山田邦子のがんとのやさしい付き合い方(第2回 )
資生堂 ライフクオリティビューティセンターの取り組み
外見を整えることによって自分自身を取り戻すメーキャップ
一人でも多くの患者さんの外見上の問題を解決していくのが私たちの使命
山田
今や日本人の2人に1人が「がん」と診断される時代になりました。私も約10年前に初期の段階で乳がんが発見され、闘病した経験があります。患者の立場から言うと、がんは闘病期間が長い病気だと感じますね。
苅部
そうですね。今現在、就労しながら通院しているがん患者さんの数は、30万人以上にものぼるという推計もあります。長期にわたって闘病されるがん患者さんにはさまざまな悩みがあると思いますが、特に外見上の悩みは大きいのではないでしょうか。
外科手術後の傷痕はもちろんのこと、抗がん剤治療の副作用による肌のくすみや眉毛やまつ毛の脱毛などがありますね。このような外見上の変化がご本人に大きな違和感を与え、「自分の顔とは思えなくなる」「生気がなく見え、まわりの人から病気とわかってしまう」といった悩みを抱えるようです。ですから、一人でも多くの患者さんの外見上の問題を解決していくのが私たちの大きな使命だと思っています。
インタビューは11 月13 日(月)、太田プロダクション大会議室において行われた
山田
それは素晴らしいことですね。私は抗がん剤治療をしなかったので、髪の毛も眉毛も大丈夫でしたが、放射線治療のせいで胸のあたりの皮膚が少し赤くただれたことがあります。普段は人の目にはふれないところですが、それでも水着や胸の開いた服を着たりすると、やはり気になりましたね。
顔のほうは入院中は、ほぼ素顔ですし、死ぬか生きるかということで、必死で闘病しています。やがて一命をとりとめたと安堵するのですが、快方に向かっていくときに顔の窪みや顔色の悪さが非常に気になったものです。どんよりと黒ずんだ顔色を見ると、それだけで憂鬱になりました。そもそも自分の外観って、ささいなことでも気になるものです。たとえば若い頃、前髪が決まらないだけで気分がくさり、もう外出するのがいやだと思ったことがあります。また小さなおできができただけで、人の目が気になり、治るまでは人と会いたくないと思ったりしていましたからね。
NHK の「好きなタレント調査」で8年連続1 位を記録した山田邦子さん。
2007 年、乳がんになり手術をする。以後、「がん」についての講演などを精力的に行い、2008 年には〝がん撲滅〟を目指す芸能人チャリティ組織「スター混声合唱団」を結成し、以後団長を務めている。2008 年〜2010 年には厚生労働省「がんに関する普及啓発懇談会」メンバーとして活躍
外見を整えることで、 気持ちが前向きになる
山田
病気と向き合って生きる期間が長いゆえに、心理的に不安に思うことに加え、外見上の変化で落ち込むことが多いわけですが、それを誰に相談したらよいかわからないという葛藤があるんですね。
メーキャップ方法について説明する苅部さん。「肌色補正はもちろんのこと、凹凸補正、バランス補正などもできます。肌色の悩みを持たれている方は、肌色が明るくなると表情が変わりますよ」
苅部
そうですね。私たちもたくさんのお声をいただきます。治療の副作用を抱えていらっしゃる方に出会うと、「外出したくない」「お化粧の仕方がわからなくて困った」という声をよく聞きます。通常のファンデーションだけではうまくカバーできなかったりすると、どうしてよいか迷われてしまうようです。
当センターにも外見(アペアランス)を気にされて来店される患者さんは非常に多く、肌のくすみ、色素沈着が20%、眉やまつ毛の脱毛が17%、肌の乾燥が12%、またフェイスのみではなくボディが理由の場合もあります。指や指先の変化が15%などとなっていますね(図1)。
図1 ビューティーセンターへの来店理由
山田
普通、多くの場合、入院したり通院したりしている病院の先生に相談されることが多いと思いますが、先生は命を救うことで超多忙ですから、「そんなことで悩んでいるの?」というような受け答えをされてしまうわけです。でも患者にとって、たかが「そんなこと」と思われることが、されど「大切なこと」で、そこが改善しない限り、気持ちが腐っていくわけですよ。
苅部
そうですね。多くの患者さんに接していると、化粧で外見を整えることが気持ちを前向きにし、社会復帰への後押しや就労を続けることにつながることがよくわかります。アンケート調査による「美容ケアアドバイスによる乳がん患者さんのうつ状態の変化」では、美容ケアアドバイス前と後では、「有意に改善」していることがわかります。「委縮していた気持ちが変わり、自信を取り戻せた」「元の自分に近づけた」「希望が持てた」というようなコメントも寄せられています(図2)
図2 美容ケアアドバイスによる乳がん患者さんのうつ状態の変化
がん患者からの相談が増加、男性も来店する
山田
ドクターは命を助けるところが第一優先なので、その後のケアを担当するチームがほしいと思ってきましたが、御社では、お化粧を通じてQOL向上のための取り組みをされてきた長い歴史があるのですね。
苅部
活動の始まりは、1956年に発売された商品からです。戦禍による傷痕を癒すことが目的でしたが、その後、1990年代初めより医療機関と連携して、あざや白斑、傷痕など肌に深いお悩みを持つ方へのメーキャップアドバイスを行い、専用商品の開発に取り組んできました。2006年には活動の拠点となる施設「資生堂 ライフクオリティー ビューティーセンター(SLQセンター/東京・銀座)」を開設して活動を本格化させました。2013年からはがん治療中の方特有の、肌の悩みに対応する個室でのアドバイスも始めています。
山田
ここに行けば、具体的にお化粧の方法を教えていただけるのですね。今まで何人くらいの方の相談を受けてきたのですか?
苅部
年間500人くらいのご相談があります。
がんの方のみならず、生まれたばかりの赤ちゃんから80代の方までいらっしゃいます。女性が8割で男性は2割くらいですね。小冊子も発行していますが、今回は、男性用小冊子にしました。こちらでは日常的な表情を取り戻していただくための鍵となる眉に絞って紹介をしています。女性の間では眉を整えたり描いたりすることは普通ですが、お化粧に馴染みが薄い男性にとっては戸惑いも多いと思いますので、自然な眉を描いていただく方法を記載しています。
山田
それは喜ばれるでしょうね。がんの方の相談は増えているのですか?
苅部
2013年は5%くらいでしたが、2016年には11%くらいになっています。
山田
御社のほうから病院に出向いて教えてくださることもあるのですか?
苅部
はい。全国のがん拠点病院で患者会の活動をサポートするようなイベントなどに出向き、カバーメイクをお伝えしています。また全国にはこの活動の趣旨に賛同して専門の技術教育を受けた資生堂の化粧品専門店、デパート、医療機関などの取扱店がありますので、そちらでも同じようにメーキャップの指導をしてもらっています。47都道府県に網羅していますし、拠点病院は370カ所、他の医療機関を含め450カ所くらいで展開しています。インターネットでの通販も可能になりました。
山田
嬉しいですね。医療従事者向けのセミナーなどもあるのですか?
苅部
はい。全国の医療関係者を集めてセミナーをしています。人気があってインターネットで募集をかけると、たった3分で満席になってしまうこともありますよ。
山田
海外にも展開しているのですか?
苅部
現時点では上海、台湾、香港の3カ所でアジアを中心に展開していますが、今後はもう少し広い地域に広げていきたいですね。
メーキャップをすることで、本来の「自分らしさ」を取り戻すことができる
山田
カウンセリングでは、その人がコンプレックスに感じていることを話すわけですが、最初の一歩を、踏み出す勇気が必要ですね。
苅部
そうですね。微妙な問題ですから、相談されるのを躊躇される方もいらっしゃいます。そこで個室を用意し、プライベートな空間を確保しています。私たちもその方が何を求めているのか、心を込めて聞くことに専念します。最初は口数が少ない方も多いのですが、メーキャップをするにつれて明るくなられ、心を開いてくださるようです。
山田
このシステムは素晴らしいですね。自分の悩んでいたことについて、人が向き合ってくれて、話を十分に聞いてくれ、解決策を教えてくださるなんて!
そこが嬉しいです。
苅部
私たちも、患者さんの笑顔に出会うために、日々、情報を得て、研究しています。メーキャップ方法を練習するマネキンもあります。
山田
(マネキンを見ながら)ちょっと試していいですか?(使いながら)おお。これはすごい。顔色が明るくなり、雰囲気が変わりますね。私たちは役によっては特殊メイクもします。高齢者の役や若づくりもあります。仕事ではメイクさんにお世話になるのですが、私も個人的に非常に関心があります。
マネキンを見ながらメーキャップ方法を練習する山田さん
苅部
こちらは油分を含んで落ちにくいファンデーションですので、12時間くらい持続できます。日常紫外線も対応可能です。肌色の悩みを持たれている方は、肌色が明るくなると表情が変わりますよ。またボディにも使用することができます。
山田
肌色補正はもちろんのこと凹凸補正、バランス補正などもできるわけですね(図3)。色はわかりますが、凹凸もカバーできるのですか? へこんでしまったところには塗ればいいと思いますが、出ている場合はどうするのですか?
図3 メイクの事例。肌色補正、凹凸補正、バランス補正などができる
苅部
凹凸を完全になかったかのようにするのは難しいですが、滑らかに見せることは可能です。その方によって異なりますが、へこんだ部分には、なだらかな山をつくるのです。
山田
ほお、すごい技術ですね。もはや、たかが化粧なんて言っちゃだめですね。
苅部
私自身もくまなどの悩みを持っていますが、お化粧をするだけで、何かスイッチが入るのを感じます。このようなスイッチが入ることで、悩みを持つ人もそれが軽減されて前向きに生きていけるのではないでしょうか。
山田
病気が原因で「自分らしさ」を失うことはないと思うのですが、メーキャップをすることにより、本来の「自分らしさ」を取り戻すことができそうですね。さらにはもう少しグレードアップするかもしれません。
「ほお、すごい技術ですね。もはや、たかが化粧なんて言っちゃだめですね。メーキャップをすることで、本来の自分らしさを取り戻すことができそうですね」
苅部
自分を取り戻せないというのは、もともとあった眉毛やまつ毛がなくなるからかもしれません。それをメーキャップで再現すれば、元の自分に戻れるのです。そこで自分に自信が取り戻せる一環になるのではないでしょうか。そういうお手伝いをさせていただけるのは嬉しい限りです。
山田
同時に心も「自分らしさ」を取り戻し、結局、失ったものは何もなかったと気が付くわけですね。さらに今まで当たり前だったと思っていたことの大切さがわかるようになるのでは? 私も病気になる前はわからなかったけれど、がんになって初めて、多くの人や企業がサポートしてくださっていることを知り、感謝の気持ちに満たされました。
苅部
最近ではいろいろな企業の方が、がん患者さんのサポートをされていますね。こうしてお互いに助け合い、共生共存できる社会がつくられていったら嬉しいですね。
山田
人が明るくなり、輝きを取り戻すという、素晴らしいお仕事ですね。本日は興味深いお話をありがとうございました。
対談を終えたあと、大会議室で記念撮影
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山田 邦子●やまだ・くにこ●
1960年東京生まれ。1981年芸能界デビュー。以後、司会・ドラマ・舞台・講演・執筆などマルチな才能を発揮、自身の名前が番組名につく冠番組を多数持つ。NHK「好きなタレント調査」では8年連続第1位を記録した。2007年、健康番組出演がきっかけで乳がんが見つかり、手術をする。その後は「がん」についての講演なども精力的に行い、2008年には〝がん撲滅〟を目指す芸能人チャリティ組織「スター混声合唱団」を結成し、以後団長を務めている。特技は三味線・イラスト・ウクレレ・ジュエリーデザインなど。栄養士の資格を持ち、趣味は釣り・リサイクル工芸・料理・プロレス観戦。将来の夢は農業に従事すること。沼津市観光大使、とかち観光大使、岩手県山田町復興ふるさと大使、北海道陸別町友好町民の会親善大使、東京都青少年名誉健全育成協力員。2008~2010年には厚生労働省「がんに関する普及啓発懇談会」メンバーとなる。