特別寄稿 乳房再建で悩んでいる方へ
「乳房インプラント関連未分化大細胞型リンパ腫」をめぐり、混乱が広がっている 今後の乳房再建はどうなっていくのか?
乳房再建を考えるときのコツ
●日本の乳房再建の動向
日本では毎年10万人近くの女性が乳がんにかかっています。その約半数の方が乳房をすべて切除するという術式を受けられています。温泉で人目が気になる、子供や孫とお風呂に入れない、ヨガやフィットネスのとき不自然に見える、ブティックやデパートで試着をするときに恥ずかしい、補正用の下着が煩わしいなど様々な苦痛を伴います。乳房再建術はそうした苦痛に対応する貴重な選択肢です。
保険で腹直筋や広背筋など自分の組織を用いた再建が可能でしたが、健康な部分に傷ができる、手術が大掛かりで入院も長いなど負担もあり、あまり普及しませんでした。比較的手軽に受けられるシリコンインプラント(以下、インプラント)を用いた再建は、長年の要望がかなって2013年7月やっと保険適応になりました。最初にティッシュ・エキスパンダー(以下、エキスパンダー)を大胸筋の下に入れて、皮膚と筋肉を引き延ばしてスペースをつくり、6~12カ月後にインプラントに入れ替えます。講習を受けた専門の医師がいる医療機関に限定して、経過もきちんと追う体制を整備してこの手術は慎重に始まりました。初年度は241人、翌年には4254人、以後順調に増加し2018年には6582人がこの再建術を受けました(図1)。合併症も少なく、出来上がりも美しく、日本で定着してきたところでした。
図1 テクスチャードタイプインプラント再建数
ところが、使用していたテクスチャードタイプと呼ばれる表面がざらざらしたエキスパンダーとインプラント(写真1)が原因となって悪性リンパ腫が発生したという報告が海外から出始めました。「乳房インプラント関連未分化大細胞型リンパ腫(BIA–ALCL)」とよばれ、全世界で573例発症し、33例が死亡したと報告されています。マスコミでも大きく取り上げられ、医療従事者にも、すでに再建術を受けた人にも、これから受けたいと希望する患者さんにも、大きな衝撃でした。日本での発症は1例しかありません。しかし、発売元のアラガン社は2019年7月全製品のリコールを行ったため、このテクスチャードタイプは、使用できなくなりました。
写真1 テクスチャードタイプエキスパンダー・インプラント
●「乳房インプラント関連未分化大細胞型リンパ腫」をめぐり、混乱が広がっている
この「乳房インプラント関連未分化大細胞型リンパ腫」をめぐり、混乱が広がっていますので、整理してみます。
1.すべての再建乳房が危険なのでしょうか?
リンパ腫はテクスチャードタイプのエキスパンダーとインプラントの周囲にできる被膜から発生すると考えられています。同じエキスパンダー、インプラントと言っても表面がつるつるしたスムースタイプ(写真2)では発生例がなく、これを用いた再建では現時点では心配ないと思われます。もちろん、自家組織を用いた再建ではまったく危険はありません。
写真2 スムースタイプエキスパンダー・インプラント
2.すでに留置されたインプラントは抜去しなければならないのでしょうか?
リンパ腫の発生頻度が低いことと、定期的に経過観察していれば、万一発症しても十分に対応できることの2点から、特に抜去する必要はないと思います。インプラントは世界中で豊胸術にも多数用いられているため、リンパ腫の発生頻度は3000件に1例から9万件に1例程度という報告まで様々で、詳細はわかりません。しかし日本では1例のみで、頻度は非常に少ないと思われます。ただ、リンパ腫の発生は留置後すぐではなく、平均9年くらい経ってから起こると言われており、日本ではまだ保険適応になって日が浅いので、今後を見ていかなければならず、定期的な経過観察は大切です。
3.リンパ腫が発生すると、どのような症状が出るのでしょうか?
再建し落ち着いていた乳房が突然液体がたまって腫れたり、凸凹して硬くなったり、潰瘍ができたりするそうですが、日本の医師はほとんど実際の症例を経験していません。この変化は、通常の再建乳房がゆっくり少しずつ上へずれていったり、変形していくのとは明らかに異なるようです。
4.リンパ腫が発生していないか、どのように調べればよいでしょうか?
まず、鏡で見ましょう。再建乳房が急に大きく腫れたり、盛り上がったりしていませんか?次に触ってみましょう。一部が固くなる、デコボコしている、皮膚が崩れたりしていませんか?もしそんな所見があったら、乳腺外科または形成外科を受診してください。視触診、MRI、CT、超音波、細胞診、組織診などで診断できます。なお、自分では異常を感じなくても、2年に1回程度はリンパ腫のことを考えて、経過観察のため診察を受けることをお勧めします。発症は術後10年以上経ってからということも多いため、たとえ乳がん治療の通院が終了しても、インプラントの経過観察は続けることが重要です。
5.リンパ腫になったらどうすればよいのでしょうか?
リンパ腫はインプラント周囲の被膜から発生するので、インプラントを含めて被膜を切除します。リンパ腫が被膜に限局していれば、被膜切除で治ります。リンパ腫が被膜の外まで広がったり、リンパ節転移を起こしている場合は、切除に加えて放射線照射、化学療法を行います。早期発見、早期治療が大切です。発症しても予後は比較的良好で、5年生存率91%という報告もあります。
●今後の乳房再建はどうなっていくのか?
今後の乳房再建はどのようになっていくのでしょうか?
テクスチャードタイプシリコンが使えなくなった今、次の5種類の方法が考えられます。
①腹直筋、広背筋(自家組織)で再建する。
②脂肪注入法で再建する。
③スムースタイプのインプラントで再建する。
④自家組織と脂肪注入、インプラントと脂肪注入などを組み合わせる。
⑤新たなインプラントの開発を待つ。
まず腹直筋や広背筋による再建(①)は増加しています。異物を入れるという抵抗感もなく、体重の増減や老化にも自然に馴染みやすいという利点があります。腹直筋による再建は手術時間が長い、出産希望者には使用できない、過去の手術跡があると使用できない場合もある、広背筋は容量が足りない場合もあるなどの問題もあり、主治医と十分に相談することが必要です。
自分のお腹や大腿の脂肪を吸引して注入する方法(②)も普及してきました。麻酔をかけてからチューブを皮下脂肪の中に挿入し、吸引して脂肪を採取します。入れた脂肪が溶けたり感染したりしないよう、遠心して不要な成分を除去し、細いチューブを挿入して形を整えながら留置していきます(写真3)。1回の手術で乳房を完成するほどの脂肪容量を留置することはむつかしく、何回か行う必要があります。保険適応が待たれています。また採取した脂肪を細胞分離して幹細胞という脂肪細胞の成長の元である細胞を取り出して使用するCALと呼ばれる手技も始まっています。
写真3 脂肪吸引機
スムースタイプのインプラント(③)も使用可能となり、広く使われ始めました。このインプラントの周囲にできる被膜はリンパ腫の誘因になりませんが、被膜拘縮といって、留置後何年も経過すると被膜が縮み、徐々に変形してしまうこともあります。新しい工夫としてこの被膜をつくらないようにスムースタイプのインプラントの周囲に脂肪注入を組み合わせる(④)なども行われています。広背筋で乳房再建したいが容量が足りないときに脂肪注入も加えるという方法もあります。美しい乳房再建が可能となりますが、現在脂肪注入はいずれも自費なので、保険適応でないことが問題です。
さらにリンパ腫を発生させることもなく、被膜拘縮も起こらない新しい素材のインプラントの開発(⑤)も始まっています。まだ実用化のめどはたっていませんが、期待して待つのも一つの方法です。
●乳房再建を考えるときのコツ
患者さんは乳がんと言われてショックを受けているときに、「術式は何を選びたいですか?」「再建したいですか?」と医師に尋ねられても、選ぶのは容易ではないと思います。乳房がなくても日常生活の動作で困ることはありませんが、おしゃれや運動などQOL(生活の質)を考えると乳房は大切です。今の自分にとって乳房はどんな存在なのでしょうか? 一度考えてみてください。
育児や介護で忙しくて自分の乳房に時間やお金をかけるゆとりがない人もあるでしょう。乳房がなくなることを受け入れられず、乳房再建があるなら手術を受け入れても良いと思う人もあるでしょう。異物を留置することに違和感のある人も気にならない人もあるでしょう。高齢なら乳房はいらないというわけではないと思います。温泉旅行が趣味の方やフラダンス、演劇などで胸の開いた服を着ることが必要な人もいるでしょう。がんの再発が起こっていても、再建を希望する方もあるでしょう。価値観はみな違いますのでどれが正しいということはありません。
再建の方法もどれが正しいということはありません。自分のこだわりや置かれた状況によって選択することが必要と思います。ぜひ、自分の状態と再建の利点欠点を正しく理解して、納得いく対応を選択していただければと思います。
●どい・たかこ●
横浜市立大学医学部卒業、横浜市立大学医学部付属病院で研修後、済生会横浜市南部病院、独立行政法人国立病院機構横浜医療センターなどを経て、2009年よりかまくら乳がん甲状腺センターを立ち上げる。
医師として一貫して乳腺外科分野で経験を積み、女性の立場から女性のための乳がん治療および乳腺分野での治療に従事。その一方で乳がん啓蒙のためメディア出演や講演活動も数多くこなす。
かまくら・乳がん甲状腺センター長として、医師、看護師だけでなく、薬剤師、体験者コーデイネーターやリンパ浮腫ケアースタッフをチームに組み込んだ総合的な乳腺治療を目指している。