(監修:伊藤病院 副院長 杉野公則先生)

2.甲状腺がんの治療について

2-1.甲状腺がんの治療方針

  • 第一選択の治療として手術が行われる。がんの種類や進行度によっては、それに加えて他の治療が加えられる。

甲状腺がんの治療では、手術が第一選択の治療法です。そして、必要に応じて他の治療が加えられます。どのような手術が行われるか、どのような治療を組み合わせるかは、がんの種類によって異なっています。

乳頭がん・濾胞がん

転移がない場合には、手術を受けて治療が終了となります。どのような手術が行われるかは、がんのできている部位や個数によって決まってきます。がんのできている部位によっては、葉切除(甲状腺の左右片側だけを切除する手術)もできます。

転移がある場合には、甲状腺の全摘手術をして、その後にアイソトープ治療(詳しくは、「甲状腺がんの治療2-アイソトープ治療」を参照)を行うことが勧められます。転移はないが、がんが局所的に甲状腺の外に出ていたり、気管や食道に入り込んでいたりする場合には、肉眼的にはきれいに取れていても、がん細胞が残っていることが考えられます。このような場合にも、甲状腺の全摘を行い、アイソトープ治療を併用することがあります。

手術をしたが、がんが残っている可能性がある場合には、再発を防ぐため、手術後にホルモン療法を行います。

アイソトープ治療が効かない場合には、分子標的薬による治療が行われます。

髄様がん

手術が行われます。遺伝性でない場合は、葉切除、亜全摘、全摘のいずれかの手術が、遺伝性の場合には全摘手術が行われます。

未分化がん

分子標的薬による治療、放射線療法(外照射)、手術などを組み合わせた治療が行われます。

2-2.甲状腺がんの治療法――1.手術

  • 切除する範囲によって、葉切除、亜全摘、全摘という3つの方法がある。
  • 甲状腺が部分的に残っていれば、甲状腺ホルモンを分泌できる可能性がある。

甲状腺の一部、またはすべてを切除する手術法があります。鎖骨の少し上を、しわに沿って切開し、手術が行われます。甲状腺の左右どちらかの片側だけを切除する「葉切除」、大部分を切除する「亜全摘」、すべて切除する「全摘」という方法があります。

(図)「葉切除」

甲状腺がんの治療法 手術「葉切除:がんがある側の甲状腺と峡部を切除」

(図)「亜全摘」

甲状腺がんの治療法 手術「亜全摘:大部分の甲状腺を切除」

(図)「全摘」

甲状腺がんの治療法 手術「全摘:甲状腺を全部切除」

がんのできている部位、数、進行度などを考慮して、適した手術が選択されます。乳頭がんや濾胞がんで転移がない場合、がんの位置によっては葉切除や亜全摘が可能になります。転移があったり、再発の可能性が高かったりしてアイソトープ治療(詳しくは、「甲状腺がんの治療–2 アイソトープ治療」を参照)を行う場合には、全摘が必要となります。

甲状腺を全摘した場合には、甲状腺ホルモンが分泌されなくなるため、手術後はずっとホルモン剤を服用する必要があります。甲状腺が部分的にでも残っていれば、ホルモンを分泌できる可能性があります。

甲状腺を切除するのに加え、必要に応じてリンパ節を切除します。また、気管や食道など、周辺の臓器に浸潤している場合には、それらの臓器を合併切除します。

患者さんは手術を受けた当日から歩くことができ、翌日から普通に食事をとることができます。入院期間は1週間程度です。

2-3.甲状腺がんの治療法――2.アイソトープ治療

  • 転移したがんが放射性ヨウ素を取り込むことで治療効果を発揮。

放射線を発する放射性ヨウ素を使う治療で、「放射性ヨウ素内用療法」ともいいます。甲状腺は、ホルモンの材料として、ヨウ素を取り込む性質を持っています。そのため、手術で甲状腺を取り除いた後に放射性ヨウ素を服用すると、それは転移などで体内に残った甲状腺がんに取り込まれます。放射性ヨウ素は、そこで放射線を出すことで、治療効果を発揮するのです。この治療は放射性物質を使用するため、特別の病室に入院して治療が行われます。

2-4.甲状腺がんの治療法――3.ホルモン療法

  • 甲状腺ホルモン剤を服用することで、再発予防効果が期待できる。

甲状腺は、脳下垂体が出すTSH(甲状腺刺激ホルモン)の働きによって、ホルモンを分泌します。このTSHは甲状腺がんにも働きかけ、増殖を促してしまいます。そこで、TSHの分泌をなるべく抑えることが、甲状腺がんの再発を防ぐのに役立ちます。

TSHの分泌を抑えるためには、甲状腺ホルモン剤を服用し、血中濃度を高い状態に保つのが効果的です。血中濃度が高いと、それ以上の甲状腺ホルモンは必要ないと体が判断し、脳下垂体からのTSH分泌が低下するからです。手術後、再発の可能性が高い場合に行われます。

2-5.甲状腺がんの治療法――4.分子標的薬治療

  • がんの進行を抑えることを目的に使用する。

甲状腺がんの治療に用いられる分子標的薬には、ソラフェニブ、レンバチニブ、バンデタニブという3種類の薬があります。がんの増殖に関係する分子を標的とし、その働きを抑えることで、治療効果を発揮します。ただ、分子標的薬が効いた場合でも、がんが小さくはなりますが、完全に消えてしまう状態にはなりません。がんを進行させないことで、普通に生活できるようにするための治療です。分子標的薬が登場する以前、通常の抗がん剤による治療が行われたことがありますが、効果を発揮した抗がん剤はありませんでした。

2-6.甲状腺がんの治療で使われる薬剤

甲状腺がんの治療では、次のような薬が使用されます。

(表)甲状腺がんの治療で使われる薬剤

主な甲状腺ホルモン剤

含有しているホルモン 一般名 商品名
T4製剤 レボチロキシンナトリウム チラーヂンS
リオチロキシンナトリウム レボチロキシンNa錠サンド
T3製剤 リオチロニンナトリウム チロナミン
T3・T4製剤 乾燥甲状腺 チラーヂン末

分子標的薬

一般名 商品名 適応
ソラフェニブ ネクサバール 分化型甲状腺がん(乳頭がん・濾胞がん)
レンバチニブ レンビマ 分化がん、髄様がん、未分化がんを含む根治切除ができない甲状腺がん
バンデタニブ カプレルサ 根治切除ができない甲状腺髄様がん

2-7.甲状腺がん治療の合併症と副作用

  • 手術の前に反回神経が障害されていないかどうかチェックを受ける。
  • ホルモン剤には特別な副作用はない。

甲状腺の後ろ側には、声帯を動かす働きをする反回神経が通っています。この神経は、甲状腺がんが浸潤することで障害されることもありますし、手術によって傷ついてしまうこともあります。神経は2本ありますが、1本が傷つくと声がかすれるようになります。2本とも傷つくと、声帯が動かなくなって閉じてしまいます。こうなると呼吸ができないため、気管切開が必要になります。

このような重大な事態が生じたとき、原因がはっきりしないと困るので、手術の前には、反回神経が障害されていないかどうかを調べておく必要があります。画像検査では見えないので、内視鏡で声帯の動きをチェックします。

手術で甲状腺を切除した場合、甲状腺ホルモンが分泌されなくなります。そのため、甲状腺ホルモン剤を服用する必要が生じます。一生、服用を続けます。もともと体内で分泌されている甲状腺ホルモンを補う薬なので、特別な副作用はありません。

2-8.甲状腺がんの治療終了後の定期検診

手術後は、1~2ヵ月に1回の経過観察が必要です。手術の傷が落ち着き、ホルモン剤など薬の量も決まれば、そこからは6ヵ月に1回程度の間隔で経過観察していきます。

多くのがんでは、5年生存、あるいは10年生存が治癒の目安とされています。しかし、進行の遅い甲状腺がんは、10年たっても、20年たっても、再発してくることがあります。したがって、「もう再発の心配はありません」と言い切ることはできないのです。経過観察はずっと続けていくことになります。

2-9甲状腺がんの患者さんがよく気にしたり悩んだりすることQ&A

Qセカンドオピニオンは、すべき?
A
担当医の意見が第一の意見であるのに対し、他の医師の意見をセカンドオピニオンと呼びます。すべての患者さんがセカンドオピニオンを聞きに行ったほうがよいわけではありません。担当医の説明を聞き、自分で納得できれば、それで十分である場合も多いでしょう。しかし、納得がいかない場合には、これまでの治療経過・検査結果・今後の予定などを担当医に記載してもらい、別の医師の意見を聞くのもよいでしょう。そして、その結果を担当医に持ち帰って相談するのがベストです。
Q手術後、仕事に復帰するまでの期間は?
A
甲状腺は体表近くに存在する臓器なので、甲状腺を切除するだけの手術なら、比較的短期間で日常の生活に復帰することができます。手術を受けた日に、歩いたり水を飲んだりすることができ、翌日には普通に食事をとることができます。入院は1週間ほど、退院後すぐに日常生活に戻ることができます。しばらくの慣らし期間は必要ですが、数週間で職場に復帰することもできるでしょう。
Q傷跡が目立たない手術はありますか?
A
鎖骨の上あたりを、しわに沿って切開するため、通常の手術でも傷跡はさほど目立ちません。ただ、首元が開いた服を着た場合、手術から1年間ほどは、傷跡が気になることもあるでしょう。2016年4月から、先進医療で内視鏡手術が受けられるようになっています。切開するのは乳房の少し上で、傷跡は約2㎝が2か所です。首元が開いた服を着ても、傷跡が見えません。
Q甲状腺がんの治療を受けた後、妊娠・出産は可能ですか?
A
甲状腺がんの治療を受けた人でも、問題なく妊娠・出産を行うことができます。アイソトープ治療を受けた人は、治療後半年間は避妊する必要がありますが、半年から1年ほどで甲状腺ホルモンは安定するので、その後は妊娠・出産が可能です。甲状腺ホルモン剤を服用している人も、服用を続けたまま妊、妊娠・出産が可能ですし、授乳も心配ありません。

  • イラストで理解できるがんと免疫

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