(がんの先進医療: 2013年1月発売 8号 掲載記事)

がんの転移・再発を防ぐ がん治療を成功に導く免疫の最新研究

監修
原田守 島根大学医学部 免疫学教室教授
取材・文
朝美 淳
(2013年.vol8)

免疫力を無力化してしまう免疫抑制細胞

がんの3大治療(手術・化学療法・放射線治療)の成否のカギは患者さんの免疫状態にある、ということが近年の研究で明確になってきた。がん患者さんの免疫状態は、治療の予後に重大な影響を及ぼすのである。

島根大医学部免疫学の原田守教授は、がん治療後の免疫力の重要性を次のように話す。

「たとえば、抗がん剤治療や放射線治療によって、ある患者さんのがん細胞の90%を消失できたとします。しかし、その人の免疫力が低下していれば、残りの10%のがん細胞が100%に戻ってしまうまでの時間は、わずか数週間です。それでも、抗がん剤や放射線の治療後、患者さん自身の免疫力によってがん細胞と闘える状態を維持できれば、その増殖を抑えることができると考えています(図1)」

がん治療における、予後の改善、再発・転移の防止のポイントは2つあるという。1つ目は、抗がん剤治療や放射線療法を受けた後に十分な免疫力が残っているか否か。そして2つ目は、免疫力が残っている場合、それを抑制してしまう「免疫抑制細胞」を抑えることができるか否か、である。免疫抑制細胞とは、昨今その存在が明らかになってきた細胞で、付与されている名前の通り、本来、人間に備わっている免疫を抑制する。

免疫抑制細胞は、健康な体の状態でも存在しているが、がんが発症すると異常に増殖してしまう。

「免疫抑制細胞は健康な人の体内において、自己免疫疾患(免疫が自分の正常細胞に過剰反応して攻撃を加えてしまう疾患)にならないためにのブレーキの役目を果たしています。ところが、一旦、がんになってしまうと、ブレーキ役を担っていた免疫抑制細胞は異常に増殖してします(図2)。がんになりそれを排除しようと活性化された免疫細胞は、免疫を無力化させる免疫抑制細胞の増加によって、がん細胞に辿り着くことをブロックされてしまうのです。こうして免疫はがん細胞を攻撃できなくなってしまうというわけです(図3)」(原田教授、以下同)

免疫を無力化させがん治療の効果を妨げてしまう免疫抑制細胞であるが、元来は原田教授が述べたように健康な人に対してプラス的な働きをする。したがって。がん患者さんの免疫抑制細胞の出現を過度に抑えてしまうのではなく、その数を正常に戻してバランスを整えることが大切なのである。

「免疫抑制細胞の存在が明らかになったことで、免疫の働きを無力化してしまうメカニズムが解明されてきました。そして、従来のように単にがんを叩く治療法のみならず、異常に増殖した免疫抑制細胞を排除することも重要だと考えられるようになってきたのです」

がんによる免疫抑制の進行を抑える研究開発状況

現在、がんにより免疫抑制状態になるのを防ぐための研究開発は、確実に歩みを進めている。

たとえば、イピリムマブは進行期の転移性悪性黒色腫に対する治療薬として、2011年に米国食品医薬品局(FDA)から承認を得ている。この薬は。CTLA-4(免疫反応を抑制する働きがある、T細胞の表面に存在する分子)を標的として攻撃し、免疫細胞のがんに対する攻撃力を回復させる抗体薬である。

その他、免疫抑制に対する治療薬として、トレメリムマブや、抗PD-1抗体などが、医薬品として承認されるための試験中にあり活発に研究されている。さらに、食品由来成分として、シイタケ菌糸体抽出物の臨床研究が重ねられている(表1)。

シイタケ菌糸体抽出物(以下、シイタケ菌糸体)は、われわれが食するキノコの形をしたものではなく、シイタケのいわゆる根にあたる部分を固形培地で培養して有用成分を抽出したものである。このシイタケ菌糸体は、リグニン、β-グルカン、α-グルカン、アラビノキシランといった多様な免疫調整成分を含んでおり、免疫力を底上げする作用が注目されている。

「シイタケ菌糸体は、これまでも、がん患者さんに経口摂取してもらった臨床試験が何度か行われ、化学療法の副作用軽減、QOL(生活の質)の改善、免疫の活性化、免疫抑制酸性タンパク質の減少、白血球数の増加などの成果が報告されています(表2)。もちろん、人体への安全性や薬剤の効果に影響を及ぼさないといった結果も報告されています」

シイタケ菌糸体摂取による免疫抑制解除と腫瘍増殖抑制

シイタケ菌糸体が免疫抑制細胞に及ぼす作用に着目した原田教授は、小林製薬株式会社と共同でこの成分に関する研究を行っている。その研究の1つに「シイタケ菌糸体の摂取による免疫抑制解除と腫瘍増殖抑制」を調べた研究がある。

この研究では、まずマウスの足底部(足の裏)にメラノーマ(悪性黒色腫)を移植。そして、そのマウスを通常のエサを与える群と、全体の2.0%にあたる量のシイタケ菌糸体を配合したエサを与える群とに分け、26日後に両群を比較した。すると、通常食群に対して配合食群は、がんの大きさが小さくなっていた。そのメカニズムを調べていくと、マウスのリンパ節や脾臓で異常に増えていた免疫抑制細胞が正常に近い数に戻り、その結果として特異的にがんを攻撃するキラーT細胞(CTL)がぞうかしていることがわかった。

シイタケ菌糸体摂取による免疫抑制解除と腫瘍増殖抑制  以上のことから、シイタケ菌糸体を摂取することで、がんのある状態での免疫抑制細胞の増殖を抑え、その結果としてキラーT細胞の免疫応答が増強されてがんの増殖が抑えられたという結論が導き出された(研究成果は2011年にCancer science誌に報告、図4参照。)

ちなみに、がんを移植していない正常なマウスに同量のシイタケ菌糸体を食べさせても、免疫抑制細胞の数の減少は見られなかった。それは、シイタケ菌糸体が過剰な免疫抑制細胞のみを減少させるという安全性を示唆している。

「必要以上に免疫抑制細胞を減少させると免疫過剰による副作用リスクが高まるため、医薬品の開発には注意も必要です。それに対し、がんを効果的に叩く底支えをしながら、体に負担をかけない経口摂取成分として注目されているのがシイタケ菌糸体です」

こう語る原田教授は、「自分たちの研究成果に基づいて、さらに数多くの臨床研究が行われることを望んでいる」という。

体に負担をかけない経口摂取成分であるシイタケ菌糸体の研究において、がん治療に対する効果をアップさせる結果が蓄積されていくことは、がん患者さんにとっても朗報である。

他のがん治療との併用で転移・再発を防ぐ

もちろん、シイタケ菌糸体は直接、がんを叩くものではないし、まして、これを摂取したからといって、がんが消えるものでもない。それでも、シイタケ菌糸体は、本来、患者さん自身が持ち合わせている抗がん免疫力を促進してくれる。そして、他の治療法の効果を減少させることはない。したがって、シイタケ菌糸体は、外科的手術・化学療法・放射線治療、あるいは免疫細胞療法などの治療法との組み合わせによって、がんの転移・再発の制御、良好な予後の維持などの効果をもたらす縁の下の力持ちとして治療に貢献する役割が期待できるのである。

原田教授は次のように言う。

「抗がん剤治療や放射線治療などを受けた患者さんに免疫力が残っていたとき、それを抑制する免疫抑制細胞を抑えることができれば、患者さんの予後がよくなり、がんの転移・再発を防ぐ可能性が高まるということです。」

さまざまな治療の”黒子”となって働くシイタケ菌糸体の研究を進めていくこと。それは「がんの転移・再発を防いでがん治療を成功に導くための免疫の最新研究」と同義語なのであろう。

シイタケ菌糸体の詳しい研究内容はこちらにも掲載されています

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