(がんの先進医療: 2013年7月発売 10号 掲載記事)

製薬企業が挑む「がん治療の効果を高める免疫抑制対策」
─免疫抑制を解除するシイタケ菌糸体研究─

小林製薬中央研究所
松井保公 小林製薬株式会社中央研究所主任研究員
(2013年.vol10)

全国の大学との共同研究が進む有用成分シイタケ菌糸体

わたしたち小林製薬が、がん免疫の研究開発をスタートさせたのは約15年前です。当時、がん患者さんとそのご家族の多くは、がんと対峙するためにさまざまな療法を試みるものの、その有用性について信頼できる情報が十分でなく、安心感を得ることができていませんでした。そこで私たちは、そのような状況を打破しようと、「免疫」に着目し、有用な天然由来成分を探索する活動と信頼できるデータを蓄積するための研究を開始したのです。

素材探索の初期段階ではさまざまな天然由来成分の検証を試み、試行錯誤を繰り返しましたが、、その後シイタケ菌糸体抽出物という有用な素材に出会うことができました。シイタケの菌糸体は、シイタケが子実体(通常「シイタケ」として食している傘の部分)になるための栄養が詰まった母体部分です。つまり、私たちが日常生活において、滅多に摂取することがない部分なのです。

シイタケ菌糸体抽出物(以下「シイタケ菌糸体」と記載)は、このシイタケの菌糸体をじっくり育成培養し、さらに抽出・濃縮工程を加えてエキス化した成分で、同じキノコ類であるアガリクスや霊芝にも含まれるβグルカンの他、シイタケ菌糸体に特徴的な有用成分αグルカン・シリンガ酸・バニリン酸・アラビノキシランなどが含まれています。

当初は社内を中心に研究を行い、基礎的なデータの蓄積に努めました。その後、約3年経過した段階で、臨床的な有用性を確認するために、蓄積したデータについて大阪大学医学部の先生に相談したところ強い関心を持っていただくことができました。そこで、新たにシイタケ菌糸体に特化した研究をスタートさせ、現在まで研究を続けてきました。

その結果これまでに、10施設以上の大学研究機関で研究していただけるようになり、がん種やステージ別に少しずつ臨床成果が蓄積されてきています


表1

(表1参照)。

がん患者の免疫力を正常に戻す

当初、シイタケ菌糸体に関する研究過程において、私たちは「免疫の活性化」を重要視していました。しかし、免疫を活性するだけでは、がんの患者さんの状態や進行度合いが必ずしも改善しないことが研究していく中で明らかになりました。

さらに、がん患者さんの体の中では、免疫が抑制された状態になっており、免疫が十分に働くためには、この免疫抑制状態を解除することこそが、きわめて大切だというとがわかってきたのです。

この研究は2003年から5年をかけて、いろいろながん種の患者さんを対象に実施しました。患者さんの様々な免疫に関わる指標を測定し、患者さんの状態や進行状況と比較したのです。
その結果、様々な免疫指標の中で、インターフェロンγ(ガンマ)とインターロイキン10の産生比が最も患者さんの状態を反映していることがわかりました。

インターフェロンγとは、免疫細胞を活性化させる物質の1つで、インターロイキン10は免疫を無力化させる免疫抑制物質の1つです。免疫抑制物質は、免疫細胞が、がん細胞を攻撃するのをブロックしてしまいます。つまり、両者の対比は、免疫ががん細胞に届いて、正常に働いているか否かを表す指標なのです。

さらに、再発予防ステージの患者さんに1日あたり平均で1500㎎のシイタケ菌糸体を含む顆粒を20週間摂取してもらう研究も実施しました。結果として、解析が可能だった13人において、一般成人の健常者(非がん患者)の免疫力(インターフェロンγ(ガンマ)とインターロイキン10の産生比)の平均値を100%とした場合、シイタケ菌糸体摂取前には84%まで低下していた数値が20週にわたる摂取後には、健常者とほぼ同等の105%にまで回復していることがわかったのです(図1参照)。


図1

それまで私たちはインターフェロンγなど免疫の活性化の指標を重視していたわけですが、これらの結果から実はインターロイキン10といった免疫抑制の指標が重要であることを認識するようになりました。

この一連の研究成果については、2009年の米国がん学会で発表し、その発表の内容の一部は日本の全国紙に取り上げられて大きな反響をいただくことができました。

同じ頃、偶然にもがん治療の研究者の間でも、がん患者さんの「免疫抑制」の存在が大きなトピックスになっていました。それまではやはり主に免疫の活性化に目が向けられていたわけですが、実は「免疫抑制」という仕組みが免疫を無力化し、がん治療の効果を乏しいものにしてしまっているという研究結果が多く報告され、注目を集めていたのです。そして、がん患者さんの免疫抑制の程度が、がんの標準治療の成否をも分けるのではないかと考えられるようになって来たのです。

当然、がん免疫に携わる研究者や研究医の間では、免疫抑制を解除する手法の研究に注目が集まるようになりました。そのような状況のなか、私たちが発表した内容に「シイタケ菌糸体が免疫抑制物質のインターロイキン10を抑える」というデータが含まれていたため、これ以降、より多くの先生方がシイタケ菌糸体に興味を持ってくださり、私たちの研究も大きく前に踏み出すことができたのです。

免疫抑制細胞を減少させて、がんの増殖を抑える

こういった経緯で免疫抑制に着目するようになった私たちは、とりわけ、「免疫抑制細胞(制御性T細胞など)」という細胞に注目しました。免疫抑制細胞は、健康な人の体内では、過剰な免疫反応にブレーキをかけ、自己免疫疾患にならないための役割を果たしています。しかし、一旦、がんに罹患してしまうと異常に増殖し、免疫細胞の働きを抑えてしまうことがわかっています。

現在では、がん治療の研究者の間で、がん患者さんの免疫抑制を引き起こす主な原因の一つとしてよく知られています。
そしてがん治療の研究では、免疫で癌細胞を叩くために、患者さんの体の中で異常に増えた免疫抑制細胞をいかに減少させるかが大きな鍵になると考えられています。

私たちの場合は、まず基礎的な研究を、共同研究先の大学とスタートさせました。その研究のひとつに、がん細胞を移植したマウスで、シイタケ菌糸体成分を経口摂取させた試験があります。この試験では、まず、がん細胞を移植したグループと、健康(非がん)なグループで、免疫抑制細胞の割合を比較しました。結果として、がん細胞を移植したグループで、免疫抑制細胞の割合が異常に増えていることが確認できました。

次に、がん細胞を移植したグループを、シイタケ菌糸体を配合した食事を摂取させたグループと通常の食事をさせたグループに分け、免疫抑制細胞の割合と腫瘍重量を測定しました。すると、シイタケ菌糸体を摂取させたグループでは、免疫抑制細胞の割合は、健康なグループとあまり変わらない程度まで抑えられていたという結果も得られました。さらに、シイタケ菌糸体を含む食事を摂取させたグループでは、シイタケ菌糸体を摂取させていないグループに比べて腫瘍重量も抑えられていました(図2参照)。


図2

つまり、シイタケ菌糸体を摂取することで免疫抑制細胞の異常な増殖が抑えられた結果、免疫細胞の活性が回復し、活性を取り戻した免疫細胞が腫瘍の増殖を抑えたと考えられるのです。
動物研究のレベルではありますが、「免疫抑制細胞」に対する効果が確認できたことで、当時複数のメディアに取り上げられるなどの反響がありました。

ヒトでの検証が進む「免疫抑制の解除」

私たちはさらにヒトでの検証も進めています。既に実施した研究に都内の医療機関と共同で行った臨床研究があります。この研究では、進行がんを抱えた患者さん10人に最初の4週間は免疫細胞療法だけを行い、次の4週間では免疫細胞療法に加え1日3回のシイタケ菌糸体の摂取をしてもらいました。すると、免疫細胞療法だけを行った期間と比較し、シイタケ菌糸体を併用した期間では、10人中7人で先述のインターフェロンγが増えたことがわかりました。さらに、この7人では、免疫抑制細胞の異常な増殖が抑えられていたという結果も出ています(図3参照)。

10人という小規模な臨床研究ではありますが、ヒトでもシイタケ菌糸体を摂取することで、がんの進行とともに増えていく免疫抑制細胞が抑えられ、がんに対する免疫力が回復したという結果を得ることができたのです。


図3

これまでの臨床研究では、シイタケ菌糸体が、がん患者さんの免疫機能やQOLを改善・向上させるといったデータは複数取得できていました(表1参照)。今回得られた、がん患者さんの免疫抑制を解除して免疫力を回復させるデータについても、今後さらに蓄積させていきたいと考えています。

現在、私たちだけでなく多くのがん治療の研究者、研究機関や製薬企業が、免疫抑制を解除する手法や医薬品の開発を進めており、その研究成果が将来多くの患者さんへもたらされることを期待しています。私たちの研究も、少しでもがん患者さんの免疫抑制の解除につながることを信じ、今後も努力を重ねてまいります。

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