(がんの先進医療: 2018年7月発売 30号 掲載記事)

抗がん剤の副作用を減らす方法
~抗がん剤治療という試練を乗り切るために~
1.栄養補給

水上 治 健康増進クリニック院長 一般財団法人国際健康医療研究所理事長

1.抗がん剤の副作用を減らせないか?

細胞障害性抗がん剤(化学療法)は細胞分裂しているがん細胞のDNAの増殖を断ち切り、がん細胞を死滅させます。しかし同時に、24時間体制で分裂している細胞、たとえば骨髄がやられると、白血球が減ったり、赤血球が減ったり、日夜分裂している毛根細胞もやられて脱毛したり、分裂の激しい胃や腸の粘膜細胞がやられると、嘔吐や下痢になります。

これらの症状で悩まされている間は、がん患者さんは、がんへの闘争心が萎えてしまいます。また多くは、体調の悪さを抗がん剤の副作用だろうなと感じつつも、もしやがんが悪くなっているのでは、とも思うのです。そうなると、不安は倍増します。

逆に、抗がん剤の副作用が少なく体調がすっきりしていれば、闘争心がムラムラと湧いてくるものです。体調のことをQOL(Quolity of Life:生活の質)と言いますが、がんと闘うなら、良好なQOLで闘ったほうがきわめて有利であることは言うまでもありません。

近年副作用対策として、吐き気が出そうなら、点滴前に吐き気止めを注射する、白血球が減れば抗がん剤を延期して増えるのを待つ、白血球が増える注射を打つ、血小板が減れば輸血して補充する、肝臓や腎臓機能が弱っていれば、抗がん剤を週単位で中止して回復を待つなど、状況に応じて最善の対応がなされるようになりました。

2.がん患者は栄養失調を改善すべき

がんが進行すると、栄養状態が悪化しやすくなります。食欲が落ちたり、がん細胞が肥えていくために栄養を吸い取られることもあります。ひどく痩せてくると、「悪液質」と言われる状態になります。体のたんぱく質が減り過ぎて、手足がむくんでくる人も多いのです。栄養失調状態ですから、感染症にかかりやすく、筋力も低下し、終いには寝たきりになります。

実はがんで死ぬ日本人は、感染症死が原因であるのが、何と8割近いという驚くべき報告があります。実はこれは、かつて勤務医として病棟で多数のがん患者さんを診てきた私の臨床経験と合致するものです。がんの担当医は、患者さんが痩せてきて栄養障害になるのを当然として、適切な対応を怠っています。「悪液質」になって死んでいくのが当然だと思っているのです。栄養障害が重くなれば、免疫力が下がり、肺炎や敗血症などの感染症で命を落とすのは当然です。私の臨床経験でも、きちんと統計は取っていませんが、がんの半分以上の人が感染症で亡くなっていきました。よく考えていただくとわかりますが、たとえば乳がんは乳房が生命を維持する臓器ではないので、骨転移があるとしても、それだけでは命取りになりません。乳がんが広がり、終いに栄養障害になって、感染症で亡くなるのです。

以前ドイツでのがん死の3割が感染症死であるという論文を読んだことがありますので、日本では感染症死が大変多いことになります。日本の医師の栄養障害に対する対応が不十分であると言わざるを得ません。

病院というところはさまざまな病原体を持っている人が集まっていますから、院内感染の機会が少なくないのです。医師や看護師たちは、病棟に多数備え付けられている装置で絶えず手を滅菌しますが、それでも空気感染などを完全には防げません。ましてや患者さんの免疫力が落ちていては、さらに感染症にかかりやすくなります。入院しているがん患者さんの感染の機会は多いのです。栄養障害を防ぐ必要があります。

栄養補給法で理想的なのは消化管経由による方法、すなわち口から栄養剤を摂る、消化管に管を入れて栄養剤を入れることなどです。しかしあまりにも状態が悪い場合、私が栄養障害の人に直ちに行ったのは、高カロリー点滴でした。太い血管にカテーテルを埋め込み、日々栄養を増やしていきます。栄養は完ぺきで、たんぱく質・脂肪・炭水化物・ビタミン・ミネラルがすべて入っていますから、極端な場合、一切経口摂取できなくても、何年でも生きられます。それほど中心静脈栄養は優れています。開始して3日もすれば、ほっぺたが膨らみ始め、患者さんに笑顔が見られ、少しずつ体重も増え、むくみが減ってくるのがわかります。これだけで免疫力がついてくるので、腫瘍の進行が遅くなりやすいのです。

寝たきりの人なら、歩行訓練を開始します。何キロか体重が回復して体力がついてきたら、退院可能ですが、実は家族が訓練を受ければ、自宅でも中心静脈栄養療法ができるのです。2週ごとに通院していただいて、点滴剤を健康保険でお出ししていたものです。
栄養状態が良くなるだけで、がん患者さんは信じられないくらい延命するものです。栄養が悪い状態で、抗がん剤をやろうが、最新の免疫療法を試みようが、期待するほど効果が出ないものです。どんな治療を計画してもいいのですが、まず栄養です。

私がリーダーとなって、栄養サポートチーム(NST)と言って、医師や看護師、栄養士などからなるチームを結成し、病棟で問題になっている栄養障害患者さんを回診しました。がんの悪液質の人、手術後の回復が悪い人などさまざまでしたが、回診ごとに元気になっていく患者さんを診るのは大きな楽しみでした。NSTがうまく機能すれば、患者さんの回復が良く、床ずれや感染症が減り、入院期間も短縮していきます。これほど患者さんの栄養状態は大切なのです。
わが国ではがん患者さんに栄養を与えると、がん細胞が栄養を奪い取ってかえってがんが大きくなってしまう、という考え方の医師がまだ主流になっています。しかし私が愛読しているドイツのがんの教科書では、この考え方が否定され、栄養はまず正常細胞を養うのであって、直接がん細胞に行くのではないから、いい栄養状態にすべきであると書いてあり、納得したものです。

3.栄養が悪いと抗がん剤の副作用が強まる

がんの患者さんの栄養状態の最善の物差しは、血清アルブミン濃度です。アルブミンは体のたんぱく質の6割を占める重要な物質です。4g/㎗以上あれば正常ですが、実はこれより栄養が悪くなると、抗がん剤の副作用が強くなります。がんが進行すると、4g/㎗以下、時に3g/㎗以下になる人も珍しくありません。こういう人が抗がん剤治療を受けるとどうなるでしょうか。

体に入ってきた抗がん剤はアルブミンと結合し、体の各所に送られ、結合から離れ、ゆっくりと効果を発揮していきます。しかしアルブミンが低いと、アルブミンと結合できる抗がん剤が少なくなるために、一気に血中濃度が上がり、全身にばらまかれ、副作用が急に強く起きてしまいます。

また、低アルブミン血症になると、手足から始まり、終いには腹水が溜まるようになります。すなわち、血液中の水分が血管壁を透過して漏れてくる状態です。この状態で抗がん剤を点滴しても、抗がん剤が血管壁から漏れてしまい、全身にばらまかれなくなります。
ですから、抗がん剤を有効に効かせるためには、アルブミンが正常値を保つ状態にしておくことが必須なのです。吐き気や嘔吐、下痢、食欲不振など、抗がん剤の副作用はさらに体重を減少させ、低アルブミン血症になりやすいのです。

低アルブミン血症が見られるようになってきたら、肉や魚、卵や牛乳、豆乳を摂るなど高たんぱく食を心掛けるべきですし、必要に応じて、エンシュアリキッドやラコールなどたんぱく質を多く含む栄養剤を医師に処方してもらってください。甘い、まずいというのは何とか我慢して飲んでいただきたいものです。がんが進行している状態で、野菜中心の低たんぱく食事療法はますますがんが進行しますので、お勧めできません。このような状況ではほぼ確実にビタミンやミネラルの欠乏が細胞レベルで見られますので、栄養剤を用いることは理に適っています。

体力を維持し、気力を充実させて、抗がん剤治療という試練を乗り切る必要があります。それには栄養不足のない体を維持する日々の努力が必須です。がん患者さんの栄養に詳しい医師の診察を強くお勧めします。

健康増進クリニック
〒102–0074 東京都千代田区九段南4–8–21 山脇ビル5F
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E-mail:info@kenkou-zoushin.com
http://www.kenkou-zoushin.com

水上  治(みずかみ・おさむ)
1948年、北海道生まれ。弘前大学医学部卒業後、河野臨床医学研究所附属北品川総合病院勤務。1974年より東京医科歯科大学で疫学専攻、医学博士。1978年、東京衛生病院内科勤務。1990年より米国カリフォルニア州ロマリンダ大学公衆衛生大学院で学び、1994年修了。米国公衆衛生学博士。東京衛生病院健康増進部長を経て、現在健康増進クリニック院長。一般財団法人国際健康医療研究所理事長。主として欧米からあらゆる医療情報を集め、先端の西洋医療を大切にしながら補完医療を加えた診療内容を実践している。『日本一わかりやすいがんの教科書』『がん患者の迷いに専門医が本音で答える本』『難しいことはわかりませんが、がんにならない方法を教えてください!』など著書多数。

水上 治(みずかみ・おさむ)
1948年、北海道生まれ。弘前大学医学部卒業後、河野臨床医学研究所附属北品川総合病院勤務。1974年より東京医科歯科大学で疫学専攻、医学博士。1978年、東京衛生病院内科勤務。1990年より米国カリフォルニア州ロマリンダ大学公衆衛生大学院で学び、1994年修了。米国公衆衛生学博士。東京衛生病院健康増進部長を経て、現在健康増進クリニック院長。一般財団法人国際健康医療研究所理事長。主として欧米からあらゆる医療情報を集め、先端の西洋医療を大切にしながら補完医療を加えた診療内容を実践している。『日本一わかりやすいがんの教科書』『がん患者の迷いに専門医が本音で答える本』『難しいことはわかりませんが、がんにならない方法を教えてください!』など著書多数。

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