(がんの先進医療: 2015年10月発売 19号 掲載記事)

がん治療(標準治療)の基礎知識
治療の流れを理解し、より適切な治療を受けるために
第9回 膀胱がん

藤井靖久 東京医科歯科大学大学院腎泌尿器外科学分野准教授

藤井靖久 東京医科歯科大学大学院腎泌尿器外科学分野准教授 1988年東京医科歯科大学医学部卒業。同年6月、同大学医学部附属病院診療科外科系診療部門泌尿器科研究従事。医学博士。2004年同大学附属病院泌尿器科助教、同泌尿器科講師、2011年東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科医歯学系専攻器官システム制御学講座腎泌尿器外科学准教授となり、現在に至る。研究分野は泌尿器科学。日本泌尿器科学会、欧州泌尿器科学会、米国泌尿器科学会、国際泌尿器科学会、日本ミニマム創内視鏡下泌尿器手術学会所属。委員歴:腎癌研究会財務委員長、日本泌尿器科学会代議員、JapaneseJournal of Clinical Oncology 査読委員。
膀胱がん治療の基礎知識について東京医科歯科大学大学院腎泌尿器外科学分野准教授 藤井靖久先生に解説していただいた。

膀胱がんは2タイプに分けることができる

膀胱がんは、膀胱壁の最も内側を覆っている尿路上皮粘膜から発生するがんです。好発年齢が60~70歳代と高齢者に多く、高齢化に伴い日本でも増加しています。患者さんは男性に多い傾向があります。発がんの危険因子としては喫煙などがあげられています。

膀胱がんの発見に役立つのは血尿です。膀胱がんと診断される人の85~90%ほどは、肉眼的血尿(肉眼で明らかな血尿)で受診した人たちです。一方、膀胱がんと診断された時点で、膀胱刺激症状(頻尿や排尿痛)のある人は20%ほどしかいません。これらの症状が重複して現れる人も一部いますが、多くの場合、膀胱刺激症状はないのに血尿が出るのです。頻尿や痛みなどの症状がなくても、血尿が出たら泌尿器科を受診することが大切です。

膀胱がんは、深達度によって「筋層非浸潤がん」と「筋層浸潤がん」に大別されます。膀胱壁は、内側から、粘膜、粘膜下層、筋層、漿膜が重なった構造になっています。粘膜から発生したがんが、粘膜下層までにとどまるのが筋層非浸潤がん、筋層以上に浸潤するのが筋層浸潤がんです(図1)。

図1 膀胱がんの深達度(T分類)[第9回 がん治療(標準治療)の基礎知識 膀胱がん]

多いのは筋層非浸潤がんで、膀胱がんの約70%を占めています。両者は性質も進行の仕方も異なるため、治療方針も違っています。一般に、筋層非浸潤がんは予後がよく、筋層浸潤がんは予後が悪いとされています。ただし、筋層非浸潤がんの中にも、「上皮内がん」という予後の悪い種類があります。

膀胱がんには多発するという特徴もあります。がんの発見時に多発しているケースが、30~40%あります。また、治療後に尿路(腎盂、尿管、膀胱、尿道)にがんが発生してくることもあります。

膀胱鏡で内部を観察し画像検査で深達度診断

血尿などで膀胱がんが疑われる場合には、必ず「膀胱鏡検査」が行われます。膀胱鏡は膀胱内を観察するための尿道から挿入する内視鏡です。この検査を行うことで、がんの有無だけでなく、がんの形態、数、大きさ、位置がわかります。さらにがん以外の部位の粘膜の変化も調べます。

がんの形によって、筋層非浸潤がんか筋層浸潤がんかの鑑別は、ある程度可能です(図2)。

図2 膀胱がんの膀胱鏡所見:筋層非浸潤がんは乳頭状有茎性、筋層浸潤がんは非乳頭状、広基性であることが多い。上皮内がんは、非腫瘍部の発赤、ビロード状変化から疑われる[第9回 がん治療(標準治療)の基礎知識 膀胱がん]

乳頭状で茎があれば筋層非浸潤がん、非乳頭状で茎がなければ筋層浸潤がんの可能性が高くなります。

膀胱鏡は、ゼリー状の麻酔薬で尿道に麻酔をかけてから行われます。太さが5~6㎜と細く、尿道に沿って曲がる軟らかい内視鏡なので、痛みでつらい思いをすることはまれです。

「尿細胞診検査」も行われます。尿に含まれる細胞を顕微鏡で調べる検査です。ただし、がんの種類によっては感受性が高くないため、検査の結果が陰性でも、膀胱がんがないとは判断できません。

がんの存在がわかったら、次に病期の診断が必要になります。そのために行うのは画像検査で、深達度、リンパ節転移、遠隔転移について調べます。検査に使われるのはCTやMRIです。CTは、深達度、リンパ節転移、遠隔転移を調べるのに使われます。深達度については、膀胱外に進展したがんの診断には適していますが、筋層への浸潤の有無を調べるのは困難です。転移があるかどうかの診断に主に使われています。

MRIは、深達度診断に関してはCTよりも正確で、筋層に浸潤しているかどうかも、60~90%の精度で診断可能です(図3)。

図3 膀胱がんのMRI 検査(T2 強調):MRI はT1とT2 の鑑別にも有用です[第9回 がん治療(標準治療)の基礎知識 膀胱がん]

また、リンパ節転移の診断にも有用です。深達度の診断に関しては、画像検査はあくまでも補助的なもので、最終的にはTURBT(経尿道的膀胱腫瘍切除)を行って組織を採取し、病理検査によって診断がつきます。TURBTは、手術用の内視鏡を尿道から膀胱内に挿入し、がんを切除する方法です(図4)。

図4 経尿道的膀胱腫瘍切除術: 尿道から手術用内視鏡を膀胱内に入れて、膀胱がんを切除します[第9回 がん治療(標準治療)の基礎知識 膀胱がん]

病理検査では、がんの組織型、異型度、深達度を評価します。

治療は、転移の有無と、筋層への浸潤の有無で決まる

膀胱がんの治療方針は、図のようになります(図5)

図5 膀胱がん診療の基本手順[第9回 がん治療(標準治療)の基礎知識 膀胱がん]

リンパ節転移や遠隔転移の有無によって、治療は大きく異なります。転移がある場合、標準治療としては抗がん剤による「全身化学療法」が行われます。

転移がない場合には手術が行われますが、筋層非浸潤がんか、筋層浸潤がんかによって、治療は大きく異なります。したがって、診断では筋層に浸潤しているかどうかが非常に重要です。

筋層非浸潤がんならTURBTが標準治療なので、膀胱を温存できます。その後、必要に応じて「膀胱内注入療法」が行われます。

筋層浸潤がんは、「膀胱全摘除術」(説明後述)が標準治療です。排尿するための「尿路変向」(説明後述)が必要になります。手術後に再発(転移)が起きた場合には、診断時に転移がある場合と同様に、全身化学療法の対象となります。

筋層非浸潤がんの治療では膀胱を温存できる

筋層非浸潤がんの場合には、基本的にTURBTによる膀胱がんの切除と膀胱内注入療法を中心とした膀胱温存治療が行われます。

■TURBT(経尿道的膀胱腫瘍切除)

尿道から膀胱内に手術用内視鏡を入れ、膀胱にできた腫瘍を、内視鏡の先端から出した高周波電気メスで切除する手術です。通常、腰椎麻酔で行われます。

筋層に浸潤しているかどうかを調べるのに必要な手術ですが、筋層非浸潤がんの場合、この手術が主たる治療となります。したがって、できている腫瘍を完全に切除することが原則となります。

切除した腫瘍に対する病理検査が行われ、筋層非浸潤がんか筋層浸潤がんかの診断がつきます。筋層非浸潤がんと診断がつけば、すでに手術は終了していることになります。

■膀胱内注入療法

膀胱内に抗がん剤やBCGを注入する治療です。抗がん剤はマイトマイシンやアドリアマイシン系が使われます。TURBT後の再発や進展の予防、上皮内がんに対する治療を目的として行われます。

筋層非浸潤がんをTURBTで切除しても、膀胱内再発40~60%という高い頻度で起こります。また、中には再発したがんが筋層浸潤がんに進展することがあります。筋層非浸潤がんの治療では、再発と進展の予防が非常に重要です。

再発や進展のリスクは、次のように評価します。
▼低リスク群……初発、単発、3㎝未満、Ta、低異型度かつ併発する上皮内がんなし。
▼高リスク群……T1、高異型度あるいは上皮内がん(併発上皮内がんを含む)、多発性、再発性。
▼中リスク群……低リスク群と高リスク群以外。
膀胱に注入する薬剤は、このリスクに応じて決定されます(図6)

図6 筋層非浸潤がんのTURBT 後の治療方針(日本の「膀胱がん診療ガイドライン」による概念図)[第9回 がん治療(標準治療)の基礎知識 膀胱がん]

低リスク群に対しては、抗がん剤の即時単回注入が行われます。TURBT後24時間以内に、抗がん剤を1回注入するのです。

中リスク群には、即時単回注入を行った後、抗がん剤の膀胱注入療法を行うことが推奨されています。ただし、抗がん剤の注入療法は、治療後数年間の再発抑制効果はありますが、長期の抑制効果はなく、進展を防ぐ効果もありません。そこで、中リスク群でもBCGが使われることがあります。

高リスク群には、BCGの膀胱内注入療法が行われます。導入治療は、週に1回、6~8週投与します。その後、維持療法として、1~2年間治療を継続することがあります。

筋層非浸潤がんでも、膀胱全摘を考える場合

筋層非浸潤がんでは、基本的には膀胱温存療法が行われます。しかし、状況によっては、膀胱を取り除く﹁膀胱全摘除術﹂が選択されることがあります。

筋層非浸潤がんで温存治療を行い、再発したがんが筋層浸潤がんに進展することがあります。進展したがんの予後は悪く、膀胱全摘除術を行っても、30~50%ががんで死亡します。

筋層非浸潤がんの段階で膀胱全摘除術を行えば、その後の生存率は良好です。そこで、高リスクで特に進展しやすいと考えられる場合は、筋層非浸潤がんでも手術が考慮されるのです。しかし、膀胱全摘除術には、QOLの低下など多くの問題があるため、簡単に結論は出せません。主治医とよく相談し、長所と短所をよく理解して決定することが大事です。

筋層浸潤がんの治療は膀胱全摘除術が基本

筋層浸潤がんの標準治療は、「膀胱全摘除術+尿路変向」です。男性では、膀胱、前立腺、精嚢を摘出します。尿道に再発するリスクが高い場合には、尿道も摘出します。女性では、膀胱、尿道、子宮、膣前壁を摘出します。

膀胱を摘出した場合、尿を排出するための尿路を作る必要があります。主に2つの方法があります。

■回腸導管

小腸を一部切り取り、そこに尿管をつないで、尿を流す管として使います。一方を腹部の皮膚に縫い付け、尿を出すストーマ(排泄口)とします。腹部に装着した集尿袋に尿をためます。

■新膀胱

小腸の一部を切り取って袋を作り、尿管と尿道につないで代用膀胱とします。腹圧を利用し、尿道から排尿できます。ただ、尿がたまっても尿意がなく、膀胱のように伸びないため、尿漏れが起きやすいという問題があります。

尿道に再発するリスクが高い場合には、この方法は適していません。また、女性の場合、新膀胱の適応はより慎重に考える必要があります。子宮を取るため圧力をかけにくく、うまく排尿できないことが多いのです。

膀胱全摘除術を行う場合には、手術前に抗がん剤治療を行う「術前補助化学療法」が推奨されています。死亡率が低下し、生存期間が延長することが臨床試験で証明されているのです。転移がある場合と同様、GC療法(説明後述)が最もよく行われています。

転移を有する膀胱がんには全身化学療法

転移のある進行膀胱がんや、膀胱全摘除術の後に再発した場合、標準治療とされているのは全身化学療法です。現在、最もよく行われているのは、ゲムシタビンとシスプラチンという抗がん剤を併用するGC療法です。

かつてはMVAC療法(メソトレキセート、ビンブラスチン、アドリアマイシン、シスプラチンの併用療法)が中心で、未治療の患者さんに対する効果は、完全寛解が25
%、部分寛解も合わせると50~70%になるという高いものでした。GC療法は、MVAC療法と同等の効果があり、副作用が軽いことが臨床試験で証明され、第1に選択される治療となっています。

しかし、転移を有する膀胱がんは、予後が悪く、全身化学療法を行っても、生存期間の中央値は1年程度です。新たな治療法の開発が待たれています。

膀胱がんの治療について

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