、他のがん種と比べて予後が良い甲状腺がんですが、転移で発見されたり、新たに転移が出現したりした場合、放射線の外部照射も行われています。その「転移のある甲状腺がんに対する放射線療法」について概説してみます。
まず「転移のある甲状腺がんに対する放射性ヨウ素内用療法」ですが、先述のように、分化型の甲状腺がんにはヨウ素を積極的に取り込む性質を持ったものが存在します。そのヨウ素に放射性同位元素である放射性ヨウ素を投与すると、腫瘍細胞がその放射性ヨウ素をアクティブに取り込み、効率性に長けた放射線治療が行えます。この治療は、数十年前から行われていて、欧米では転移に対する治療だけでなく、広く再発の高リスク症例の術後補助療法として用いられています。
甲状腺がんは、ホルモン依存性があるので、甲状腺刺激ホルモンによって刺激を受けます。そこで、外因性のサイロキシンを投与して甲状腺刺激ホルモンを抑制することで進行を遅らせることが可能なのです。
私が放射線科部長を務めている医療機関では約20年前より本格的に、この放射性ヨウ素内用療法の成績は、放射性ヨウ素の集積が認められた場合、肺転移のみでは10年生存率が約80%に達し、骨転移があっても5年生存率が50%に達するというデータが出ています。
骨転移に対する外部放射線治療
骨転移に対する原因療法(症状や疾患の原因を取り除く治療法)の一つとして外部放射線治療は大きな役割を果たしています。一般に、この治療法は緩和的放射線治療としての役割が大きいのですが、甲状腺がんの骨転移の予後は他のがん種よりも際立って良好です。ただし、同じ予後が良好な前立腺がんや乳がんの転移よりも放射線感受性が高くないので、長い間放射線治療を制御しておくのに工夫を凝らす必要があります。
甲状腺がんの骨転移は、予後が5年は期待されます。ですから、症状緩和だけでなく、局所制御が必要であると考えられています。そこで、私たちは次のような治療法(①転移性背椎腫瘍の術中照射、②転移性背椎腫瘍の定位放射線治療)を採用し、局所制御の向上とQOL(生活の質)の改善を目指しています。
①転移性背椎腫瘍の術中照射
骨転移のなかで脊椎転移は、疼痛・病的骨折の他に脊髄圧迫症の症状をきたします。甲状腺がんの場合には予後が良好であるため、脊髄の麻痺が完成してしまってからも生命予後が長いことが予想されます。したがって、麻痺が完成する前であれば、減圧術を行うことが望ましいのです。ただし、術後照射は一般に30Gy/10分割程度の照射であり、長期に脊椎転移を局所制御するには線量が不足してしまいます。そこで、私たちは減圧術の際に手術中に術中照射を追加することで局所への抗腫瘍効果を高める治療を行っています。
具体的には、伏臥位で羅患椎体(患部)に相当する部位に皮切を置き、術野を展開してから椎体(背椎)の椎弓切除を行います。椎体にある転移病変を可能な限り取り除いたうえで、脊髄を鉛で遮蔽してその上から電子線を照射するのです。すると、脊髄の奥にある椎体には、鉛プレートの周囲から回り込んできた電子線が照射されて最大線量の40%程度が照射されます(資料①参照)。
資料①
その際、鉛プレートを置かないで照射をすると、脊髄にも同じ高線量が照射されてしまいます。そこを鉛でブロックすることで脊髄への線量を有意に低下させることができ、かつ脊椎部分で側方より回り込む電子線の線量が期待できたり、椎体の形によく似た線量分布を形成できたりするのです。
通常、私たちは最大線量20Gyを投与しているので、椎体の遮蔽を受けている部分にも約8Gyの照射を行っています。その後、金属で固定術を行って閉創し、通常抜糸が終わり、治療後2週間後より術後照射として30Gy/10分割、もしくは35Gy/14分割の術後照射を施行するのです。
その治療成績を示す局所再発率は8%程度で、長期の局所制御が得られています。また、歩行不能であった症例をより多く歩行可能にさせてもいます。ただ、単に除圧術と術後照射だけであれば抗腫瘍効果が劣ります。ですから、手術時に1回の大線量を照射しておくことが、とくに予後の長い甲状腺がんには意義のあることと考えられます。
この治療の有害事象としては放射線脊髄症が挙げられますが、長期経過観察によってもその頻度は5%以下とされています。
②転移性背椎腫瘍の定位放射線治療
甲状腺がんの予後は全身的な内分泌療法の効果(甲状腺刺激ホルモン抑制療法)によって、骨転移に対しても5年程度は見ておかなければいけません。その際、通常の緩和的放射線治療では線量が足りず、半年から1年で再発してしまう場合が少なくありません。その点、定位放射線治療は、緩和的放射線治療と同じような線量で、その分割回数を減らして1回線量を増加させます。最近、その有効性が知られてきましたが、従来の方法では、周囲の正常臓器に1回大線量が照射されると、正常臓器の有害事象が発生することが懸念されていました。それでも、近年の放射線治療の技術の進歩によって、腫瘍の部分のみに照射ができ、周囲の正常臓器への照射を回避できるようになってきました。
脊椎転移の場合、脊髄が最も近接する箇所となります。通常、脊柱管の内部を脊髄が通っているため、脊髄もしくは脊柱管をくりぬいて照射ができることが必要でした。そして、そのための技術であるIMRT(強度変調放射線治療)を定位放射線治療に組み合わせることで、それが可能になったのです。典型的な線量分布を「資料②」に示しておきます。
資料②
この技術により、大線量を1回で照射することが可能になりました。その〝1回大線量照射〟のメリットは、腫瘍内部および周囲の微小血管に対し、通常の分割照射による線量よりも多くのダメージを与え、抗腫瘍効果を高められることです。
脊椎転移の定位放射線治療は、欧米では数多くの症例があります。その治療成績も発表されていますが、その特徴は優れた局所制御率です。とりわけ、長期の予後が期待される症例には好ましい効果が得られています。
この技術はわずかな治療位置のズレも投与線量のズレも許容しません。ですから、多くの症例を経験している専門医がいて、高精度放射線治療装置が装備されている医療機関で行われることが望ましいとされています。
脊椎転移のSBRT(体幹部定位放射線治療)はIMRTの技術とIGRT(画像誘導放射線治療)の技術を要する最も高度な放射線治療技術です。私たちのその治療法の成績は、1年で約8割の局所制御率で、多くの専門家の報告と同程度です。
有害事象に関しては、私たちは100症例近くの治療を行っていますが、脊髄症は既往に70Gyの照射を受けている1例のみです。また、食道・大血管・腸管などへの有害事象は認められていません。
脊椎転移以外の骨転移の定位放射線治療
私たちは、脊椎転移への定位放射線治療の治療効果が良好であるので、その適応を脊椎転移以外への骨転移にも応用しています。その適応はoligometastasis(限られた臓器への単発あるいは少数個までの転移)の場合と再照射の場合です。
今回は、「転移のある甲状腺がんに対する放射線治療」を取り上げました。甲状腺がんは内分泌療法の効果が期待できる、比較的予後の良好ながんです。加えて、放射性ヨウ素を取り込む性質を持ち合わせているので、さらに良好な予後が期待できます。
骨転移、とりわけ脊椎転移に関しては、緩和的な線量の繰り返しによっても局所再発が起こります。それによって脊髄麻痺が引き起こされ、QOLの低下などが懸念されます。そのため、私たちは術中照射法や定位放射線治療などの長期予後を期待した治療方針を立てるようにしています。その一方で、甲状腺刺激ホルモン抑制療法や放射性ヨウ素内用療法にしても制御される症例が数多くなっています。
唐澤 克之(からさわ・かつゆき)
1959年東京生まれ。東京大学医学部卒業後。1986年スイス国立核物理研究所客員研究員。1989年東京大学医学部放射線医学教室助手。1993年社会保険中央総合病院放射線科医長。1994年東京都立駒込病院放射線科医長となり、2005年より現職。専門は放射線腫瘍学。特に呼吸器がん、消化器がん、泌尿器がん。日本放射線腫瘍学会理事、日本頭頸部腫瘍学会評議員、日本ハイパーサーミア学会評議員。近著に『がんの放射線治療がよくわかる本』(主婦と生活社)などがある。