山田邦子のがんとのやさしい付き合い方(第18回)
そこが知りたい がん細胞だけを破壊!
転移がんにも効果を示す光免疫療法「イルミノックス治療」の最前線
イルミノックス治療は、薬とレーザー光を組み合わせた治療法
「頭頸部」(図1)というのは、脳、眼球を除いた首から上の構造で鼻腔、口腔、咽頭、喉頭、唾液腺、甲状腺などの鎖骨より上の顔の部分や首の領域を指すということですね。
図1 頭頸部
ここにがんが発症したら、メスを入れたくないとか、顔の一部を失いたくないという方も多いと思います。先生は頭頸部がんに対する治療で、2021年から保険適用(世界初)になったという光免疫療法イルミノックス治療の第一人者として活躍されていますが、この治療はいったい、どのようなものなのでしょ
うか?
花井
薬とレーザー光を用いた治療方法で、米国立がん研究所の主任研究員である小林久隆博士が開発されました。簡単にご説明すると、抗体に光感受性物質を付加した薬剤を静脈注射した後、その病変に非熱性赤色光を照射します。すると、がん細胞だけに光化学反応を起こさせ、細胞膜を破壊し壊死させるというメカニズムです。
頭頸部がんのイルミノックス治療(図2)は、楽天メディカル社が開発した薬剤「アキャルックス点滴静注」と医療機器レーザー装置「BioBladeレーザシステム」を組み合わせた治療法です。免疫に働きかける可能性のある新しい薬が出たというのも非常に重要で画期的なことだと思います。
図2 イルミノックス治療
山田
へえ。すごいですね。私が乳がんの治療をしたのは、今から15年くらい前ですが、当時としては最先端の治療をしてもらったと思います。でもそのころは手術、抗がん剤、放射線くらいしか選択肢がありませんでした。でも時が経過して、今は、こうして新しい治療法が開発されたのですね。
花井
頭頸部に対するイルミノックス治療は、日本では、2018年4月から国立がん研究センター東病院で頭頸部がんに対しての治験が開始されました。その後、2019年の米国臨床腫瘍学会で、第2相臨床試験の結果が発表され、有効性、安全性ともに良好な結果が報告されています。国際共同で第3相の治験をしている途中で、条件付き早期承認制度の下で世界で初めて国内承認を取得し、頭頸部がんに対して保険適用となりました。
花井医師との対談は2021年12月16日(木)、アスリート・マーケティング㈱応接室にてオンライン方式によって行われた
入院中は直射日光が当たらない部屋で過ごしてもらう
この新しい治療法にとても感謝していますが、具体的な治療内容を教えてください。
花井
治療は入院して行います。だいたい1週間くらいは必要になると思います。
山田
たった1週間でいいんですか?
花井
初日はアキャルックス点滴静注という薬を2時間以上かけて点滴投与します。この薬剤は光に反応するので、入院後は、直射日光が当たらない部屋で過ごしてもらいます。
「(がん光免疫療法では)メスではなくレーザーを使います。レーザーは正面から光を照射する場合にはフロンタルディフューザーを使います」
山田
えっ! 暗い部屋に入院?
花井
点滴で注入した薬剤を取り込んだ組織が反応を起こさないように直射日光が当たらないように注意しなくてはなりません。部屋にはカーテンを引き、点滴剤も布で覆います。点滴した後、24時間後を目標に4時間プラスマイナスを計算した20時間から28時間の間に手技を行います。これは手術室で全身麻酔をかけレーザーを当てる方式です。
腫瘍に5分くらい光を当てて、がん細胞を破壊する
山田
手術室も暗いのですか?
花井
不必要な光が入らないようにして行う必要があります。暗いといっても真っ暗ではなく、一応120ルックスくらいの光はあります。間接照明の部屋くらいでしょう。
山田
気の利いた、雰囲気の良いカフェバーみたいな感じでしょうか? ところでメスは使わないわけですね。
花井
メスではなくレーザーを使います。レーザーは正面から光を照射する場合にはフロンタルディフューザーを使います。これは表面に出ている腫瘍に懐中電灯のようにして光を当てる方法です。腫瘍が皮膚の下の深部にあるときは、ニードルカテーテルという針を腫瘍に打ち込んで、その中に円筒形のシリンドリカルディフューザーを挿入して光を照射します。
山田
どのくらいの量を入れるのですか?
花井
光の波長は690nmと決まっており、5分くらい光を当てます。
山田
それでがん細胞を破壊するわけですね。手ごたえはあるのですか?
花井
場合によっては5分間光を当ててみると、腫瘍の色が変わったり、縮小し始めていたりします。比較的、がん細胞をやっつける殺傷能力が強い治療になります。
山田
すごいですね! 素晴らしいですね!
でも費用のほうはいかがでしょうか?
東京都生まれ、タレント。「がん検診率向上のため、日々頑張っています。最近、久々に新刊を出しました」
花井
薬剤が高額なので、高額医療になると思いますが、高額療養費制度がありますから、実際の患者さんの負担はその対象になります。一定額以上は戻ってくると思います。
保険診療では4回まで同じ場所での治療が認められている
頭頸部なのに全身麻酔をするとおっしゃっていましたね?
花井
痛みの問題があるためです。全身麻酔をしていても、光を当てている最中に脈が速くなったり、血圧が上昇したりするというようなことがあり、患者さんが痛がっている反応が見られることがあります。
山田
えええ?
そんなに痛いのですか?
花井
痛みを抑える麻薬を使って、痛みをコントロールします。術後、翌日くらいまでが痛みのピークになります。その間、強力に薬を使うことになります。
山田
歯の治療とちょっと似ていますね。私は口腔外科で治療した後、一晩くらいは、うなされるくらい痛かった……。でも、そのときだけ我慢すればいいわけですからね。ところで副作用はどうでしょう?
「それで がん細胞を破壊するわけですね。手ごたえはあるのですか?」
花井
副作用としては、強い直射日光などに当たると、光線過敏症という症状で皮膚が赤くなることがあります。ですから外出時は服も長袖を着てもらって、帽子をかぶり、それ以外は室内にいてもらいます。日がさんさんと照っている所に出て、直射日光を浴びたり、畑仕事をしたりすることも避けてほしいですし、もし明るい光を浴びる可能性があるならば、1週間くらい経過したときに、一部を直射日光に当ててみて、赤くならないようならば、多少の日光はよいとされます。
山田
食事などは何か制限がありますか?
花井
原則的に特別な制限はありません。退院後は、飲み薬もありませんが、直射日光に当たらないようにだけ注意してほしいです。
山田
どのくらい様子を見ればいいですか?
花井
だいたい1カ月は様子を見て、よく効いているのかどうか確認します。1回で効果が見られない場合は、早めに評価して2回目に進みます。術後、最短4週間で再度施術が行えますし、保険診療では4回まで同じ場所での治療が認められています。
希望者全員に適用になるわけではない
山田
保険が適用になってから、患者さんの数は増えていますか?
花井
2021年になって始まったばかりなので、うちの施設でもまだ7例、8例目くらいです。一人の患者さんで数回行うので、すでに10数回を保険適用しています(2021年12月現在)。もちろん、その前の治験でも経験例がありますが、保険が始まってからの症例はこのくらいです。
山田
保険でこの治療を受けたい場合、何か受けるための条件などはありますか?
花井
ほかの治療手段がない方に
「それで がん細胞を破壊するわけですね。手ごたえはあるのですか?」のみに適用できます。たとえばすでに手術や放射線治療を受けて他の手段がないような場合です。治療が臨床で使えるようになった段階なので、今のところは再発・転移の場合が多いですね。
山田
それはありがたいですね。私もそうですが、がんの患者さんは何年たっても転移・再発を恐れていますよ。
花井
現状では紹介の方を含めて、多くの方が相談に来られます。とはいえ紹介があったとか、希望があるという方全員に適用になるわけではありません。この治療に適した状況であるかどうかを十分に見極めるのは必須なことです。
山田
適さない人はどのような人ですか?
花井
首は頸動脈などの大血管がありますから、そういうところに浸潤した腫瘍の場合は厳しいですね。短時間にその腫瘍が崩れると、血管が一緒に破綻してしまうからです。
また口の周りで、口腔や咽頭の中に腫瘍が顔を出していた場合、その部分に光を当てたら、すぐに腫瘍が縮小して、そこに穴があいてしまうこともあります。するとものが食べられなくなったり、日常生活が送れなくなったりすることがあるので、どの部位に腫瘍があるかということを慎重に見極め、治療しても大丈夫かどうかを確認しなくてはなりません。
本来は早期のがんに対しても使える治療法である
この治療は条件付き早期承認制度という形で保険適用されたので、いろいろな条件が付けられています。
山田
たとえばどのような条件ですか?
花井
この治療ができる医師は、一定の条件を満たした医師であること。施設も緊急手術に対応できるなどの既定の条件が整っている施設に限定しています。また実際にこの治療をするときは、日本頭頸部外科学会と連結する必要があります。学会の中には委員会が設けられています。そこで申請を受け、申請が受理されたら指導医を派遣します。施術医も学会が認めている頭頸部がん専門医の資格を持つことが必要です。
山田
いろいろな条件があるのですね。
花井
安全性を維持し、リスクを減らすことを留意しています。大きな合併症が起きることも避けなくてはなりませんし、慎重に行いつつ、この治療法を広めていきたいですね。
山田
これは広まりますよ。聞いていてわくわくします。今後の展望を教えてください。
花井
今は再発・転移の患者さんが中心で、ほかの治療法がなくなってからの最後の治療という位置づけですが、本来は早期のがんに対しても使える治療法だと思うので、今後はより多くの人に使えるようになることを期待しています。
山田
頭頸部以外にも乳がんやほかのがんにも効果があるのではないですか?
対談はオンライン方式によって行われた
花井
仕組みが違うのですが、ほかのがん種でも、そのがん細胞に結合する新薬を開発すれば、この治療法は応用可能になると思います。
山田
ますます希望が出てきますね。ところで、なんで光免疫療法と呼ばれているのですか?
花井
光免疫療法は、直接細胞を殺傷する作用だけでなく、患者さん自身のがんに対する免疫を活性化することでもがん細胞を攻撃することが期待されています。
具体的には、光の照射でがん細胞が破壊されると、がん細胞の中からがんの目印(がん抗原)が周囲にばら撒かれます。その目印(抗原)を免疫細胞が取り込むことで、免疫細胞が攻撃を始めます。つまり光の照射でも生き残ってしまったがん細胞にさらに攻撃することができる、と考えられています。
このメカニズムを利用して免疫チェックポイント阻害薬と併用することで、さらに効果の高い治療にできるかというのが今後の課題だと思います。
山田
素晴らしいですね。本日はありがとうございました。
山田 邦子●やまだ・くにこ●
1960年東京都生まれ。タレント。2007年、乳がんが見つかり、手術を受ける。
2008年、〝がん撲滅〞を目指す芸能人チャリティ組織「スター混声合唱団」を結成し、団長に就任する。2008〜2010年、厚生労働省「がんに関する普及啓発懇談会」の一員となる。栄養士の資格を持っている。