第4回 乳がん術後のケア
化学療法による皮膚障害のためのケア
乳がん治療の中で化学療法は重要な位置を占めます。今回はこの化学療法について説明します。乳がん治療にはアドリアマイシン系(アドリアシン、エピルビシン、ファルモルビシンなど)、タキサン系(タキソテール、タキソール、ワンタキソテールなど)、フッ化ピリミジン系(5–FU、TS–1、ゼローダなど)、ビノレルビン、新しく開発されたエリブリン、分子標的治療薬などさまざまな種類の薬剤を使用します。
副作用も薬剤により異なっており、皮膚障害、末梢神経障害、味覚嗅覚障害、消化管障害など多様です。まず、どの薬剤にも共通する障害である皮膚障害について述べます。
化学療法に伴う皮膚障害
抗がん剤治療を行うと、肌荒れ、乾燥肌、吹き出物、色素沈着、しみの増加、爪の変色、変性、脱落、手荒れ足の荒れや皮むけ、亀裂、などが起こります。
皮膚障害が起こる原因は、抗がん剤が皮膚の一番根元にある基底細胞という細胞を傷つけてしまうからです。基底細胞が成熟して肌になるのですが、この基底細胞が傷つくと角化が進まなくなり、皮脂腺、汗腺の分泌が減ってしまい、皮脂膜ができなくなり、角質層の水分が低下します。その結果、表皮細胞は乾燥して刺激に弱くなり、皮膚炎を起こします。
乾燥性皮膚炎の対策
乾燥性皮膚炎の対策として、乾燥を起こさないための生活の工夫と肌表面(角質層)のバリアー機能を保持するスキンケアが大切です。まず生活の工夫ですが、入浴は肌の皮脂が飛ぶのでお肌を乾燥させます。ですからあまり頻回な入浴は避け、保存料、香料の入っていない石鹸(ベビー用石鹸など)を、こすらず泡立ててのせるように洗います。化学療法中はかぶれやすいため、入浴剤は化学物質や保存料を含まないカミツレ入浴剤®などがおすすめです。
次にスキンケアですが、入浴後できれば15分以内に乳液、オイル美容液(バイオイル®など)、ヘパリン類似物質(ビーソフテン®、ヒルドイドソフト®、ケラチナミン®など)といった保湿剤を塗るとよいでしょう。かゆくてかきむしってしまうと、慢性湿疹化して悪化するので、冷やすなどしてさわらないようにします。つらいときは、かゆみ止め軟膏やステロイド軟こうを使ってください。
皮疹の対策
乾燥性皮膚炎が起きているときは、皮疹ができやすくなります。最初は自覚症状がなく、軽度ですが、化学療法が続くと次第に重症化します。重症化させないこつとして直射日光に当たらないように気をつけましょう。
外出時にはマスク、帽子、スカーフなどを着用し、露出する部分にはノンケミカルの日焼け止めクリーム塗りましょう。肌が硬い衣類でこすれないように軟らかい素材のものを選んでください。かゆみ、痛みがあるが感染兆候がなく日常生活にさしつかえがなければ中等度、感染が起こったり痛みかゆみで日常生活に支障が出ると重症です(表1、図1)。
表1 皮疹の重症度分類
図1 発疹
中等度以上になると化学療法の減量や休止も必要になりますので、主治医とよく相談なさってください。対応策は軽度、中等度の場合は乾燥性皮膚炎と同じですが、重症になった場合は医療機関で感染対策用の軟膏や表面を保護するためのメッシュガーゼ処置などが必要です。
全身対策として鎮痛剤、抗生物質の服用、注射が必要な場合もあります。我慢していないで、早めに受診しましょう。
色素沈着
皮膚の基底細胞のメラトニンの影響で、化学療法中に顔や手指が黒っぽくなることがあります(図2)。抗がん剤治療を続けるために困りませんが、身だしなみやおしゃれをする上で、気になることと思います。
図2 色素沈着 処置は必要ない日焼けで濃くなったり、残ることがあり、手足、爪以外に顔面など全身に見られる
抗がん剤投与が終われば自然に色素沈着も抜けますが、ビタミンC、B、Eおよびトラネキサム酸を内服したり、保湿の効果もあるのでビタミンを含んだホワイトニングもよいでしょう。また、あまり気にし過ぎないことも大切です。
手足症候群
抗がん剤を使用中に手足の指、手掌、足の裏、爪に障害が出ることを手足症候群と言います。いろいろな薬で起こりますが、ゼローダ、TS–1、5–FU、ドキソルビシン(アドリアマイシン、エピルビシン、ファルモルビシン)、ドセタキセル、メソトレキセート、などで起こりやすいです。重症度は表2に示すようにグレード1から3まであります。
表2 手足症候群の判定基準
掌や足の裏、指先がかさかさしてひび割れが起こります(図3、4)。このことを過角化と言い、この状態で外力が加わると重症化していきます。たとえば手の場合は雑巾絞りや洗剤を使っての洗い物、手芸や手仕事の繰り返しで悪くなり、足の場合は歩いたり、ジョギングやジャズダンス、登山などで力が加わると悪化します。手足に無理な力がかからないようにすることが大切です。家事をするときは手袋をする、雑巾がけなどはしない、指サックをする、厚手の靴下をはく、窮屈な靴は履かない、あまり歩きまわらない、などの気配りが大切です。日常の細かな注意が悪化予防のこつです。保湿も重要で、軟膏を塗った後、ラップで巻いておくと効果が上がります。亀裂ができてしまった場合はハイドロコロイド素材テープ(トクダームテープなど)で保護します。
図3 過角化
図4 表皮、真皮に及ぶ線状の切れ目
爪もいろいろと変化します(図5)。爪が薄くなってはがれやすくなった場合は、保湿クリームやネルジェイルをすり込み、ネイルエナメルを塗って保護します。爪を痛めない除光液や胡粉などといった自然の原料でできたネイルエナメルも開発されています。爪が厚く硬くなり、浮き上がる場合や爪床に感染が起こり、膿が出て爪がはがれてくる場合もあります。感染がある場合は、排膿して抗生物質軟膏を塗布して爪がはがれないようにガーゼで保護することが必要です。爪の周囲に肉芽ができて膿が出る(爪周囲炎)場合は医療機関で液体窒素を用いて肉芽の処置をして、抗生物質軟膏やイソジンゲル軟膏を塗ります。
図5 爪の変化 無痛性色素沈着、変形(隆起、くぼみ)、肥厚、浮き上がり、剥離、爪床の疼痛、陥入爪、爪周囲炎、爪下膿瘍、出血性爪甲剥離
爪が丸まって食い込んでいく巻き爪になる場合もあります。指先の肉が盛り上がらないようにテープで固定する方法がよいでしょう(図6)。
図6 爪のテーピング、切り方
爪の切り方も肉の中に入って伸びないように四角く外に出るように切るのがこつです。ひどくなってしまった場合は爪を除去したり人工爪を使用したりもします。
手足症候群がグレード2以上となった場合は抗がん剤の減量や休薬をします。無理するより1度休薬して手足の状態が良くなってから抗がん剤を再開するほうが結果として長く治療を続けられる場合があるからです。主治医とよく相談するのがよいでしょう。
抗がん剤を打つときに手先足先を冷やして血流を減らして、抗がん剤が指先へ回っていかないようにする方法もあります(図7)。完全に手足症候群を予防できるわけではありませんが、毎回抗がん剤を打つたびに繰り返すことで効果が出る場合もあるので、試してみてください。
図7 手足、爪の障害予防製品
口内炎
抗がん剤を使用すると口腔、消化管の粘膜障害が起こります。胃腸障害と口内炎です。胃腸障害は嘔気、下痢などがあり、主治医とご相談ください。口内炎はケアが重要です。口の中がひりひりして痛み始めたら、まず予防に心がけましょう。熱いものを食べない、辛いものや刺激物を食べない、硬いもの、たとえばおせんべいやクラッカーなどを食べない、フライは衣を外して食べる、ひどくなってきた場合は口の中で刺激にならないようにペースト状にする、
香辛料を使わない、果物を食べない、牛乳を飲みながら食べるなどの工夫をします。はちみつ100%の飴をなめることも有用です。口腔内の清潔は大切ですが、過度なブラッシングは刺激になる場合もあるので、刺激の少ない洗口剤で清潔保持を心がけてください。感染予防にはイソジン嗽水、粘膜保護にはアズレン嗽水などが良いでしょう。
なお、抗がん剤を打つときに氷を口に含んでおくと、少し口内炎が起きにくい可能性があります。
化学療法に伴う味覚障害
口内炎と並んでつらいのが味覚障害です。対応策はないのですが、レモンが味覚の回復によいのではないかと言われており、レモン水でうがいしてから、あるいはレモン水を飲みながら食事をすると味を感じやすいという報告があります。塩味と酸味はわかりやすいが甘味は苦く感じるなどの特徴があり、調理のときに工夫して食べやすくするとよいでしょう。
そうめんも通常のだし醤油では食べにくいので、紅ショウガとごま油であえると、食欲も増すとともに、化学療法による嘔気も抑え、味覚も感じやすいといった報告があります。
しびれ感、筋肉痛
タキサン系の薬で生じやすく、指先足の裏のジリジリ感、ひどい場合はペットボトルのふたが開けられない、薬の袋が破れない、転びやすく歩きにくいなどの症状が出てきます。さらにひどくなると脱髄といって手足に力が入らなくなることもあります。
胃腸薬(プロテカジンRやマーズレンSRなど)や漢方薬(芍薬甘草湯、ブシマツ、八味地黄丸など)ビタミン剤(ビタミンBなど)で少し軽くなる場合もありますが、抗がん剤終了後も長期間続くのが特徴です。
血管障害
抗がん剤を点滴すると血管がしみて痛みを感じることや血管に沿って水泡ができたり、血管が硬く変色して腕を伸ばしにくくなることもあります(図8)。点滴開始前に血管を温めて流れを良くし、ステロイドを流しておく、点滴が終わったらすぐに生理食塩水などを一気に注入して薬剤が血管内に留まらないようにします。抗がん剤を繰り返す場合はポートと言って太い血管にチューブを留置したりしますが、そのことは主治医とご相談ください。
図8 化学療法剤刺入血管の障害 血管に沿った水泡、色素沈着、疼痛、硬化、引き連れ
まとめ
化学療法中は多くの苦痛があります。しかし、頑張れば、この苦痛を超えて余りある回復が待っています。上手にケアして頑張ってください。
●どい・たかこ●
横浜市立大学医学部卒業、横浜市立大学医学部付属病院で研修後、済生会横浜市南部病院、独立行政法人国立病院機構横浜医療センターなどを経て、2009年よりかまくら乳がん甲状腺センターを立ち上げる。
医師として一貫して乳腺外科分野で経験を積み、女性の立場から女性のための乳がん治療および乳腺分野での治療に従事。その一方で乳がん啓蒙のためメディア出演や講演活動も数多くこなす。
かまくら・乳がん甲状腺センター長として、医師、看護師だけでなく、薬剤師、体験者コーデイネーターやリンパ浮腫ケアースタッフをチームに組み込んだ総合的な乳腺治療を目指している。