山田邦子のがんとのやさしい付き合い方(第21回)
そこが知りたい 切らずに治す! 放射線のがん治療効果を高める「増感放射線治療KORTUC(コータック)」とは?
コータックは、放射線の効き目を飛躍的に増大させる
先生、こんにちは! この度は先生のご著書『免疫療法を超えるがん治療革命 増感放射線療法コータックの威力』をいただきまして、本当にありがとうございます。素晴らしい内容ですね。
小川恭弘院長との対談は2022 年9 月13 日(火)、オンライン方式によって行われた
小川
私の専門は、放射線治療ですが、患者さんを診ていますと、効果のある人とない人がいることに気が付きました。また、がんは大きくなると放射線治療の効果が3分の1にまで減少してしまうのです。その原因として、がん細胞の中で増加した抗酸化酵素が原因であることがわかり、その抗酸化酵素をオキシドールが失活させることもわかりました。そこで2006年、高知大学の教授時代に、大きくなったがんに対して、効き目を飛躍的に増大させる増感放射線治療の「KORTUC(コータック)」を開発したのです。本書ではコータック併用の放射線治療の紹介と実績を記しています。
山田
驚きました。消毒液でもある「オキシドール」と、美容液などで使われている「ヒアルロン酸」を使うのですね?
東京都生まれ、タレント。「がん検診率向上のため、日々頑張っています」。近著に、2021 年3 月に刊行した〝やまだかつてない〟『生き抜く力』がある
小川
そうです。過酸化水素(薄いオキシドール)と、その分解を遅らせるとともに、鎮痛作用も併せ持っているヒアルロン酸を混合したのです。過酸化水素が徐々に抗酸化酵素のペルオキシダーゼを不活性化しながら酸素と水に分解します。こうしてがん細胞を放射線や抗がん剤といった酸化ストレスから守る、がんの鎧として存在する抗酸化酵素ペルオキシダーゼを不活性化し、放射線や抗がん剤に対して弱体化させ、治療効果を高めていくわけです(図1)。
図1 コータックのメカニズム
放射線の治療効果が低下する原因は「低酸素」と「抗酸化酵素の活性化」
放射線療法の効き目を高めるのですね?
小川
放射線治療は、放射線が直接、がん細胞に作用するわけではありません。
放射線が細胞内に豊富に存在する水分子に衝突して、細胞内の酸素が活性酸素(ヒドロキシルラジカル)に変化し、DNAやリソソームが傷ついて死滅していくというメカニズムで働くわけです(図2)。
図2 放射線治療のメカニズム
山田
そこでがんが大きくなると、放射線治療の効果が低下するわけですね。
小川
がんは大きくなると血管形成が十分にできず中心部は低酸素状態になります。同時に抗酸化酵素が増えることで放射線治療の効果は3分の1にまで低下してしまいます。そこでこの「低酸素」と「抗酸化酵素の活性化」を同時に解決するために考案したのが、コータックなのです。オキシドールは抗酸化酵素を失活させ、酸素を発生させます。ヒアルロン酸は局注部位にとどまらせるための基剤として使用します。この混合液を乳がんや臓器、骨などの固形がんに注射して放射線を照射すると効果がみられるというわけです。
山田
他にもメリットはあるのですか?
小川
アブスコパル効果も期待できます。アブスコパル効果とは、放射線治療などを行うと、標的の腫瘍を縮小させるだけでなく、離れている未治療の腫瘍も縮小させる効果のことをいいます。放射線治療で破壊されたがん組織から漏れ出たがん抗原によって、体内の免疫細胞が活性化されることで起こると考えられています。
コータックが薬事承認されるのは早くて2026年末ごろになる見込み
すばらしい治療薬ですね。固形がんの再発や転移でも治せるというならば、この治療を願う人は多いのではないですか?
小川
これまで実用化に向けて、国内で乳がんを中心に、直腸がん、卵巣がんなど1000例以上の臨床試験をくり返し、国内の製薬会社100社に声をかけてきました。しかしオキシドールとヒアルロン酸の混合液ということで材料費が安価なため「採算が取れない」という理由ですべて断られてしまったのです。しかし私の論文が、イギリスの王立マースデン病院の目に留まり、現在イギリスで乳がん患者を対象とした治験(第Ⅱ相試験)を実施中です。
「コロナ禍の影響で登録終了日は2024 年12 月31日までと延長されました。結果が出るのは2025 年末になるでしょう。薬事承認は早くても2026 年末ごろになる見込みです」(写真提供:小川院長)
山田
へええ。日本ではなく海外ではすでに注目されているということですね。
小川
治験は第Ⅲ相試験まで行われることが一般的ですが、コータックの安全性や有効性についてはすでに高い評価を得ているため、今回の第Ⅱ相試験で良い結果が得られれば、イギリス国内で承認される予定です。現在、第Ⅲ相も兼ねたトライアルで、イギリス6カ所の施設(ロイヤル・コーンウォール・ホスピタルNHSトラスト、ビーツォン・ウェストオブスコットランド・キャンサーセンター、ケンブリッジ大学病院NHS財団トラスト、クリスティNHS財団トラスト、ロイヤル・マースデンNHS財団トラスト、ノースミッドランド大学病院NHSトラスト)で治験をしています。その他に、インドのタタ・メディカル・センターも臨床治験に参加しています。これはイギリスとインドの国際共同です。また興味を示すベンチャー企業が直腸がんで治験を行ったり、アメリカでは子宮頸がんに対しての治験が今年度中に始まる予定です。海外で承認されることで、公知申請(※)ができ、日本で薬事承認される可能性が高まっています。
※公知申請:海外では認められているが日本では未承認のため使用できない医薬品について、有効性や安全性など科学的根拠が十分と認められた場合には医学薬学上「公知」であるとされ、臨床試験の一部あるいは全部を行わなくとも承認が可能となる制度。
山田
それはありがたい。もともと先生が開発したのに、海外からの逆輸入ということになりますね。いつごろ結果が出るのですか?
小川
コロナ禍の影響で登録終了日は2024年12月31日までと延長されました。結果が出るのは2025年末ごろになるでしょう。薬事承認は早くても2026年末ごろになる見込みです。
山田
かなり時間がかかるのですね。
「コータックはもともと小川先生が開発したのに、海外からの逆輸入ということになりますね。いつごろ結果が出るのですか?」
乳がん患者のステージを問わず、乳房を切除せずに治療ができる
治療方法ですが、針で刺すのですか?
痛くはないのですか?
小川
放射線増感剤を腫瘍内に注射するためには皮膚に注射針を刺すわけですから、刺入時のちくりとする痛みや軽い違和感はあるかもしれませんね。
山田
注射針ががんに届けばいいのですね?
小川
そうです。がんに届くと過酸化水素が水と酸素に分解されながら、がんの抗酸化酵素を分解するわけです。それに放射線をあてたり抗がん剤を使ったりすれば、より効果が見込めるわけで、基本的には固形がんならば、どのがんにも応用できます。特に乳がんは体表面にできるので治療しやすいですね。
図3はコータックによる局所進行乳がん治療の1例です。
図3 コータックによる局所進行乳がんの治療。左が治療前、右が治療後
山田
乳がんに適しているというわけですね。
私の場合は、ステージ1で発見されましたので、術後は放射線とホルモン治療をしたのですが、この治療ならば、乳房を切除しなくていいということになりますね。
小川
その通りです。現在、1年に10万人くらいの方が乳がんになっています。半分は温存+放射線療法ですが、半分くらいの方が乳房を切除されます。しかし
切除したくない方は多いと思います。そこでこの治療法を使えば、乳がん患者さんのステージを問わず、標準的な治療の中で、手術で乳房を切除せずに、放射線を増強した治療ができます。
山田
乳房は女性のシンボル的なところがありますから、どうしても切除したくないという人もいます。切らなくてよければ、かなりの方が喜ばれますね。
小川
それがわれわれの究極の願いでもあります。この治療が得意とするところは、2~3センチから5~6センチのがんの方ですが、時には10センチ、20センチある人もいます。再発の方もいらっしゃいますが、対応は可能です。
山田
たとえば喉のがんで、声帯を失いたくないというような場合も可能ですか?
小川
手術をしない治療法としての選択が可能です。最近では直腸がんの症例が増えています。肛門を切除せずに放射線とコータック、必要ならば抗がん剤で、できるだけ身体に対する負担を少なくすることができます。
山田
直腸がんの場合は、どのように注射をするのですか?
小川
肛門からファイバーを入れて注射できます。
山田
なるほど。ファイバーを駆使すれば、体の表面以外にあるがんに注射できますね。
コータック治療は、安心・安全で、費用も安い
山田
ところで手術で切除しないとなると、治療の後、体内で死んだがんの残骸というのは身体に残ったままなのですか?
小川
いいえ。がんを蜂と考えると、蜂は巣をつくりますね。たとえば蜂を退治しても、しばらくは蜂の巣が残るように、がんの残骸は残っています。でもそのうち分解・吸収されてなくなります。
山田
それなら安心ですね。ところで、この治療を行ったときの副作用はないのですか?
小川
同時に放射線治療をするので、その副作用は変わりませんが、コータック自身の副作用はなく、安心、安全にがんを攻撃することができると思います。成分が過酸化水素水(薄いオキシドール)とヒアルロン酸ナトリウムであり、過酸化水素は唾液中の殺菌成分として、また、ヒアルロン酸は皮膚の構成成分として、いずれも通常、人体に存在する物質であり、危険なものではまったくありません。
2017 年2 月28 日よりKORTUC イギリス臨床治験(第Ⅰ相試験)がロイヤル・マーズデン病院で開始された。小川院長と握手しているのは局所進行・再発乳がんで67 歳の患者さん。後列向かって右から2番目は放射線治療部長のナビタ・ソマイアー博士、中央はビクトリア・シネット超音波検査技師、4番目はスチーブン・アラン放射線診断医、左端は担当医のサマンサ・ニマルセナ医師
山田
とても魅力的ですが、価格面では、いかがなのですか?
小川
現在、イギリスでは公費負担ですが、日本でも今は臨床研究として治療を行っているので、通常の放射線治療以外の費用は貰っておらず、ボランティアです。4~5年先に日本でも承認されていれば通常の保険診療になります。
材料費が500円としたら、注射一本1500円くらいではないでしょうか?
山田
ええっ。本当に素晴らしい!
安心・安全でしかもお安い。本当にありがたい治療ですね。先生のご著書には、コータック治療を受けられる全国病院のリストも掲載されていますので、ぜひとも多くの人に読んでいただきたいです。
本日はありがとうございました。
『免疫療法を超えるがん治療革命』(光文社)(87 頁の書評欄で紹介)
《「コロンブスの卵」的 発想の治療法がんが大きくなると、がん細胞が酸素不足になり放射線治療の効果が3分の1になってしまう。私は研究の途上でがん細胞の「よろい」になっている抗酸化酵素を失活させる方法を発見しました。それはオキシドール(過酸化水素水= H202)とヒアルロン酸をがんに注入することでした。あまりに簡単で安価にできますが、効果は絶大なもの。いまイギリスの王立病院で治験が進み、フェーズ1を突破しています。この治療法が日本で認可され、がんで苦しむ患者さんに広く使用されることを望みます。》(本書カバー・コピーより)
山田 邦子●やまだ・くにこ●
1960年東京都生まれ。タレント。2007年、乳がんが見つかり、手術を受ける。
2008年、〝がん撲滅〞を目指す芸能人チャリティ組織「スター混声合唱団」を結成し、団長に就任する。2008〜2010年、厚生労働省「がんに関する普及啓発懇談会」の一員となる。栄養士の資格を持っている。