(がんの先進医療: 2020年10月発売 39号 掲載記事)

私のがん体験(膵臓がん)
膵臓がん初回手術から10年、慌てず騒がず③

高村 僚 「すい臓がんカフェ」主宰(66歳)

抗がん剤TS–1再チャレンジ

この薬は2012年5月の2回目手術前に正規の投与法で1クール実施し、その時は極度の下痢を含む多くの副作用に悩まされました。主治医のT先生も術後補助療法として抗がん剤治療を行うか悩んでおられましたが、再手術2カ月後の2012年7月25日から副作用とのバランスを取りながら飲み続けました。TS–1は錠剤で、標準では4週間服用2週間休薬になっていますが、私の場合再手術前に重度の副作用があったので2週間飲み1週間休薬で開始、1日おきに服用、それでも下痢や味覚障害、食欲不振に悩まされ、下痢が起きたら服用を止めるようにし、1週間に2~3日飲むことでQOL(生活の質)を保っていました。

しかし1年7カ月後の2014年2月の血液検査で肝臓の数値がAST(GOT)100(基準値13~35U/L)、総ビルビリン3・3(基準値0・3~1・2㎎/㎗)に急上昇しましたので服用を中止し、その後ウルソ(熊の胃)を3カ月飲んで肝臓の数値が正常値に戻るのを待ちました。

丸山ワクチン

抗がん剤TS–1は2012年7月から術後補助療法としてスタートしましたが、その少し前の5月から丸山ワクチンを週3回、会社帰りに受けていました。丸山ワクチンは医薬品として認可されていませんが、ゼリア新薬工業が提供する「有償治験薬」としてこれまで約40万人、現在でも1万人が受けている薬です。丸山ワクチンや免疫治療と言うと、一部腫瘍内科医の中には科学的エビデンス(EBM)がない「トンデモ医療」だと吹聴しておられる医師もお見受けしますが、膵臓がんの5年生存率は8・5%、これが現実なのです。ですから、統計学に基づいた「科学的エビデンス」によれば、91・5%の患者が5年以内に死を迎える訳です。人が本来持っている免疫によりがん細胞が押さえ込まれるはずなのですが、抗がん剤と比較してその効果が素早く現れない、個々の人により効果が違うので現在の治験では承認されないだけであって、最近話題の「プレシジョン医療」によって治療方法も変わってくると思います。

丸山ワクチンの効果ははっきりわかりませんが、私の場合はワクチンをはじめて好中球とリンパ球比率が逆転してリンパ球が増えています。がん細胞を押さえる獲得免疫であるT細胞・B細胞等はリンパ球内に存在しており、実際に攻撃するかしないかは、がんの抗原が細胞のどの部分に出ているか等複雑に絡み合っているのですが、リンパ球がある程度ないとがんを攻撃する兵隊がいないことになります。

血液検査結果をご覧になり、アメリカでも免疫の研究に携わった主治医のT先生は、「ワクチンの影響かも知れませんね」と言いながら、私の電子カルテに細かく情報を入力されていました。

パープルストライド東京2013(すい臓がん啓発チャリティーウォーク)にて

現在私は、「すい臓がんカフェ」を主宰していますが、2011年から2015年頃までは「パンキャン・ジャパン」のセミナーや勉強会に参加し、ボランティアとしても活動していました。パンキャン・ジャパンは米国パンキャンの日本支部で、膵臓がんに特化した「すい臓がんアクションネットワーク」として早期発見と治療のための研究者や医療者の支援、患者・家族のサポート、そしてすべての人に希望を与えるための全国的活動をする組織です。

2013年11月 パープルストライド東京2013テープカット

2013年11月 パープルストライド東京2013テープカット

2013年11月3日、東京新宿東京都庁前広場で「パープルリボンウォーク東京2013」で患者として皆さんの前でお話しする機会を頂き、次のような話をしました。

「皆さんおはようございます。私は、今年の9月末に世界遺産の屋久島へ行き縄文杉に会って参りました。朝4時にホテルを出発して、片道11㎞、12時間の登山を無事に歩ききることができました。振り返れば、丁度4年前の11月、健康診断で膵臓に異常が見つかり、「悪性では無いが手術が必要」と言うことで、2010年2月4日に7時間半におよぶ手術を受けました。実は手術前日、膵尾部の腫瘍は80~90%の確率で悪性と告げられ、半信半疑で手術を受けた覚えがあります。そして1カ月後、病理検査で膵臓がんとの確定診断があり、術後補助療法としてその後2年間1週おきにジェムザールの抗がん剤治療を行いましたが、2年で再発が告げられ、さすがにこの時はショックを受けました。~中略~

また、パンキャンジャパン様の有益な情報が本当に、本当に力になりました。この場をお借りしてお礼を述べさせていただきます。ありがとうございます、そしてこれからもよろしくお願いいたします。

最後に、此処におられます膵臓がん患者の皆様およびご家族が、今後明るく充実した生活を送られること、並びに膵臓がんの治療方法が進歩することを切に祈念して、私のご挨拶といたします。 ありがとうございました。」

壇上から降りた私に妻から「患者さんが涙を流しておられた」と聞いて、少しでも希望を持って頂けたのならお話しした甲斐があったとほっとしたものです。

「パープルストライド東京2013」で体験発表

「パープルストライド東京2013」で体験発表

何も標準治療しない1年半

2014年4月、大学病院での診察で肝機能数値AST(GOT)・総ビリルビンが正常値になったのでウルソを止め、TS–1についても止める決断をしました。2014年2月に肝臓の数値が悪化しTS–1を止めてから2015年7月に再々発が判明するまでの1年半は、丸山ワクチンは注射していましたが抗がん剤治療は行っていませんでしたので、再々発の2015年7月までの1年5カ月は安らぎの日々で、趣味のテニスも十分楽しむことが出来ました。

2014年7月 ジバニャンと記念写真(ロードショー映画館にて)

2014年7月 ジバニャンと記念写真(ロードショー映画館にて)

2014年春には、鹿児島指宿・霧島、秋に山陰鳥取・島根。萩・津和野へ家族旅行、2015年は猫カフェやカラオケに家族で出向き良い時間を過ごしました。

高校2年の修学旅行で山陰地方に行き、自然の美しさとその土地の人の優しさに触れ、山陰の虜になり、その後何度も足を運びました。私の目に焼き付いた出雲大社、鳥取砂丘、秋芳洞、秋吉台、萩の太陽炉、東光寺の灯籠等、家族に見て貰いたいとの思いで旅を計画しました。

2014年9月 「水木しげるロード」でねずみ男と

2014年9月 「水木しげるロード」でねずみ男と

会社のこと

会社の定年退職は満60歳になった2013年(平成25年)の11月でしたが、この時は2度目の手術でがんが取り切れ十分仕事が出来る状態でしたので1年延長しました。翌2014年11月嘱託退職時は、他にもっとやりたいことがあったので全く躊躇なく離職しました。

定年挨拶で本部全員を前にお話しました。

「本日退職いたします。35年の間、何とか勤務できましたのは偏に皆様方のご厚情の賜と心より感謝いたしております。振り返れば、4年前にがんの王様と言われる膵臓がんになり2回手術し死を覚悟しましたが、今のところ日常生活に何一つ不自由無く暮らすことが出来ております。

今後は、膵臓がんの啓発と撲滅を目標に活動しているNPO法人パンキャン・ジャパンで、同じ病気の患者様に少しでもお役に立てるよう、お手伝いをするつもりです。嘱託社員でもう少し残りますので、あいかわらずのご指導、ご支援の程お願い申し上げます。」

話している最中、若い人の顔が驚きの表情になったのを覚えています。なぜなら、2010年最初の手術で1カ月弱、2012年は10日程度連続で休みましたが、海外出張に行く人も多く1カ月程度の会社不在はよくあるのと、体調も良く長期間休むこともなかった、罹患前後の業務内容が変わらず本部内の会議メンバーになっていたこともあり、それ程重い病気とは思っていなかったのでしょう。話し終え大きな花束を受け取った後、多くの人から「驚いた、身体に気をつけて元気でパンキャンで活躍して下さい」と声をかけられ有り難く思いました。部のメンバーを中心に多くの仲間と会社の前で大きな花束を胸に記念写真を撮りました。全く予想してなかったことでしたので本当に嬉しく良い思い出になりました。

忍び寄る再々発の影

2015年7月30日半年振りに行った造影CT画像で「左副腎内側に境界不明瞭な脂肪織濃度上昇域が認められ増大している」。8月7日PET–CTでは「左副腎、左横隔膜下に境界不明瞭な軟部濃度域を認め、過去のCT上で緩徐な増大傾向が続いている。ただしFDG異常集積は認められない」、これまで3回PET–CTを受けていますが事前に取り込んだ糖が光るFDG異常集積はありませんでした。主治医のT先生は「再発でしょう。治療は抗がん剤しかないと思います。手術はこの大学病院では出来ないと思います」。そこで両親がお世話になったS先生に相談したところ、膵臓外科のゴッドハンドと言われる他の大学病院の先生を紹介頂きその年の秋に診察を受けました。

抗がん剤の種類(番外編)

2020年2月末にイリノテカン・リボソーム(商品名:オニバイド)が米国から5年遅れで承認されました。そこで、膵臓がんに承認されている抗がん剤を纏めてみます。

ゲムシタビン(商品名:ジェムザール)・S–1(商品名:TS–1)・エルロチニブ(商品名:タルセバ)・フォルフィリノックス・ナブパクリタキセル(商品名:アブラキサン)の5つが日本で膵臓がんに認可されている抗がん剤です。その他遺伝子異常の条件に合致した固形がんにキイトルーダが承認されていますが、欧米と比べ薬の承認が遅れる「ドラッグラグ」が続いています。ちなみに医薬品の承認は「医薬新医療機器総合機構(PMDA)」が行います。

抗がん剤承認時期は、
2001年:ゲムシタビン
2006年:S–1
2011年:エルロチニブ
2013年12月:フォルフィリノックス
2014年12月:ナブパクリタキセル
2020年2月:イリノテカン・リボソーム

ですが、この中でタルセバは、106人の治験でゲムシタビン単剤より2週間程度の延命のみという結果の中で承認されました。その後、フォルフィリノックスとアブラキサンが承認されたことによりタルセバは膵臓がん患者には使用されることはほとんどなくなったようです。

ゲムシタビン・S–1・タルセバは単剤ですが、フォルフィリノックスは、オキサリプラチン・イリノテカン・5–FUの3種類の抗がん剤と5–FUの増強剤レボホリナートを加えた多剤併用の治療法で2週間に1回治療を行います。ナブパクリタキセルもゲムシタビンと併用して3週間行い、1週間休薬するスケジュールで治療を行います。膵臓がんで手術が出来ないあるいは再発した場合、フォルフィリノックスかナブパクリタキセルが使用されることが多いのですが、日本人にはナブパクリタキセルの方が長く使えて、副作用もシビレと脱毛がほぼ100%起きますが、フォルフィリノックスよりまだ良い感じがしています。

2020年8月の時点で4年間使い続けたアブラキサンを変更するかのターニングポイントにさしかかり、次の抗がん剤としてはオニバイドが第一候補となっています。

(つづく)

高村 僚(たかむら・りょう)
1953年横浜市生まれ。武蔵工業大学(現:東京都市大学)工学部電気工学科卒業。電力設備設計会社に入社し、変電所の設計、送電線の調査設計に従事。その後、IT業務を社内で推進した。56歳で膵臓がんに罹患し、5年後の2014年61歳で職を辞し、患者会のボランティアなどを行った。2016年より「すい臓がんカフェ」を主宰し、主にすい臓がん患者に懇談の場を提供している。また、「ハマリョウ」の名でブログ発信も精力的に行っている。

高村 僚(たかむら・りょう)
1953年横浜市生まれ。武蔵工業大学(現:東京都市大学)工学部電気工学科卒業。電力設備設計会社に入社し、変電所の設計、送電線の調査設計に従事。その後、IT業務を社内で推進した。56歳で膵臓がんに罹患し、5年後の2014年61歳で職を辞し、患者会のボランティアなどを行った。2016年より「すい臓がんカフェ」を主宰し、主にすい臓がん患者に懇談の場を提供している。また、「ハマリョウ」の名でブログ発信も精力的に行っている。

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