(がんの先進医療: 2017年1月発売 24号 掲載記事)

がん治療(標準治療)の基礎知識
治療の流れを理解し、より適切な治療を受けるために
第16 回 咽頭がん(上咽頭がん、中咽頭がん、下咽頭がん)

田原 信 国立研究開発法人 国立がん研究センター東病院頭頸部内科長

田原 信 先生
国立研究開発法人 国立がん研究センター東病院頭頸部内科長
●たはら・まこと●
1968年広島県に生まれる。
1996年広島大学医学部卒業。
医学博士。国立研究開発法人国立がん研究センター東病院頭頸部内科長。日本で数少ない頭頸部がんの薬物療法に精通した医師。患者の価値観(希望)や治療後のQOL(生活の質)を重視したうえで、科学的根拠に基づいた最適な治療の提供を目指す。頭頸部がんの治療成績向上を目指して臨床試験を立案し、日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)、がん臨床研究支援事業( CSPOR ) などで、多施設共同臨床試験を活発に行っている。日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医、指導医。日本がん治療認定医機構がん治療認定医、日本内科学会認定内科医。
咽頭がん(上咽頭がん、中咽頭がん、下咽頭がん)治療の基礎知識について、国立研究開発法人 国立がん研究センター東病院頭頸部内科長 田原 信先生に解説していただきました。

咽頭は空気や食べた物が通過する部分で、鼻の奥から食道につながっています。上から上咽頭、中咽頭、下咽頭の3つの部分に分けられています。上咽頭は鼻腔の奥にあたります。中咽頭は口の奥で、大きく口を開けることで一部を見ることができます。下咽頭はその下で、喉頭の後ろ側に位置しています。

上咽頭に発生するがんを上咽頭がん、中咽頭に発生するがんを中咽頭がん、下咽頭に発生するがんを下咽頭がんといいます(図1)。

全体を咽頭がんと総称することもありますが、それぞれは別のがんです。発生する原因も違いますし、がんの性質や予後も違っています。そのため、治療法も同じではありません。特に上咽頭がんは、中咽頭がんや下咽頭がんとは、まったく異なるがんであるといえます。

図1 頭頸部がんの種類
鼻副鼻腔がん
口腔がん

喉頭がん
上咽頭がん
中咽頭がん
下咽頭がん

甲状腺がん

上咽頭がん

ウイルス感染が原因で日本には少ない

上咽頭がんの大部分は、EBウイルスの感染が原因となって起こります。中国南部やシンガポールでは上咽頭がんが多いのですが、これはEBウイルスに感染する人が多いからです。日本ではこのウイルスに感染する人は少なく、上咽頭がんになる人も多くありません。患者数は頭頸部がん* 全体の3・8%です。

がんは上咽頭の粘膜に発生し、増殖していきます。初期には自覚症状が出にくいため、多くは進行してから発見されます。出血が起きたり、首のリンパ節が腫れたりして受診し、見つかることがよくあります。

上咽頭は鼻腔の奥なので、鼻から内視鏡を入れて調べます。確定診断のためには、組織を採取して顕微鏡で調べる病理診断が行われます。

がんの広がりを調べるためには、超音波検査、CT検査、MRI検査などの画像検査が行われます。転移はまず周辺のリンパ節に起こり、それから全身に広がっていきます。肺や肝臓にも転移するので、その検査も必要です。骨に転移することもあるため、骨への転移の有無を調べる骨シンチグラフィーを行うこともあります。

*頭頸部がん:一般的に脳の下側から喉までの範囲にできたがん(図1)

放射線療法と化学療法の併用療法がよく効く

上咽頭がんの治療は、放射線療法と化学療法が中心です(図2・図3)。

図2 上咽頭がん 治療方法(『頭頸部癌診療ガイドライン2013年版』を参考に編集部にて作図)

図3 上咽頭がんの病期と治療

上咽頭はすぐ後ろに脳があるので、早期でも手術を行うことはありません。解剖学的に手術できないがんなのです。

上咽頭がんは放射線に対する感受性が高いため、放射線療法が基本となります。がんが局所にとどまり、リンパ節転移もなければ、放射線療法が標準的な治療です。

リンパ節転移が起きたり、周囲への浸潤が大きくなったりした場合には、放射線療法と化学療法(抗がん剤による治療)を同時併用する化学放射線療法が効果を発揮します。化学療法ではシスプラチンの単剤か、シスプラチンと5– FUの併用などプラチナ製剤を含む多剤併用療法が選択されます。抗がん剤には、放射線の感受性を高める働きもあるため、同時に併用することで効果が高まります。

これらの治療で、上咽頭がんは比較的よく治ります。離れた臓器への転移がない局所のがんであれば、進行していても根治できる可能性があります。

中咽頭がん

ウイルスによるものが約半数を占める

中咽頭がんは増加しているがんで、日本人の頭頸部がん全体の12・1%を占めています。かつてはタバコやアルコールが主な原因とされていましたが、最近はHPV(ヒトパピローマウイルス)の感染によって起こる中咽頭がんが増えています。日本ではこれが約半数を占めるまでになっています。

HPVは子宮頸がんの原因ともなるウイルスです。オーラルセックスなど性行為の多様化が、中咽頭がんを増加させる背景となっています。HPVが中咽頭の粘膜に感染し、そこにがんを発生させるのです。HPV感染による中咽頭がんは、女性にも男性にも発症します。また、比較的若い年代でも発症します。

タバコやアルコールによって起きた中咽頭がんと、HPVの感染によって起きた中咽頭がんを比較すると、HPVによるもののほうが予後がよいことがわかっています。

中咽頭は口の奥なので、口を開けることで見える部分もあります。ただ、中咽頭の範囲は広く、見えない部位もあるので、そのような部位には内視鏡を使って診察が行われます。確定診断のためには、組織を採取して病理診断が行われます。がんの広がりを調べるためには、超音波検査、CT検査、MRI検査などが必要となります。

原因を明らかにするため、HPVの感染を調べる検査が行われることがあります。予後を予測するためには有用ですが、治療法の選択に有用であるかどうかはわかっていません。

機能を温存するために切除しないことが多い

中咽頭がんの治療では、手術が行われる場合と、化学放射線療法が行われる場合があります(図4)。

図4 中咽頭がん 治療方法(『頭頸部癌診療ガイドライン2013年版』を参考に編集部にて作図)

がんが小さい場合や、切除しても咽頭の機能に影響しない場合には、手術が選択されることがあります。がんのできている部位によっては、口からの手術が可能なことがあります。このような手術法を口内法といいます。がんが小さければ、後遺症は少なくてすみます。

しかし、がんが大きい場合や、切除することで咽頭の機能が損なわれるような場合には、重い後遺症が残ることがあります。そのような場合には、手術はせずに化学放射線療法を選択することができます。

たとえば、舌根部に大きながんができている場合(舌根部も中咽頭に含まれる)、舌根と咽頭を切除すると、飲み込む機能が失われてしまいます。そのため、飲食ができなくなり、胃瘻から食事をとる生活になります。こうしたことを避けるため、技術的に手術ができる場合でも、化学放射線療法が選ばれることがあるのです。

中咽頭がんの治療では、根治性と失われる機能についてよく考え、治療法を選択します。手術を勧められた場合には、その手術によって失われる機能についても説明を受け、よく理解しておくことが大切です。

化学放射線療法で使われる抗がん剤は、シスプラチン単剤や、シスプラチンと5– FUの併用などプラチナ製剤を含む多剤併用療法が選択されます。

下咽頭がん

食道がんを併発している場合がある

下咽頭がんは咽頭がんの中では最も多く、頭頸部がん全体の16.3% を占めています。上咽頭がんや中咽頭がんに比べて予後が悪く、治しにくいがんです。

主な原因はタバコとアルコールです。ヘビースモーカーでヘビードリンカーの場合、発症のリスクはきわめて大きくなります。

下咽頭がんができると、飲み込みが悪くなるという症状が出ることがあります。本人がそれを感じていても、喉頭がんによる声がれなどと異なり、周囲の人にはわかりません。本人がそれを放置すると、発見が遅れることになります。下咽頭がんはリンパ節転移を起こしやすいので、首のリンパ節が腫れて見つかるケースもよくあります。

下咽頭は食道につながっていますが、下咽頭がんを発症した人の3~4割ほどが、食道がんも併発しています。同じ原因によって起こるがんなので、どちらにもできていることが多いのです。下咽頭がんが見つかった場合には、必ず食道の検査も行います。

下咽頭はのどの奥なので、内視鏡を使って観察します。確定診断のためには組織を採取し、病理診断が行われます。がんの広がりを調べるためには、超音波検査、CT検査、MRI検査などが行われます。

手術では下咽頭と喉頭を摘出することになる

下咽頭がんの治療は手術が基本です。(図5・6)

図5 下咽頭がん 治療方法(『頭頸部癌診療ガイドライン2013年版』を参考に編集部にて作図)

図6 中咽頭がんと下咽頭がんの病期と治療
日本頭頸部癌学会編『頭頸部癌診療ガイドライン2009年版』(金原出版)より一部改変

がんが小さければ、放射線療法や化学放射線療法が選択されることもありますが、再発しやすいがんなので、安易に化学放射線療法を勧めることはありません。

手術では下咽頭だけでなく、解剖学的特性から喉頭も摘出することになり、多くの機能が失われます。機能を温存するためには、化学放射線療法を選択することになりますが、それでがんが残ってしまった場合や、治療後に再発した場合には、手術が必要になります。放射線を照射した部位でも手術はできますが、リスクが高くなり、合併症が起きやすくなります。化学放射線療法を選択する場合には、そういったことも理解しておく必要があります。

手術によって下咽頭と喉頭を摘出すると、飲み込む機能も発生機能も失われます。ただ、下咽頭に小腸を移植する「遊離空腸移植」によって、飲み込みはできるようになります。声に関しては、食道を使った食道発声法や、電気喉頭と呼ばれる機械を使用することで、音声によるコミュニケーションは可能です。

がんが大きくて手術できない場合は、化学放射線療法が行われます。下咽頭と喉頭は残りますが、放射線療法の晩期毒性には注意が必要です。飲み込みが悪くなり、嚥下障害が起きることがあるのです。治療後何年も経過してから起こることもあります。こうした後遺症を防ぐために、嚥下リハビリが行われています。

導入化学療法を行い、さらに放射線治療を続けるという方法が、欧州では標準治療となっています。導入化学療法では、シスプラチン、5– FU、ドセタキセルの3剤を併用します。

もう一つ、セツキシマブと放射線療法を併用する方法もあります。ただし、臨床試験では「セツキシマブ+放射線療法」と「放射線療法」を比較し、放射線療法単独より効果が高いことを証明したものの、標準治療である化学放射線療法との比較は行われていません。化学放射線療法ができる患者さんであれば、そちらが優先されます。

咽頭がんの治療について

  • イラストで理解できるがんと免疫

あなたにおススメの記事はこちら

がん治療の効果を高める「免疫抑制の解除」の最前線

<Web公開記事>
がんの治療効果を高めるには、免疫抑制を解除し、低下した免疫力を回復させることが重要であるということが明らかになってから、この分野の研究は急速に進みつつある。第52回「日本癌治療学会」において、免疫抑制細胞の異常増殖を抑える方法の研究が、着々と進んでいることが言及されている。

がん温熱療法 ハイパーサーミア「サーモトロンRF−8」

<Web公開記事>
ハイパーサーミア(がん温熱療法)装置「サーモトロンRF – 8」、改良型電磁波加温装置「ASKI RF–8」を開発した、元株式会社山本ビニター専務取締役、現株式会社ピー・エイチ・ジェイ取締役最高技術部長・山本 五郎(いつお)氏にお話を伺いました。

がん種別・治療状況別の研究成果比較

<Web公開記事>
免疫力改善成分ごとに、ヒト臨床試験の論文について、紹介しています。

【特集】「新連載」山田邦子の がんとのやさしい付き合い方・人気の記事

山田邦子のがんとのやさしい付き合い方:耐える治療から、やさしい治療やケアへ(インタビュアー:乳がんを経験された山田邦子さん)

乳がんを経験された山田邦子さんが、がん患者さんが安心して治療に臨める情報を発信

【小林製薬】「シイタケ菌糸体」患者の低下しやすい免疫力に作用!

<Web公開記事>
がん患者さんのQOL(生活の質)をいかに維持していくか、小林製薬株式会社中央研究所でがんの免疫研究を続けている松井保公さんにお話を伺いました。

【南雲吉則】がん予防のための がんを寄せつけない「命の食事」 

<Web公開記事>
テレビでおなじみの南雲吉則先生が提唱する「がんから救う命の食事」を中心に、がん患者さんとそのご家族にも役立つ、がん予防のための「食の在り方」について、話を伺った。