山田邦子のがんとのやさしい付き合い方(第17回)
そこが知りたい がん治療の効果を高める
「免疫栄養ケトン食(療法)」
古川先生は、医療法人杉原クリニックの理事長・院長ということですね。
古川
令和2年4月に杉原先生の医療法人を継承したんです。
山田
なるほど。そういう理由でクリニックの名前と異なるのですね。ところで先生はもともと消化器外科なんですね。
古川
消化器がんの手術と抗がん剤治療を行っていました。ところががん細胞を手術で切除しても再発して亡くなっていく患者さんやステージ4で他に手段を探している患者さんを数多く見てきたので、何か効果的なことができないかと常に考えていたんです。
山田
それがケトン食につながったのですか?
古川
最初は食事には興味がなかったのですが、公益財団法人東京都保健医療公社荏原病院に勤務しているときに、前外科部長が食事療法で有名な済わたようたかほ陽高穂先生でした。
その影響で食事療法を意識するようになったのです。その後、公益財団法人東京都保健医療公社多摩南部地域病院に勤務したとき、NST(栄養サポートチーム)を率いることになり食事療法を本格的に研究し始めたのです。
山田
食事療法といってもたくさんありますよね。
古川医師との対談は2021 年10 月4 日(月)、オンライン方式によって行われた
古川
乳酸菌などの腸内免疫力やがんの漢方療法、ゲルソン療法やマクガバンレポート、ナチュラル・ハイジーン、高濃度ビタミンC点滴などを取り入れてきましたが、実は納得のいく結果が出なかったのです。そのころ、日本抗加齢医学界のセミナーで、当時、順天堂大学教授の白澤卓二先生が糖質制限をさらに強化したケトン食を紹介されました。がん細胞が糖質をエネルギーにしていることは知っていましたが、ケトン食の話が興味深く、日本ファンクショナル協会で、「ケト検」というセミナーを知り参加したのです。
山田
へええ。「ケト検」ですか!
ケトン食のアドバイザーということですか?
古川
そうですね。私はドクターでは第一号で資格を得たんですよ。
がん細胞はケトン体をエネルギーにできない
そもそもケトン体とは、どういうものなのですか?
古川
ブドウ糖が枯渇したとき、ブドウ糖に代わってエネルギー源として使われる代謝物質です。皮下脂肪や内臓脂肪が分解されて産生されますが、それには2つの方法があります。
ひとつは断食したり、マラソンをした後、身体の皮下脂肪を燃やして肝臓でケトンをつくります。もうひとつが糖質を抑えると、中鎖脂肪酸(MCT)を分解して産生されます。
山田
ケトン体が、がんを抑制するメカニズムを教えてください。
古川
主食である炭水化物(糖質)をカットし、緊急用のエネルギーであるケトン体を産生させると、がん細胞はケトン体をエネルギーに変える酵素が欠けているために、兵糧攻めで死滅するというわけです(図1参照)。
図1 ケトン体の抗がん作用
がん治療では患者さんは断食せず、MCTだけを精製したMCTオイルを摂ってケトン体をつくるようにしています。がんの餌になる「ブドウ糖」から「ケトン体」に切り替えることで、体力を保ったまま、がん細胞だけを弱体化させることができますから、標準治療の支持療法として役立ちます。すでに十数人のステージⅣのがん患者さんに実践したところ、がんへの効果を示す病勢コントロール率(*)が約80%でした。
山田
ケトン食は糖質と関係するのですね。
古川
そうです。元々は小児てんかんの治療食の一つとして、難治性てんかんの患者さんに対してケトン食の指導が行われており、すでに有効性と安全性が確認されています。このような歴史と理論をがん治療に応用できないかと考え実践・研究し、結果を出しているのが「がん免疫栄養ケトン食」なのです。
山田
それでは先生がこの食事法を発案したんですね! 素晴らしいです。
東京都生まれ、タレント。「がん検診率向上のため、日々頑張っています」
古川
免疫栄養ケトン食療法は、糖質を制限しながら、タンパク質、オメガ3脂肪酸の一種であるE P A ( エイコサペンタエン酸)、中鎖脂肪酸、ビタミンDを強化します。EPAは、がんの進行と炎症を抑える効果があり、イワシ、サケ、サバ、亜麻仁油などに多く含まれます。中鎖脂肪酸(MCTオイル)はケトン体の産生を促します。ビタミンDは、がん細胞の増殖抑制作用があります。がん細胞の周りにはがんを守っている制御性T細胞、その外にがんの硬さをつくっている繊維芽細胞が取り囲んでいます。その繊維芽細胞ががんを守らないようにする役割をするのがビタミンDです。がんの表面を取り囲んでいる繊維芽細胞に隙間ができ、免疫細胞が入りやすくなるのです。
がん患者さんの9割方はビタミンDが欠乏しています。栄養失調状態でもありますので、それを治さないかぎりは抗がん剤治療を行ったところで治療効果が期待できないんです。しかし、免疫細胞が入りやすくなっても制御性T細胞と戦わなければなりません。最近の研究で、腸内免疫力を強化すると制御性T細胞が減ることがわかってきました。この制御性T細胞を減らすため、患者さんにキノコの代わりに、以前本誌の対談(VOL.29)で取り上げられていたシイタケ菌糸体なども選択肢に入れています。
「一般の人でも取り組めるのが、セミケトジェニック免疫栄養療法で、がんの予防が目的です。糖質は1日90g 以下でMCT オイルを40g 摂取します」
*病勢コントロール率:CR(完全奏効)とPR(部分奏効)の合計である奏効率にSD(安定)を加えた割合。通常、SDは奏効には該当しないが腫瘍を増大させていないという点で、効果を発揮しているという考えから評価項目として用いられる。
がん治療には「スーパーケトジェニック免疫栄養療法」
山田
具体的にどのような食事の仕方をしたらよいのでしょうか?
古川
3つのレベルを提唱しています。一般の人でも取り組めるのが、「セミケトジェニック免疫栄養療法」で、がんの予防が目的です。糖質は1日90g以下(一食30g以下)でMCTオイルを40g摂取します。主食は朝は低糖質パン、昼はご飯を一膳、夕食はご飯半膳可能です。この方法ですと、1日一食は炭水化物を食べられますし、それほど負担にはなりませんから、食生活に取り入れることができます。
次のレベルが「ケトジェニック免疫栄養療法」でがんの再発予防が目的です。この場合の糖質は1日60g以下(一食20g以下)で、MCTオイル60g摂取。このレベルになると、ご飯は、1日半膳までで、低糖質パンとサラダまたは糖質麺が必須となります。タンパク質と脂質をメインにした食事に切り替えます。
そしてがん治療を目的とするのが「スーパーケトジェニック免疫栄養療法」です。糖質は1日30g以下(一食10g以下)でMCTオイルを80g摂取し、低糖質の食品とサラダを主食にします。カリフラワーライスやブロッコリーライスを主食にしていくとよいでしょう。(表参照)(図2参照)
レベル | 糖質(一食) | MCT オイル | 目的 |
セミケトジェニック 免疫栄養療法 |
1 日90g 以下 (30g 以下) |
1 日40g 摂取 | がんの予防 |
ケトジェニック 免疫栄養療法 |
1 日60g 以下 (20g 以下) |
1 日60g 摂取 | がんの再発予防 |
スーパーケトジェニック 免疫栄養療法 |
1 日30g 以下 (10g 以下) |
1 日80g 摂取 | がん治療 |
表 免疫栄養ケトン食療法のレベル
図2 スーパーケトジェニック免疫栄養療法の1日の割合
山田
積極的に摂取するものはありますか?
古川
MCT(中鎖脂肪酸)オイル、亜麻仁油、魚(特に青魚)、肉、卵、野菜、きのこ類、海藻類などですね。初心者にとっては、主食の置き換えのために低糖質パン、低糖質麺、ヘルシーごはん米を常備するとよいでしょう。
たとえば日清医療食品が提供する「食卓便 低糖質セレクトシリーズ」を利用したり、中鎖脂肪酸の補充にはMCTマヨネーズ、ココナッツミルク、ヨーグルト、MCTオイルドリンク、栄養補助食品のMCTチャージPRO(日清オイリオ)やリピメイン(ヘルシーフード)などを用いることができます。
山田
これから「MCT」と明記されているものを購入するようにします。
一部、効果が期待できないがん種もある
山田
免疫療法ケトン食療法はどんながんの患者さんでも採用できるのですか?
「ケトン食は糖質と関係するのですね。具体的にはどのような食事の仕方をしたらよいのでしょうか?」
古川
残念ながら肝臓にがんの原発巣(最初に発生したがん)を抱える患者さんは無理です。
山田
へえ。どうしてですか?
古川
肝臓がケトン体を合成し、全身に送り出す役割を担っているためです。ほかには前立腺がん、肺がんの一部、子宮頸がんも効果がありません。それからⅠ型糖尿病の人も適用できません。ほかに昨今では組織の形によってはケトン体を栄養にするがんがあることもわかったので、3カ月から半年やってみて、効果のない人はやめてもらっています。一方、一番効果があるのは膵がんです。
山田
一般的に膵がんの治療は難しいといわれていますよね。
古川
すでにこの療法を採り入れて何人も治っています。ケトン食を用いれば膵がんはあまり難しいがんではなくなってきています。
これもすべて第17回目本消化器外科学会大会で発表しています。
YouTube で「免疫栄養ケトン食」が学べるようになった
こんなに素晴らしい結果が出ているのですから、ステージ4の人にとっては朗報ですね。ぜひとも多くの人に広めたいですね。
古川
より多くの人に知っていただくために今月からセカンドオピニオン外来で説明してきた内容をYoutubeのWeb上で、学べるようにしています。ケトン食について一通りマスターするには10時間くらいかかりますが、YouTubeを視ていただいてから受診していただこうと思います。「免疫栄養ケトン食チャンネル(古川健司公式)」で視聴できますよ。
古川院長のYouTube「免疫栄養ケトン食チャンネル」
山田
ええっ!
YouTubeで?
今風ですね。スマホでも見られますからね。
古川
スマホでは栄養管理アプリ「カロミル」を運営するライフログテクノロジーに依頼して、昨年、「カロミルアドバイス免疫栄養ケトン食バージョン」を開発しました。
このアプリにより当院を受診しなくても、オンラインで、ケトン値の確認や栄養指導ができるようになりました。また、血糖値もアボット社のフリースタイルリブレを使用して、24時間モニタリングが可能になりました。データがクリニックのパソコンで確認できるわけです。
山田
すごい! それは便利ですね!
古川
定期的なオンライン診療で患者さんの食事内容を確認しながら、ケトン体値と、がんの兵糧攻めの状況も把握でき、短時間に効率よく、指導ができますからね。
山田
おいくらで契約できるんですか?
古川
年間契約で3万9600円(税込)です。
山田
それはありがたいですね。
先生のご研究は国際的にも評価されているんですよね。
古川
米国臨床腫瘍学会(ASCO)でもすでに学会発表をしています。
山田
本当に素晴らしいですね!
ところで先生のお好きな食べ物は?
古川
焼きそばです(笑)。
山田
私も焼きそばが大好きです。さんざん糖質カットの貴重なお話を聞いてから「焼きそば」とは(笑)。先生に人間味を感じました。本日は有意義なお話をありがとうございます。
対談はオンライン方式によって行われた
古川医師の論文
大腸癌(ASCO2018年総会(シカゴ):Web発表)
Clinical effects of one year of chemotherapy with a modified medium-chain triglyceride ketogenic diet one the recurrence of stage IV colon cancer . J Clin Oncol 36,2018(suppl;abstr e1709) 古川健司ら(多摩南部地域病院外科)
大腸癌(ASCO2019年総会(シカゴ):Web発表)
Furukawa K, Shigematsu K, Katsuragawa H, etal . :Investigating the effect of chemotherapy combined with ketogenic diet on stageIV coloncancer. JCO , 37 (15) suppl .doi:10.1200/JCO.2019.37.15_
supple.e15182,2019
山田 邦子●やまだ・くにこ●
1960年東京都生まれ。タレント。2007年、乳がんが見つかり、手術を受ける。
2008年、〝がん撲滅〞を目指す芸能人チャリティ組織「スター混声合唱団」を結成し、団長に就任する。2008〜2010年、厚生労働省「がんに関する普及啓発懇談会」の一員となる。栄養士の資格を持っている。