(監修:医療法人湘和会 湘南記念病院 かまくら乳がんセンター長 土井卓子先生)
1.乳がんとは
1-1.乳がんとは
- 乳がんの生存率は比較的高く、もし進行していたとしても治療法がいくつもある
- 再発予防のための治療を含めると、治療期間は5~10年に及ぶこともある。
乳がんは「乳腺」に発生するがんです(図1)。乳腺は、乳汁を作る「小葉」と、乳汁を運ばれていく「乳管」で構成されています。乳がんのほとんどは、乳管の内側を覆う上皮細胞から発生します。乳管や小葉の中の内側にとどまっているがんを「非浸潤がん」といいます。がんが、乳管や小葉の外に出るまで進行している場合が「浸潤がん」です。
浸潤がんの場合は、がんがリンパ液や血液の流れに乗って運ばれ、乳腺から離れた臓器に転移している可能性があります。つまり、がんが発見された段階で、多くの場合、画像検査には写らない程度の微小転移が起きていると考えられているのです。手術で乳房のがんを取り除いても、再発が起こることがあるのはこのためです。早期の段階から微小転移が起きていることが多いため、「乳がんは全身病である」と言われることがあります。
乳がんの特徴として、他のがん種の中でも比較的死亡率が低く(図2)、早期に発見できればほぼ完治を望めることが挙げられます。もし進行していても、治療法がいくつもあります。
(引用:全国がん罹患モニタリング集計 2003-2005年生存率報告
独立行政法人国立がん研究センターがん研究開発費「地域がん登録精度向上と活用に関する研究」平成22年度報告書)
乳がんのもう1つの特徴は、治療期間が長いことです。手術後5年以上経ってから再発することも少なくなく、できるだけ再発を抑えるために、5~10年程ホルモン療法が行なわれることも珍しくありません。(長期にわたる治療期間の中で、入院期間はごくわずかです。)
1-2.乳がんの検査
- 患者さんが検査で何を調べるのかを理解することが、その先の治療方針や治療法を決める手助けにもなる。
- 「発見するための検査」「確定診断のための検査」「治療を進めるための検査」がある。
患者さんが検査で何を調べるのかを理解することは、自分の病状を把握しやすくし、治療方針や治療法を決める手助けにもなります。
乳がんの検査には、3つの段階があります。まず、検診などで乳がんらしき病変を「発見するための検査」、次に、発見された病変が乳がんであるかどうかを判定する「確定診断のための検査」。そして、乳がんだった場合に「治療を進めるための検査」です。
1.発見するための検査
「視触診」の他、画像検査として「マンモグラフィ」と「超音波検査」が行われています。 マンモグラフィは、若い人の乳がんを発見するのにはあまり適していません。若い人の乳がんを発見するためには、超音波検査のほうが適しています。
検査名 |
検査のやり方 |
検査によって分かること |
視触診 |
医師が乳房を観察し、手で触れる。 |
乳房内の腫瘤(しこり)の有無、腫れたリンパ節の有無、乳頭の異常分泌などを調べる。 |
マンモグラフィ |
乳房専用のX線検査。基本的には、左右斜めと上下の2方向から撮影。乳房を圧迫して撮影するため、多少の痛みを伴う。 |
がんの発見に加え、がんの大きさや位置がわかる。 |
超音波検査 |
超音波を使って乳房内を画像化する。放射線被曝や検査時の痛みがない。 |
マンモグラフィに比べ、乳腺が多い若い女性の乳房内のがんも発見しやすい。 |
2.確定診断のための検査
視触診、マンモグラフィ、超音波検査などで、乳房の中の腫瘤(しこり)が発見された場合、次の段階として、それががんであるかどうかを確定するための検査が行われます。そのためには、腫瘤の細胞や組織を採取し、顕微鏡で調べる必要があります。
その方法には、「針生検」と「細胞診」があります。
がんが疑われる場合には、基本的には針生検が行われます。治療を進めるには、がんの性格(ホルモン受容体、HER2の状態、Ki67の状態、核異型度など)を知る必要があります。(詳しくは「がんの性格」の説明をご参照ください。)がんの性格は、細胞診ではわかりませんが、針生検の結果でわかるからです。
したがって、細胞診は、がんでないことを確認する場合(良性腫瘍が疑われる患者さんなど)に行われることが多いです。
検査名 |
検査のやり方 |
検査によって分かること |
細胞診 |
腫瘤に注射針を刺し、吸引して細胞を採取。採取した組織は、染色して顕微鏡で観察。(麻酔は必要なし。) |
がんであるかないかを調べる。 |
針生検 |
局所麻酔をしてから、生検用の針(注射針よりも太い)を刺し、腫瘤(しこり)の組織を採取(吸引式の「マンモトーム」という方法もある)。採取した組織は、染色して顕微鏡で調べる。 |
・がんかどうかを判定する。
・がんの場合には、採取した組織を使って、がんの性格(ホルモン受容体、HER2の状態、Ki67の状態、核異形度など)を調べる。
⇒治療を進めるための検査でもある。
|
3.治療を進めるための検査
針生検は、確定診断のための検査であると同時に、がんの性格を調べることもできるので、治療を進めるための検査でもあります。オーダーメイド治療が進んでいる乳がん治療では、その人のがんの性格を見分けることがきわめて重要です。
それに加え、治療のためには、がんの広がりから「がんの進行度」を調べる必要があります。(乳房内にどのように広がっているのか、乳房の周囲にどのように広がっているのか、離れた臓器にどのように広がっているのかなど。)そのために、「CT」や「MRI」が行われます。
検査名 |
検査のやり方 |
検査によって分かること |
CT |
エックス線を使って、体の断面を撮影する検査。 |
リンパ節、肺、肝臓など、主に乳房外への転移の有無を調べる。 |
MRI |
エックス線を使わず、強い磁石と電波を使って、体の断面を撮影する検査。 |
・・乳房内の詳細ながんの広がりを調べる。
・がんが乳管内をどこまで伸びているか、小さな多発がないかもわかる。
・この広がり診断は、乳房温存術が可能かどうかを判断するのに有用。 |
1-3.乳がんの状態を理解するための基礎知識
- 乳がんの状態(がんの性格や進行度)と、患者さんの希望する治療方針によって、治療方法を検討する 個別化治療が行われている。
- 本当に納得できる治療を受けるには、患者さんが、治療法の考え方やご自身のがんの状態について理解することも大切。
乳がんの治療では、個別化治療が進んでいます。乳がんという同じ病気であっても、どの患者さんにも同じ治療が行われるわけではありません。検査によって1人1人の患者さんの「がんの性格」や「がんの進行度」をよく調べて<総合的に>判断することによって、予め治療効果の判定や打つべき手を推測できるので、それらと患者さんの希望する治療方針を考慮して、それぞれの患者さんに適した治療が行われるようになっているのです。
患者さんが本当に納得できる治療を受けるためには、治療法の大きな流れと判断ポイント、ご自身の体の状態について、しっかり理解しておくことが大切です。その上で、ご自身がこれからどのように生きたいかを考え、医師とより良いコミュニケーションをはかりながら、治療法を選んでください。
受診の前後に、次のようなチェックリストを用意して記録して行くと、現状の把握や今後の治療法の検討に便利です。
チェックリスト |
チェック項目 |
それを知る異議 |
部位 |
基本的な治療方法(手術の有無、手術の手法、補助療法の有無など)を選択するための参考情報として。 |
見た目(皮膚変化・発赤・潰瘍・えくぼ症状の有無) |
乳頭までの距離 |
組織型(非浸潤がん/浸潤がん:通常型・特殊型) |
大きさ(cm)(全体/浸潤径) |
進行度(ステージ)を把握し、基本的な治療方法(手術の有無、手術の手法、補助療法の有無など)を選択するための参考情報として。 |
臓器転移の有無 |
リンパ節転移の有無 (センチネルリンパ節)(0、1~3、4~9、10以上) |
拡がり(乳腺-脂肪-皮膚、筋膜-胸壁) |
がんが周囲組織のどこまで広がっているかを測る指標として。 |
リンパ管侵襲(ly0、ly+、ly++、ly+++) (切除したがん組織の中に含まれるリンパ管の中に、がん細胞が入り込んでいること) |
脈管侵襲(V0、V+、V++、V+++) (がん周囲の血管やリンパ管の中にがん細胞がみられること) |
病理検査で脈管侵襲が確認されると、転移・再発する危険性が高くなるので。 |
ホルモン受容体 ER(エストロゲン受容体)(陽性、陰性) PGR(プロゲステロン受容体)(陽性、陰性) |
サブタイプ分類をし、治療に使う薬剤を選択するための情報として。 |
HER2(0、1+、2+、3+) (がん細胞表面の遺伝子で、これが発現しているかいないかで、タイプ分けされる) |
核異型度(グレード1、2、3) (グレード1、2、3) |
がんの悪性度を知り、治療法を選択するための参考情報として。 |
行なった検査とその結果 (マンモグラフィー、エコー、細胞診、針生検、CT、MRI、血液検査、骨粗鬆症(DEXA)など) |
治療の参考情報として。 |
行なった治療 (手術、化学療法、放射線療法、ホルモン療法など) |
乳がんの性格
がんの性格を知るために、針生検で採取した組織を調べます。その結果から、サブタイプ分類により、5つのタイプに分かれます。
HER2(注1) |
増殖能(注2) |
ホルモン受容体(注1)
(エストロゲン受容体・プロゲステロン受容体) |
陽性 |
陰性 |
陰性 |
低い |
ルミナールA |
トリプルネガティブ |
高い |
ルミナールB(HER2陰性) |
陽性 |
問わず |
ルミナールB(HER2陽性) |
HER2タイプ |
- 注1)ホルモン受容体
- 乳がんの中には、女性ホルモン(エストロゲンやプロゲステロン)の刺激が加わることで増殖するタイプがある。このタイプの乳がん細胞は、エストロゲンやプロゲステロンと結合するための受容体を持つ。これらの受容体がある場合に、エストロゲン受容体陽性(ER+)、プロゲステロン受容体陽性(PR+)と判定される。このどちらか、あるいは両方が陽性の場合に、ホルモン受容体陽性という。ホルモン受容体陽性の乳がんは、ホルモン療法の対象となる。
- 注2)増殖能
- がん細胞が増殖する能力。 増殖能が高いと、がんが進行しやすいと考えられる。
がんの増殖能の程度を表す腫瘍マーカーが、Ki67。
- 注3)HER2
- がん細胞の表面に存在する遺伝子で、増殖因子の一種とされる。
乳がんには、細胞の表面にこの遺伝子が発現しているタイプと、発現していないタイプがある。発現しているタイプの治療には、その働きを抑制する「抗HER2薬」が効果を発揮する。抗HER2薬には、トラスツズマブ、ラパチニブ、ペルツズマブがある。
さらに、組織を顕微鏡で観察する病理検査で、「核異型度」というがん組織の〝顔つき〟を調べ、悪性度をグレード1~3の3段階で判定します。
乳がんの進行度
乳がんがどのくらい進行しているかは、「しこりの大きさ」「リンパ節転移の有無と広がり」「遠隔転移(他の臓器への転移)の有無」によって判断します。病期(ステージ)は、これらの状況から分類されたものです。ただし、がんの状態は、がんの性格などもあわせて、総合的に考えるのが基本です。
病期0
(ステージ0) |
非浸潤がん:乳がんが発生した乳腺の中にとどまっているもの
(パジェット病を含む) |
病期1
(ステージI) |
しこり:2cm以下 |
リンパ節に転移がない |
病期2
(ステージII) |
A |
しこり:2cm以下 |
腋窩(えきか)リンパ節(わきの下のリンパ節)に転移がある |
しこり:2.1~5cm |
リンパ節に転移がない |
B |
しこり:2.1~5cm |
腋窩リンパ節に転移がある |
しこり:5.1cm以上 |
リンパ節に転移がない |
病期3
(ステージIII) |
A |
しこり:5.1cm以上 |
腋窩リンパ節に転移がある |
しこりの大きさを問わない |
腋窩リンパ節転移が強い、または腋窩リンパ節転移を認めず、胸骨傍リンパ節に転移がある |
B |
皮膚や胸壁に浸潤がある |
C |
鎖骨下リンパ節や鎖骨上リンパ節に転移が広がっているもの |
病期4
(ステージIV) |
乳房から離れたところに転移しているもの |
1-4.乳がんの再発
- 手術をした側の乳房やその周囲だけに再発することを「局所再発」、そこから離れた部位にも再発することを「転移(遠隔転移)」と呼ぶ。
再発とは、目にみえないくらい小さながん細胞が、乳がんと診断された最初の時点から体のどこかに潜んでいて、検査や治療などをくぐり抜けて、後になって出てくるものです。
元々がんがあった乳房やその周辺に発生するのが「局所再発」、乳房から離れた部位(骨や肺など)に発生するのが「遠隔転移」です。
遠隔転移した場合、その部位だけでなく、他の部位にもまだ見えない小さながんが転移している可能性が高いと考えられます。これらの小さな病巣の芽をすべて摘むのは大変難しいため、検査で早期に発見して治療しても、症状が発現してから治療を開始しても、その後の生存率はあまり変わりません。
局所再発は、遠隔転移がなければ、残った乳腺を全摘することで再び根治が可能です。
乳がんに関する主な公開記事
湘南記念病院かまくら乳がんセンター長 土井卓子先生が、乳がん治療の基礎知識を解説しています
金沢大学大学院医学系研究科 臨床研究開発補完代替医療講座特任教授 鈴木信孝先生が、乳がんホルモン療法施行患者におけるシイタケ菌糸体の有用性について総説的に解説されています。
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