第2回 乳がん術後のケア
乳房切除術後の皮膚・肌のケア
傷の手入れをすることで自分の心の傷も癒える
術式
乳がんの手術には乳房をすべて取り去る乳房切除術と、がんと周囲の乳腺をくりぬき放射線照射を行う乳房温存術があります。どの術式を選ぶかは「しこりの大きさ」、「しこりが一つだけなのか多発しているのか」、「周囲の乳管という管の中へがん細胞が伸びているかどうか」、「乳房の大きさと切除が必要な乳腺の量の比率(残った乳房がどの程度変形するか)」、「放射線照射ができる体調かどうか」「本人の希望」など多数の要因によって決まります。
本人の希望とは患者さんが手術に際して何を重要と思っているか、たとえば変形があっても自分の乳房の健常な部分は残したいと思うのか、大きく変形するより全切除と再建をして自然に見えるほうが良いと思うのか、乳房の有無や外見にこだわるより放射線治療などを受けたくないと思うのかなどです。こうした「自分の乳房をどうしたいか」という「本人の希望」は、大切な術式決定因子です。
さらに、近年は特殊な術式としてラジオ波でがんを焼灼して治療する、低温で凍結してがんを死滅させるといった低侵襲治療という方法も開発されており、今後普及していくと思われますが、まだ臨床研究の段階です。どの術式を選択しても、乳がんで命を落とす危険性には違いはありませんが、乳房温存術には局所再発の危険性があり、再発を少なくするためには取り残しをなくすことが大切です。術前に超音波検査、MRI、PEMなどの検査を行ってがんの広がりをよく検討し、丁寧に手術を行っています。乳房温存術の場合は放射線照射による皮膚障害も加わりますので、今回は手術による障害について述べたいと思います。
乳房切除術後のケア
がんの広がりが広範囲な場合、多発する場合、変形が大きくなると予測される場合には乳房をすべて切除します。傷跡は写真1のように1本の線ですが、皮膚は斜線のように上は鎖骨から下はお腹近くまで、内側は胸骨から外側は背中近くまで、広い範囲を薄く剥がして乳腺を取り除き、筋肉の上に戻しています。手術をするときには通常のメスのほかに電気メス、熱メスという特殊な高温になる医療器械を用いて皮膚を引っ張りながら(写真2)はがします。皮膚にはひっぱる力、はがす操作、熱による損傷が生じますが、術後は新しく接した筋肉と癒着して血液がめぐり、一度は切れた神経も周囲から回復して治っていきます。ですから術後しばらくはこの範囲には汗や皮脂の分泌がなく、知覚が鈍く、皮膚の伸びが悪く周囲のお肌とは違った状態となります。本人の自覚症状としては肌がかさかさと乾燥して硬くごわついており、なんとなく重苦しい違和感があり、腕を上げにくい感じがします。創跡はよく治っているように見えても、患者さん本人はつらく感じていることが多く、この症状を改善するためには、皮膚ケアが重要です。
写真1 皮弁形成する範囲が広い。知覚異常・肌の乾燥・汗の異常
写真2
皮膚ケアの開始時期
術直後は縫った創そのものに引っ張る力がかかると創の回復の妨げになることがあり、無理に動かさないほうがよく、また治癒が不十分な時期はクリームやオイルなどを塗布することが、感染の誘因になることもあります。皮膚ケアを開始する目安は手術した範囲の皮膚が赤くびらんになったりせずきれいであること、浸出液がたまったりせず傷が浮くことなくしっかり生着していること、特に痛みのひどい部分がないことで、通常は術後約3週間目以降くらいです。乳房部分切除の場合は放射線障害も加わるので、次回述べます。
逆に術後すでに何年も経過された方もいらっしゃると思いますが、お肌ケアの開始に遅すぎることはありませんので、ぜひ今からでも始めてください。ケアすれば、改善は必ず見られます。
皮膚ケアに用いるもの
まず、傷んだ皮膚には保湿が重要です。保湿には水分の保持力を高めることと、不足している油分を補給すること、さらに効果を上げるためにビタミンなどを追加することが大切です。
まず、水分保持力を高めるためには尿素製剤やへパリン類似物質と呼ばれるものが有効です。尿素製剤にはウレパール®、ケラチナミン®など、へパリン類似物質にはヒルドイド®、ビーソフテン®などがあります。いずれもローション、乳液、クリームなどの剤形があり、スプレー式になっているものもあります(写真3)。使いやすいものを選択なさってください。市販されているものも医薬品として外来で処方するものもあり、いずれも有効性が高く、水分の保持だけでなく血行の改善やケロイドが良くなるという効果も期待できます。血行が良くなると傷んだ組織の修復も良くなり、疼痛や違和感の軽快にもつながります。ケロイドも色が薄くなったり厚みが減ったりという効果が期待できます。
写真3
水分保持とともに、油分の補給も必要で、乳液、オイルにその効果があります。乳液やオイルは医薬品ではなく化粧品に属するものですが、毎日のお肌ケアを続けることで見違えるようになります。どの商品を選んでいただいてもよいのですが、特に組織修復力のある、ビタミンA、Eを含んだピュアセリンオイル(バイオイル®)にはケロイドや妊娠線が目立たなくなる効果も含め高い有効性があり、患者さんにモニターになっていただいたので後程ご紹介します。
ケアのコツ
ケアは「ときどき頑張ってしっかりやる」というよりは毎日ちょっとずつでよいので、続けることが大切です。努力するというよりは、入浴時などの習慣にするとよいでしょう。
まず、入浴のこつから述べます。お風呂で体を洗うとき、こわくて傷跡を洗わないとおっしゃる方も多く、外来で診察するとき古い角質が固まっているのを見かけることもあります。違和感があるため、こわい気がするのだと思いますが、石鹸で優しく洗ってください。少し弱いお肌なのでナイロンたわしなどで力を入れてこするより、泡立てた石鹸を乗せるようにして自分の手で洗ってみてください。脇の下も同様です。不快感なく洗えてお肌もよい状態になり、自分の傷や肌を受け入れられるようになると思います。これがケアの始まりです。
次に、お風呂からあがったらすぐに保湿します。入浴により肌の水分は奪われるので時間をおかず、すぐに保湿することが大切です。入浴時は皮膚も温まることで軟らかく伸びていて毛穴も開いているので、吸収が良く効果も上がりやすいのでチャンスです。オイルを使用する場合、濡れたままの肌にややたっぷり目にオイルを塗って伸ばし、タオルでこすらずに拭くというのもよい方法です。水分と混和されてべたつかず、すべすべの肌になります。あるいは水分を拭き取ってからごく少量のオイルを肌に広げるのもよいでしょう。多すぎるとべたついて、下着にも付いてしまうので1滴を広くマッサージしながら伸ばすとよいでしょう。べたつきがなく、しっとりするくらいが目安です。乳液の場合は通常のお顔の手入れと同じようにします。
塗り広げるときのこつは、掌で創部の外まで、背中、首、お腹のほうへくるくると円を描くように軽く滑らせてマッサージしていきます(写真4)。さらに脇の下、足の付け根方向へもマッサージを広げていきます。マッサージ効果で血行が良くなり、お肌の新陳代謝が高まり、やわらかで張りのあるお肌へと変わっていきます。さらに周囲の皮膚から知覚の回復が起こり、締め付けられるような窮屈な感じや軽く虫が噛んでいたような違和感も軽くなってきます。
写真4
脇の下、足の付け根の方向へのマッサージではリンパの流れが良くなり、むくみの改善にも役立ちます。ご自分でもびっくりするくらい心地よく、優しい気持ちになると思います。毎日続けるとお肌の状態はみるみる変わっていきます。手触りよく、創のまわりや脇の下の引き連れ、しわも伸びてきます。今まで見るのも嫌だった自分の傷がいとおしくなって、入浴が楽しくなってきたら「しめしめ」です。一歩階段を上がれたと思います。
ケアの結果
今回、どのくらいケアをすることでお肌の状態が良くなるのかを調べる目的で、乳がん術後33人を対象にビタミンA,Eを含んだピュアセリンオイル(バイオイル®)を使用してみました。乳房をすべて切除した人、再建手術や放射線治療も併せ行った人、乳房を一部のみ切除した人など内訳はさまざまですが、約3カ月間の使用をお願いし、縫い合わせた傷跡の状態、創のまわりの皮膚の乾燥、色素沈着、創あとの引きつれについてケア以前と比較して本人の感想と医師の観察で検討しました。また、自由な感想も寄せていただきました。この結果の表をお示しします(表1、2、3、4)。創跡の目立ちやすさは本人評価では77%の人が満足しており、医師の観察でも84%改善しており、かゆみが軽くなった、ケロイドが薄く目立たなくなった、赤みが薄くなった症例がありました。皮弁部分の乾燥は本人の評価でも医師の観察でも90%以上の人で改善しており、かさつきがなくなった、なめらかになった、粉吹きがなくなった、毛穴が目立たなくなったなどの変化がありました。色素沈着も同様に70%以上の方に、引きつれも50%以上の人が改善しており、ケアの効果は明らかでした。ビタミンとオイルによる保湿と皮膚の活性の改善効果もありますし、マッサージによる効果もあったと考えられます。ケアをしないときと比較して、手術した側の腕の上げやすさも早く回復していました。乳液や保湿クリームでも、塗布するときにこのようなマッサージを十分に行うことで同様の効果が得られると思われます。
表1 縫合創の変化
表2 創部皮膚の乾燥
表3 創部皮膚の乾燥
表4 創部の引きつれ
まとめ
今回は手術後のお肌のケアについて述べました。縫った傷跡だけではなく、広い範囲のお肌が傷ついていたことがおわかりいただけたと思います。病気はつらく、自分の乳房にメスを入れることは耐えがたい経験だったと思いますが、この傷を否定するより大切に優しくいたわってあげましょう。傷の状態が良くなってくると少しずつ落ち着いた気持ちになってくることでしょう。傷の手入れをすることは、自分の心の傷も癒すということへの第一歩だと考えています。
次回は、放射線による肌障害への対応をお伝えします。
●どい・たかこ●
横浜市立大学医学部卒業、横浜市立大学医学部付属病院で研修後、済生会横浜市南部病院、独立行政法人国立病院機構横浜医療センターなどを経て、2009年よりかまくら乳がん甲状腺センターを立ち上げる。
医師として一貫して乳腺外科分野で経験を積み、女性の立場から女性のための乳がん治療および乳腺分野での治療に従事。その一方で乳がん啓蒙のためメディア出演や講演活動も数多くこなす。
かまくら・乳がん甲状腺センター長として、医師、看護師だけでなく、薬剤師、体験者コーデイネーターやリンパ浮腫ケアースタッフをチームに組み込んだ総合的な乳腺治療を目指している。