第3回 乳がん術後のケア
放射線治療による皮膚障害のためのケア
今回は放射線治療のケアについて述べます。
放射線照射は乳がん治療の中でも、効果が高く、使用頻度も多く、重要な位置を占める治療方法です。乳房温存術では、がんとその周囲の乳腺を切除した後、残った乳房に放射線を照射することが標準療法です。乳房をすべて切除した場合でも、リンパ節に転移が多数見られたときやリンパ管内に広くがん細胞が入り込んでいた場合は、PMRTと言って胸壁や鎖骨の上のリンパ節に再発を予防する目的で放射線を当てます。また、再発治療にも病巣を小さくすること、痛みをとることを目的として放射線を用います。脳転移にも放射線治療は有効です。今回は放射線治療の際のお肌ケアについて述べます。
放射線による皮膚障害とはどんなものでしょうか?
放射線は皮膚や軟部組織を通り越して治療の目的部位に届きます。そのため皮膚はやけどをしたような状態になり、汗や皮脂をつくる分泌腺も傷つきます。これが皮膚障害と呼ばれるものです(写真1、表1)。通常の放射線治療では1回にかける線量はあまり多くありませんが、繰り返して照射するため、皮膚障害は初めのうちは軽度でも、繰り返すうちに重症化していきます。まず初期には紅斑といって、放射線が当たった部分の皮膚が赤くなります。これは真皮(皮膚表面の裏側)の毛細血管が拡張することによるもので、多少かゆみを伴うこともありますが、あまり苦痛はありません。次に乾性落屑と言って、日焼けのときのようにぽろぽろと皮がむけます。これは毛細血管が拡張して真皮の部分がむくんでしまい、血管が傷むことにより出血がおこり、それが皮膚表面にも影響して一部がはがれるものです。軽い痛みやかゆみが出ますが、ここまでは比較的軽い障害と言えます。さらに重症化すると湿性落屑と言って、皮膚表面が水膨れになって完全にはがれてしまい、そこから浸出液が出たり、出血したりするようになります。こうなると衣類とこすれても痛く、お風呂に入ると沁みて、浸出液や出血のためにガーゼを載せたり、軟膏をつけて保護する必要があり、日常生活を送るうえで苦痛は強くなります。お薬を飲まなければならない場合も多く、治療をいったん中止しなければならないときもあります。
写真1 乳房の放射線皮膚障害
表1 放射線による皮膚障害
放射線治療が終了すると、時間の経過とともに皮膚も自然に回復していきます。治療終了後1週間程度でかゆみや痛みが良くなり、2~4カ月ほど経過すると色素沈着も消えていきます。
放射線皮膚障害を予防するためのスキンケア
放射線治療を上手に完遂するためには皮膚障害を起こさないことが何より大切です。皮膚障害を予防するための基本的スキンケアのこつを述べます。
まず、皮膚に変化が起こってからケアを開始するのでは遅いので、治療計画と言って外来で治療を予定する皮膚にマークを付けたときから、予防のためのスキンケアを始めます(表2、表3)。
表2 皮膚炎のスキンケア
表3 放射線皮膚炎を予防するための基本的スキンケア
まず、清潔にすることです。治療中に感染や炎症を起こさないためには皮膚を清潔に保っておくことが大切です。部位によっては、わきの下や乳房の下側など汚れがたまりやすい場所もありますし、術後であるため怖くて自分で洗っていない方もいます。正しく入浴して皮膚の常在菌にも気を配りましょう。
熱いお湯は放射線での皮膚炎を起こしやすいので38℃程度のぬる湯で入浴します。入浴剤はかぶれることもあるのであまり勧めませんが、カミツレなどの天然成分のものは肌に刺激がなく保湿効果があり、皮膚障害をおこしにくくします。石鹸は、刺激のないものを選び、こすらずに泡立てて洗います。清潔が大切といってもナイロンたわしでごしごしこするなど肌を傷めるような洗い方は避けてください。最近は直接泡で出てくる皮膚洗浄剤もあり、これをのせるようにして、ぬる湯で洗い流すのが良い方法です。
次に放射線が当たる部位の保湿です。乾燥していると放射線が当たったときに障害が出やすいので、予防のためには保湿が大切です。皮脂を補う尿素やセラミド入りクリーム、乳液、少量のピュアセリンオイル(バイオイル®)などがよいでしょう。強くこすらず、撫でるようにのせていきます。べたつくほど多量に使用する必要はなく、表面がしっとりする程度で十分です。特に入浴により肌は乾燥するので、入浴後もすぐに保湿します。
最後に放射線が当たる部位に外力の刺激が当たらないよう工夫します。照射される部位に直射日光が当たったり、硬い衣類がこすれたり、虫刺されや傷ができたりするとそれをきっかけに皮膚障害が悪化する場合があります。ですから外出するときには細心の注意で直射日光が当たらないように気を付け、長袖の上着や襟の高いものを着用し、上から羽織るものやスカーフ、帽子や日傘も積極的に使いましょう。
さらに治療中は放射線の当たる部分が硬い衣服でこすれないように下着や洋服もガーゼ素材や軟らかい素材のものを選ぶようにします。鎖骨の上や頸部にも照射している場合は麦わら帽子などが当たってこすれることも良くありませんのでご注意ください。照射中は患部が激しく動くような運動は避け、傷ができたり虫に刺されないように気を付けることも大切です。もし脱毛が必要な場合は傷がつかないように電気カミソリを使いましょう。湿布や絆創膏も照射範囲には貼らないように気を付けます。
以上のことをまとめますと、治療中の生活のこつとしては、外出の際は薄手でもよいので軟らかい生地のものを1枚羽織るようにし、屋外での運動や草むしりなどは控え、お風呂はぬる湯にゆっくりつかり風呂上がりには丁寧に保湿する、といったことが大切だということです。もしかゆくなっても掻かないように気を付け、どうしても我慢できないときは軽くたたくか、冷やして紛らわせましょう。これが皮膚障害を起こさないこつです。
放射線性皮膚障害のケア
発生した皮膚障害には上手にケアをしましょう。
まず、赤くなったり軽いかゆみが現れはじめた軽度の皮膚障害のときは、まず冷やして保湿することが大切です。冷たくしたぬれタオルをのせる、保冷剤をガーゼで包んで下着との間に挟むなどが良いでしょう。入浴もぬる湯にしてタオルや衣類でこすれないように気を配ります。入浴後には保湿剤やオリーブ油、ピュアセリンオイルなどをこすらないように塗って保護しておきます。こういうことが、障害を悪化させないこつです。
次にかさかさした皮剥けが始まったら、皮膚障害が中等度になってきたことになります。放射線担当の医師に診てもらって、指示に従ってアズレン軟膏やステロイド軟膏を塗っておきましょう。感染予防が必要なときは抗生物質のゲンタシン軟膏などが処方されますのでこれを塗布します。衣類との摩擦を避けるためにシリコンガーゼなどをのせて保護することも有効です。軟膏を塗るタイミングは照射の直前と直後を避けたほうがよく、入浴後、就寝前などが良いと思います。
さらに放射線が当たった部位に水泡ができ、そこから浸出液が出たり出血するようになると皮膚障害は重症化していることになります。このじくじくした部分に感染が起こるとさらなる重症になりやすいので、医師の診察を受けて、指示に従ってください。感染を防ぐために抗生物質を服用したり、鎮痛剤を使用して苦痛を取るなどの全身管理が必要な状態です。局所もご本人だけでは対応が難しいので、医師やナースが状態を見ながらステロイドと抗生物質の軟膏を塗り、シリコンガーゼで水泡の破れた部分の処置などを行う必要があります。本人も苦痛と照射部位の障害を悪化させないために安静、休養を心がけることが必要です。
照射が終わって皮膚も安定した後は、いわゆる晩期の障害が残ります。汗や皮脂の分泌ができないため、放射線の当たった部分はかさかさと乾燥します。また線維の変性から皮膚は黒ずみ、硬くなり、進展性が悪くなります。これには根気よく保湿してお肌の手入れをこまめに行い、新陳代謝を良くしてお肌の再生を進めていくことが大切です。尿素やセラミド入りクリーム、乳液、少量のピュアセリンオイル(バイオイル®)などを毎日塗布すると効果的です(写真2・3)。
写真2 乳房温存術後オイル使用 毛穴の目立ちもなくなり、乾燥も非常に改善。回復が早い皮膚も滑らかになった
写真3 乾燥、色素沈着の改善
乳房温存術の照射のケア
乳房もこれまでに述べたケアと同じですが、特に気をつける点を挙げてみます。まず照射中に乳房が揺れてこすれると肌が傷みやすいので、日常生活でも乳房が揺れないようにするとともに、衣服とこすれないようにすることが大切です。術後、傷を配慮してブラジャーをしていなかった方も多いと思いますが、ある程度保持力があって乳房が揺れてこすれないようなブラジャーを着用しましょう。ただしブラジャーのカップやストラップ、ワイヤーで肌を圧迫しないよう、マジックテープやホックで肌を傷つけないように下着も上手に選んでください(写真4)。最近は縫い目のないブラジャーやセンチネル生検の創部に当たらないよう工夫したもの、軟らかい素材でカップの中に保冷剤を入れられるものなども開発されてきています。
写真4 放射線治療中の下着の工夫
また、生活も治療期間中は自転車に乗ったり、走り回る、飛び回るという激しい運動をなるべく避け、乳房の安静をはかりましょう。
また乳房の場合は、放射線後に皮膚にしわができてひきつれ、乳頭が吊り上がって変形が大きくなることもあります。変形を最小にするためには肌の修復がより大切です。前項に述べたケアを行ったうえで、照射終了後約1カ月ほどして皮むけがおさまったころから、入浴後にピュアセリンオイルを塗布して肌をマッサージし、しわを伸ばすようにすると、皮膚が伸びやすくなります。オイル以外にもヘパリン類似物質のヒルドイドソフトやビーソフテン、尿素製剤、乳液などのマッサージも有効です。ご自分の肌に合いやすいものを選んでください。ケアをするかどうかで将来の乳房の変形が大きく異なる場合があることを知っていただきたいと思います。
放射線治療が終わってから何年間も、気長にケアを続けることが大切です。傷を見たくないという方もいらっしゃいます。
しかし、自分の残った乳房を大切に思い、手入れを続けていくことは、術後の人生を大切にすることにつながるのではないでしょうか。
●どい・たかこ●
横浜市立大学医学部卒業、横浜市立大学医学部付属病院で研修後、済生会横浜市南部病院、独立行政法人国立病院機構横浜医療センターなどを経て、2009年よりかまくら乳がん甲状腺センターを立ち上げる。
医師として一貫して乳腺外科分野で経験を積み、女性の立場から女性のための乳がん治療および乳腺分野での治療に従事。その一方で乳がん啓蒙のためメディア出演や講演活動も数多くこなす。
かまくら・乳がん甲状腺センター長として、医師、看護師だけでなく、薬剤師、体験者コーデイネーターやリンパ浮腫ケアースタッフをチームに組み込んだ総合的な乳腺治療を目指している。