(2013年.vol11)
養子を含む6人の子どもを育て、女優としてだけでなく、生き方、ライフスタイルも注目を集めるアンジェリーナ・ジョリー。2013年5月14日付の『ニューヨーク・タイムズ』紙に「マイ・メディカル・チョイス」という書名記事を掲載し、乳がん予防のため、両乳房切除・再建手術を受けていたことを公表し、日本でも大きな話題となった。
記事によれば、アンジェリーナさんの母親が、2007年に56歳の若さで乳がんにより命を落としていることを受けて、アンジェリーナさんが遺伝子の検査を行った結果、乳がんの発症率が非常に高い「BRCA1」という遺伝子の変異が見られたという。
通常「BRCA1」の遺伝子に変異が見られる場合の乳がん発症率は平均65%とされているが、医師によれば、アンジェリーナさんの乳がんの発症リスクは87%、卵巣がんが50%と診断されたという。この事実を知り、彼女が決心したのは予防のための両乳房切除手術だった。
施術は2月2日から始められ、2週間後には両乳房を切除、約3カ月後には再建手術まで終えたという。
記事の中で彼女は、がんに怯えることなく子どもたちと長く生きるために手術を決断したと言っている。また、夫であるブラッド・ピット氏の支えも大きく、手p術を行った病院に付き添っていてくれたという。胸の傷はほんの小さなもので、女性としてのアイデンティティも保つことができ、そういう選択肢があることを他の同じ境遇の女性たちにも知ってもらいたい、そしてこの情報を役立てて欲しいと、公表することを決めたと言っている。
彼女の記事に対しての反応は、ほとんどが「勇気ある選択だった」というものだったが、医療関係者に多かったのは「乳がんの遺伝子を持っているからといって、必ずしも乳房切除手術が適切とは言えない」という慎重な意見だった。
さらに、アンジェリーナさんのようにすべての女性が選択肢を与えられているわけではないという意見もある。記事の中にも遺伝子検査の費用は3000ドル(約30万円)で、多くの女性の障害になっていると書かれている。アメリカではこの遺伝子検査に保険が適用される例もある。
手術費用は切除手術とインプラントを合わせて約200万円~500万円。日本では2013年7月から乳房切除による人工乳房の再建の保険適用が開始されるが、予防のための乳房切除には適用されない。費用の面以外でも、多くの女性は手術のために3カ月の時間をとるのは難しいのではないだろうか。
また、働いている女性であれば仕事を休まねばならず、その間にパートナーに時間的、金銭的な負担がかかるのだから、パートナーはブラッド・ピット氏のように病院に付きっきりで精神的支えになるのはやはり難しい。今現在の状況では、ハリウッドスターだからこそ言える一言と捉えている人もいるということだ。
アメリカでは、この記事の影響で遺伝子検査の問い合わせが大幅に増えたのだという。乳がんの予防や早期発見に関心が高まるのはよいことである。
しかし、問題のBRCA遺伝子の変異があっても必ずしもがんになるわけではなく、また、乳がんの遺伝子的なリスクについては人種的な違いも大きく関係しており、むやみやたらと高額の検査を受けるのではなく、家族にがんを発症した人がいるなどの家系上のリスクがあるのであれば、専門の医師に相談すべきなのである。
記事の最後に彼女は「アンジェリーナ・ジョリーは女優兼監督です」と述べている。がんというものは、私たちを恐怖に陥れるものであるが、それを知り、コントロールできるものだと。これがハリウッドスター的な一言で終わらないように法律や保険の整備が必要であるし、私たちにも乳がん検診を定期的に受けるというコントロールはできるのである。