第21回日本統合医療学会レポート
キノコの菌糸体、漢方、鍼灸、ヨガによる
副作用やQOL対策が注目を集める
今大会のテーマは「患者中心の医療」
2017年11月25日、26日の両日、東京都江東区有明の東京有明医療大学にて、21回目を迎えた「日本統合医療学会」が開催された。統合医療とは、西洋医学、相補・代替医療、伝統医療などを統合した医療のことである。同学会は、統合医療に関わる医療者や研究者の資質向上、統合医療の進歩発展、教育ならびに研究の促進を図り、国民医療の向上に貢献することを目的としており、年に1回、大会が開催されている。
「第21回日本統合医療学会」は2017年11月25日・26日に行われた
今回の大会のテーマは、「患者中心の医療 Patient-BasedMedicine(PBM)」であった。大会長の川嶋朗氏(東京有明医療大学教授)は、大会長挨拶の中で、「患者さんが望んでいる医療とはどのようなものか。患者さんにとっての理想的な医療とはどのようなものか。こういったことを議論していきたい」と述べている。このテーマに沿って、多くの興味深い研究が報告されていた。
統合医療に関わるさまざまな発表があるなかで、がん領域では、副作用やQOL(生活の質)に関するシンポジウムや研究報告が多く見受けられた。
第21回日本統合医療学会のテーマは「患者中心の医療」
近年は、抗がん剤や分子標的薬を中心としたがんの薬物療法が著しく進歩したことで、がんの患者さんの生存期間が延びたという現実がある。それに伴い、がん治療に伴う副作用やQOLに目が向けられるようになったと考えられる。そんな時代だからこそ、患者中心の医療が求められているのだろう。
以下に、副作用やQOLに関わる講演やシンポジウムでの発表について、その内容を簡単にまとめてみた(表1)。
表1 日本統合医療学会学術集会「がん領域でのQOL や副作用」に関わる講演・シンポジウム
免疫抑制を解除してがん患者のQOLを改善
免疫力:がんをコントロールする内なる力
免疫の力を利用してがんを制する可能性について、興味深い講演が行われた。近年注目を集める免疫チェックポイント阻害療法についても、もちろん言及している。免疫抑制を解除することで効果を発揮するという作用機序を、わかりやすく解説。優れた効果を発揮することがある反面、強い有害事象が現れる可能性もあることが紹介された。
こうした免疫療法とともに重要視されているのが、がんの患者さん自身の内なる免疫力である。手術、化学療法、放射線療法などの治療を受けた場合、患者さんの免疫力が、予後に大きく関わっているという。
免疫力に作用するシイタケ菌糸体抽出物(以下、シイタケ菌糸体)の有用性を証明した基礎研究や臨床研究を紹介しながら、免疫力を高めることが、がん治療にどのような影響をもたらすかが紹介された。
基礎研究では、次のようなことが明らかになっている。体内にがんがあるマウスは、免疫の働きを抑制する免疫抑制細胞( Treg:テ ィーレグ)が増えてしまう。つまり、免疫が働きにくくなってしまうわけだ。しかし、シイタケ菌糸体を投与すると、免疫抑制細胞(Treg)の増加が抑えられることが明らかになっている。またシイタケ菌糸体を投与しておくと、がんの増殖が抑えられることも明らかになっている。
シイタケ菌糸体については、臨床試験も数多く行われている。がん患者さんのQOLに関する研究では、乳がんの術後補助化学療法を受ける患者さんを対象にした、プラセボ対照二重盲検並行群間比較試験(※)がある。
※二重盲検試験:患者を2グループに分け、どちらのグループに試験薬とプラセボ(偽薬)のどちらを与えたのか、医師(観察者)も患者もわからないようにして行うエビデンス(科学的根拠)が高い試験方法。
手術後に補助化学療法を受ける患者さんを、シイタケ菌糸体を投与する「補助化学療法+シイタケ菌糸体群」と、プラセボを投与する「補助化学療法+プラセボ群」の2群に分ける。そして、補助化学療法を2コース行って、QOLがどのように変化するか、免疫抑制に関わるTregがどのように変化するか、といったことが調べられた。
その結果、プラセボ群のQOLは、補助化学療法を開始したときに比べ、2コース終了時には有意に低下していた。それに比べ、シイタケ菌糸体群のQOLは、2コース終了時にも、有意な低下は認められなかったのである。これにより、シイタケ菌糸体を投与することで、補助化学療法を受ける患者さんのQOLを改善することが示唆された(図1)。
図1 QOL(生活の質)の推移
また、免疫の働きを抑制する免疫抑制細胞(Treg)がどの程度増加したかも調べられている。その結果、免疫抑制細胞(Treg)は両群とも増加していたのだが、シイタケ菌糸体群には免疫抑制細胞(Treg)の増加を抑制する傾向が認められた(図2)
図2 使用前に比べた免疫抑制細胞(Treg:ティーレグ)の変化
漢方・鍼灸・ヨガでも副作用やQOLが改善
シンポジウムで多くの発表があったが、がん治療に伴う副作用やQOLに関するものとしては、次のような興味深い発表があった。
漢方を中心とする統合医療によるがん患者のサポート
がんの治療は大きく進歩してきたが、がんに伴う症状や、治療による副作用などへの対策は必ずしも十分ではなかった。そのため、治療によって延命しながらも、患者さんが苦しんでいることが少なくなかった。これらに対して、漢方薬と若干の新薬を適切に併用すると、症状が軽快することが多いという。
がんに伴う症状としては、全身倦怠、食欲不振、体重減少、冷え、関節痛、下痢・便秘、腹痛・腹満、不眠・不安、焦燥・抑うつなどがある。いずれも漢方の得意分野と言える。
また、治療による副作用としては、胃がん手術後の食欲不振、腹部手術後の腸閉塞、膵がん手術後の下痢や低栄養、子宮・卵巣がんの手術後や乳がんのホルモン療法による更年期様症状、抗がん剤による下痢・手足のしびれなどがある。これらも、漢方薬と若干の新薬を併用すると軽快する場合がある。
これらの症状が軽快することは、患者さんのQOLを改善するだけでなく、治療の継続にもつながるため、治療効果が高まることも期待できるという。
がん患者さんに対する鍼灸治療
抗がん剤のパクリタキセルは、副作用として末梢神経障害によるしびれが発症することが多い。この副作用に対する鍼治療の効果を調べる研究が行われた。
パクリタキセルの投与により末梢神経障害を発症した15人を対象に、週に1回の鍼治療を6回行い、効果を調べた。その結果、しびれの主観的評価に有意な改善が認められた。
次に、末梢神経障害に対する鍼治療の予防効果を調べる臨床試験が行われた。対象となったのは、乳がん治療のためにパクリタキセルの毎週投与療法を受ける患者さんである。
対象者を2群に分け、「対照群」には通常の治療を行い、「鍼治療群」には通常の治療に加え、パクリタキセルの初回投与時から毎回鍼治療を行った。その結果、パクリタキセルの最終投与時の自覚症状は、鍼治療群のほうが軽く、症状の増悪を有意に予防できていることがわかった。また、副作用に対する投薬量も、鍼治療群のほうが少なかった(表2)
表2
これらのことから、パクリタキセルによる末梢神経障害に対して、鍼治療は自覚症状の改善にも、予防にも有効であることがわかった。特にパクリタキセル治療の早期から介入することが、予防に効果的であると考えられる。
ヨガを医療としてどう使うか?
―科学的根拠と今後の可能性―
ヨガは古くから行われてきたが、欧米では現代におけるヨガの効果についてさまざまな研究が行われ、科学的根拠のある治療法として確立しようとしている。すでに多くのエビデンスがあり、がんサバイバー向けのガイドラインでは、ヨガは不眠や不安に対して効果が認められ、QOLを改善する効果があると記載されているという。
どのような研究が行われているのかというと、たとえば乳がんサバイバー410人を対象に、ヨガの効果を検証した試験がある。ヨガ実施群(1回75分・週2回・4週間)と、ヨガを行わない対照群に分け、どのような差が出るかを調べた試験だ。その結果、ヨガを実施することにより、睡眠の質の改善、日中の活動性の向上、睡眠薬の使用量の減少、といった効果が確認されている。
また、ヨガの効果を検証するため、ストレッチやリラクゼーションを対照群とする第3相比較試験も進行中だという。
会場となった花田学園東京有明医療大学
統合医療にも高レベルのエビデンスが求められる
統合医療のがん領域では、がん患者を対象とした副作用やQOLの臨床研究がいろいろ行われている。がんの治療は年々進歩を続けているが、ただ有効性を追求するだけでなく、一方では、副作用を改善したり、QOLを維持したりするための研究が進められている。まさに「患者中心の医療」という方向に進もうとしていることを実感できる学会だった。
また、臨床現場において、さまざまなエビデンスが取得される傾向にあることもよくわかった。たとえば、今回紹介したシイタケ菌糸体の研究のように、二重盲検試験などによる高いレベルのエビデンスを取得することが、これからは求められるようになっていくのだろう。それにより、統合医療が今後さらに発展、普及していく可能性が高まるのではないかと考えられる。