(監修:東京医科歯科大学大学院腎泌尿器外科教授 藤井靖久先生)

2.膀胱がんの治療について

2-1.膀胱がんの治療

  • 筋筋層非浸潤がんなら膀胱を温存する治療が可能となる。
  • 膀胱浸潤がんの標準治療は膀胱全摘除術と尿路変向術。

膀胱がんの治療方針は、下の図のようになります。リンパ節転移や離れた臓器への転移がある場合には、病理診断のためにTURBT(詳しくは「筋層非浸潤がんの治療」を参照)が行われますが、治療としては「全身化学療法」が標準治療となります。

転移がない場合には、筋層非浸潤がんと筋層浸潤がんで、治療法が大きく異なります。そこで、筋層に浸潤しているかどうかを正確に調べるためにTURBTが行われます。

病理検査で筋層非浸潤がんであることが明らかになれば、その時点で手術は終了していることになります。再発や進展を防ぐため、必要に応じて膀胱内注入療法(詳しくは「筋層非浸潤がんの治療」を参照)が加えられます。膀胱内にがんが再発した場合には、再度TURBTが行われます。再発・進展、特に進展のリスクが高い場合には、膀胱全摘除術と尿路変向(詳しくは「筋層浸潤がんの治療」を参照)が進められる場合もあります。

病理検査で筋層浸潤がんであることが明らかになれば、膀胱全摘除術と尿路変向が行われます。まだ、標準治療にはなっていませんが、膀胱温存療法の研究も進められています。術後に再発(転移)が起きた場合には、全身化学療法が標準治療となります。

図:膀胱がん診療の基本手順

2-2.膀胱がんの治療―1.筋層非浸潤がんの治療

  • 再発を防ぐためTURBT(経尿道的膀胱腫瘍切除)と膀胱内注入療法を組み合わせる。
  • 再発や進展のリスクに応じて、膀胱注入療法で使う薬剤を選択する。

筋層非浸潤がんに対しては、基本的にTURBTによる膀胱がんの切除と、膀胱内注入療法を中心とした「膀胱温存療法」が行われます。ただし、状況によっては、膀胱全摘除術が選択されることがあります。

TURBT(経尿道的膀胱腫瘍切除術)

尿道から膀胱内に手術用内視鏡を入れ、膀胱にできた腫瘍を、内視鏡の先から出した高周波電気メスで切除する手術です。腰椎麻酔で行われます。

がんが筋層に浸潤しているかどうかを調べる検査としても行われる手術です。病理検査の結果、筋層非浸潤がんであることが分かれば、この手術が主たる治療となります。そのため、検査目的で行う場合であっても、できている腫瘍を完全に取り切ることが原則となります。

図:「経尿道的膀胱腫瘍切除」

膀胱内注入療法

膀胱内に抗がん剤やBCGを注入する治療です。TURBTを行った後の再発や進展の予防、あるいは上皮内がんに対する治療を目的に行われます。抗がん剤は、マイトマイシンやアドリアマイシン系抗がん剤が使われます。点滴で静脈に投与する場合と異なり、全身的な副作用は現れません。頻尿や排尿痛など膀胱に対する局所的な副作用もごく軽いものです。BCGは結核予防ワクチンですが、膀胱内に注入すると膀胱粘膜に炎症を起こさせ、がんの再発や進展を予防します。

どのような膀胱内注入療法を行うかは、再発および進展のリスクに応じて選択されます。リスク分類は表のように行われます。

表:膀胱がんのリスク分類

低リスク 初発、単発、3㎝未満、Ta、低異型度かつ併発上皮内がんなし
中リスク 低リスク・高リスク以外
高リスク T1、高異型度あるいは上皮内がん(併発上皮内がんも含む)、多発性、再発性

図:筋層非浸潤がんのTURBT後の治療方針

低リスクの場合
TURBTだけでは再発する可能性が高いので、TURBT後24時間以内に1回だけ抗がん剤を注入する「即時単回注入」が推奨されています。
中リスクの場合
低リスクと同様に即時単回注入が推奨されています。それに加え、再発・進展のリスクが高くなることから、引き続き抗がん剤の膀胱注入療法が必要とされています。ただし、抗がん剤の膀胱注入療法は、治療後数年間の再発抑制効果は認められていますが、長期にわたる抑制効果はなく、進展を防ぐ効果もないとされています。そのため、BCGの膀胱注入療法が行われることがあります。
高リスクの場合
再発や進展の予防、あるいは上皮内がんの治療を目的として、BCGの膀胱注入療法が推奨されています。導入治療は、週に1回、6~8週投与します。その後、維持療法として、1~2年間、治療が継続されることがあります。維持療法の投与スケジュールに関しては、世界的に検討されていて、結論は出ていません。

膀胱全摘除術

筋層非浸潤がんで膀胱温存治療を行い、再発したがんが筋層浸潤がんに進展した場合、転移がなければ、膀胱全摘除術(手術法については「筋層浸潤がんの治療」を参照)が行われます。

ただ、進展したがんの予後は悪く、膀胱全摘除術を行っても、そのうちの30~50%が膀胱がんによって死亡することがわかっています。筋層非浸潤がんの段階で膀胱全摘除術を行った場合には、その後の生存率は良好です。

そこで、高リスクで特に進展しやすいと考えられている場合には、筋層非浸潤がんでも、膀胱全摘除術が検討されることがあるのです。しかし、膀胱全摘除術には、QOL(生活の質)の低下など多くの問題があるため、簡単に結論を出すことはできません。主治医とよく相談し、それぞれの治療の長所と短所をよく理解して、治療法を決定することが大切です。

2-3.膀胱がんの治療―2.筋層浸潤がんの治療

  • 膀胱全摘除術と尿路変向術はセットで行われる。
  • 回腸導管はお腹に排泄口をつける。排尿機能が安定していてトラブルが起きにくい。
  • 新膀胱なら尿道から排尿できるが、尿漏れなどが起こりやすくなる。

筋層浸潤がんの標準治療は、「膀胱全摘除術+尿路変向」です。膀胱全摘除術は、男性では、膀胱に加え、前立腺と精嚢も摘出します。尿道に再発するリスクが高い場合には、尿道も摘出します。女性の場合には、膀胱、尿道、子宮、膣前壁を摘出します。

膀胱を摘出した場合、尿を排泄するためには、新たな尿路を作る必要があります。尿路変向にはいくつかの方法がありますが、「回腸導管」と「新膀胱」が、現在行われている代表的な方法です。どの尿路変向を行うかは、がんのできている部位、上皮内がんの有無、患者さんの年齢や状態や希望により選択されます。

回腸導管

小腸の一部を切り取り、そこに尿管をつないで、切り取った小腸を尿を流す管として使います。一端を腹部の皮膚に縫い付けて、そこに尿を出すストーマ(排泄口)を作ります。排泄された尿は、腹部に装着した集尿袋にためられます。

QOLが低下しますし、ストーマができることによるボディイメージの変化が、患者さんに心理的な落ち込みをもたらすことがあります。ただ、トラブルが起きにくく、機能が安定しているため、年月が経過することで、気にならなくなるケースがほとんどです。

図:回腸導管

新膀胱

小腸の一部を長めに切り取り、それを使って袋を作り、尿管と尿道につないで代用膀胱とします。腹圧を利用することで、尿道から排尿することができます。ストーマを作らないために外見的な変化がなく、尿道から排尿できるのも、患者さんにとってはうれしい点です。

ただ、新膀胱は神経が通っていないため、尿がたまっても尿意を感じることはありません。また、膀胱のような伸縮性がないため、尿がたまると尿漏れが起きやすいという問題も抱えています。尿道を残すため、膀胱がんが尿道に再発する危険性が高い場合には、この治療法は適していません。また、女性の患者さんの場合、新膀胱の適応は慎重に考える必要があります。女性は子宮も摘出するため、新膀胱に圧力をかけることができず、うまく排尿できないことが多いからです。

図:代表的な尿路変向

「膀胱全摘除術+尿路変向」は、膀胱を摘出し、小腸を使って尿路変向を行うため、非常に大きな侵襲がありますし、膀胱を取ることによるQOLの低下も伴います。

膀胱全摘除術を行う場合には、手術前に抗がん剤治療を行う「術前補助化学療法」が推奨されています。死亡率が低下し、生存期間が延長することが、臨床試験で証明されているからです。体力的に問題がなければ、化学療法が行われます。使用される抗がん剤は、転移がある場合の治療と同様で、GC療法(詳しくは「転移を有する膀胱がんの治療」を参照)が最もよく行われています。

2-4.膀胱がんの治療―3.転移を有する膀胱がんの治療

  • 転移がある場合は全身化学療法のGC療法が標準治療。
  • 制吐剤の進歩で副作用はかなり軽くなっている。

転移を有する進行膀胱がんや、膀胱全摘除術の後に再発が起きた場合、標準治療とされているのは全身化学療法です。現在、最もよく行われているのは、ゲムシタビンとシスプラチンという抗がん剤を併用する「GC療法」です。4週を1サイクルとする治療で、ゲムシタビンは1日目、8日目、15日目に投与し、翌週は休薬します。シスプラチンは2日目に投与します。

かつてはMVAC療法(メソトレキセート、ビンブラスチン、アドリアマイシン、シスプラチンの併用療法)が中心的な治療法でした。未治療の患者さんに対するこの治療法の成績は、完全寛解*1が25%、部分寛解*2も合わせると50~70%になるという高いものでした。GC療法は、MVAC療法と同等の効果があるにも関わらず、副作用はMVAC療法より軽いことが証明されています。それにより、現在では、GC療法が第1に選択される治療法になっています。最近は制吐剤が進歩したことで、副作用はさらに軽減しています。しかし、転移を有する膀胱がんは予後が悪く、全身化学療法を行っても、生存期間の中央値は1年程度です。新たな治療法の開発が待たれています。

完全寛解*1:がんの症状がなくなり検査でも異常がない状態。寛解では、まだ再発の可能性は否めない
部分寛解*2:がんの症状は改善されたが、検査でまだ一部に異常が残る状態

2-5.膀胱がん治療で使われる薬剤

膀胱がん治療では、次のような薬剤が使用されます。

表:膀胱がんの治療で使われる薬剤

膀胱注入療法

一般名 主な商品名
BCG イムノブラダー、イムシスト
マイトマイシンC マイトマイシン
アドリアマイシン系 アドリアシン

全身化学療法

一般名 主な商品名
ゲムシタビン ジェムザール
シスプラチン ランダ、ブリプラチン

2-6.膀胱がんの治療終了後の経過観察

  • 筋層非浸潤がんで膀胱を温存した人は、膀胱内再発を定期的にチェックする。
  • 尿路変向した人は、ストーマの状態や、きちんと排尿できているかをチェックする。
  • 膀胱全摘除術を受けた人はCTで転移の有無をチェックする。

治療終了後は、次のような点に注意し、経過観察を行います。

筋層非浸潤がんで膀胱温存治療を受けた場合には、再発の有無を調べるため、膀胱鏡検査と尿細胞診を定期的に行います。

筋層浸潤がんで膀胱全摘除術を受けた場合には、尿路変向による排尿に問題が生じていないかをチェックします。回腸導管なら、ストーマの管理がうまくいっているかをチェックします。新膀胱であれば、尿をきちんと排泄できているかどうかをチェックします。また、CTで転移の有無も調べます。

2-7膀胱がん治療の副作用

膀胱がんの治療では次のような副作用が現れます。

表:膀胱がん治療による副作用

治療法 副作用
TURBT 開腹手術と異なり、身体的負担は軽い。ただし、まれに尿道や膀胱に穿孔が起きる危険性がある。
膀胱注入療法(抗がん剤) 全身化学療法のような副作用はなく、膀胱刺激症状もごく軽度である。
膀胱注入療法(BCG) 抗がん剤の注入療法に比べて副作用が強く、排尿痛や頻尿などの膀胱刺激症状が現れる。また、一時的に発熱が現れることがあり、結核感染や萎縮膀胱などにも注意が必要。
膀胱全摘除術+尿路変向術 手術自体の合併症が多い。男性では性機能障害が起こる。がんのできている部位によっては神経温存手術が可能で、その場合には勃起機能を残せることがある。ただし、前立腺と精嚢を摘出するため、射精機能は失われる。
回腸導管では、ストーマや周囲の皮膚のトラブルが起きやすい。新膀胱では、夜間の尿失禁、排尿困難などが起きやすい。
全身化学療法(GC療法) ゲムシタビンでは白血球減少など血液毒性が主に現れ、シスプラチンでは吐き気や嘔吐が起こりやすい。吐き気や嘔吐は制吐剤でかなりコントロールが可能。

2-8.膀胱がんの患者さんがよく気にしたり悩んだりすることQ&A

Q手術後に日常生活で気をつけることは?
A
TURBTであれば、気をつけなければならないことは特にありません。
膀胱全摘除術を受けた場合は、腸管癒着が生じるため、腸閉塞が起こりやすくなります。だからといって、食事が制限されるようなことはないのですが、腸閉塞が起こる可能性があるということは、知っておくべきでしょう。もし急な腹痛などが起きた場合には、腸閉塞の可能性を考え、早急に受診することが大切です。
回腸導管による尿路変向を行った人は、ストーマや周囲の皮膚がトラブルを起こさないように、ストーマの管理が必要です。ストーマ管理の専門看護師による外来を受診することも勧められます。新膀胱にした人は、きちんと排尿できているかどうかのチェックが必要です。
Q手術は何歳まで可能でしょうか。
A
TURBTは特に年齢に関係なく行うことができます。しかし、膀胱全摘除術と尿路変向術は、体への負担が大きい手術なので、高齢の人には行えないことがあります。かつては、80代の患者さんであれば、手術は行わないのが一般的でした。しかし現在では、80代でも全身状態が良好であれば、手術が行われるようになっています。それでも常識的には80代前半までで、80代後半の年齢の患者さんに手術が行われることは比較的まれです。
Q手術後の社会復帰は可能ですか。
A
もちろん可能です。TURBTならまったく問題ありませんし、膀胱全摘除術と尿路変向術を受けた人でも、多くの人が問題なく社会生活を営んでいます。ストーマがあっても、新膀胱でも、普通の生活ができるため、周囲の人がそのことに気づかないことが多いのです。

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