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	<title>体験記 &#8211; がんの先進医療｜蕗書房</title>
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	<description>「がんの先進医療」では、がん治療の選択肢を広げる科学的な根拠に基づく「情報」を提供していきます。</description>
	<lastBuildDate>Wed, 08 Jan 2025 15:14:32 +0000</lastBuildDate>
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		<title>抗がん漢方薬に救いを求める</title>
		<link>https://gan-senshiniryo.jp/experience/post_6978</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[admin]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 20 May 2024 02:46:23 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[体験記]]></category>
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					<description><![CDATA[■特集 ■ がん治療とＱＯＬ（生活の質） 「余命」を宣告された患者たちが延命のためにしたこと 抗がん漢方薬に救いを求める 鈴木美登里　（子宮がん・卵巣がんを克服） 上伊澤 洋 （胃がん・甲状腺がんを克服） 柴田　修（肝硬 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="entry">
<div id="book_title">
<h1>■特集 ■<br />
がん治療とＱＯＬ（生活の質）<br />
「余命」を宣告された患者たちが延命のためにしたこと<br />
抗がん漢方薬に救いを求める<br />
</h1>
</div>
<p class="quot">鈴木美登里　（子宮がん・卵巣がんを克服）<br />
上伊澤  洋 （胃がん・甲状腺がんを克服）<br />
柴田　修（肝硬変・肝臓がんを克服）
</p>
<div class="txt">
<p>厚生労働省が「がん研究助成金による研究班」を組織し、がんの医療現場における補完代替医療の利用実態についての調査を実施した。その調査結果については、『２０１６年版がんの補完代替療法　クリニカル・エビデンス』の中に収録されている。がん患者の約15％（１３８２／３１００人）が１種類以上の補完代替医療を利用しており、健康食品・サプリメントが最も多い（96％）。利用する主な目的は、がんの進行抑制（67％）と治療（45％）だという。</p>
<p>また、補完代替療法を利用していない患者さんであっても興味・関心を持っている患者さんは多く、利用している患者さんと合わせると８割を超えているともいう。</p>
<p>標準治療を受けながら、がんの進行抑制とＱＯＬ（生活の質）を求めて患者さんは独自で情報を収集し、あるいは家族や知人からの勧めで補完代替療法を受けている。</p>
<p>以下に、漢方を選択して、<a href="https://tensen.com/anticancerhm/" rel="noopener" target="_blank">抗がん漢方薬（天仙液）</a>でがんと闘っている患者さんの体験談をご紹介したい。なお、本体験談はご本人の実体験に基づく実感であり、抗がん漢方薬「天仙液」の効能・効果を示すものではないことを、お断りしておきたい（年齢等は、体験談が寄せられた当時のものです）。
</p>
</div>
<h2>子宮がん・卵巣がん<br />
抗がん漢方薬で手術前に子宮がんが消え、抗がん剤との併用で卵巣がんも克服<br />
</h2>
<p><img decoding="async" src="https://gan-senshiniryo.jp/wordpress/wp-content/uploads/2024/05/c3d1cac4825e2f4ef4b2da853b401c99-150x150.png" alt="鈴木 美登里さん" width="150" height="150" class="alignleft size-thumbnail wp-image-6984" /></p>
<p class="quot">鈴木美登里さん（66歳、神奈川県）</p>
<div id="author_exp">
<div class="txt"><strong>「子宮がん」と診断されるも、新型コロナ感染症の影響により手術が延期</strong></div>
</div>
<div class="txt">
<p>２０２１年の５月のこと。私が65歳になった頃ですが、急に出血が始まり、近くの婦人科医院で診察を受けたところ、「がんかもしれない。病院で検査を受けた方がいい」と言われました。でもその頃は、私の97歳の父が認知症で、介護施設を探してようやく契約できたものの、新型コロナでクラスターが出て２カ月も入居延期となり大変な時期でした。</p>
<p>その間も私の出血はすごく多くなっていました。父の施設入居後、すぐに婦人科医院で子宮ポリープの病理検査を受けました。その結果、「間違いなくがん」との診断で、「紹介状を出すので、明日すぐに大学病院を受診してください」と言われました。</p>
<p>７月31日の大学病院での精密検査でも、はっきりと「子宮がん」と診断され、すぐに手術の予約をとりましたが、ここでもコロナの影響もあり、手術の予約が２カ月先になってしまったのです。手術までは検査が続くだけで、食欲もなく、体重も減っていきました。そんな状態を知った知り合いの方が、「よかったら、この漢方薬を試してみたら」と持ってきてくださったのが抗がん漢方薬「ＴＨＬ–Ｐ」（天仙液）でした。お父様のために購入したものを、とりあえず分けてくださいました。すぐに飲み始め、天仙液Ｓを購入して２本ずつを飲み続けていました。</p>
<p>８月27日の手術前の検査の結果、「子宮がんが消えて見えなくなっています。卵管を通ってがん細胞が子宮にこぼれたのではないか」と主治医から言われ、私はもしかしたら「天仙液」のおかげではないか…と思いました。９月27日に予定通り手術しました。手術時に大腸の外側に２センチくらいのがんが転移して散っていることが分かり、リンパの切除は中止、恥骨から胸まで開腹する予定の６時間の手術が、子宮、卵巣、大網、卵管まで切除し、２時間で終了となりました。「がんの原発巣は卵管ではないか」とのことでした。
</p>
</div>
<div id="author_exp">
<div class="txt"><strong>抗がん剤治療をしなければ「余命３カ月」と言われ、天仙液を選択</strong></div>
</div>
<div class="txt">
<p>手術時に採取した細胞の病理検査の結果、「卵管がんステージ３Ｃ」の診断で、「抗がん剤治療をしなければ、余命数カ月」と言われました。</p>
<p>10月14日から抗がん剤治療が始まりました。主治医からは「抗がん剤治療はつらいですよ」と言われましたが、逃げられないとの思いで、「抗がん剤の副作用を小さくし、免疫力を高める」作用もあるという天仙液を、祈りながら毎日２本を飲み続けました。抗がん剤治療の前に、主治医に天仙液との併用を聞いたところ、送っていただいていた天仙液の資料や米国国立がん研究所のデータを見たうえで、「服用してＯＫ」と言ってもらえました。</p>
<p>抗がん剤治療を始めてからその後の経過は次の通りです。</p>
<p>10月17日から開始、カルボプラチンとパクリタキセルの点滴６時間を３週間ごとに７回・１クールを受けました。その間に、腫瘍マーカーは８月27日→２６１、10月８日→51、11月５日→14、12月７日→７まで下がりました。</p>
<p>そして12月17日のＣＴ検査の結果、「がんは消えています。見えなくなっています」と言われ、うれしく信じられない思いでした。抗がん剤治療が効いたこともありますが、この間、白血球の低下はあったものの予定通り治療がすすんだのは、天仙液を飲み続け体調を維持できたこともよかったと思います。</p>
<p>２０２２年２月18日から、ＴＣ療法＋３週ごとにアバスチン投与を受けました。3月11日からは、維持療法でアバスチンを３週ごと投与＋リムパーザ錠服用を続けています。</p>
<p>がんが消えていることで、天仙液を続けながら気持ちは前向きでいます。一方で、再発させないためとはいえ、抗がん剤の副作用でしびれや吐き気はあり、体調と向き合う毎日はまだまだ続いています。
</p>
</div>
<h2>胃がん・甲状腺がん<br />
転移・再発を繰り返し苦しいがんとの闘いで抗がん漢方薬と出会う</h2>
<p><img decoding="async" src="https://gan-senshiniryo.jp/wordpress/wp-content/uploads/2024/05/3a9ec73139205d5c9ca3e8b99b4bf6fa-150x150.png" alt="上伊澤 洋さん" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-6983" /></p>
<p class="quot">上伊澤 洋さん（82歳、北海道）</p>
<div id="author_exp">
<div class="txt"><strong>がんでは死にたくない!!寿命で死にたい！</strong></div>
</div>
<div class="txt">
<p>胃がんの治療が一応終わったことから２０１５年12月に甲状腺の全摘手術を受けた。手術後、リンパにも転移していて、取り残しがあるので、放射ヨード内照射治療を受けるように医師にすすめられた。２０１６年３月末に、入院治療が始まった。甲状腺細胞にはヨウ素を取り込む性質があるため、放射ヨウ素（福島原発事故の放射能と同じ放射能）のカプセルを飲み、甲状腺に取り込ませて細胞の内部から破壊するといったもので、入院の３週間前からヨウ素制限食を始め、 ２週間前からは甲状腺ホルモン剤も中断して取り残しの細胞を腹ペコ状態にしてから放射ヨウ素を飲んだ。尿などから放射線が排出されて線量が容認範囲に戻るまで、隔離室に隔離される治療でかなりのダメージを受けた。</p>
<p>甲状腺の治療を受けて退院して間もなく、胃カメラの検査で胃に新しいポリープがあり、慎重に経過観察をしようと告げられ、再発の不安が頭から離れなくなった。そうしたストレスからか、不眠症になった。</p>
<p>そんな時に、インターネットで抗がん漢方薬を検索していて偶然に天仙液の事を知り、さっそく案内書を送ってもらった。案内書に同封されていた本『がんを治す新漢方療法』を熟読した。天仙液の他の本も３冊取り寄せて何度も読んだ。王振国先生、帯津良一先生の患者に寄り添う崇高な姿勢に感銘した。関根進さんの体験談は説得力があったのか 〝悔しい思い〟が去来した。見放されたがん患者も救う道があったのだ、目からうろこの感じだった。</p>
<p>天仙液の事を早く知っていたなら、抗がん剤の副作用で苦しみ、放射ヨウ素を飲んで苦しみ、ＱＯＬ（生活の質）を著しく損なわずにすんでいたのではないかと思った。複合抗がん漢方薬の「天仙液」にたどり着くまで、僕の２つのがんとの闘いは再発、転移におびえ、副作用のないがんを克服する実績のある抗がん剤を探し求めて、暗闇を漂流しているような日々であったと思う。</p>
<p>胃も甲状腺も、再発転移の恐れはなくなっていない。でも、一応山場を越えた状態でもあり、天仙液は決まりよく ２０１６年の５月１日から飲み始めることにした。会社を経営していた42歳の時、カナダに渡りログハウスづくりを体験して47歳から米松を買い入れ、オホーツク海サロマ湖畔に 一人で５年かけてログハウスを立ち上げた。そこで家族と離れて一人暮らしを始めてから20年間、児童文学や小説を執筆し商業出版し、ネイチャークラフト、ステンドグラス制作などの創作活動で生きてきたが、がんの手術以来、信頼できる天仙液と出会い、再びログハウスでの生活に戻ろうと決心した。</p>
<p>５月１日、ログハウスでの一人暮らしを始め、その夜に天仙液を初めて口にした。刺激的な味がしたが、不快ではなく美味しくも感じられた。５月５日まで説明書に従って １日10㏄を飲んだ。６日からは夜９時、朝９時に 10㏄、 １日20㏄飲んでいる。
</p>
</div>
<div id="author_exp">
<div class="txt"><strong>天仙液は再発予防と健康維持の常備薬</strong></div>
</div>
<div class="txt">
<p>飲む前から効果は信じていたが、それは期待以上だった。最初の夜から睡眠薬なしで眠れた。数日すると手足の痺れが薄れていった。あごの筋肉が痛くて物を噛むのがつらかったのだが、その違和感が消えているのに気付いた。起きてからの貧血症状も気にならなくなり食欲も出て、日々快便になった。なんと体重を量ってみると手術前の体重に戻ろうとしている。天仙液に期待したことは、抗がん作用はもとより体質の改善だった。この薬なら間違いなく健康維持につながると思ったのだ。食生活にも気を付けて関根進さんが続けていたというＳＯＤ様食品を取り寄せて毎食後に飲んでいる。</p>
<p>がんを発症してから７年を経た現在、80歳を超えたが、元気に生活をしている。天仙液は、がん再発防止のためではあるが、健康維持の  〝常備薬〟  のような存在になっている。老いは確実に近づいているが、死ぬときは寿命で死にたい。がんでは死にたくない。探し求めた漢方薬の天仙液との出会いは、私にとって心強く新しい伴侶との出会いのように思っている。
</p>
</div>
<h2>Ｂ型肝炎から肝硬変、肝臓がんに７㎜の腫瘍が見つかりラジオ波焼灼療法<br />
天仙液・漢方・鍼灸治療を継続</h2>
<p><img decoding="async" src="https://gan-senshiniryo.jp/wordpress/wp-content/uploads/2024/05/49287676366683cc48d3bf265dd32413-150x150.png" alt="柴田 修さん" width="150" height="150" class="alignnone size-thumbnail wp-image-6982" /></p>
<p class="quot">柴田　修さん（67歳・愛知県）</p>
<div id="author_exp">
<div class="txt"><strong>50歳で肝臓に腫瘍、塞栓術治療まで受けるが……</strong></div>
</div>
<div class="txt">
<p>私は２代目として家業を引き継いで、四六時中、営業や接待などで全国を飛び回り、がむしゃらに働いたところ、39歳の頃に過労でＢ型肝炎から肝硬変となり、主治医から「よく治しておかないと絶対肝臓がんになるよ」と、はっきり言われました。その後に知った話ですが、Ｂ型肝炎もいろんな種類があるようで、私の場合は母子感染ではなく、乳幼児の時の予防注射による感染ではないかという、珍しいタイプのＢ型肝炎からの肝硬変だと言われました。</p>
<p>その後、43歳の頃に肝硬変で２、３回倒れたので、知り合いの（大学付属病院の先生、その後独立して開業医となった有名な）先生から、「私を信じて、まず６年くらい漢方薬を飲んでみましょう」と勧められ、その先生が処方された漢方薬をずっと飲んでいました。しかし、その後、その先生が何と前立腺がんで亡くなりました。私より１歳年上の先生だったので、信じがたい事実で驚くばかりでした。</p>
<p>それから50歳の時に、大学病院の精密検査で７㎜の腫瘍が見つかり、主治医から「ラジオ波焼灼療法などにしましょうか」と言われた１週間の間に、なんと腫瘍が20㎜まで大きくなっていました。腫瘍の進行の速さは主治医も驚かれていました。</p>
<p>また、肝動脈の血管にカテーテルから抗がん剤を注入する塞栓術治療も受けたが、結果的に効果がなくて、がん細胞がぜんぜん消えなくて、副作用だけが残っていました。
</p>
</div>
<div id="author_exp">
<div class="txt"><strong>天仙液と天仙丸の併用で肝臓がんが消えた</strong></div>
</div>
<div class="txt">
<p>ちょうどその時、北里大学に通っていた友人から天仙液を紹介されました。漢方薬は以前から飲んでいたので、とりあえず飲んでみようと決めました。自分の判断で天仙液と、天仙丸を併用することにしました。併用を決めた日から５月下旬、退院の際の検査では数値がよくて、その後自宅療養中の７月24日の検査でなんと、腫瘍マーカーが１５００から３００に下がりました。それから８月14日のエコー検査も良い結果でした。実は天仙液、天仙丸の併用を先生に話していなかったので、主治医が抗がん剤の結果だと喜んでいます。</p>
<p>それからも体調がよく、２０１８年１月の検査で、何とがんがきれいに消えたのです。しかも肝臓に空いた穴も塞がりました。主治医が驚いた顔で、10年以前のＣＴなどの診察データなどを見直してくれて、首をかしげて、「これ間違いなく柴田さんの肝臓データでしたよね」と言われ、そして「間違いなくがんが消えました」と言ってくれました。
</p>
</div>
<div id="author_exp">
<div class="txt"><strong>天仙液とともに生きる喜びをかみしめて…</strong></div>
</div>
<div class="txt">
<p>がんが消えた原因とは何かを聞かれても、正直に言うと本当によくわからないのです。なぜならば、大学病院の先生も同じ肝臓がんの方も１００人いたら１００人とも結果が違うと言っているくらいなので、恐らく今飲んでいる天仙液、漢方薬、鍼灸などの治療が自分の身体に合っているということでしょう。また、病気になった時、人間誰しも１回は死ぬのだからと、死に対する恐怖感は私にはなかった。日々明るく自分の病気と向き合い、自分の病気は自分の力で治すという考えでした。</p>
<p>運動については、病気になる前よくやっていたゴルフは、左手の親指を怪我して力が入らずクラブが握れなくなってからやめました。また抗がん剤の副作用で階段や坂を上ると息切れになる時があるので、これといった運動はしていません。そして日々の食事は、カロリーコントロールして糖分を控えたり、毎日５時過ぎに夕食を済ませたり、 ８時過ぎにベッドに入って大好きなジャズ音楽を聴いて眠るといった規則正しい生活習慣が、私の免疫力を維持してくれた源となり、がんに克った要因と言えるでしょう。</p>
<p>病気になってからがんが消えた現在も定期検査をしながら天仙液、漢方薬、鍼灸治療を継続しており、病院の治療は痛風と脂肪肝の薬だけです。このような日々を送れるのは、言うまでもなく全てそばにいつもいてくれた妻のおかげです。妻には言葉では言い表せないほど感謝の気持ちでいっぱいです。
</p>
<div class="waku">
<p>■記事でご紹介されている抗がん漢方「THL-P」（天仙液）に関して、詳しい資料がありますので、ご希望の方はこちらからお申込みください。<br />
	<a href="https://tensen.com/form-life/" class="original-button" rel="noopener" target="_blank">資料請求（無料）はこちら</a>
</p>
<p>■記事で紹介されている王振国医師の著書『がんを治す新漢方療法』をご希望の方はこちらからお申込みください。<br />
<a href="https://www.kampo.club/lp.html" class="original-button2" rel="noopener" target="_blank">書籍プレゼントはこちら</a>
</p>
</div>
</div>
</div>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>私のがん体験（膵臓がん）　膵臓がん初回手術から10年、慌てず騒がず　最終回</title>
		<link>https://gan-senshiniryo.jp/experience/post_6435</link>
					<comments>https://gan-senshiniryo.jp/experience/post_6435#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[admin]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 09 Jun 2023 00:00:27 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[体験記]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://gan-senshiniryo.jp/?p=6435</guid>

					<description><![CDATA[私のがん体験（膵臓がん） 膵臓がん初回手術から10年、慌てず騒がず　最終回 高村 僚　「すい臓がんカフェ」主宰（66歳） 第3回抗がん剤治療 ２０１６年８月に免疫クリニックで行ったＣＡ19–９が１００を超えたため、大学病 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="entry">
<div id="book_title">
<h1>私のがん体験（膵臓がん）<br />
膵臓がん初回手術から10年、慌てず騒がず　最終回</h1>
</div>
<div id="author_exp">
<div class="txt">高村 僚　「すい臓がんカフェ」主宰（66歳）</div>
</div>
<h2>第3回抗がん剤治療</h2>
<div class="txt">
<p>２０１６年８月に免疫クリニックで行ったＣＡ19–９が１００を超えたため、大学病院の主治医Ｔ先生が勧めておられた抗がん剤治療を決意しました。樹状細胞療法をはじめた時、免疫クリニックのＫ先生は「免疫療法だけではがんを押さえることは無理で、将来的に抗がん剤治療が必要になるでしょう」と仰っていました。これまでのゲムシタビンとＴＳ–１を入院せず実施しましたが、アブラキサン＋ゲムシタビンは１回目と２回目は入院して様子を見ながら実施しました。主治医のＴ先生は、「繊維間質の膵臓がんには効くと思う」と仰っていました。重篤な副作用が認められないので、２０１６年８月31日から２回目実施の7日点滴終了後退院したので入院は９日間でした。</p>
<p>この期間に感じた副作用は、太ももが上げづらく注意をしていないと足が引っかかって転びそうになること、突然はじまるシャックリです。抗がん剤投与３日目に倦怠感が発生しましたが、食欲はあり気分が悪くなることもありませんでした。ＴＳ–１と違い食欲不振や味覚障害、下痢などの消化器系副作用が無かったことは幸いでした。アブラキサンの副作用ではほぼ１００％発生するのが脱毛とシビレです。脱毛が初回投与10日後からはじまり、毛根がない状態で髪の毛が切れるようにあっという間になくなり、全身の毛もなくなりました。眉毛がなくなると人相が悪くなるので外出時は眉を描いています。</p>
<p>３回目の９月14日血液検査結果が白血球３０００、好中球５６７と極端に低かったので１００％を継続か減量かを主治医も迷っておられましたが、他の数値が良かったので感染症対策を徹底することでこれまで通り実施しました。</p>
<p>感染症対策の具体策は、</p>
<p>⒈　手洗い、うがいの徹底<br />
⒉　外出時はマスクの着用<br />
⒊　生物を控える</p>
<p>を必ず行い、38℃以上の発熱、継続する下痢の時は必ず電話若しくは診察を受けること、土日でも救急で来ることを言われました。</p>
<p>多くの抗がん剤の場合血液検査での接種可否は、好中球数、血小板の数値によることが多いのです。白血球は主に好中球・リンパ球・単球・好酸球で構成されていますが、好中球が感染症を抑えるのに重要なので抗がん剤投与時の判断数値になるのです。一方リンパ球はがん細胞を抑制するＮＫ細胞、Ｔ細胞、Ｂ細胞、樹状細胞、マクロファージ等の免疫細胞で構成されているので、がん患者は基本的にリンパ球数が多い方が良いようです。</p>
<p>副作用のシビレは、その発生時期や程度は人それぞれですが、私の場合シビレが３クール３回目以降で、足の裏にやけどが治りかけのジンジンしたシビレに始まり、手の指にシビレと痛みに加えて爪に内出血がおこりました。シビレ対策に神経疼痛薬のリリカ、漢方の牛車神鬼丸、抗がん剤投与時の手足の冷却、弾性ソックス、手のゴム手袋による血流抑制を４クール目以降継続しています。このシビレのために大好きだったテニスを止め、筋力アップのためスポーツジムに通いはじめました。筋肉量が多いがん患者は少ない患者より生存期間が長いと言う科学的エビデンスがあります。</p>
<p>初回から５クール終了まで変わらない副作用は、点滴投与から徐々に倦怠感が酷くなり３日後には寝ている時間が多くなる事です。２０１７年２月６クール１回目の夜から抗がん剤投与日に眠れなくなる副作用が急に発生しました。その後、手足のシビレが強くなり爪の内出血が酷くなったこと、腫瘍マーカーＣＡ19–９が基準値以下になったので、７クール目から１週目アブラキサン＋ゲムシタビン、２週目ゲムシタビン単剤、３週目アブラキサン＋ゲムシタビン、４週目休薬を皮切りに、10クール目から２週目はゲムシタビン単剤、18クールから２週目のゲムシタビン中止、22クールから１・３週目アブラキサン60％+ゲムシタビン１００％、36クール目より１・３週目アブラキサン50％+ゲムシタビン１００％と減薬しました。しかし２０２０年４月に左腎臓に、がんによる尿道圧迫が原因と思われる水腎が発生、ＣＡ19–９が上限値37・０を超過していましたので、２０２０年５月46クールからアブラキサンを65％に増量しました。一時マーカーの改善もありましたが画像でのがんの憎悪が見られましたので、今回の抗がん剤を終了しました。
</p>
</div>
<h2>大学病院orがんセンター</h2>
<div class="txt">
<p>がんになった時、皆さんが病院選びで悩むことがあると思います。私は２００９年末から今日まで、ほぼ全ての治療を今の大学病院で行っています。本当に良き大学病院並びに医師達に巡り会えたと感じています。がんになり治療期間が長くなると当初の治療対象がん以外の他の病気もおきます。そんな時がんセンターでは対応出来ないので、がん以外の病気については他の病院に行かざるを得ませんが、大学病院では対応可能です。</p>
<p>膵臓がんに罹患する以前から胃のポリープや胃炎で経過観察を行っていました。膵臓がん罹患後は食道外科で数年は半年に１回、今は２年に１回内視鏡での診察を受けています。また、前立腺がんの腫瘍マーカーＰＳＡが上昇しているので泌尿器科で６カ月に1回診察を受けています。</p>
<p>病気ではないのですが２０１６年６月、庭で作業中にとげが刺さり左手親指に水疱が出来て深く皮膚に食い込んでしまったので、近所の皮膚科に行きましたが「ここでの手術はしていない」と言う事で、今の大学病院に紹介状を書いていただき、液体窒素で冷凍治療を２回実施し綺麗に完治しました。目のかすみが顕著になった時も主治医のＴ先生にお願いし眼科を受診。抗がん剤の影響を心配したのですが、「白内障なので、以後の診察は最寄りの眼科で行って下さい」と、流石に大学病院なので白内障までは見てくれないようです（笑）。</p>
<p>昨年（２０２０年）夏には、事ある毎に痛みが発生していた奥歯の抜歯を行いました。近所のかかり付け歯科医からも、抗がん剤実施者の抜歯は予期せぬことが起きるので大学病院での抜歯を勧められました。事前に大学病院の医師がかかり付け歯科医に抜歯を大学病院で行う旨のレターを送ってくれたようです。</p>
<p>横断的治療が可能という点で大学病院は優れていると思います。がんセンターは治験が多く行われるので侮れません。どの医療機関を選択するのかは個人が判断するしかありません。
</p>
</div>
<h2>遺伝子パネル検査</h2>
<div class="txt">
<p>従来から行われている治療法では、診断された病気が同じであれば同じ薬が投与されてきました。近年、病気の原因や病態について遺伝子や蛋白など分子レベルで解明が進むにつれ、同じがんと診断された患者の中でも、実際には遺伝子や蛋白などの分子の違いにより様々なタイプがあるがことがわかってきて、この異なる要因が治療の効果に大きく影響していることもわかってきたのです。さらに、ゲノム医療において次世代シークエンサーと言われる「がん遺伝子パネル検査」で治療法を選択する時代に突入しました。私は、３種類のがん遺伝子パネル検査を行いました。</p>
<p>１．２０１７年秋、GI-Screen Phase 2の組織による全国治験を神奈川がんセンターで実施。<br />
２．２０１８年10月大学病院内臨床試験Foundation One。<br />
３．２０１９年３月のリキッドバイオプシー全国治験（MONSTAR-SCREEN）を神奈川がんセンターで実施。</p>
<p>１と２はがん組織の検査で３は血液による検査です。１と３では遺伝子異常は全く見つかりませんでした。私の知り合いの膵臓がん患者さんは、やはり１、３では遺伝子異常は発見されませんでした。</p>
<p>１．２０１０年２月　膵体尾部並びに脾臓摘出<br />
２．２０１２年５月　左横隔膜下再発箇所切除　　<br />
３．２０１５年11月　左横隔膜下再再発箇所切除、もう1カ所は切除できず。</p>
<p>このように３回手術を行い、それぞれがん組織があります。</p>
<p>２０１７年秋のGI-Screenでは、２回目の手術組織を採用しました。</p>
<p>２０１８年Foundation Oneでは、米国に組織を送る前、事前に大学病院で顕微鏡による目視を行い、２回目、３回目の組織では遺伝子異常が発見できない可能性があるので、がん細胞の占める割合が大きい１回目の組織を送って調べました。 細胞内にがん組織が30％以上ないとシークエンサーでは検出出来ないそうです。この場合、がん細胞が再発すると性質が変わり遺伝子異常も変化すると言うリスクが当然ありますが、見つからないよりは見つかった方が良いとの判断でゲノム診断の医師が判断したようです。</p>
<p>その結果米国から送られてきた報告書は、20ページ以上で当然英語でした。</p>
<p>Foundation Oneの遺伝子検査では最初のページに４つの遺伝子異常が記載されていました。MS-StableとTMB-Lowが　免疫チェックポイント阻害剤が利用可能かの判断、ＫＲＡＳとＴＳＣ２の２つが該当遺伝子異常に薬が開発されているものを示しています（写真1）。この他にも現在治療薬は存在しませんが、遺伝子異常があったものが10個ありました。
</p>
</div>
<p><img decoding="async"  class="sp100" src="https://gan-senshiniryo.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/01/pc_5_1.jpg" border="0" alt="写真1　Foundation　One　結果"></p>
<p class="quot">写真1　Foundation　One　結果</p>
<h2>人との出会い</h2>
<div class="txt">
<p>２０１６年横浜で行われた「第２回がん撲滅サミット」公開セカンドオピニオンに、小容量抗がん剤治療の銀座並木通りクリニック三好立先生、動注治療のＩＧＴクリニック堀信一先生が参加されると聞き楽しみにしていたのですが、ある患者団体代表から「標準治療以外の医師がこの様な会に参加するのは如何なものか？」と言う横やりが入り、公開セカンドオピニオンが中止になりました。この決定に対し私は事務局に「我々膵臓がん患者にとっては標準治療以外が必要になるので大変失望しました」とのメールを送りました。それに対し、中見利男代表（写真2）から、
</p>
</div>
<p><img decoding="async"  class="sp100" src="https://gan-senshiniryo.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/01/pc_5_2.jpg" border="0" alt="写真2　中見利男代表"></p>
<p class="quot">写真2　中見利男代表</p>
<div class="txt">
<p>「これまで私共は、がん撲滅という旗の下に様々なステージに立っている方々がいらっしゃることを重々承知しておりましたが、まずはがん撲滅の旗を立てて多くの方々に知恵を出していただき、前進させようと考えておりました。中略。第1回を「起」とするなら、第２回は「承」となり、承は承るという意味でもありますので、皆様の声を承り、第３回の「転」、すなわち前転、回転と前へ進めるステージにつなげていくための大会だと考えております」</p>
<p>との返信、その時「あーこんなものか」と愕然としたことを覚えています。ところが２０１８年第４回がん撲滅サミットに私が患者代表でお話しする機会を与えられたのです(写真３・４)。
</p>
</div>
<p><img decoding="async"  class="sp100" src="https://gan-senshiniryo.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/05/pc_5_3.jpg" border="0" alt="写真3　第4回がん撲滅サミットでのご挨拶"></p>
<p class="quot">写真3　第4回がん撲滅サミットでのご挨拶</p>
<p><img decoding="async"  class="sp100" src="https://gan-senshiniryo.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/01/pc_5_4.jpg" border="0" alt="写真4　中村祐輔先生と共に"></p>
<p class="quot">写真4　中村祐輔先生と共に</p>
<div class="txt">
<p>「皆さまこんにちは。膵臓がん患者の高村僚と申します。まず、サミット提唱者の中見様、その他ご尽力いただいたすべての皆様、『第4回がん撲滅サミット』開催、誠におめでとうございます。私は２０１０年２月に膵臓がん手術を行い、その後２回再発し２回手術を行いましたが、２０１５年7月からがんとの共存が続いております。膵臓がん患者の90％が、標準治療を終了するという事実を踏まえ、がんや医療について勉強し、この８年間、標準治療をベースに代替医療を合わせこのように元気に生きております。がん医療はがん種別治療から遺伝子変異に合わせた治療へと、そして使える武器も抗がん剤はもとより、本庶先生がノーベル賞を受賞された免疫の薬や粒子線治療、現在治験中ではありますが光免疫治療、その他の数々の方法を組み合わせ、患者個人に合わせたプレシジョン医療が花開こうとしております。これは我々がん患者にとって大きな希望になっています。そして、ここにおられる先生方が実現してくださると信じております。</p>
<p>最後に、患者、ご家族が希望のあるがん治療が出来ることを祈念し、私のご挨拶とさせていただきます。有難うございました。」</p>
<p>この挨拶の実現には、２０１７年第３回がん撲滅サミットに光免疫治療の小林久隆先生が登壇されるのを知り参加申し込みを行い、画期的ながん治療の講演も素晴らしかったのですが、当日行われた「公開セカンドオピニオン」に感動しました。これは会場から質問を受け10数名おられる各分野の蒼々たる医師に対し、中見代表が適切な回答者を選択しお答えいただくものです。２時間以上に渡り質疑応答を取り仕切られ、その素晴らしき運営手法に大いなる感動を覚えました。２０１６年第２回では大変失望しましたが、２０１７年第３回は感動したことを事務局宛にメールしましたところ、数日後中見代表ご本人から返事をいただき、腹を割ったお付き合いがはじまったのです。２０１７年第４回開催までに何度も日本のがん医療について激論を重ね、お互いを旧知の友人のように理解し合うようになりました。これが第４回がん撲滅サミットで話す機会をいただいた背景です。
</p>
</div>
<h2>後書き</h2>
<div class="txt">
<p>２０１０年２月に初回手術を行い11年1カ月、その間２度の再発再手術を行い、２０１５年７月からはがんとの共存で５年８カ月生き延びてこられたのは、主治医をはじめ沢山の医療関係者、友人、家族のおかげだと思っています。皆様に心より御礼申し上げます。</p>
<p>現在は２０２１年１月６日にアブラキサン＋ゲムシタビンの抗がん剤治療を終了して、自由診療によってニボルマブ投与を４回実施しその効果を判断中です。最後のフォルフィリノックスかオニバイドを行うか。</p>
<p>上手く生き延びることが出来ましたら、再び投稿させていただきます。皆様、良い時間をお過ごし下さい。</p>
<p>「泣いて過ごしても笑って過ごしても平等に時は流れる」</p>
<p>（完）
</p>
</div>
<p><img decoding="async"  class="sp100" src="https://gan-senshiniryo.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/01/pc_takamura.jpg" border="0" alt="高村 僚（たかむら・りょう）
１９５３年横浜市生まれ。武蔵工業大学（現：東京都市大学）工学部電気工学科卒業。電力設備設計会社に入社し、変電所の設計、送電線の調査設計に従事。その後、ＩＴ業務を社内で推進した。56歳で膵臓がんに罹患し、５年後の２０１４年61歳で職を辞し、患者会のボランティアなどを行った。２０１６年より「すい臓がんカフェ」を主宰し、主にすい臓がん患者に懇談の場を提供している。また、「ハマリョウ」の名でブログ発信も精力的に行っている。"></p>
<p class="quot">高村 僚（たかむら・りょう）<br />
１９５３年横浜市生まれ。武蔵工業大学（現：東京都市大学）工学部電気工学科卒業。電力設備設計会社に入社し、変電所の設計、送電線の調査設計に従事。その後、ＩＴ業務を社内で推進した。56歳で膵臓がんに罹患し、５年後の２０１４年61歳で職を辞し、患者会のボランティアなどを行った。２０１６年より「すい臓がんカフェ」を主宰し、主にすい臓がん患者に懇談の場を提供している。また、「ハマリョウ」の名でブログ発信も精力的に行っている。</p>
<h3>本記事の関連リンク</h3>
<h1 id="mg_list">高村 僚先生の私のがん体験 膵臓がん初回手術から10年、慌てず騒がず</h1>
<ul class="menu">
<li><a href="https://gan-senshiniryo.jp/adverse/post_6435">最終回</a></li>
<li><a href="https://gan-senshiniryo.jp/adverse/post_6433">第4回</a></li>
<li><a href="https://gan-senshiniryo.jp/adverse/post_6428">第3回</a></li>
<li><a href="https://gan-senshiniryo.jp/adverse/post_6425">第2回</a></li>
<li><a href="https://gan-senshiniryo.jp/adverse/post_6420">第1回</a></li>
</ul>

</div>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>私のがん体験（膵臓がん）　膵臓がん初回手術から10年、慌てず騒がず④</title>
		<link>https://gan-senshiniryo.jp/experience/post_6433</link>
					<comments>https://gan-senshiniryo.jp/experience/post_6433#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[admin]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 09 Jun 2023 00:00:58 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[体験記]]></category>
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					<description><![CDATA[私のがん体験（膵臓がん） 膵臓がん初回手術から10年、慌てず騒がず④ 高村 僚　「すい臓がんカフェ」主宰（66歳） 再々手術への道のり ２０１５年８月29日、妻と共に主治医Ｔ先生の診察を受け、先生は「再々発だと思いますが [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="entry">
<div id="book_title">
<h1>私のがん体験（膵臓がん）<br />
膵臓がん初回手術から10年、慌てず騒がず④</h1>
</div>
<div id="author_exp">
<div class="txt">高村 僚　「すい臓がんカフェ」主宰（66歳）</div>
</div>
<h2>再々手術への道のり</h2>
<div class="txt">
<p>２０１５年８月29日、妻と共に主治医Ｔ先生の診察を受け、先生は「再々発だと思いますが、もう手術は出来ませんのでアブラキサン＋ゲムシタビンの抗がん剤治療をお勧めします」。</p>
<p>高村家「少し考えさせて下さい」と。</p>
<p>９月８日、ずっとお世話になっている同じ大学病院の消化器外科Ｓ先生の診察を受け、先生が推薦する3名の著名な肝胆膵外科の先生をご紹介頂き、その中からパンキャンジャパンのセミナーで存じ上げていたＫ先生にセカンドオピニオンをお願いしました。</p>
<p>10月６日にＫ先生の初診でしたが、大変混んでおりゆっくり話す雰囲気ではなくＣＴの予約と次回診察日10月20日がブッキングされました。当日妻と共に診察室に入ると、Ｋ先生の他５名の若い医師が立っておられたのにはびっくり。Ｋ先生は「再手術はやろうと思えば出来るが、術後のことなどを考えると積極的には勧められません。ただ、内臓の癒着は問題にはならないでしょう」と。</p>
<p>この日もらい忘れた血液検査の結果を２日後に受け取ったところ、７月に19であった腫瘍マーカーＣＡ19–９が40に上昇していたので、覚悟を決め手術をお願いしました。手術が混み合っているので12月になるとのことでしたが、10月最終週に病院から電話を頂き、手術室が空いたので急遽11月２日に手術が決定しました。</p>
<p>こちらの大学病院は患者一人に対する診察時間が６分程度に設定されており、主治医が沢山の患者を診察し、検査オーダー等雑用は別の人間が行う分業体制で病院が回っていました。
</p>
</div>
<h2>３回目の手術</h2>
<div class="txt">
<p>２０１５年10月31日（土）に入院。その日「癒着がどうなっているか開けてみないと分からないが２カ所を取りに行った場合手術時間は６～８時間、前後を入れると10時間になる、但し全く処置しないこともある」との説明を受けました。11月１日（日）全粥の朝食を取りましたが昼と夜は食止め、点滴で栄養の補給、午後から腸の癒着で腸を傷つける恐れがあるため大腸内視鏡検査と同じ２Ｌの下剤を飲まされ、就寝前に浣腸しました。２日（月）朝、浣腸、９時に病室を出て前２回と同様歩いて手術室待合所へ、そこで麻酔科の女医さんから麻酔について説明を受け硬膜外麻酔実施確認、家族と別れ手術台に乗り麻酔科の３、４人が準備処置後、硬膜外麻酔のための麻酔を行い脊椎に針を刺しました。笑気ガスを吸い込み全く痛みを感じず凄い技術を持った麻酔科チームだと思いつつ眠りにつきました。</p>
<p>手術が終わり起こされた時に手術時間を尋ねたら４時間ちょっと「取り切れなかったかな？癒着が無くて取れたか？」、術後管理室（個室）に移り、執刀医から「左横隔膜下の播種を取るのが精一杯で、中の方はコンクリートのような癒着で術後のことを考えると踏み切れなかった」と。その日は全くの痛みは感じず過ごせました。この病院では麻酔科の人が夜８時迄残って術後の対応にあたるようになって、患者の術後が凄く良くなったと看護師さんがおっしゃっていました。術後管理室での第一夜は２時間ごとに床ずれ防止のため身体を動かすため起こされましたが、ゆっくり休むことが出来ました。この時点の身体への装着物は、背中の硬膜外麻酔の針等８本でした。</p>
<p>３日（火）に第二ＩＣＵ、４日一般病棟に移動、この日の昼から食事が始まりました。午後、麻酔科の女医さんがわざわざ病室にヒアリングに来られ、麻酔の効き具合や改善点を把握して今後に生かそうとする強い決意を感じました。第二ＩＣＵから移動後の数日間は、看護師・医者がいつもいて夜中も結構明るい部屋に留め置かれました。患者を診るためには都合が良いが、患者はうるさくて夜全く寝ることが出来ない。患者のことを考えているシステムとは思えませんでした。５日身体に刺さっている管は３本になり、私の本当の誕生日10日（火）退院、今回は11泊12日の入院でしたが、やはり傷の痛みで長く歩くことが出来ず、タクシーや電車、バスを乗り継いで帰宅しました。</p>
<p>今回入院した大学病院の病棟は新築されたばかりで美しく設備も整っていました。差額料金なしの４人部屋には洋式便器のトイレがついていて、最初に入った時「これは良い」と感じたのですが、実際には誰かが入っていると使えませんし、自分が入っている時は他の人が気になりゆっくり用を足せないのです。共用のトイレがそのフロアにあれば良いのですが、４人部屋のトイレが使えない時は、エレベータに乗り外来患者のフロアまで移動して共用トイレに入らなければなりません。そして共用トイレにはペーパータオルが無いのです。それでも入院中は散歩も兼ねて共用のトイレに出向いたものです。共用の男子トイレには小便器がある、これが最高です。
</p>
</div>
<h2>免疫治療（樹状細胞療法）</h2>
<div class="txt">
<p>自己がん細胞による免疫治療を行うため、今回の手術で切除した組織の半分を大学病院から譲り受け、抽出する会社に持ち込みました。「手術で切除した組織は病院のものだ」と言って絶対に出さないがん拠点病院もあるのですが、私の掛かっている大学病院はどちらも患者第一が徹底され快く対応して頂けます。</p>
<p>頂いた組織は２・５㎝×１㎝程度で通常ですと12回くらい治療ができる量が得られるのですが、１回分しか抽出できず自己がん細胞による免疫治療を諦め、オンコアンチゲンによる樹状細胞療法に切り替えました。これは20数種類のペプチドと、がん組織を薄くスライスしてプレパラートにした試料との反応を事前に調べ、成分採血した白血球の単球に３～４種類のペプチドを乗せて免疫治療を行うものです（写真１）。
</p>
</div>
<p><img decoding="async"  class="sp100" src="https://gan-senshiniryo.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/01/pc_4_1.jpg" border="0" alt="写真1　免疫組織科学判定"></p>
<p class="quot">写真1　免疫組織科学判定</p>
<div class="txt">
<p>免疫組織化学判定で反応があった３種類（MUC1,Survivin, MAGE-3）のペプチドを単球に組み込み、２０１６年２月から２０１７年３月まで12回実施しました。この治療は成分採血を行うのに４時間程度拘束されますが、その後はクリニックに出向き問診と注射だけで、治療後の副作用は接種部分の皮膚が赤くなる、注射した箇所がしこりになる程度で身体に優しい治療です（写真２・写真３）。
</p>
</div>
<p><img decoding="async"  class="sp100" src="https://gan-senshiniryo.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/05/pc_4_2.jpg" border="0" alt="写真2　免疫成分採血装置"></p>
<p class="quot">写真2　免疫成分採血装置</p>
<p><img decoding="async"  class="sp100" src="https://gan-senshiniryo.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/05/pc_4_3.jpg" border="0" alt="写真3　成分採血"></p>
<p class="quot">写真3　成分採血</p>
<div class="txt">
<p>免疫治療効果判定では、ツベルクリン反応のような皮膚が赤くなることで行いますが、私の場合免疫反応は強く出ていました（写真４）。
</p>
</div>
<p><img decoding="async"  class="sp100" src="https://gan-senshiniryo.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/05/pc_4_4.jpg" border="0" alt="写真4　免疫反応"></p>
<p class="quot">写真4　免疫反応</p>
<div class="txt">
<p>欠点はやはりお金が掛かることです。免疫治療としては、樹状細胞療法を12回行い、その後２０１７年から18年にかけてαβＴ細胞療法をリンパ球の状態を見ながら５回行いました。</p>
<p>本庶佑先生が２０１８年に「免疫チェックポイント阻害剤」でノーベル賞を受賞してからは、がんの３大治療法の手術・放射線・抗がん剤に続く第４の治療法として脚光を浴びています。</p>
<p>多くのクリニックが免疫治療を行っています。どのようにして信頼のおける医療機関を選択するのかですが、治療責任者が替わる、医師の経歴紹介がないクリニック、「私の言うことを聞いていれば治ります」とか「私の言うこと以外の治療は行わないこと」と言うところは止めたほうが良いでしょう。</p>
<p>信頼のおけるクリニックでは、勤務している医師の経歴と出勤日がＨＰに記載されていて医師が変わることは殆どありません。</p>
<p>また、免疫治療だけではがんを根治することは出来ないので抗がん剤や放射線と組み合わせて治療します。それと、非常に絶望的なお話しをしますが、血液検査のデータや全身状態を観察して、改善が見込めないときは治療を行いません。
</p>
</div>
<h2>スーパーＪチャンネル</h2>
<div class="txt">
<p>２０１６年２月のとある金曜日17時台のテレビ朝日『スーパーＪチャンネル』に膵臓がん患者として出演しました。10年以上膵臓がん患者をやっていると雑誌や週刊誌の取材、闘病記の執筆も依頼されるのですが、後にも先にもテレビ出演はこの１回限りです。</p>
<p>２０１５年２月に歌舞伎俳優の板東三津五郎さん、２０１６年に『やじうまテレビ！』等に出演されていたジャーナリストの武田圭吾さんが亡くなったのですが、医療機器の進歩で早期発見が可能となり、また当時承認された２つの薬剤により希望の光が差してきました。そこで、</p>
<p>『いま〝最恐のがん〟に変化が!?　壮絶……すい臓がんとの闘い』</p>
<p>と題し全国ネットで20分ほど放送されました。番組制作ディレクターが我が家に数回取材に来られ番組を作っていきました。</p>
<p>取材は、最低カメラマンとディレクター他アシスタントが来られると思っていたのですが、ディレクターがプロ用のビデオカメラを自ら持参し、我々家族と会話をしながら構成を考えていく。撮影場所は庭、自宅屋内、近所の公園、公道など、場面は庭での植物剪定作業、キッチンでの作業風景、家族団らんの夕食、術後体力回復の為の散歩、３回の手術跡撮影など８時間以上におよび、10分程度に編集されました。</p>
<p>流石に全国ネットでナレーションと番組編集は素晴らしいです。またこの時は、アブラキサン投与前のため髪の毛は沢山で62歳肌も若々しい(笑)（写真５・写真６）。私と一緒に出演された吉田智子（仮名）さんは２０１２年に膵臓がんがステージⅣで見つかり、膵臓がんブログで情報を発信されており、手術が出来なくて抗がん剤で元気に暮らしておられます。
</p>
</div>
<p><img decoding="async"  class="sp100" src="https://gan-senshiniryo.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/01/pc_4_5.jpg" border="0" alt="写真5　スーパーＪチャンネルに出演"></p>
<p class="quot">写真5　スーパーＪチャンネルに出演</p>
<p><img decoding="async"  class="sp100" src="https://gan-senshiniryo.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/01/pc_4_6.jpg" border="0" alt="写真6　仮名での出演でした"></p>
<p class="quot">写真6　仮名での出演でした</p>
<h2>もう一つの闘い</h2>
<div class="txt">
<p>２０１５年11月、３回目の手術日の朝、妻と次女と長男、同居していた私の母が病室に到着しました。当日起床してきた母の顔付きがいつもと異なることに妻が気づいて、病院に一緒に来たものの私の手術中に母が「帰る」と言い出したので、念の為に１時間30分掛かる家まで送り届け、また病院に戻ってきたそうです。</p>
<p>以前の母はランの栽培が趣味で部屋に大きな温室を置いて花を咲かせて、それが生きがいになっていました。土や肥料をホームセンターに一人でバスに乗って買い出しに行き重い荷物を持ち帰っていましたが、２０１６年の春頃から買い物に行くことがめっきり減りました。そんな中、久々に買い物に出かけたスーパーで倒れ救急車で搬送され、その時の診断では脱水症状があるものの他に異常は認められませんでした。同年６月には横浜ダイヤモンド地下街で具合が悪くなったと帰宅、7月には「お腹が痛い」というのでホームドクターを受診。帰宅後母に「医者には何で行ったの」と聞かれました。この日ホームドクターに、お年もお年だからと認定申請を勧められました。</p>
<p>８月14日にお墓参りの準備をしていた母がバーンいう音と共に床に倒れ、呼びかけにも全く反応しないので救急車を呼び救急病院でＣＴ検査を行ったところ「頭に水が有り」との診断。後日同病院で脳外科を受診、問題ないとの事でした。</p>
<p>丁度この頃私の腫瘍マーカーＣＡ19–９が上昇し始め、抗がん剤治療をはじめる必要が出てきました。</p>
<p>２０１６年10月に認知症診断外来受診後「要介護１」の認定を受け、私の治療日にはデイサービスを利用して貰うことにしました。この時89歳の母は、自分から動くことは皆無でリビングのソファから庭を眺めるか、自室で寝ていることが多くなりました。母は夜中に起き出し廊下で転んだり自室で起き上がれなくなったりと、一時も母から目を離すことも出来なくなり、私の治療も重なり限界に近付いていました。</p>
<p>母は、70代に大腸がんの手術でストマーを使っていましたが、ある朝「病院で急にこんなもの付けられた」と言い出したのです。何度説明しても理解出来ませんし記憶にも残りません。でもまた、母は同じ話を何度も繰り返します。認知症はそんなものだと判っているのですが、介護者が被介護者を殺める、理解出来なくもありません。介護する者にしたら地獄です。</p>
<p>行政のサポートが有るので何とか乗り切ることが出来ました。デイサービスにはじまり、老健のショートステイを２０１７年から月に７日から10日程度利用し施設に泊まって貰いました。自宅に帰っている時は、介護の仕事をしている妻が入浴やストマーの世話をしてくれました。</p>
<p>２０１６年10月：要介護1、２０１７年１月：要介護２、２０１８年１月：要介護４の認定を受け、家から車で10分程度雰囲気も家族的で気に入っていたグループホームに空きが出たので２０１８年２月に入居、２週間に１度帰宅する生活を送っていました。</p>
<p>６月９日迎えに行ったところ調子が悪く母も珍しく「動きたくない」と言うので、職員の方が医師の往診を手配してくれ点滴を打っている間、部屋で共に過ごしました。</p>
<p>ところが翌日の夜、血中酸素濃度が80％台になり意識レベルが下がったため、病院に救急搬送され入院、入院時には意識は有ったのですが翌日から意識はなくなり点滴と酸素マスクで１週間過ごした後、６月17日夕方、我々夫婦と孫３人に看取られ母は旅立ちました。</p>
<p>（つづく）
</p>
</div>
<p><img decoding="async"  class="sp100" src="https://gan-senshiniryo.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/01/pc_takamura.jpg" border="0" alt="高村 僚（たかむら・りょう）
１９５３年横浜市生まれ。武蔵工業大学（現：東京都市大学）工学部電気工学科卒業。電力設備設計会社に入社し、変電所の設計、送電線の調査設計に従事。その後、ＩＴ業務を社内で推進した。56歳で膵臓がんに罹患し、５年後の２０１４年61歳で職を辞し、患者会のボランティアなどを行った。２０１６年より「すい臓がんカフェ」を主宰し、主にすい臓がん患者に懇談の場を提供している。また、「ハマリョウ」の名でブログ発信も精力的に行っている。"></p>
<p class="quot">高村 僚（たかむら・りょう）<br />
１９５３年横浜市生まれ。武蔵工業大学（現：東京都市大学）工学部電気工学科卒業。電力設備設計会社に入社し、変電所の設計、送電線の調査設計に従事。その後、ＩＴ業務を社内で推進した。56歳で膵臓がんに罹患し、５年後の２０１４年61歳で職を辞し、患者会のボランティアなどを行った。２０１６年より「すい臓がんカフェ」を主宰し、主にすい臓がん患者に懇談の場を提供している。また、「ハマリョウ」の名でブログ発信も精力的に行っている。</p>
<h3>本記事の関連リンク</h3>
<h1 id="mg_list">高村 僚先生の私のがん体験 膵臓がん初回手術から10年、慌てず騒がず</h1>
<ul class="menu">
<li><a href="https://gan-senshiniryo.jp/adverse/post_6435">最終回</a></li>
<li><a href="https://gan-senshiniryo.jp/adverse/post_6433">第4回</a></li>
<li><a href="https://gan-senshiniryo.jp/adverse/post_6428">第3回</a></li>
<li><a href="https://gan-senshiniryo.jp/adverse/post_6425">第2回</a></li>
<li><a href="https://gan-senshiniryo.jp/adverse/post_6420">第1回</a></li>
</ul>

</div>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>私のがん体験（膵臓がん）　膵臓がん初回手術から10年、慌てず騒がず③</title>
		<link>https://gan-senshiniryo.jp/experience/post_6428</link>
					<comments>https://gan-senshiniryo.jp/experience/post_6428#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[admin]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 09 Jun 2023 00:00:03 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[体験記]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://gan-senshiniryo.jp/?p=6428</guid>

					<description><![CDATA[私のがん体験（膵臓がん） 膵臓がん初回手術から10年、慌てず騒がず③ 高村 僚　「すい臓がんカフェ」主宰（66歳） 抗がん剤ＴＳ–１再チャレンジ この薬は２０１２年５月の２回目手術前に正規の投与法で１クール実施し、その時 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="entry">
<div id="book_title">
<h1>私のがん体験（膵臓がん）<br />
膵臓がん初回手術から10年、慌てず騒がず③</h1>
</div>
<div id="author_exp">
<div class="txt">高村 僚　「すい臓がんカフェ」主宰（66歳）</div>
</div>
<h2>抗がん剤ＴＳ–１再チャレンジ</h2>
<div class="txt">
<p>この薬は２０１２年５月の２回目手術前に正規の投与法で１クール実施し、その時は極度の下痢を含む多くの副作用に悩まされました。主治医のＴ先生も術後補助療法として抗がん剤治療を行うか悩んでおられましたが、再手術２カ月後の２０１２年７月25日から副作用とのバランスを取りながら飲み続けました。ＴＳ–１は錠剤で、標準では４週間服用２週間休薬になっていますが、私の場合再手術前に重度の副作用があったので２週間飲み1週間休薬で開始、１日おきに服用、それでも下痢や味覚障害、食欲不振に悩まされ、下痢が起きたら服用を止めるようにし、１週間に２～３日飲むことでＱＯＬ（生活の質）を保っていました。</p>
<p>しかし１年７カ月後の２０１４年２月の血液検査で肝臓の数値がＡＳＴ（ＧＯＴ）１００（基準値13～35Ｕ／Ｌ）、総ビルビリン３・３（基準値０・３～１・２㎎／㎗）に急上昇しましたので服用を中止し、その後ウルソ（熊の胃）を３カ月飲んで肝臓の数値が正常値に戻るのを待ちました。
</p>
</div>
<h2>丸山ワクチン</h2>
<div class="txt">
<p>抗がん剤ＴＳ–１は２０１２年７月から術後補助療法としてスタートしましたが、その少し前の５月から丸山ワクチンを週３回、会社帰りに受けていました。丸山ワクチンは医薬品として認可されていませんが、ゼリア新薬工業が提供する「有償治験薬」としてこれまで約40万人、現在でも1万人が受けている薬です。丸山ワクチンや免疫治療と言うと、一部腫瘍内科医の中には科学的エビデンス（ＥＢＭ）がない「トンデモ医療」だと吹聴しておられる医師もお見受けしますが、膵臓がんの５年生存率は８・５％、これが現実なのです。ですから、統計学に基づいた「科学的エビデンス」によれば、91・５％の患者が５年以内に死を迎える訳です。人が本来持っている免疫によりがん細胞が押さえ込まれるはずなのですが、抗がん剤と比較してその効果が素早く現れない、個々の人により効果が違うので現在の治験では承認されないだけであって、最近話題の「プレシジョン医療」によって治療方法も変わってくると思います。</p>
<p>丸山ワクチンの効果ははっきりわかりませんが、私の場合はワクチンをはじめて好中球とリンパ球比率が逆転してリンパ球が増えています。がん細胞を押さえる獲得免疫であるＴ細胞・Ｂ細胞等はリンパ球内に存在しており、実際に攻撃するかしないかは、がんの抗原が細胞のどの部分に出ているか等複雑に絡み合っているのですが、リンパ球がある程度ないとがんを攻撃する兵隊がいないことになります。</p>
<p>血液検査結果をご覧になり、アメリカでも免疫の研究に携わった主治医のＴ先生は、「ワクチンの影響かも知れませんね」と言いながら、私の電子カルテに細かく情報を入力されていました。
</p>
</div>
<h2>パープルストライド東京２０１３（すい臓がん啓発チャリティーウォーク）にて</h2>
<div class="txt">
<p>現在私は、「すい臓がんカフェ」を主宰していますが、２０１１年から２０１５年頃までは「パンキャン・ジャパン」のセミナーや勉強会に参加し、ボランティアとしても活動していました。パンキャン・ジャパンは米国パンキャンの日本支部で、膵臓がんに特化した「すい臓がんアクションネットワーク」として早期発見と治療のための研究者や医療者の支援、患者・家族のサポート、そしてすべての人に希望を与えるための全国的活動をする組織です。
</p>
</div>
<p><img decoding="async"  class="sp100" src="https://gan-senshiniryo.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/01/pc_3_1.jpg" border="0" alt="2013年11月　パープルストライド東京2013テープカット"></p>
<p class="quot">2013年11月　パープルストライド東京2013テープカット</p>
<div class="txt">
<p>２０１３年11月３日、東京新宿東京都庁前広場で「パープルリボンウォーク東京２０１３」で患者として皆さんの前でお話しする機会を頂き、次のような話をしました。</p>
<p>「皆さんおはようございます。私は、今年の９月末に世界遺産の屋久島へ行き縄文杉に会って参りました。朝４時にホテルを出発して、片道11㎞、12時間の登山を無事に歩ききることができました。振り返れば、丁度４年前の11月、健康診断で膵臓に異常が見つかり、「悪性では無いが手術が必要」と言うことで、２０１０年２月４日に７時間半におよぶ手術を受けました。実は手術前日、膵尾部の腫瘍は80～90％の確率で悪性と告げられ、半信半疑で手術を受けた覚えがあります。そして１カ月後、病理検査で膵臓がんとの確定診断があり、術後補助療法としてその後２年間１週おきにジェムザールの抗がん剤治療を行いましたが、２年で再発が告げられ、さすがにこの時はショックを受けました。～中略～</p>
<p>また、パンキャンジャパン様の有益な情報が本当に、本当に力になりました。この場をお借りしてお礼を述べさせていただきます。ありがとうございます、そしてこれからもよろしくお願いいたします。</p>
<p>最後に、此処におられます膵臓がん患者の皆様およびご家族が、今後明るく充実した生活を送られること、並びに膵臓がんの治療方法が進歩することを切に祈念して、私のご挨拶といたします。 ありがとうございました。」</p>
<p>壇上から降りた私に妻から「患者さんが涙を流しておられた」と聞いて、少しでも希望を持って頂けたのならお話しした甲斐があったとほっとしたものです。
</p>
</div>
<p><img decoding="async"  class="sp100" src="https://gan-senshiniryo.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/05/pc_3_2.jpg" border="0" alt="「パープルストライド東京2013」で体験発表"></p>
<p class="quot">「パープルストライド東京2013」で体験発表</p>
<h2>何も標準治療しない１年半</h2>
<div class="txt">
<p>２０１４年４月、大学病院での診察で肝機能数値ＡＳＴ（ＧＯＴ）・総ビリルビンが正常値になったのでウルソを止め、ＴＳ–１についても止める決断をしました。２０１４年2月に肝臓の数値が悪化しＴＳ–１を止めてから２０１５年７月に再々発が判明するまでの１年半は、丸山ワクチンは注射していましたが抗がん剤治療は行っていませんでしたので、再々発の２０１５年7月までの１年５カ月は安らぎの日々で、趣味のテニスも十分楽しむことが出来ました。
</p>
</div>
<p><img decoding="async"  class="sp100" src="https://gan-senshiniryo.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/01/pc_3_3.jpg" border="0" alt="2014年7月　ジバニャンと記念写真（ロードショー映画館にて）"></p>
<p class="quot">2014年7月　ジバニャンと記念写真（ロードショー映画館にて）</p>
<div class="txt">
<p>２０１４年春には、鹿児島指宿・霧島、秋に山陰鳥取・島根。萩・津和野へ家族旅行、２０１５年は猫カフェやカラオケに家族で出向き良い時間を過ごしました。</p>
<p>高校２年の修学旅行で山陰地方に行き、自然の美しさとその土地の人の優しさに触れ、山陰の虜になり、その後何度も足を運びました。私の目に焼き付いた出雲大社、鳥取砂丘、秋芳洞、秋吉台、萩の太陽炉、東光寺の灯籠等、家族に見て貰いたいとの思いで旅を計画しました。
</p>
</div>
<p><img decoding="async"  class="sp100" src="https://gan-senshiniryo.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/01/pc_3_4.jpg" border="0" alt="2014年9月　「水木しげるロード」でねずみ男と"></p>
<p class="quot">2014年9月　「水木しげるロード」でねずみ男と</p>
<h2>会社のこと</h2>
<div class="txt">
<p>会社の定年退職は満60歳になった２０１３年(平成25年)の11月でしたが、この時は２度目の手術でがんが取り切れ十分仕事が出来る状態でしたので１年延長しました。翌２０１４年11月嘱託退職時は、他にもっとやりたいことがあったので全く躊躇なく離職しました。</p>
<p>定年挨拶で本部全員を前にお話しました。</p>
<p>「本日退職いたします。35年の間、何とか勤務できましたのは偏に皆様方のご厚情の賜と心より感謝いたしております。振り返れば、４年前にがんの王様と言われる膵臓がんになり２回手術し死を覚悟しましたが、今のところ日常生活に何一つ不自由無く暮らすことが出来ております。</p>
<p>今後は、膵臓がんの啓発と撲滅を目標に活動しているＮＰＯ法人パンキャン・ジャパンで、同じ病気の患者様に少しでもお役に立てるよう、お手伝いをするつもりです。嘱託社員でもう少し残りますので、あいかわらずのご指導、ご支援の程お願い申し上げます。」</p>
<p>話している最中、若い人の顔が驚きの表情になったのを覚えています。なぜなら、２０１０年最初の手術で1カ月弱、２０１２年は10日程度連続で休みましたが、海外出張に行く人も多く1カ月程度の会社不在はよくあるのと、体調も良く長期間休むこともなかった、罹患前後の業務内容が変わらず本部内の会議メンバーになっていたこともあり、それ程重い病気とは思っていなかったのでしょう。話し終え大きな花束を受け取った後、多くの人から「驚いた、身体に気をつけて元気でパンキャンで活躍して下さい」と声をかけられ有り難く思いました。部のメンバーを中心に多くの仲間と会社の前で大きな花束を胸に記念写真を撮りました。全く予想してなかったことでしたので本当に嬉しく良い思い出になりました。
</p>
</div>
<h2>忍び寄る再々発の影</h2>
<div class="txt">
<p>２０１５年7月30日半年振りに行った造影ＣＴ画像で「左副腎内側に境界不明瞭な脂肪織濃度上昇域が認められ増大している」。８月７日ＰＥＴ–ＣＴでは「左副腎、左横隔膜下に境界不明瞭な軟部濃度域を認め、過去のＣＴ上で緩徐な増大傾向が続いている。ただしＦＤＧ異常集積は認められない」、これまで３回ＰＥＴ–ＣＴを受けていますが事前に取り込んだ糖が光るＦＤＧ異常集積はありませんでした。主治医のＴ先生は「再発でしょう。治療は抗がん剤しかないと思います。手術はこの大学病院では出来ないと思います」。そこで両親がお世話になったＳ先生に相談したところ、膵臓外科のゴッドハンドと言われる他の大学病院の先生を紹介頂きその年の秋に診察を受けました。
</p>
</div>
<h2>抗がん剤の種類（番外編）</h2>
<div class="txt">
<p>２０２０年２月末にイリノテカン・リボソーム（商品名：オニバイド）が米国から５年遅れで承認されました。そこで、膵臓がんに承認されている抗がん剤を纏めてみます。</p>
<p>ゲムシタビン（商品名：ジェムザール）・Ｓ–１（商品名：ＴＳ–１）・エルロチニブ（商品名：タルセバ）・フォルフィリノックス・ナブパクリタキセル（商品名：アブラキサン）の５つが日本で膵臓がんに認可されている抗がん剤です。その他遺伝子異常の条件に合致した固形がんにキイトルーダが承認されていますが、欧米と比べ薬の承認が遅れる「ドラッグラグ」が続いています。ちなみに医薬品の承認は「医薬新医療機器総合機構（ＰＭＤＡ）」が行います。</p>
<p>抗がん剤承認時期は、<br />
２００１年：ゲムシタビン<br />
２００６年：Ｓ–１<br />
２０１１年：エルロチニブ<br />
２０１３年12月：フォルフィリノックス<br />
２０１４年12月：ナブパクリタキセル<br />
２０２０年2月：イリノテカン・リボソーム</p>
<p>ですが、この中でタルセバは、１０６人の治験でゲムシタビン単剤より２週間程度の延命のみという結果の中で承認されました。その後、フォルフィリノックスとアブラキサンが承認されたことによりタルセバは膵臓がん患者には使用されることはほとんどなくなったようです。</p>
<p>ゲムシタビン・Ｓ–１・タルセバは単剤ですが、フォルフィリノックスは、オキサリプラチン・イリノテカン・５–ＦＵの３種類の抗がん剤と５–ＦＵの増強剤レボホリナートを加えた多剤併用の治療法で２週間に１回治療を行います。ナブパクリタキセルもゲムシタビンと併用して３週間行い、１週間休薬するスケジュールで治療を行います。膵臓がんで手術が出来ないあるいは再発した場合、フォルフィリノックスかナブパクリタキセルが使用されることが多いのですが、日本人にはナブパクリタキセルの方が長く使えて、副作用もシビレと脱毛がほぼ１００％起きますが、フォルフィリノックスよりまだ良い感じがしています。</p>
<p>２０２０年８月の時点で４年間使い続けたアブラキサンを変更するかのターニングポイントにさしかかり、次の抗がん剤としてはオニバイドが第一候補となっています。</p>
<p>（つづく）
</p>
</div>
<p><img decoding="async"  class="sp100" src="https://gan-senshiniryo.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/01/pc_takamura.jpg" border="0" alt="高村 僚（たかむら・りょう）
１９５３年横浜市生まれ。武蔵工業大学（現：東京都市大学）工学部電気工学科卒業。電力設備設計会社に入社し、変電所の設計、送電線の調査設計に従事。その後、ＩＴ業務を社内で推進した。56歳で膵臓がんに罹患し、５年後の２０１４年61歳で職を辞し、患者会のボランティアなどを行った。２０１６年より「すい臓がんカフェ」を主宰し、主にすい臓がん患者に懇談の場を提供している。また、「ハマリョウ」の名でブログ発信も精力的に行っている。"></p>
<p class="quot">高村 僚（たかむら・りょう）<br />
１９５３年横浜市生まれ。武蔵工業大学（現：東京都市大学）工学部電気工学科卒業。電力設備設計会社に入社し、変電所の設計、送電線の調査設計に従事。その後、ＩＴ業務を社内で推進した。56歳で膵臓がんに罹患し、５年後の２０１４年61歳で職を辞し、患者会のボランティアなどを行った。２０１６年より「すい臓がんカフェ」を主宰し、主にすい臓がん患者に懇談の場を提供している。また、「ハマリョウ」の名でブログ発信も精力的に行っている。</p>
<h3>本記事の関連リンク</h3>
<h1 id="mg_list">高村 僚先生の私のがん体験 膵臓がん初回手術から10年、慌てず騒がず</h1>
<ul class="menu">
<li><a href="https://gan-senshiniryo.jp/adverse/post_6435">最終回</a></li>
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<li><a href="https://gan-senshiniryo.jp/adverse/post_6420">第1回</a></li>
</ul>

</div>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>私のがん体験（膵臓がん）　膵臓がん初回手術から10年、慌てず騒がず②</title>
		<link>https://gan-senshiniryo.jp/experience/post_6425</link>
					<comments>https://gan-senshiniryo.jp/experience/post_6425#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[admin]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 09 Jun 2023 00:00:51 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[体験記]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://gan-senshiniryo.jp/?p=6425</guid>

					<description><![CDATA[私のがん体験（膵臓がん） 膵臓がん初回手術から10年、慌てず騒がず② 高村 僚　「すい臓がんカフェ」主宰（66歳） 再発告知 ２０１２年２月27日は、２年間続けていた抗がん剤を止められるかも知れないという節目の診察日でし [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="entry">
<div id="book_title">
<h1>私のがん体験（膵臓がん）<br />
膵臓がん初回手術から10年、慌てず騒がず②</h1>
</div>
<div id="author_exp">
<div class="txt">高村 僚　「すい臓がんカフェ」主宰（66歳）</div>
</div>
<h2>再発告知</h2>
<div class="txt">
<p>２０１２年２月27日は、２年間続けていた抗がん剤を止められるかも知れないという節目の診察日でしたので、妻と一緒に病院に向かいました。しかし、１週間前に撮った造影ＣＴ画像検査報告書には「14×13㎜の軟部濃度域が見られる。増強効果はやや不均一。鑑別困難だが、再発巣の可能性も否定はできない。」と書かれていました。これを読んで、当時の主治医Ａ先生がいとも簡単に「再発かも知れないね」とおっしゃり、加えて先生ご自身が４月に別の病院に転出されると伺い二重のショックを受けました。本来Ａ先生の大学教授退官にはもう１年あるのですが、事情があって移られるそうです。主治医は我々の血の気を失った顔を見て、「皆さん、がんにかかった時より再発した時の方がショックを受けるんだよね」と申し訳なさそうに話されたことを思い出します。再発かも知れないと指摘された場所は以前から、5㎜程度の影があり手術痕と見られていたのです。</p>
<p>急遽、ＰＥＴ–ＣＴを２月29日に行い、３月２日夜にＡ先生から「あやしいことは怪しい」との電話を頂き、次の診察日３月５日には、26日に入院再手術を勧められました。数日後Ａ先生から電話で「画像をよくよくチェックしたら肝臓に影があり、これが転移だとすると手術は出来ない」と、手術はキャンセルされ再発のショックから立ち直ったところを再び打ちのめされました。</p>
<p>繰り返しになりますが、造影ＣＴ（２月17日実施）では、「左横隔膜下には前回ＣＴよりもやや増大する14㎜×13㎜の軟部濃度域が認められる。細かい動脈が連続している様にも見え、増大効果はやや不均一。鑑別困難だが、再発巣の可能性も否定できない」。</p>
<p>ＰＥＴ–ＣＴ（２月29日実施）検査報告書では、「左横隔膜下の軟部濃度へのＦＤＧ集積はごく軽度ですが、ＣＴ上増大傾向なので再発の可能性は残ります（膵がんは元々集積が乏しいことも多く、この部位では呼吸性変動による集積過小評価の可能性もあります）。造影ＣＴでの慎重なフォローアップ継続をご検討下さい。その他、ＰＥＴ／ＣＴ上は再発や転移を認めません。」とありましたが、Ａ先生は見事に再発を見極めたのです。経験の少ない医師ならこの検査報告書を読んだらもう少し様子を見ていたと思います。膵臓がんは病院と医者の選択が大切だとこの時も感じました。
</p>
</div>
<h2>抗がん剤ＴＳ ‒１の副作用</h2>
<div class="txt">
<p>３月５日からがんがゲムシタビンに耐性を持ったという事で、当時膵臓がんに承認されていたもう一つの抗がん剤Ｓ–１（商品名ＴＳ–１）の服用が始まりました。この薬は錠剤で４週間朝晩服用、次の２週間休薬の６週間で１クールとなります。</p>
<p>ＴＳ–１服用開始後２週目から消化器系の副作用が発生し、３週目から下痢が始まり、４週後半には食後10分で下痢（水便）、服用終了後15日以上その状態が続きました。重度の下痢、味覚障害、色素沈着、倦怠感など、ありとあらゆる副作用を経験しました。飲む前の体重は52・５㎏でしたが47・５㎏まで減少し、３回緊急で病院に出向き点滴をして頂きました。何しろ下痢が酷く、食後10分で水便が出る状態で、汚い話ですが肛門がヒリヒリと痛みました。人によっては、殆ど副作用が無い人もおられますが、色素沈着はかなりの確率で起きるようです。</p>
<p>丁度、Ａ先生が転出されるので肝胆膵外科もゴタゴタしていたのと、私自身下痢を甘く見ていました。</p>
<p>ＴＳ–１は、フルオロウラシルを土台として、より効果が高く、副作用の少ない薬をめざして開発された薬のはずです。従来のフルオロウラシル系の薬に比べて、 下痢や腸炎などの消化器系の副作用が比較的軽い反面、 骨髄抑制が強くあらわれがちなのですが、膵臓がんだけは、重い消化器障害が出ることも少なくないそうです。
</p>
</div>
<h2>再手術への道のり</h2>
<div class="txt">
<p>４月17日、大学病院で血液検査と造影ＭＲＩ撮影を行いました。終了後、両親がお世話になった消化器外科Ｓ先生の診察を受け、知り合いの膵臓の先生に相談して頂けることになりました。４月25日に現在の主治医Ｔ先生の診察で、「ＭＲＩの画像の結果肝臓は嚢胞で、がんではないと思われる」とのことで手術を勧められました。実は、このＴ先生は２０１０年２月初回手術の執刀医でもあります。５月１日に再びＳ先生の診察があり、Ｓ先生ご本人も、また知り合いの膵臓の先生も手術を勧めています、とお話しがありました。</p>
<p>膵臓がんの再手術は滅多に行われませんが、残った膵臓の再発、肺転移については再手術も行われています。ただし、再手術を行う病院は多くはないので、再発された患者さんは手術を行っている病院にセカンドオピニオンを依頼し挑戦して下さい。その時に注意することは、病院より医師個体で手術適用が決まることが多いと思います。日頃からそのような医師を調べておくことが良いと思います。</p>
<p>５月８日、病院から「５月16日（水）入院、５月18日（金）手術」との電話連絡がありました。
</p>
</div>
<h2>再入院、そして手術</h2>
<div class="txt">
<p>２０１２年５月16日（水）に入院。初日に心電図、呼吸機能検査（スパイログラム）、レントゲン撮影と盛りだくさんの検査がありました。スパイログラムは、手術前肺の状態を把握するために行われるもので、息を吸ったり吐いたりする検査で結構辛いものです。</p>
<p>５月17日に麻酔の説明があり、今回も硬膜外麻酔も行うとのことでしたが、手術当日は麻酔医と医師の連絡ミスか、実際は行われなかったので術後の痛みは実に激しいものでした。この病院の皆さんは誠心誠意治療にあたって下さるので責めるつもりはありませんが、これについては何度聞いても執刀医は口ごもるだけでした。手術の説明では、「手術時間３時間程度、入ってから出るまで４～５時間、術後２日程度準集中治療室（ＨＩＣＵ：病院によってはＨＣＵとも言う）にいてその後一般病棟に移る。腹膜播種、リンパ節転移が考えられ、開けた時点で他にがんがあればそのまま閉じる」等と伝えられました。消灯時間に下剤と睡眠導入剤を服用し眠りにつきましたが、夜中に３回トイレに行きベッドから落ちて手を擦りむきました。トイレへ行く時は看護師さんを呼ぶようにと事前に告げられていましたので、翌日看護師さんから怒られました。皆さん、看護師さんの言いつけは守らないといけませんね。 </p>
<p>５月18日の手術日、今回も午後からの手術で、午前中病室でラクテック注（体内に必要な水分ミネラルを補給したり、血液が酸性に傾いた状態を是正したりするための点滴）を実施し、13：00に手術室へ歩いて行きました。17：30に麻酔から覚め家族と面会したのですが、痛い痛いと夢うつつでした。がんは画像で確認出来た１カ所のみで切除出来たことを聞き安心しました。</p>
<p>今回の手術では、硬膜外麻酔を忘れられたので結構痛みに悩まされましたが、熱が出なかったので回復は思ったより早く、術後２日で尿管が取れて身体に繋がった管は残り１本になりました。</p>
<p>５月22日一般病棟へ、前回は個室でしたが今回は４人部屋を選択しました。</p>
<p>５月23日胸のテープをはがしたところ、縦に切開した上部に段差があり多少体液が出ていました。お腹の切り口は前回と同じ縦に切ったのですが、腸の癒着があり左側肋骨の下を10㎝程度横にも切開するしか方法がなかった、と術後説明を受けました。</p>
<p>５月24日退院、今回は８日間入院、手術後６日目に退院しましたが前回と比べ格段に楽でした。
</p>
</div>
<h2>金環日食</h2>
<div class="txt">
<p>入院中の５月21日、看護師さんと一緒に金環日食を病院の屋上テラス庭園で見ましたが、残念ながら曇っていて観測できませんでした。</p>
<p>この日、日本列島の多くの場所で金環日食や部分日食が観測可能でした。多数の自治体・報道機関がよそ見などで事故をおこしたり、目を痛めたりすることのないよう注意を呼びかけたほか、登校時間をずらす小学校もあったようです。 当日は日本の広い範囲で曇りとなるとの天気予報が出ていましたが、一部の地域では雲の合間から金環日食が観測出来たそうです。</p>
<p>この金環日食に伴い、日本では太陽観測用グラス（日食グラス）が爆発的に売れたそうです。何しろ日本全国お祭り騒ぎで、私も日食グラス３個をネットで購入しましたが残念ながら使う事はありませんでした。皆既日食と違い、金環日食では強い光を放つ太陽の光球がじかに見えるため裸眼での観測はもちろん、煤でいぶしたガラスやサングラス等でも目に危険で、この金環日食を観察した人の中には目に異常を訴えるものも現れ、多くの人が眼科を受診したそうです。</p>
<p>次に日本で見られる金環日食は、２０３０年６月１日になるそうです。
</p>
</div>
<h2>北海道旅行</h2>
<div class="txt">
<p>２０１２年７月には札幌で行われた「難治性がん啓発キャンペーンin札幌２０１２」に妻と参加し、セミナーの合間に北海道大学構内や北海道庁、札幌大通公園、札幌円山動物園等を訪れ、澄み切った青空を見上げながら生きている喜びをかみしめました。</p>
</div>
<p><img decoding="async"  class="sp100" src="https://gan-senshiniryo.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/01/pc_2_1.png" border="0" alt="2012年7月、札幌で行われた「難治性がん啓発キャンペーン」に参加"></p>
<p class="quot">2012年7月、札幌で行われた「難治性がん啓発キャンペーン」に参加</p>
<div class="txt">
<p>この頃からはっきりと自分の死を自覚し、家族との思い出づくりのための旅行を頻繁に計画して行きました。</p>
<p>手始めに２０１２年９月下旬に社会人の長女を除いた我々夫婦と次女、長男４人で３日間北海道の大自然を堪能しました。レンタカーで旭川動物園や美瑛、羊ヶ丘公園、大倉山シャンツェ等を廻り、札幌ラーメンやジンギスカンを食べ、良き思い出を作れました。
</p>
</div>
<p><img decoding="async"  class="sp100" src="https://gan-senshiniryo.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/01/pc_2_2.jpg" border="0" alt="2012年9月、北海道の大倉山シャンツェにて"></p>
<p class="quot">2012年9月、北海道の大倉山シャンツェにて</p>
<h2>屋久島旅行</h2>
<div class="txt">
<p>２０１３年９月26日～30日まで妻と二人で、かねてから訪れたかった鹿児島の屋久島に行きました。羽田から鹿児島空港に飛び、屋久島へは飛行機で行く方法と高速船で行く方法があるのですが、コストダウンのため高速船を選択。ホテルは屋久島ＪＲホテルが一番人気でしたが満室だったので仕方なく「屋久島いわさきホテル」を選びました。正面玄関を入ると、６階吹き抜け空間に聳える高さ約13ｍの屋久杉オブジェが出迎えてくれ、本物と見間違えるほどの迫力に圧倒されました。しかもホテル内は隅々まで掃除がなされ清潔で、食事が美味しいのは勿論のこと、コース料理を出すタイミングが実に絶妙で、今では我が人生で最高のホテルに位置付けされています。
</p>
</div>
<p><img decoding="async"  class="sp100" src="https://gan-senshiniryo.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/05/pc_2_4.jpg" border="0" alt="2013年9月、屋久島にて（ホテルの屋久杉オブジェ）"></p>
<p class="quot">2013年9月、屋久島にて（ホテルの屋久杉オブジェ）</p>
<div class="txt">
<p>27日に「縄文杉ツアー」に参加し片道11㎞、往復12時間を歩くことが出来ました。屋久島に行く最大の目的は、樹齢３０００年～７２００年とも言われる「縄文杉」に会いに行くことでした。
</p>
</div>
<p><img decoding="async"  class="sp100" src="https://gan-senshiniryo.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/01/pc_2_3.png" border="0" alt="11㎞歩いて会えることのできた「縄文杉」"></p>
<p class="quot">11㎞歩いて会えることのできた「縄文杉」</p>
<div class="txt">
<p>ホテルを午前４時に出てトロッコの道をひたすら歩き、ウィルソン株、大王杉、夫婦杉、縄文杉と、太古からの原生林のパワーを感じながら歩き、霧雨の中神秘的な姿を見せる「縄文杉」に会うことが出来、素晴らしい思い出になりました。
</p>
</div>
<p><img decoding="async"  class="sp100" src="https://gan-senshiniryo.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/01/pc_2_5.jpg" border="0" alt="大王杉の前で"></p>
<p class="quot">大王杉の前で</p>
<div class="txt">
<p>28日は10時間程度の「白谷雲水峡ツアー」で１９９７年公開のジブリ映画『もののけ姫』の舞台のモデルとなった白谷雲水峡や弥生杉をゆっくり探索できました。
</p>
</div>
<p><img decoding="async"  class="sp100" src="https://gan-senshiniryo.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/01/pc_takamura.jpg" border="0" alt="高村 僚（たかむら・りょう）
１９５３年横浜市生まれ。武蔵工業大学（現：東京都市大学）工学部電気工学科卒業。電力設備設計会社に入社し、変電所の設計、送電線の調査設計に従事。その後、ＩＴ業務を社内で推進した。56歳で膵臓がんに罹患し、５年後の２０１４年61歳で職を辞し、患者会のボランティアなどを行った。２０１６年より「すい臓がんカフェ」を主宰し、主にすい臓がん患者に懇談の場を提供している。また、「ハマリョウ」の名でブログ発信も精力的に行っている。"></p>
<p class="quot">高村 僚（たかむら・りょう）<br />
１９５３年横浜市生まれ。武蔵工業大学（現：東京都市大学）工学部電気工学科卒業。電力設備設計会社に入社し、変電所の設計、送電線の調査設計に従事。その後、ＩＴ業務を社内で推進した。56歳で膵臓がんに罹患し、５年後の２０１４年61歳で職を辞し、患者会のボランティアなどを行った。２０１６年より「すい臓がんカフェ」を主宰し、主にすい臓がん患者に懇談の場を提供している。また、「ハマリョウ」の名でブログ発信も精力的に行っている。</p>
<h3>本記事の関連リンク</h3>
<h1 id="mg_list">高村 僚先生の私のがん体験 膵臓がん初回手術から10年、慌てず騒がず</h1>
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</div>
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		<title>私のがん体験（膵臓がん）　膵臓がん初回手術から10年、慌てず騒がず①</title>
		<link>https://gan-senshiniryo.jp/experience/post_6420</link>
					<comments>https://gan-senshiniryo.jp/experience/post_6420#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[admin]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 09 Jun 2023 00:00:07 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[体験記]]></category>
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					<description><![CDATA[私のがん体験（膵臓がん） 膵臓がん初回手術から10年、慌てず騒がず① 高村 僚　「すい臓がんカフェ」主宰（66歳） はじめに 「がんの先進医療」編集長基さんから、闘病記執筆のお話しを頂き、がん患者さんとご家族の皆さん、ま [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="entry">
<div id="book_title">
<h1>私のがん体験（膵臓がん）<br />
膵臓がん初回手術から10年、慌てず騒がず①</h1>
</div>
<div id="author_exp">
<div class="txt">高村 僚　「すい臓がんカフェ」主宰（66歳）</div>
</div>
<h2>はじめに</h2>
<div class="txt">
<p>「がんの先進医療」編集長基さんから、闘病記執筆のお話しを頂き、がん患者さんとご家族の皆さん、また読んで頂いた方に少しでも前向きにがんに立ち向かって貰いたい、何かの参考になりご自身の治療に役立てて頂きたいという思いからお話しをお受けした次第です。ただし、一患者としての経験に基づくものですから、必ず正しいというものではありませんので、その点ご了解下さい。今回は、膵臓がん罹患から初回再発までを書こうと思います。</p>
<p>簡単にこれまでの経緯を述べます。</p>
<p>２００９年11月　56歳の健康診断で膵臓の異常発見<br />
２０１０年２月　膵体尾部並びに脾臓摘出、および膵嚢胞切除手術<br />
２０１２年２月　左横隔膜下に再発<br />
２０１２年５月　根治を目的に再手術<br />
２０１５年７月　左横隔膜下と副腎周辺に再々発<br />
２０１５年11月　根治を目的に再々手術を行ったが、左横隔膜下の腫瘍一部のみ切除</p>
<p>つまり、２０１５年7月から４年半以上膵臓がんとの共存が続いています。
</p>
</div>
<p><img decoding="async"  class="sp100" src="https://gan-senshiniryo.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/01/pc_1_1.png" border="0" alt="建設中の東京スカイツリー（2011年1月、著者撮影）"></p>
<p class="quot">建設中の東京スカイツリー（2011年1月、著者撮影）</p>
<h2>健康診断結果</h2>
<div class="txt">
<p>私が勤務していた会社では、誕生月に定期健康診断を毎年行っていました。それまでも胃にポリープが見つかり内視鏡を行ったことは有りましたが、治療を必要とする大きな病気は無く、健康でバリバリ働いていました。ところが、２００９年56歳の定期健康診断で、「膵嚢胞と膵臓に影が有り精密検査が必要」と11月末にレポートが届きました。会社が所属していた健康保険組合は、腹部超音波検査など定期健康診断では余り取り入れられていない検査を実施していました。即ち、この腹部超音波検査で膵尾部の影と、バリウムによる胃のレントゲン検査で胃が外部から何らかの影響で押され変形していたという理由で、レポートが上がってきたのでしょう。</p>
<p>これが、何も自覚症状が無い状態で膵臓がんを発見できた大きな要因だと思います。ご存じだと思いますが、膵臓がんは死亡率第４位で現在でも５年生存率８～９％程度、10年生存率５％でがんの王様と言われて、10年前は５年生存率５％で罹患者と死亡者数がほぼ同数の２万５０００人でした。通常、膵臓がんは黄疸や背中の痛み、体重減少、血糖値の上昇などで見つかることが多く、その時点ではがんが進行していて手術が出来ないことが多いのです。私の場合も１年前の健康診断では、全く膵臓がんの兆候は認められなかったのです。これも膵臓がんの恐ろしさなのです。</p>
<p>健康保険組合の検診センター医師に、父と母がお世話になっていた消化器外科の先生がいらっしゃる大学病院に紹介状を書いて頂き、12月初旬に初診、中旬にＣＴ撮影、年が明けて直ぐＭＲＩ、１週間後にＰＥＴ–ＣＴを受け、２０１０年１月中旬に結果を聞きました。その時「悪性ではないが手術が必要で入院３～４週間、加えて退院後２週間自宅で療養が必要。２月22日の週に検査・手術を行うので手術日の３～４日前に入院」との説明を受けました。</p>
<p>ところがその２日後、病院から「２月1日入院、４日手術が出来るがどうですか？」との電話があり、急遽入院することとなりました。会社の上司に事情を説明し、部下には引き継ぎを１週間程度で終了し、業務に支障なく入院できました。
</p>
</div>
<p><img decoding="async"  class="sp100" src="https://gan-senshiniryo.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/01/pc_1_2.jpg" border="0" alt="妻と箱根にて"></p>
<p class="quot">妻と箱根にて</p>
<h2>自分自身の決断</h2>
<div class="txt">
<p>この時は、国立がん研究センター中央病院、がん研有明病院の方が良いと思っていました。自分の身は一つしかないので断言はできませんが、結局は病院選択が今日まで生きている大きな要因でもあると思うようになりました。病気になると「決断しなければならないこと」が何度もあります。現在通院中の病院では、標準治療以外の治療にも紹介状や画像、がん組織まで快く出して頂けるのです。信じられない話ですが未だにセカンドオピニオンさえ認めない医師、がん組織は病院に帰属すると言って絶対に出さない病院もあるのです。</p>
<p>昔は、お医者様を信じて主治医の治療方針に従うことが多かったのですが、今は患者自身も自分の状態を十分把握することが大切なのと、医学的な情報や知識もセミナーやネットで簡単に得ることができるので、最終的には患者自身が治療法を決めていくことが必要ではないかと考えています。
</p>
</div>
<p><img decoding="async"  class="sp100" src="https://gan-senshiniryo.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/01/pc_1_3.jpg" border="0" alt="山形県庄内平野を走るSL"></p>
<p class="quot">山形県庄内平野を走るSL</p>
<h2>入院から手術前日まで</h2>
<div class="txt">
<p>２月１日に入院し、４日の手術に向け、５人のチーム（リーダーＮ先生・Ｔ准教授・Ｗ先生（画像）・Ｈ先生（研修医２年）・Ｓ先生（研修医１年・女性）で手術前の各種検査を受けましたが、検査時のピリピリした雰囲気とＳ研修医が私の顔を直視せず申し訳なさそうに話すことで、ただならぬものを感じました。</p>
<p>１日の検査は、採血・心電図・呼吸器・エコー・レントゲン、エコーの検査でＮ先生とＷ先生が気になった点があるようでいろいろ話しておられました。また、血液検査の結果で腫瘍マーカーの値が高かったので心配でした。２日午前中、超音波内視鏡を行いましたが、大変つらい検査で終了後は車いすで病室に戻りました。この内視鏡は口から入れ、挿入後全身麻酔を行い眠った状態で検査を行います。胃の内視鏡より太いので、終了後のどが傷つき痛みが数日残りました。</p>
<p>３日に麻酔科で、硬膜外麻酔を背骨に施術し、鎮痛剤を術後２～３日間４㎖／時で行う、手術は全身麻酔で行うとの説明を受けました。</p>
<p>病室に戻り、右胸からカテーテルを入れる手術を指導医Ｎ先生が見守る中、Ｈ先生が行いました。Ｈ先生は初めてなのか、経験が少ない感じでしたが、指導医の指示に従い無事に終了しました。これは、栄養補給と緊急時この管を利用し投薬や輸血を行うためのものです。</p>
<p>普段は医師同士冗談を言い合う様子もお見受けしましたが、研修医が診察を行う時、Ｎ先生の表情は普段の優しい顔から一変し、研修医の表情と指のわずかな動きさえも見落とさないよう、一挙手一投足を瞬きすること無く観察していました。人の命を預かる医師のプロ根性を垣間見た瞬間でした。そこで、私は部下を育てることの厳しさが、足りなかったと反省し、退院後退職するまでの間、部下を厳しく指導しました。
</p>
</div>
<p><img decoding="async"  class="sp100" src="https://gan-senshiniryo.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/01/pc_1_4.jpg" border="0" alt="家族と日光へ小旅行"></p>
<p class="quot">家族と日光へ小旅行</p>
<h2>術前カンファレンス</h2>
<div class="txt">
<p>３日夕方２時間に渡る術前カンファレンスを受けました。</p>
<p>1.膵尾部の通常のがんの可能性が８～９割。<br />
2.嚢胞は患者への負担を考え、取らない方針。<br />
3.輸血は極力行わないが、必要時は日赤の血液を利用する。<br />
4.血液製剤のアルブミン、フェブリ糊を使う。<br />
5.考えられる合併症。<br />
①主膵管損傷による重篤な状況。<br />
②脾臓を取ることによる血小板が増え血液がドロドロになる。<br />
これについてはバイアスピリンを服用する。<br />
③肺炎。<br />
6.術後の予想経緯<br />
①ＩＣＵに１日入りその後一般病室へ（個室を予約）。<br />
膵液のアミラーゼ１００～２００が正常、翌日は数千になる。<br />
②翌日ベッドから起き上がる。<br />
③翌々日歩行を始める。<br />
④４～５日で食事を開始。<br />
⑤お腹の管は１週間ぐらいで取れる。</p>
<p>この時、初めて腫瘍が悪性であると告げられましたが半信半疑で、落ち込んだ記憶が全く有りません。
</p>
</div>
<h2>手術当日から退院まで</h2>
<div class="txt">
<p>４日の手術は、その日２番目の12時以降に始めると言うことで、予定通り12時に看護師さんが迎えに来られ、手術室へは点滴スタンドを自分で引いて家族と共に歩いて行きました。よくＴＶの医療ドラマでは、ストレッチャーに横になって手術室に入っていきますが違いました。実際は徒歩で入ります。手術台に横になり硬膜外麻酔ルート、手首動脈点滴ルート確保などを行いました、最後に笑気ガス麻酔を口にあてられ、当然のことながらそれから後は19時20分まで何も覚えていません。</p>
<p>執刀医の声で起こされ、夢現の状態で「今何時ですか」と尋ね、手術が出来たのだ、腫瘍は取れたのだ、良かったと思いましたが、同時に寒気と震えが起こり、周りの先生たちがかなり慌てておられました。後で聞いた話ですが、寒気と震えが術後起きるのはかなり良くないことらしいです。右肩の尋常ではない痛みにも悩まされました。私の場合、丁度その頃「五十肩」を患っていて、それでなくとも肩が痛いのに、長時間の同じ姿勢の影響かも知れません。手術時間は４時間程度の予定でしたが、残す予定であった嚢胞が胃に癒着していたので切除に時間が必要だったそうです。身体を毛布で暖めて貰い寒気と震えも収まり、いつの間にか浅い眠りに就きました。</p>
<p>その夜はＩＣＵで一泊しましたが、一晩中看護師さんが慌ただしく手当をして下さいました。翌日は病院で一番安い個室に移動しました。個室は、洗面とトイレがあり、広さも６畳くらいで手術後の痛みと、体につながっていた管が11本、他人のいびきにも悩まされることなく大変助かりました。</p>
<p>これだけの手術を行った場合、やはり個室を申し込んでおいて正解だと思いました。膵臓がん、特に膵頭部の手術を行う人は、金銭的に許されるなら、是非術後10日程度は個室を予約することをお勧めします。</p>
<p>４日に手術をして、その後７日迄は高熱が続き、解熱剤のお世話になり通しでした。この時の辛さは生半可ではなく「もう一度この手術をするなら、死んだ方がましだ」と思うくらいでした。ちなみにその後２度の再発時手術終了後は、「これだったら生きるために何回でも受ける」と思ったほどです。</p>
<p>術後６日目の10日、抜糸と硬膜外麻酔を抜きました。その後突発的な痛みが出るなどでちょっと入院が長くなり、大安の２月18日退院しました。しかし、50ｍも歩くことは出来ずタクシーで自宅に帰りました。退院と言っても、その後２週間程度自宅療養が必要な状態で、病院から出されるのです。</p>
<p>退院後、胃腸の調子が本調子ではないので、少量の食事を１日に何回にも分けて取る、自宅の周りを散歩するなどして、ある程度体力を付け1週間で出社、業務をこなすことが出来ました。有給休暇と疾病休暇があったので欠勤にはならず、経済的に助かりました。治療を続けるためには、仕事を辞めないこと、一歩進めて会社にしがみつくことをお勧めします。
</p>
</div>
<h2>確定診断</h2>
<div class="txt">
<p>術後1カ月程度で病理検査の結果が出るとのことでしたが、40日以上経った３月下旬に結果が出ました。主治医からは、「普通の膵がんで、膵臓の切断面からはがん細胞は出なかった、腫瘍が２・５×３㎝で大きかったが、明らかなリンパ節転移は認められず、ステージⅢの高分化がん」との説明がありました。この時の主治医が大物であったせいか、精神的に落ち込むことは殆ど有りませんでした。「人間必ず死ぬのだから」と言われ、私は覚悟したのです。ただし、「死」を受け入れたのではなく、如何に残された時間を有意義に使うか、どうすれば悔いが残らないかを模索しています。通常がん細胞の分化度は低いほど悪性度が高く、未分化が最悪で予後が悪いと言われていますが、何人かの医師に伺ったところ、膵臓がんでは分化度は全く関係なく、みな悪いそうです。それは、膵臓の厚さが２㎝程度と薄いこと、近くに門脈と重要な血管が取り巻いており、がん細胞が臓器外に出やすいことが関係しているようです。</p>
<p>その日から術後補助療法として抗がん剤治療が開始されました。現在は膵臓がんの術後補助療法としてはＴＳ–１が選択されますが、10年前は決まっておらず、ゲムシタビンを隔週で実施しました。ゲムシタビンの副作用は、２～３日間熱っぽかったのとシャックリが出ることくらいで、それ程きついものではありませんでした。
</p>
</div>
<h2>東日本大震災</h2>
<div class="txt">
<p>治療以外では、パンキャン・ジャパンや大学病院のセミナー、勉強会に積極的に参加し知識を深め、患者同士の話を通じて膵臓がんは一人一人状態が違うことを肌身で感じました。</p>
<p>術後１年が経ち、以前と同じように仕事をしていた２０１１年３月11日の午後、東海道新幹線で静岡県三島に出張しました。タクシーで客先に行く途中、電柱が大きくゆれ、配電線も波打ち、運転士さんが直ぐに車を止め様子を見ました。その時は東海沖地震が起きたと思いました。客先でテレビを見て、東北地方が震源の大震災と知り、あの津波に震撼しました。自宅に電話をしても繋がらず、メールもダメで家族のことが大変心配でした。打ち合わせを終え、何とかタクシーに乗り三島駅までたどり着きましたが、当然新幹線は動きません。三島駅前にそびえるビジネスホテルに徒歩で向かい、泊まれるか問い合わせましたが、満室と言う事でした。携帯電話でインターネットに接続し、空きの有った小さなビジネスホテルを予約し、30分以上歩いてたどり着きました。当時私の勤めていたオフィスは自宅から30㎞離れていて、到底帰宅することは出来ません。会社では、事務所内で机の上や椅子、はたまた床で睡眠を取ったであろうことを考えると、家に帰れないとはいえ天国でした。その日の夕方からメールが届くようになり、家族全員の無事が確認でき、その晩はゆっくりベッドで眠ることが出来ました。</p>
<p>このような災害や事故で一瞬に人生が奪われることを考えると、ある程度時間が有る「がん」はまだ良いのかも知れません。</p>
<p>この場で、東日本大震災で亡くなられた方のご冥福をお祈りします。
</p>
</div>
<h2>再発か</h2>
<div class="txt">
<p>術後補助療法として、２週間に１回のゲムシタビン抗がん剤治療に通っていました。治療日は午前半休を取り午後から出社、治療が長引いた時は、大きな声では言えませんが客先打ち合わせに行くこともありました。</p>
<p>初回手術から２年間全てが順調であったわけではなく、下痢や便秘はある程度の頻度で発生しました。この２年間で１度だけ会社を休み病院に駆け込んだことがありましたが、ガスが貯まっていたことによる腹部の痛みであることがレントゲンで判明しました。</p>
<p>下痢や便秘の頻度も少なくなり、食欲、体調も順調に回復したので、いつ抗がん剤を止めるかを主治医と共に悩んでいました。２０１２年1月、来月で手術から２年が経つので造影ＣＴを撮って判断しましょうと言われ、２月の診察日に、画像を見た主治医から「再発したみたい」と告げられました。手術痕かと思われていた５㎜程度の影が１㎝になっている、この時のショックの方が膵臓がん確定の時より大きく、数日間落ち込みました。
</p>
</div>
<h2>番外編（家族との情報共有）</h2>
<div class="txt">
<p>私が罹患したのは56歳の時、３人の子供のうち一番下が高校１年でした。自分の死より子供たちの教育費が大丈夫か？と一番先に頭をよぎりましたが、勤めていた会社がと言うより上司かな、が理解あったこと、予後が良かったことなどが重なって今日まで生きることが出来ています。先ほども申し上げたように、会社勤めの方は会社にしがみついて下さい。日本は医療保険が有るのですが、お金が無くなったら治療も出来なくなります。がんになってない方は、がん主体の民間医療保険に入ること、先進医療特約は掛け金が安いので入ることをお勧めします。</p>
<p>それと、がんを子供に伝えるか？　と言う問いですが、私は伝えるべきだと思います。我が家では、最初の段階で膵臓がんの恐ろしさ、それ程生きられないこと、治療方法、抗がん剤の副作用など、全てを包み隠さず伝えています。普通の若い人にとって親の死は、非現実的なもので意識することは無いと思います。それが、我が家では差し迫った現実なのです。彼らにはそれを理解しておいて貰いたい。親が死んだ時、親に対し「もっとこうしておいてあげたら良かった、こんなに早く死んでしまうならもっと親孝行しておけば良かった」など後悔させたくなかったのです。我が３人の子供たちは、人の死を身近なものとして捉え、痛みの分かる人間に大きく変わったと思います。</p>
<p>思い出づくりに、家族旅行を沢山しています。箱根、日光、妻の実家、この２年で行きました。</p>
<p>（つづく）
</p>
</div>
<p><img decoding="async"  class="sp100" src="https://gan-senshiniryo.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/01/pc_takamura.jpg" border="0" alt="高村 僚（たかむら・りょう）
１９５３年横浜市生まれ。武蔵工業大学（現：東京都市大学）工学部電気工学科卒業。電力設備設計会社に入社し、変電所の設計、送電線の調査設計に従事。その後、ＩＴ業務を社内で推進した。56歳で膵臓がんに罹患し、５年後の２０１４年61歳で職を辞し、患者会のボランティアなどを行った。２０１６年より「すい臓がんカフェ」を主宰し、主にすい臓がん患者に懇談の場を提供している。また、「ハマリョウ」の名でブログ発信も精力的に行っている。"></p>
<p class="quot">高村 僚（たかむら・りょう）<br />
１９５３年横浜市生まれ。武蔵工業大学（現：東京都市大学）工学部電気工学科卒業。電力設備設計会社に入社し、変電所の設計、送電線の調査設計に従事。その後、ＩＴ業務を社内で推進した。56歳で膵臓がんに罹患し、５年後の２０１４年61歳で職を辞し、患者会のボランティアなどを行った。２０１６年より「すい臓がんカフェ」を主宰し、主にすい臓がん患者に懇談の場を提供している。また、「ハマリョウ」の名でブログ発信も精力的に行っている。</p>
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</ul>

</div>
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			</item>
		<item>
		<title>ゲノム編集は人間の倫理観も改編するのか</title>
		<link>https://gan-senshiniryo.jp/experience/post_2426</link>
					<comments>https://gan-senshiniryo.jp/experience/post_2426#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[admin]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 01 May 2017 08:27:21 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[体験記]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://gan-senshiniryo.jp/?p=2426</guid>

					<description><![CDATA[コラム ゲノム編集は人間の倫理観も改編するのか フリーライター　奈津野 亜希子さんのコラムです。 （2016年.vol25） ２０１５年に中国の研究チームが、ヒト受精卵のゲノム（生物の遺伝子情報）編集を行ったとして論文を [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="entry column">
<p class="col-tit">コラム</p>
<h1>ゲノム編集は人間の倫理観も改編するのか</h1>
<p class="writer">フリーライター　奈津野 亜希子さんのコラムです。</p>
</div>
<div class="entry">
<p class="go">（2016年.vol25）</p>
<p>２０１５年に中国の研究チームが、ヒト受精卵のゲノム（生物の遺伝子情報）編集を行ったとして論文を発表し、話題になった。さらに去年には、同じく中国の研究チームが世界初となるゲノム編集技術CRISPR-Cas9（クリスパーキャスナイン）システムを用いた遺伝子治療の臨床試験を行った。
</p>
<p>アメリカでもCRISPR/Cas9を使い、米ペンシルベニア大学ががん治療の臨床試験に向けた適用申請を行い、承認されている。これ以外にも、CRISPRの発見者の一人、フェン・チャン博士が創設メンバーとなった米エディタス・メディシン（マサチューセッツ州）が、従来の遺伝子治療では難しい希少な網膜疾患などを対象に、CRISPRを使って２０１７年の臨床試験開始を表明している。</p>
<p>アメリカと中国で激しくなる医学研究競争と共にゲノム編集の技術向上は加速していく。それは人間の未来にどんなものをもたらすのだろうか。</p>
<p>そもそもゲノム編集とは、遺伝子の本体であるＤＮＡの狙った位置を切り貼りするなどして「編集」し、その生物のゲノムを改編する技術である。ゲノム編集により、有用な農作物の作出や、遺伝性疾患の治療ができるようになると期待されている。ゲノム編集技術のひとつであるCRISPR/Cas9システムの確立により、この技術が爆発的に普及するようになった。</p>
<p>たとえば、牛や魚などの筋量を増やすことで効率的に生産することができるようになる。また、医療研究に使う疾患モデル動物といえばマウスが主流だが、よりヒトに近いサルに対してもゲノム編集は有効で、サルの疾患モデル動物を作製することができるようになる。がん治療に対しての応用としては、がん細胞によって免疫の働きを抑制されないＴ細胞をつくり出すなどがされている。</p>
<p>そして、倫理的問題の最大の的となるのは、ヒト受精卵に対するゲノム編集だ。遺伝子性疾患の原因となる遺伝子を取り除くだけでなく、知能や外見など、好ましい特質を持たせることができるようになるかもしれない。受精卵に対しては、まだ１００％の確率で特定の場所の遺伝子を編集することが難しく、生まれてくる子供がなんらかの異常を持ってしまう可能性があり、今はまだ現実的ではない。</p>
<p>中国の研究チームが行った研究でも、「ヒトの受精卵に対する遺伝子治療にCRISPR/Cas9を使うのはまだ早い」と結論づけている。この研究で使った受精卵は、子供として生まれることのない異常な受精卵を使ったが、世界中が衝撃を受けた。倫理面での社会からの批判は必須のため足踏みする国をしり目にいち早く手を付けた中国は一種の炎上商法的な部分があるが、第２、第３のヒト受精卵を使ったゲノム編集実験の呼び水になる可能性は多分にある。</p>
<p>受精卵に限らずにゲノム編集というバイオテクノロジーは魅力的すぎてしまい、この奔流はせき止めるのは難しい。ただし、どの方向に流れていくのか調整し、今はまだ守るべき土地を守るために河川整備する必要はあるだろう。そうでないと、がん治療への利用研究などの有用な水を枯らしてしまいかねない。</p>
<p>それとともに思うのは、この革新的な医学の発達が人間の倫理観や道徳観も改編する可能性だ。昔は倫理的に受け入れられない人も多かった試験管ベイビーも、今では普通に世間に受け入れられている。倫理や道徳の概念は時間とともに変化する。</p>
<p>今はまだ現実的ではなくとも、遠くない未来には受精卵に対するゲノム編集は行われる可能性がある。それは遺伝子治療にとどまらず、好ましい特質を持たせる「デザイナーベイビー」にも及ぶだろう。</p>
<p>生まれてくる子供に自動車のスペアタイヤや非常灯のように、「健康」「知性」を標準装備し、ナビやバックモニター、好みのホイールなどのように、「好みの外見」「高い運動能力」をオプション装備する時代が来るのかもしれない。</p>
<h1>フリーライター　奈津野 亜希子さんのコラム</h1>
<ul class="menu">
<li><a href="https://gan-senshiniryo.jp/experience/post_2426">ゲノム編集は人間の倫理観も改編するのか【全がん共通】</a></li>
<li><a href="https://gan-senshiniryo.jp/experience/post_1996">妊娠中の「がん治療」　二つの命を守りたい【全がん共通】</a></li>
<li><a href="https://gan-senshiniryo.jp/experience/post_1855">加工肉発がん性報道　消費者の私たちが考えるべきことは？【大腸がん】</a></li>
<li><a href="https://gan-senshiniryo.jp/experience/post_1687">子宮頸がんワクチン　私たちと向き合って、問題の背景を明らかにしてほしい【子宮頸がん】</a></li>
<li><a href="https://gan-senshiniryo.jp/experience/post_1685">がん検診を人工知能が行う時代になる【全がん共通】</a></li>
<li><a href="https://gan-senshiniryo.jp/experience/post_1268">川島なお美さん　夫に「本当に立派でした」と言われた最期【胆管がん】</a></li>
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<li><a href="https://gan-senshiniryo.jp/experience/post_1258">余命宣告を受けた女子バスケットボール選手の生涯【脳腫瘍】</a></li>
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			</item>
		<item>
		<title>妊娠中の「がん治療」　二つの命を守りたい</title>
		<link>https://gan-senshiniryo.jp/experience/post_1996</link>
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		<dc:creator><![CDATA[admin]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 04 Nov 2016 08:07:26 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[体験記]]></category>
		<category><![CDATA[抗がん剤]]></category>
		<category><![CDATA[ホルモン療法]]></category>
		<category><![CDATA[乳がん]]></category>
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					<description><![CDATA[コラム 妊娠中の「がん治療」 二つの命を守りたい フリーライター　奈津野 亜希子さんのコラムです。 （2016年.vol23） 子どもを授かる――。そんな女性にとって最も幸福な時、がんを宣告されるという厳しい現実に直面し [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="entry column">
<p class="col-tit">コラム</p>
<h1>妊娠中の「がん治療」<br />
二つの命を守りたい</h1>
<p class="writer">フリーライター　奈津野 亜希子さんのコラムです。</p>
</div>
<div class="entry">
<p class="go">（2016年.vol23）</p>
<p>子どもを授かる――。そんな女性にとって最も幸福な時、がんを宣告されるという厳しい現実に直面したら、あなただったらどういう選択をするだろうか。<br />
近年、女性の出産年齢は年々高くなってきている。厚生労働省の資料によると、出生順位別に母の平均年齢は、平成26年では、第一子は30・６歳、第二子は32・４歳、第三子は33・４歳となっており、昭和50年に比べ、それぞれ４・９歳、４・４歳、３・１歳上昇している。そして、女性特有のがん、特に乳がんの発症率は、30代から徐々に増えていくことがわかっている。女性の妊娠中のがんの発症率は今後増加すると考えられる。
</p>
<p>妊娠中にがんの発症がわかった場合、「抗がん剤治療をしながら妊娠の継続はできないので、子どもをあきらめて治療してください」と医師に言われることがあるという。それは、がんに関しての検査や治療は妊娠周期によって胎児に異なる影響を及ぼすとされているからで、よく言われるレントゲンの放射線やＭＲＩの磁場の問題で、これらの作用は特に胎児の発育が盛んな妊娠前期には奇形などの原因となるとされている。また、抗がん剤治療や手術時の麻酔なども妊娠前期には胎児に影響を及ぼすとされている。放射線治療やホルモン療法などはどの周期でも胎児に悪影響が出ることから出産後に行う。</p>
<p>しかし、日本乳癌学会のガイドラインによると、妊娠中ということや出産、授乳ががんに何か影響を与えるということはないとされている。つまり、これらのことによってがんが進行したり、再発してしまうということはない。また、乳がん治療のなかには妊娠中のどの時期においても胎児への影響があるものと、妊娠前期のみ影響があるものがあり、抗がん剤や手術の際の麻酔薬は、妊娠前期では胎児への影響があるが、妊娠中期や後期では胎児へ悪影響を及ぼす可能性が低くなるという。つまり、時期や方法を慎重に選ぶことで妊娠中も実施できる場合があるということがわかってきている。</p>
<p>欧米では研究が進み、がんを治療しながら出産できる方法が広く知られているのだという。</p>
<p>日本でもがんと妊娠をめぐっては、強力ながん治療の前に卵子や卵巣を凍結保存し、将来に妊娠の可能性を残す取り組みに社会の関心が向くようになった。しかし、妊娠中のがんは数が少ないこともあり、注目度は高くなかった。妊娠中にがんが見つかるのは、日本での頻度は不明だが欧米の研究によると、最も多い乳がんが妊婦３０００人に１人、血液や甲状腺など他のがんも合わせると１０００人に１人ほどと推定される。</p>
<p>ＮＨＫの情報番組で国立がん研究センター乳腺・腫瘍内科の北野敦子医師は、妊娠中のがんについてこう述べていた。</p>
<p>「妊娠とがんの治療を両立できる事実を知らない医療者が多い。患者さんにもその情報が十分に行き渡っていないので、試みる前に人工中絶してしまうケースも多いと思う。お母さんの命も子どもの命も救えるっていう事実を届けたいし、救いたい。この輪を、私たちの今の思いをひとつずつ広げていきたい」<br />
もちろん、時期や方法を慎重に考慮しても、すべてのケースでその選択ができるわけではないだろう。だが、女性にとって最も幸福な時、医師が「子どもをあきらめるしかありません」ではなく、「おめでとうございます」と声をかけられる状況が一つでも増えてほしいと思う。
</p>
<p>相談窓口は、今の段階では聖路加国際病院が窓口になっている。電話で『がん相談支援室』に問い合わせると、対応できる医療機関を紹介してくれる。<br />
ＴＥＬ：０３–５５５０–７０９８（がん支援相談室）
</p>
<h1>フリーライター　奈津野 亜希子さんのコラム</h1>
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		<title>加工肉発がん性報道　消費者の私たちが考えるべきことは？</title>
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		<dc:creator><![CDATA[admin]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 08 Aug 2016 07:28:30 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[体験記]]></category>
		<category><![CDATA[大腸がん]]></category>
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					<description><![CDATA[コラム 加工肉発がん性報道 消費者の私たちが考えるべきことは？ フリーライター　奈津野 亜希子さんのコラムです。 （2016年.vol22） 2016年6月15日、世界保健機関（ＷＨＯ）の研究機関である国際がん研究機関（ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="entry column">
<p class="col-tit">コラム</p>
<h1>加工肉発がん性報道<br />
消費者の私たちが考えるべきことは？</h1>
<p class="writer">フリーライター　奈津野 亜希子さんのコラムです。</p>
</div>
<div class="entry">
<p class="go">（2016年.vol22）</p>
<p>2016年6月15日、世界保健機関（ＷＨＯ）の研究機関である国際がん研究機関（ＩＡＲＣ）は、「非常に熱い飲み物」を「グループ２Ａ」（ヒトに対しておそらく発がん性がある）に、「コーヒー」および「マテ茶」を「グループ３」（ヒトに対する発がん性について分類できない）に分類することを発表した。コーヒーに関しては、これまで「グループ２Ｂ」（ヒトに対して発がん性がある可能性がある）に分類されていた。コーヒーを飲まないようにする若者が増えるなど悪者扱いされていたが汚名返上となったかたちだ。</p>
<p>私たちは、こういった発がん性について研究機関の発表に右往左往しがちだが、こういう情報とどう向き合えばよいのだろうか。</p>
<p>去年（２０１５年）10月のＩＡＲＣの「ソーセージなどの加工肉は、人にとって発がん性がある」という発表では、買い控えなどが起き、大手加工肉メーカーなどは反発、大きな波紋を広げたことは記憶に新しい。私自身も一時スーパーから無塩せき以外のハムやベーコンが一切なくなったのを覚えている。</p>
<p>発表では、毎日50ｇの加工肉（ソーセージなら３本、ハムなら５枚、薄切りベーコンなら３枚程度）を食べると、大腸がんになるリスクが18％増加すると指摘。加工肉を食べることによる発がん性のリスク評価は５段階で最も高いレベルとし、消費者に食べ過ぎないように警告していた。</p>
<p>まず、これに反発したのは大手加工肉メーカー業界トップの日本ハムで、末沢寿一社長は10月30日の決算会見で、「基本的に日本人の摂取量では問題ない」と安全性を強調し、日本の研究機関などの調査を引き合いに「お肉は体に良いということを訴えていく」とした。</p>
<p>丸大食品もこれを援護射撃するかのように、ＩＡＲＣ公表直後の数日、ウインナーの販売が２割ほど落ちたことを明かし、科学的根拠のない風評によって営業妨害される「被害者」という立場を強調した。</p>
<p>北米食肉協会（ＮＡＭＩ）はＩＡＲＣの発表を「最初から特定の結果を導き出すため、データを歪曲した」と強く批判した。</p>
<p>問い合わせが殺到したＷＨＯは「一切食べないようにとは求めていない」と弁明に追われた。</p>
<p>これに振り回されたのは消費者だ。「18％もリスクが増加するなら食べれない」「何を食べたらいいのか」などネットでは波紋が広がった。</p>
<p>では、実際にメーカーの言うように安全であり、今までと変わらず食べていいのだろうか。</p>
<p>国立がん研究センターは今回の騒動を受けて、《すでに２００７年に世界がん研究基金（ＷＣＲＦ）と米国がん研究協会（ＡＩＣＲ）による評価報告書で、赤肉、加工肉の摂取は大腸がんのリスクを上げることが〝確実〞と判定されており、赤肉は調理後の重量で週５００ｇ以内、加工肉はできるだけ控えるように、と勧告しています。今回の結果を踏まえて以後どのように公衆衛生上の目標を定めるかは、各国の赤肉などの摂取状況とその摂取量範囲でのリスクの大きさに基づいた〝リスク評価〞、さらには、がんや他の疾患への影響などを踏まえて行われるべきものです。》としている。</p>
<p>つまりは加工肉の発がん性は認めているものの、日本人の食生活を考えながら目標を策定する必要があり、総合的な健康影響からはある程度の摂取も今は必要という側面から急に控える必要はないということ。</p>
<p>そもそも、加工肉の中の添加物が調理の過程で化学物質を生み出し、その化学物質に発がん性があるのだ。無添加のハムやソーセージを製造することは高コストだが可能である。確かに、添加物を使わない高価格の商品は今までのように売れないと思う。だが、メーカーはそこに目を背けず問題に立ち向かってほしい。そして、発がん性のリスクなどは急に上がったり下がったりするものではない。消費者は報道などに急に慌てず、情報を自分で精査し、なによりも健康習慣全般に気を配ることが大切なのである。</p>
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		<item>
		<title>子宮頸がんワクチン 私たちと向き合って、問題の背景を明らかにしてほしい</title>
		<link>https://gan-senshiniryo.jp/experience/post_1687</link>
					<comments>https://gan-senshiniryo.jp/experience/post_1687#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[admin]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 09 May 2016 10:44:32 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[体験記]]></category>
		<category><![CDATA[子宮頸がん]]></category>
		<category><![CDATA[副作用]]></category>
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					<description><![CDATA[コラム 子宮頸がんワクチン 私たちと向き合って、問題の背景を明らかにしてほしい フリーライター　奈津野 亜希子さんのコラムです。 （2016年.vol21） 3月30日、東京都内で行われた記者会見で、高校生や大学生たちを [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="entry column">
<p class="col-tit">コラム</p>
<h1>子宮頸がんワクチン<br />
私たちと向き合って、問題の背景を明らかにしてほしい</h1>
<p class="writer">フリーライター　奈津野 亜希子さんのコラムです。</p>
</div>
<div class="entry">
<p class="go">（2016年.vol21）</p>
<p>3月30日、東京都内で行われた記者会見で、高校生や大学生たちを含む、子宮頸がんワクチンを接種し痛みや痙攣などの副反応を訴えている女性たちが、国や製薬会社を相手取り、今年６月にも集団で提訴する意向を明らかにした。</p>
<p/>
<p>被害を訴える女性たちは記者会見でこう話す。</p>
<p>「なぜ自分が被害を受けたのか。すぐに適切な医療を受けられなかったのか。国に情報が正しく届かないのか。それを知りたい」「国と製薬会社はもっと私たちと向き合うことで、原因究明と治療法の開発が進むはず。背景を明らかにし、同じようなことを繰り返さないでほしい」（21歳女性）</p>
<p>「ワクチンを打ってから今まで、いいことは一つもなかった」（17歳女性）</p>
<p>「ワクチンを勧めた人は、自分たちのしてきたことの最低さを痛感してほしい」（17歳女性）</p>
<p>国が子宮頸がんワクチンを定期接種に指定したのは２０１３年、これまで副反応として知られていなかった痛みや全身のしびれなどの報告が相次いだことから、わずか２カ月後に国は推奨を一時中止し、２０１４年に厚生労働省の予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会は、ワクチンの副反応と見られる症状は、「心身の反応」「自然発症の紛れ込み」と報告したが、今も再開するかどうか議論が続いている。</p>
<p>日本の動きを受け、ＷＨＯ（世界保健機関）は２０１４年、「ワクチンは安全で有効である」との声明を発表。日本産科婦人科学会も「検診とワクチンが子宮頸がん予防の両輪だが、検診の受診率が低い日本では今後、子宮頸がんの患者が増える恐れがある」と懸念を示し、日本小児科学会なども積極勧奨の再開を求める要望書を出している。</p>
<p>約３４０万人の女性が接種したとされる子宮頸がんワクチン。厚生労働省は２０１５年９月の報告書で、その中で副反応が見られたと報告があった人は２５８４人、追跡で確認が取れている人は１７３９人で、未だに副反応が回復されない人は１８６人だとしている。厚生労働省が予防接種を受ける人向けに配布しているパンフレットによると、注射部の痛みや腫れなどの軽度の副作用は50％以上の人に現れる可能性があるとしているし、頭痛や発熱なども10％〜50％の人に現れるとしているから、報告があった例は、腹痛・嘔吐、手足のしびれや失神などになるのだろう。つまり、そういった重度と思われる副反応が起こる確率は、０・１％以下だが、その副反応が継続してしまう確率は10 ％程ということになる。</p>
<p>では、子宮頸がんを罹患する確率はどれくらいか。現在、女性が生涯で子宮頸がんを発症するのは１００人に一人ほどと言われている。そもそも、このワクチンで予防できるヒトパピローマウイルスが原因の子宮頸がんは全体の50％〜70％。つまり、生涯でヒトパピローマウイルスが要因の子宮頸がんを発症する確率は、０・５％〜０・７％ということになる。</p>
<p>もちろん、これは簡単な計算にすぎないが、ＷＨＯや他の国が言うままに「ワクチンの積極的な接種推奨」を急ぐ必要が本当にあるのだろうかと思ってしまう。</p>
<p>今回、国などを相手に訴えることを決めた女性たちの苦しみの原因を探り、治療法を見つけ、ワクチンと関係がない、もしくはワクチン接種による特異的な例であるならばその要因を明らかにする――。その間に、そんなにも子宮頸がんの罹患者が増えてしまうと言うのだろうか。</p>
<p>「世界的な流れを日本で止めてしまうかもしれない、ましてやワクチンの危険性について不安を煽ってしまうかもしれない」「人種的な違いによる副反応の違いなど起こるはずがない」という意見もある。</p>
<p>この「起こるかもしれない、起こるはずがない」という予測でしかない考えは、彼女たちの悲痛な訴えの前では意味がないと思う。彼女たちは実際に深刻な症状に悩まされ、それがワクチンの副反応であると感じているのだから。</p>
<p>今でも、リスクを承知でならば予防接種を受けることは可能だ。国は、子宮頸がんワクチン接種による副反応の追跡調査はもちろんだが、ワクチンの是非とは関係なく、彼女たち一人一人としっかりと向き合ってほしいと思う。</p>
<h1>フリーライター　奈津野 亜希子さんのコラム</h1>
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