(がんの先進医療: 2014年7月発売 14号 掲載記事)

がんを遠ざける食事と栄養

―食べものとがん:その科学的根拠とは?―

津金昌一郎 独立行政法人国立がん研究センター がん予防・検診研究センター センター長

先生

(2014年.vol14)

はじめに

食べものとがんなど病気との関係が、人々の大きな関心を集めており、そういった情報は、新聞・雑誌・テレビ・インターネットなど、さまざまなメディアを通じて毎日のように入ってきています。食べものとしては、野菜や肉などの食品グループ、にんじんや牛肉などの食品、カロテンや脂質などの食品成分であったり、がんについては胃、肺、乳房、前立腺などであったり、そのあらゆる組み合わせが氾濫しています。

まるで、〝食べもの〟と〝がんの部位〟の組み合わせについて、その日のニュースのネタを適当に決めているのではないかと疑いたくなります。そのような情報のすべてが真実であることはあり得ないことであり、私たちの食生活の中に、取り入れてみる価値があるか否かの正しい判断が必要になります。

平成19年4月から施行された「がん対策基本法」には、国民の責務として、「食生活などの生活習慣が健康に及ぼす影響等がんに関する正しい知識を持ち、がんの予防に必要な注意を払うよう努める」ことが記されています。

これからご紹介する予定の「がんを遠ざける食事と栄養」は、がんに罹っていない人たちにとって、がんの予防に必要な正しい知識を提供することを主な目的としています。しかしながら、がんを克服した人にとっては、次のがんに罹る確率は、がんに罹っていない人以上に高いと考えられますので、がんに罹っていない人たちと同様に、次のがんを予防するという意味において有用と考えます。

現在、がんと闘病中の方にとっては、再発予防や予後向上のために有効な食事についての関心が高いと思いますが、残念ながら、科学的根拠が十分なものはほとんどないのが現状です。効果が不明な食事療法やサプリメントに頼るがあまりに、通常の治療を怠ったり、無駄な出費をしたりすることがあっては本末転倒です。

まずは、現在の治療に集中していただきたいものです。
また、食事については、がんの種類や病気・治療状況などにより異なりますので、主治医のアドバイスに従っていただきたいと思います。

食べものとがんの関係を明らかにする研究:科学的根拠とは?

「ある食べものにがん予防効果がある」という個々の関係について、がん予防のために実践するに値するか否かの信頼性の見分け方を考えてみましょう。

まず、普段から、特に健康食品などの宣伝において見聞きする機会が多いのが、誰かの経験談や専門家・権威の意見でしょう。「この食べものを食べていたからがんにならなかった」という経験談は、その食べものによるものか否かは誰もわかりません。このタイプの話題は具体的で説得力があるようですが、実際には何の科学的根拠にもなりません。

権威の意見についても、何を根拠としているかを見極める必要があります。

「食べものとがん」の関係において大切なのは、〝その食べものをとるとがんになりやすくなる、あるいは、なりにくくなる〟という因果関係(原因と結果の関係、すなわち、その要因のコントロールによりがんのリスクを下げうる関係)が確立されているかどうかです。

そのような関係を科学的に証明するのは簡単ではありませんが、大きく分けて実験室での動物やヒト細胞を用いた研究とヒトを対象とした疫学研究の2つの方法があります。

実験室での研究は、食品や食品成分を動物やヒト細胞に投与して、発がん性や発がん抑制効果を検討します。このような方法では、ある特定の条件下において、動物やヒト細胞に対する発がん性、発がん抑制性の有無を、正確に評価することができます。また、繰り返し実験を行うことにより、再現性も保証されます。

しかしながら、われわれ人間は、さまざまな条件下で多様な生活をしていますし、種差もありますので、実験室での知見をそのまま当てはめることはできません。それに比べて、実際にヒトを対象とした研究から得られた知見、すなわち、疫学研究からの知見は、実生活で活用できる可能性は高くなります。

ヒトを対象とした研究(エビデンス):ランダム化比較試験

最も信頼性の高い研究方法は、ランダム化比較試験と呼ばれる研究方法です。

これは、多数のボランティアの協力を得て、ランダムに2つのグループに分け、片方だけにある食品成分をとってもらい、もう片方は、その食品成分を含まないプラセボ(偽薬)をとってもらうことにより、比較する2グループ間の違いを、その食品成分の有無だけになるような条件にします。そして、将来のがんの発生率を比較します。

食品や食品成分の発がん効果をこの方法で調べるのは倫理的に難しい問題がありますが、薬の有効性を調べるのと同様に、がんの予防効果を調べる際にしばしば用いられます。

ただ、現にがんになっていない人を対象に、がんの予防効果を調べるのは容易ではありません。何万人ものボランティアを集めて行わなければいけないので、莫大な研究費と比較的長期の年月が必要となります。近年では、β-カロテンやビタミンEなどの抗酸化効果が期待される成分の補給によるがん予防効果を調べるランダム化比較試験が多数行われてきました。しかしながら、現状においては、その効果は期待できないという結果になっています。

このようなヒトで実験するタイプの疫学研究は実施が難しく、限られた情報しか得られません。そこで、集団を統計的に観察するタイプの疫学研究からの「食べものとがんとの関係」についての情報が、重要な役割を担っています。

コホート研究

これに比べ、がんになった患者さんと健康な対照との間で、過去の食習慣を調査する患者対照研究(ケース・コントロール研究)は、結果が早くわかるという利点があります。

しかしながら、コホート研究と同様に、交絡要因の影響を受けている可能性や偶然の結果である可能性に加えて、昔の食習慣を思い出してもらうために、食品・食品成分の摂取量を正確に把握するのは難しく、特に、がんになった患者さんと対照では、その思い出し方が偏る可能性があります。

さらに、適切な対照を選ぶのは難しく、調査に協力的な人たちが多いなどの場合、正確な比較ができないという問題もあります。

「食べものとがん」との関係を明らかにする研究について、一覧にして示します(表1)。上のほうに記述されている研究からの情報ほど信頼性が高いと考えられますが、同時に、研究の実施は困難になります。
食べ物とがんとの関係を明らかにするための研究の種類

よく「エビデンスがある」とか「エビデンスに基づく」とか、〝エビデンス〟という言葉を見聞きしますが、これはヒトを対象とした疫学研究から得られた知見のことを意味します。

患者対照研究

大規模な対象集団を設け、食習慣を調査した後に、がんの発生を長期にわたって観察するタイプの疫学研究はコホート研究と呼ばれ、疫学研究の中心的存在となっています。

しかしながら、ある食品とがん発生との間に見られた関連が、本当は第三の要因(交絡要因)による見かけ上のものである可能性があります。たとえば、野菜をたくさん食べている人たちは、あまり食べない人たちと比べてがんの発生率が低いという結果が出たとしても、野菜を多く食べている人たちが、喫煙率が低かったために、がんの発生率が低かった可能性があります。

そのような場合は、喫煙者と非喫煙者の各々について調べたり、喫煙習慣について統計的モデルを用いて調整したりして注意深く検討する必要があります。もちろん、偶然の結果である可能性もあります。また、健康な人たちからのがんの発生は多くはないので、何万人・何十万人という対象を最低10年追跡しないと結果が得られないという大変さもあります。

「食べものとがん」の因果関係を評価する方法

「食べものとがん」の関係を検証するための個別の研究について、各々の研究の質のランキングについて記しましたが、その上で、たとえ、ランダム化比較試験やコホート研究からの結果であっても、それらに一喜一憂しないことを注意いたします。

なぜならば、どんなに信頼性の高い研究でも、偶然・偏り・交絡などの影響を受けている可能性があるので、個々の研究結果は因果関係についての最終評価するための材料であり、利用可能な科学的根拠の1つとして捉えなければならないからです。食べものとがんとの因果関係の有無を議論の余地なく完全に証明することは、単独の研究からでは不可能だと考えるべきなのです。

因果関係の有無を判定するには、こうした個々の利用可能な科学的根拠を積み上げて総合的に評価し、研究から予防への橋渡しをする作業が欠かせません。その判定は、因果関係の有無のいずれかに帰結させられることは稀であり、〝確実〟、〝可能性大〟、〝可能性あり〟、〝証拠不十分〟など、いくつかの段階にランク分けして示すことになります。

複数の疫学研究から得られた情報をもとに、動物実験やメカニズムにより足りない部分を埋めていくことが、因果関係を評価するためには、欠かせない作業と考えられています。

次回は、食べものとがんについての国内外での評価の現状と、それに基づいた「がん予防食事ガイドライン」を紹介します。

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