がん免疫を無力化する免疫抑制細胞の正体
─ 免疫抑制対策ががん治療の成否を分ける ─
(2013年.vol10)
免疫状態が治療の成否を分ける
免疫細胞の代表は、リンパ球(T細胞・B細胞・NK細胞など)やマクロファージ、樹状細胞です。これらの細胞がそれぞれの役割を果たし、私たちの体をウイルスや細菌から守ったり、発がん性物質などの影響で体内に生じた異常な細胞を排除してがんの発症を防いだりするのです。
しかし、こういった免疫細胞が体内にあることはわかっていましたが、どれくらいがんの治療効果と関係しているのか不明な部分も多かったのです。つまり、「がんの免疫力」といっても曖昧なものと考えられがちでした。それが最近の研究によって、抗がん剤や放射線などの治療を受けている患者さんの免疫状態が、治療の成功に影響を与えることが臨床研究で証明されるようになってきました。
抗がん剤治療や放射線治療を受けた患者さんにおいて、免疫状態が良好な患者さんのグループと、免疫状態が悪い患者さんのグループを比較した場合、同じ治療を行っても免疫状態の悪い患者さんのグループのほうが、治療後の時間経過とともにがんが増殖しやすいことがわかってきたのです(図1参照)。
さらに、がん細胞を攻撃・排除する免疫細胞がはっきりと特定され、多くのがん患者さんの体内にも、この免疫細胞が確実に存在していることがわかってきたのです。
解明されてきた「免疫抑制細胞の存在」
がん細胞を攻撃・排除する免疫細胞が患者さんの体内に確実に存在しているなら、がんの増殖が抑えられても良いようなものですが、実際にはがんが増殖する患者さんが多いのも事実です。最近の研究でその主な理由が解明されました。
実は、がん患者さんの体内では免疫が抑制される「免疫抑制」状態にあり、がん細胞を攻撃・排除できる免疫細胞が体内に存在していても、この免疫細胞の活性が落ちてしまっているのです。
さらに、この免疫抑制を引き起こす主な原因として、がん患者さんの体内で免疫抑制細胞が異常に増殖していることもわかってきました。(図2参照)
こうした免疫細胞の働きを抑制し、無力化させてしまう「免疫抑制細胞」の存在が解明されてきました。この細胞は、がんになると異常に増殖し、治療効果を妨げてしまいます。ですから、増え過ぎてしまった免疫抑制細胞を減らす、あるいはその活性を弱めることが、がん治療の成否を分ける大きなポイントだと言われるようになってきたのです。
がんで異常に増える免疫抑制細胞
免疫細胞の働きを抑制・無力化してしまう免疫抑制細胞は、健康(非がん)な人の体の中にも、それなりに存在しています。人間の体内において、唯一、自己を攻撃できる能力を持っているのが免疫細胞です。したがって、免疫細胞が自分の体を過剰に攻撃してしまうと、自己免疫疾患といった病気になってしまいます。そのため、免疫細胞を抑制する細胞として、常に私たちの体内に存在しているのが免疫抑制細胞というわけです。元来、この細胞は、私たちにプラス面をもたらしてくれるというわけです。
しかし、がんに罹患してしまうと免疫抑制細胞は異常に増殖し、治療効果を乏しくするなどマイナス面を露呈します。そして、患者さんの体内で起きているがんに対する免疫応答を抑制してしまうのです。すると、本来、患者さん自身が持ち合わせているがんに対する免疫力の働きがブロックされる、という状態に陥ってしまうのです。(図3参照)
研究が進む「免疫抑制解除の方法」
免疫抑制細胞は、積み重ねられてきた研究によってその概要が明らかになってきました。
先述したように、多くのがん患者さんの体内には、本来、がんを攻撃するこの免疫細胞が確実に存在していますが、免疫抑制状態に陥って、その活性は落ちています。そこで免疫抑制細胞を減らす、あるはその活性を弱めることで、この免疫細胞の活性を取り戻すことが治療効果の向上につながると考えられます。
そこで問題になってくるのが、どのような手段で免疫抑制細胞を抑えたらいいのか、ということです。まず、免疫抑制を解除する手立てとしては、抗体薬の投与があります。たとえば、米国で米国食品医薬品局(FDA)から承認を得た医薬品として、イピリムマブという分子標的薬があります。進行期の転移性悪性黒色腫に対する治療薬で、CTLA‐4(免疫反応を抑制する働きを持つ、T細胞の表面に存在する分子)の抑制機序を解除することにより、免疫細胞のがんに対する攻撃力を回復させます。
この医薬品は、ダイレクトに免疫抑制細胞を叩くものではありません。すでに免疫抑制細胞などの働きによってブレーキがかかっている状態の免疫細胞のブレーキを外し、再びアクセルをかける作用を持ち合わせているのです。ただし、そのためにアクセルがかかり過ぎ、強い副作用が出てしまうケースもあります。
こうした薬以外にも、一部の抗がん剤を低用量投与する方法の研究も行われています。たとえば、シクロホスファミドやゲムシタビンなどの抗がん剤を低用量使って、生体の免疫抑制細胞(制御性T細胞や骨髄由来免疫抑制細胞)を減らす研究も進んでいます。
また、医薬品以外の天然由来成分の領域でも免疫抑制を解除する研究が進められています。その天然由来成分のなかで、私はシイタケ菌糸体抽出物の研究に小林製薬株式会社(本社:大阪市)と共同で取り組んでいます。
シイタケ菌糸体抽出物はシイタケの根にあたる部分を培養して有用成分を抽出したものです。まだ簡易な臨床研究の段階ですが、がん患者さんが、シイタケ菌糸体抽出物を経口摂取すると免疫抑制細胞(制御性T細胞)の増殖を防ぐものの、正常以下には減少させないというデータも報告されています。さらに、生体の免疫抑制を軽減して他の免疫療法のピークの持続を長続きさせるなど、他の治療法を下支えする〝黒子〟として、がん治療に貢献してくれるのではないかと考えています。
他の治療に「免疫抑制の解除」をプラスし、免疫力向上を図る
海外に目を向けると、アメリカでは、完全に免疫抑制細胞を排除しなければ、がん患者さん自身から採取したリンパ球を増殖させてして患者さんの体内に戻す免疫細胞療法がそれほど効かないケースがあることもわかってきています。そのため、大量の抗がん剤と全身への放射線によって体内の免疫抑制細胞を完全に除去してから遺伝子導入した大量の免疫細胞を注入する、というアグレッシブで副作用が強い治療が行われています。
患者さんにしてみれば、働き盛りの年代の方であれば、仮に副作用が強くてもアグレッシブな治療を受けてがんを廃絶したいとお考えになると思います。それに対し、ある程度、お年を召された方であれば過激な治療を回避して可能な限りがんと共存したいと考えるのではないでしょうか。
このように、がんに対する治療法の選択は患者さんによって違います。将来的に、日本でもアメリカのような強力な免疫抑制細胞の除去が行われるようになるかもしれませんが、今現在はそのような治療は行われていません。
私たちの体の中では免疫力が一生懸命に働いています。それでもがんの増殖を許してしまうのは免疫力が少し弱くなっているからで、そのようなときでも免疫細胞はがん細胞と戦ってくれています。
そのときに、抗がん剤治療や放射線治療が奏功し、がんが縮小して免疫力が向上すればいいのですが、患者さんの内なる免疫力を低下させてしまうようでは良い結果が得られないと思います。免疫は、がんの増殖を許している患者さんにおいてさえ、その人の体内で下支えをしてくれているのです。ですから、可能な限りそのシステムを維持してあげ、さらには回復させてあげることが得策だと考えています。
今後のがん治療には、免疫抑制の解除が大きなポイントとなる
先述のように、昨今、免疫抑制細胞を抑える医薬品や新しい方法が登場しています。こうした医薬品や新しい方法によって免疫抑制細胞を減少させることで免疫力は回復します。
本来、がんに対する免疫療法のメリットが出やすいのは再発予防です。たとえば、外科的手術によってがんを完全に摘出できれば患者さんの免疫力は復活するので、そのときに免疫抑制細胞が働かない状況を維持するのが再発予防にはいいのではないかと思います。
今後、免疫抑制の解除は、がん治療の大きなポイントとなってくるのは確実です。近い将来、免疫抑制を解除する状況をつくって患者さんの体内に確かに存在するがん細胞を攻撃する免疫細胞の活性を取り戻し、そこにがんペプチドワクチン療法や免疫細胞療法などが併用されるケースが増えてくるのではないでしょうか。