山田邦子のがんとのやさしい付き合い方(第26回)
そこが知りたい 「ビタミンD」による、がん患者さんの再発・死亡リスクの低減効果とは?
ビタミンDは食事だけではなく日光(紫外線)からも生成される
山田
浦島先生は最初、小児科医のドクターとして活躍してこられたのですね。どうして小児科医になりたいと思ったのですか?
対談は2023年12月12日(火)、浦島医師の教授室において行われた
浦島
本当は漫画家になろうと思ったのです。手塚治虫先生の『ブラックジャック』が好きでしたね。でも小学校6年のときに広島と長崎の原爆の記録映画を見て、白血病の子供が増えたと聞いて、小児科医になって白血病を専門に治療したいと思ったのです。医学部に進み、1986年に東京慈恵会医科大学の小児科に配属され、当初は骨髄移植を中心とした小児がん医療に携わっていました。辛い治療を耐える子供たちの姿を見て「予防は治療に勝る」という信念が芽生えました。
山田
その後、ビタミンDに注目したきっかけを教えてください。
東京都生まれ、タレント。「がん検診率向上のため、日々頑張っています」。近著に、2021年3月に刊行した〝やまだかつてない〟『生き抜く力』がある
浦島
2007年頃に東南アジアで鳥インフルエンザが蔓延したとき、ビタミンDが鳥インフルエンザに効果があるのではないかという論文を発見したのです。その論文には、結核にかかった人は日光に当たるとより良く治るということで、2006年に『サイエンス』という科学誌に掲載されていたのです。日光に当たると皮膚の下でビタミンDがつくられます。それが免疫細胞のひとつのマクロファージに働いて抗結核物質を出すわけで、人の細胞が抗生剤を分泌するわけです。つまり日光に当たらないとビタミンDがつくれないので結核が増える。日光に当たると結核が治るというメカニズムがあるわけですね。血中ビタミンDが少なくなると、自然免疫に関わってくるタンパク質のカセリジンやディフェシンが減り、結核やインフルエンザに罹りやすくなるということで興味を持ったのですね。
山田
ビタミンDは水に溶けにくく、油脂に溶けやすい性質の油溶性のビタミンですね。
浦島
そうです。通常ビタミンは、体内でつくれないので食品などから摂取する必要があるのですが、ビタミンDは他のビタミンと異なり、食事だけではなく日光(紫外線)からも生成されます。日光に当たって、80%~90%を体内でつくれるという特性があります。
そのため日照時間の短い冬は、免疫力が低下し、風邪やインフルエンザに罹りやすくなるわけです。夏と比較したらビタミンDの産生は健康な人でも半分に減ってしまいます。
山田
なるほど。とはいえ昨今では日に当たらないようにしようという考えがあり、日焼けを避ける人が増えていますね。海水浴にいっても長袖を着て焼けないようにしますから……。
浦島
顔や身体でなくても手のひらを太陽にかざすだけでも十分に効果がありますよ。
山田
えっ? 手のひらだけで? それでいいのですか? 作詞家のやなせたかし先生はすごい。「手のひらを太陽にすかしてみれば~」という歌の通りではないですか?
浦島
天気のよい日だったら、30分から40分でよいので、やってみてください。
「日光に当たるだけでよい。副作用もない。そんなビタミンDに可能性を感じたのです」
ビタミンD濃度が高い大腸がん患者のほうが、再発率や死亡率が少なかった
山田
ほかに食品からも得られますね。
浦島
しいたけなどのきのこ類に含まれるビタミンD2(植物由来)と、鮭などの魚類や卵などに含まれるビタミンD3(動物由来)があります。これらは化学的な構造がわずかに違うだけで、D3のほうが、吸収率が少し良いという説もありますが、食品から得た栄養素は、肝臓を経由(水酸化)すると25(OH)DというビタミンDに、腎臓を経由すると活性型ビタミンDになり、骨や筋肉、免疫関連に働きます(図1)。そもそも発見の経緯から「ビタミン」という名称がつけられていますが、最近の多くの研究ではビタミンDの作用の多くが遺伝子を介した反応であることがわかり、一種の「ホルモン様物質」として理解されるようになってきています。
ビタミンDの供給ルート
山田
ビタミンDには免疫機能を調節する働きもあるといわれているのですね。
浦島
体内に侵入したウイルスや細菌などに対して過剰な免疫反応を抑制し、必要な免疫機能を促進する働きがあり、風邪やインフルエンザ、気管支炎や肺炎などの感染症の発症・悪化の予防に関与することがわかっています。
山田
さらに先生はビタミンDと、がんの関係について研究されているわけですね?
浦島
がん関連の研究で権威のあるトップジャーナルで大腸がんや乳がんの論文を読んでいますと、ビタミンDとがんとの関連についてハーバード大学など世界のトップクラスの大学が研究をしているのを知り、興味を持ったのです。そこで友人の先生が大腸がんの患者さんの血清を保存していたので、血中25(OH)ビタミンD濃度を調べることができました。
20・0ng/㎖未満であればビタミンD欠乏、20・0~29・9ng/㎖未満であればビタミンD不足、30ng/㎖未満以上はビタミンD充足と判断されますが、大腸がんの手術を受けた患者さん約300人分の血清のビタミンD濃度を計測し、手術後の臨床データと照らし合わせたところ、ビタミンD濃度が高い人のほうが再発したり、亡くなったりすることが少なかったのです。
山田
それはすごいことですね!
ビタミンDを服用した消化器がん患者の再発・死亡リスクが24%減少した
日光に当たるだけでよい。副作用もない。そんなビタミンDに可能性を感じたのです。
山田
そこで先生は、ビタミンDのサプリメントを使用した臨床試験を始めたわけですね?
「そこで先生は、ビタミンDのサプリメントを使用して臨床試験を始めたわけですね?」
浦島
最初は小児科の先生にもご協力いただき、子供さんが治療にくるとき、ビタミンDかプラセボ(偽薬)か、どちらかのカプセルを飲んでいただきました。どちらになるかはドクターも親御さんもわからない状態で12月から3月までの4カ月間続けました。
結果、ビタミンDのサプリメントを飲んでいるグループは50%くらいインフルエンザに罹らないことがわかったのです。そこでがんにも効果があるのではないかと思い、がん患者さんに対する二重盲検試験を2010年から始めました。
山田
それがアマテラス試験なのですね?
浦島
天照(アマテラス)大神はいわゆる太陽神です。ビタミンDも日に当たると身体でつくられるので、それにあやかりました。9年が経過した2019年に論文を発表しました。
山田
長い期間の研究ですね。どのような内容と結果だったのですか?
浦島
食道がん、胃がん、大腸がんなどの消化器がん患者さん417名を対象とした無再発発生率の低減効果を調べたものです。二重盲検ランダム化比較試験で行いました。これは治験に参加する人を、治験薬を飲むグループとプラセボ(偽薬)を飲むグループに分けて行う方法でビタミンD3(2000IU)を服用された方が251名、プラセボ服用が166名でした。
結果は、手術後5年の時点での無再発生率、つまりがんが発生せずに生存している割合が、ビタミンD群で77%、プラセボ群で69%でした。再発・死亡リスクは24%減少したものの、結果的には統計学的に有意な差とはいえないものでした。ビタミンD群には年齢の高い患者さんが多かったので年齢で補正すると有意な差が出たのですが、論文の結果としては中途半端でしたので無念でしたし、さらに、いろいろな課題が見えてきました(表1)。
表1 アマテラス試験
毎日ビタミンDを服用することで、がんによる死亡率が12%抑制された
浦島
そのころハーバード大学の研究グループでも2万5000人を対象に、ビタミンDのサプリメントを使ってがんの発症予防の二重盲検ランダム化比較試験をしていました。飲み始めてから2年を過ぎてがんで亡くなった人をビタミンDを飲んだグループと飲まないグループで調査すると、統計学的に25%有意に、がんの死亡を抑えていることがわかったのです。
山田
25%は大きいですね。
浦島
今の治療薬で25%も死亡率を下げられるものはありません。でも後付け解析なので拍手で迎えるわけにはいかないということでした。同時期にドイツの研究グループからも声がかかりわれわれも共同研究を始めました。
コロナ禍でしたが、10万人のメタ解析が始まり、2023年3月に論文を発表しました。これは非常に良い結果でした。類似した複数の研究結果を統合して解析すると、対象となった10万4727人のがん患者さんのうち、2015人ががんで死亡しましたが、毎日ビタミンDを服用することで、がんによる死亡率が12%抑制されたのです。がんを発症していない人の場合は13%の抑制。術後のがん患者さんが服用を開始した場合は11%抑制されるという結果が出ました(表2)。
表2 共同研究の研究内容
山田
ビタミンDのサプリを飲むことで、死亡率は12%低下! すごい結果ですね!
p53がん抑制遺伝子の過剰発現に対して免疫反応しているがん患者さんに絞った場合、再発・死亡リスクが73%も減少した
浦島
今、世界で年間約1000万人の方ががんで亡くなっています。でもビタミンDのサプリを飲んでいたら理論上は年間120万人のがん患者さんの命を救うことができるのです。どんなにオペが上手な外科医でもこれほど多くの患者さんを年間で救うことはできない。これがエビデンスとしてしっかり定着し、世界中のがんの治療に使われたら、大勢のがん患者さんの命を救うことができると思いました。
さらにp53がん抑制遺伝子に変異があると、がんの再発率や死亡率が高くなるわけですが、アマテラス試験の事後解析では、p53がん抑制遺伝子の過剰発現に対して免疫反応しているがん患者さんに絞った場合、プラセボ(偽薬)に比べて再発・死亡リスクが、なんと73 %も減少したことがわかりました(表3)。
表3 アマテラス試験の事後解析
山田
えっ! 73%? すごい割合ですね。ところで「p53がん抑制遺伝子」とは、どのようなものですか?
浦島
がん細胞の発生を抑制する働きをする遺伝子です。この遺伝子群のスイッチをオンにすると細胞分裂の停止、DNAの修復、プログラム細胞死(アポトーシス)の活性化などを誘導することができるわけです。
現在進行中のアマテラス試験2の結果が出るのは2030年末になる見込み
山田
今後の活動について教えてください。
浦島
2022年1月から「アマテラス試験2」を開始しています。これは東京慈恵会医科大学病院と国際医療福祉大学病院の多施設共同試験です。対象になるのは肺がん、大腸がん、肝臓がん、胃がん、乳がん、食道がん、膵臓がん、頭頸部がんで、手術で完全にがんを切除できた患者さんです。目標は1240人です。
二重盲検ランダム化比較試験として、ビタミンD3(2000IU)を服用するビタミン群と、プラセボ群にランダムに振り分けます。
がん患者さんはp53が過剰発現している患者さんで、再発・死亡を2年目以降の成績で比較するという方法です。
過去のアマテラス試験で2年目から両群の差が付き始めたため時間がかかることを見越しています。エントリーが終了するまで5年、そこから経過を追うのに3年、そしてデータ解析に1年を費やしますので、結果が出るのは2030年末になる見込みです。
山田
未来に期待が持てますね。結果を楽しみにしています。ありがとうございました。
山田 邦子●やまだ・くにこ●
1960年東京都生まれ。タレント。2007年、乳がんが見つかり、手術を受ける。
2008年、〝がん撲滅〞を目指す芸能人チャリティ組織「スター混声合唱団」を結成し、団長に就任する。2008〜2010年、厚生労働省「がんに関する普及啓発懇談会」の一員となる。栄養士の資格を持っている。