山田邦子のがんとのやさしい付き合い方(第12回 )
そこが知りたい コロナ禍におけるがん患者の免疫力・体力をつくる
在宅栄養・食事支援
在宅医療の食事・栄養サポートにも取り組んでいる
先生は島根のご出身だそうですね?
川口
はい。現職の大妻女子大学教授として教鞭をとる前は、島根大学医学部附属病院で管理栄養士としてがん患者さんの食をサポートしていました。
また患者さんが退院後、ご家庭での食生活や栄養状態に関わる悩みにお答えするために、現在はNPO法人白十字在宅ボランティアの会・暮らしの保健室(新宿)や認定NPO法人マギーズ東京(豊洲)などで、在宅における食事・栄養サポートにも取り組んでいるところです。
川口美喜子教授との対談は2020 年7 月2 日(木)、東京都千代田区の大妻女子大学・川口教授室において行われた
山田
先生は「がん病態栄養専門管理栄養士」という認定をお持ちなんですね。
川口
栄養士にも専門性を持たせようということで、平成26年に疾病別の専門制度が採用されました。日本病態栄養学会と日本栄養士会の共同で行われている認定制度です。
山田
1期なんですね。平成30年度末で998名ということですから、すごいですね。ところで私も豊洲のマギーズ東京はよく利用しているんですよ。先生はいつ行かれるんですか?
東京都生まれ、タレント。「がん検診率向上のため、日々頑張っています」
川口
毎週水曜日は「食事と栄養のお話」ということで、マギーズ東京にてミニレクチャーとスープをつくっています。今、人気があるのは絹ごしスムージー。野菜1個、フルーツ1個、ナッツ少々に絹ごし豆腐を入れ、ハンドミキサーを使うと、つぶつぶが残り食感のあるスムージーが出来上がり。
パブリカを入れれば赤、ブロッコリーなら緑、ダイコンを入れると白、紫のキャベツを入れると紫というように多彩な色も楽しめます(写真1)。
写真1 野菜+豆腐+果物+ナッツ 緑と赤のスムージー
山田
豊洲の川べりで雰囲気もいいですね。花壇を一緒につくったりして癒されますね。
コロナ禍の中で食事・栄養の関心が高まっている
山田
ところで先生の出された書籍『がん専任栄養士が患者さんの声を聞いてつくった73の食事レシピ』(医学書院)を拝見してびっくりしました。料理がとてもおいしそうですね。私も栄養士ですから栄養についての勉強はしましたが、調理師と違っておいしいものをつくれないと思っていました。
しかし書籍の中の写真を見ると、どれもおいしそうです。
川口
私が撮影した写真もあるんですよ。この本は出版社に直談判して生まれました。
「毎週水曜日はスープの日ということで、マギーズ東京にて料理指導をしています。今、人気があるのは絹ごしスムージーです」
山田
どのような思いでつくったのですか?
川口
20年間島根大学にいましたが、10年間は医局に勤務し、患者さんの食支援はできませんでした。当時はがんの患者さんに対して手術や化学療法で治すのが主流でした。たとえば婦人科のがん患者さんは、吐き気が激しいから中心静脈栄養(*)を入れる前から絶食。口腔がんの患者さんも食事が食べられなかったら絶食。口内炎に悩む患者さんも食べられません。そんな患者さんたちの苦しんでいる姿を見て寄り添う栄養士になりたいと思っていたところ2004年に栄養管理室長に就任し、翌2005年にNST(栄養サポートチーム)を立ち上げ、患者さんやご家族と面談する回数を増やし一人一人に寄り添ってきました。さらに治療に携わるさまざまな職種のスタッフとコミュニケーションを重ねることで、連携がとれるようになってきたのです。
山田
それは素晴らしい!
川口
とはいえ初めての試みですから患者さんに栄養指導をするには、どう接してよいのかわからない。そこでそれまで培ってきたストーリーを本にしたいと思ったわけです。当時は10年早いと言われましたけれど……。
山田
かつてのがん治療で栄養指導は二の次でしたから、まだみんながついてこられなかったのでしょうね。
でも時代は変わりました。特に今年はコロナ禍の中で自宅にいる時間も増えているわけですから食事や栄養についての関心も高まっていますよね。
※中心静脈栄養法:心臓に近い中心静脈に挿入したカテーテルを介して、栄養製剤を投与する治療方法
栄養の低下を防ぐことが重要
山田
がん患者にとって食事については悩むことが多いですね。病院にいるときは出された料理を食べていればいいわけで、退院するときも栄養士の先生が食事指導をしてくれます。でもいざ家に戻り、普通の生活に戻ると何を食べたらいいのかと不安になります。
川口
患者さんは栄養士が指導したことを家に帰ってそのまま実行することはできません。環境が違う、好みがある、家族がいる、日常生活がありますからね。
山田
先生のがん治療における食事や栄養の基本的な考え方を教えてください。
川口
栄養の低下(低栄養)を防ぐことです。がん患者さんは治療の影響で食欲不振や粘膜炎などの副作用で食べられないケースが多く見られ栄養摂取量が低下しています。同時にがんそのものの影響で栄養代謝が異常になり、栄養消費量が増加するために栄養状態の改善不良などもあり得ます。
山田
糖質制限は必要ですか?
川口
がんはブドウ糖をエネルギーにして増殖するため、がんの患者さんはエネルギーを産生する栄養素(糖質・脂質・たんぱく質)の代謝が異常になります。糖質制限食やケトン食を自己流にすると危険です。糖質制限だけをしていると、どんどん痩せ、5キロや10キロ痩せてしまう人がいます。痩せないように必要な糖質とたんぱく質や脂質を摂ることですね。また、まとめ食べをすると血糖値が上がってしまうので、食べ方にも気を付けてほしいですね。
山田
身体のほとんどの部分をつくっているアミノ酸の摂取は必要ですね。
川口
たんぱく質は身体の組織も、血液成分も免疫力にも関係します。朝昼晩こぶし1個分のたんぱく質性食品を摂取することをお勧めしています。卵なら1個、お豆腐なら1丁、魚、加えて三つ指分を付けてほしい。お味噌汁に油揚げ、酢の物にちりめんじゃこという具合に、「こぶしと三つ指」で朝昼晩を食べようとお勧めしています。またバランスの良い食事が摂れるよう、特別なお皿を開発しました(写真2)。
写真2 川口教授が開発したお皿(特許を取得)。写真中央のお皿に描かれている大きい円が男 性の茶碗サイズ、小さい円が女性サイズ
山田
かわいくてユニークなプレートですね。
川口
主食、主菜、副菜を念頭においたバランスの良い食事をこのお皿で摂ることができます。主食のお皿ではパンかご飯。ここに描かれている円は、大きい円が男性の茶碗サイズ、小さい円が女性の茶碗サイズなので、これに合わせてご飯を盛る。主菜のお皿は、だいたいアジの1尾サイズですね。目玉焼きならば1個、薄切りの肉を並べる大きさという感じで、このプレートでおおよそ500から550キロカロリーを摂ることができます。
山田
へえ。すごいですね!
緑黄色野菜やビタミン・ミネラルを含むジュースを摂るように勧めています
川口
ほかに魚やエゴマに含まれている脂肪酸を積極的に摂るとよいですね。特にサケのハラスがよい。炎症が収まらないとき、n–3系脂肪酸(オメガ3)がいいので、サケのハラスをお味噌汁に入れて出したこともありました。味噌は発酵食品ですから菌の働きもあるのでしょうね。メンタル的に問題がある場合はメンタルが腸管に対して大きい影響を与えるのでメンタル面からの改善も必要ですね。
山田
ビタミンはどうですか?
川口
抗がん剤治療の影響や副作用による食事量の減少のため体内のビタミン・ミネラルの数値が下がることもあります。保険診療外なのでビタミンやミネラルの数値測定は、一般の病院ではまず測定しません。でも以前、高齢者の入院患者で食事ができない方を測定したらビタミン・ミネラルが欠乏していることがわかりました。そこで私はがんの患者さんにはビタミンやミネラルの入っているジュースを飲むようにお勧めしています。
山田
それはいいことですね。
「私も豊洲のマギーズ東京はよく利用しているんですよ。豊洲の川べりで雰囲気もいいですね」
川口
化学療法をしなくてはならない人には色のついた野菜を多く食べてもらいます。「バランスのよい食事をして」と言われても具体的に動けないものです。というのも人は目標と決まった数値に向かって行動するからです。そこで入院するまでの間に、先ほどのお皿いっぱいの野菜を食べることを推奨しています。生の状態でなるべく色のついたものを食べるというのが明らかな目標です。
山田
わかりやすいご指導ですね。サプリメントもいいですか?
川口
大切です。自分に何が足りないか明らかにして、その分を補充してください。スタミナが不足していると思ったらエネルギーチャージのサプリですね。スポーツ選手のサプリメントを扱っている店舗にいけば、おいしくて飲みやすいアミノ酸などよいものがあります。
体重を維持し、少しの努力と知識を持つことが再発防止になる
山田
食欲不振のときはどうしますか?
川口
吐き気や嘔吐があるときは、冷たい料理を中心にするとよいでしょう。匂いを抑えるからです。口内炎のときは柔らかくてしみないクリームチーズなども良いです。味覚減退や味覚障害のときは甘酸っぱい味付けにする。感じやすい味が酸味だからです。食欲がなくても稲荷寿司、寿司、甘酸っぱいものやレモネードなどもいいと思います。また見せ方としてはプレート食にしてコンパクトに収めます。食べる順序としては、水分を先に摂取すると膨満感を覚えるので、水分は後で。さらに口の中を清潔にすることです。嚥下障害の方は豆腐料理を多く用いますが、豆腐は飽きるので、白和えのようにつぶしたりペーストにしてアレンジするとよいですね。具材に白身を入れ、長芋や卵を加えて混ぜ合わせて蒸すとたんぱく質も摂れます。麺類は細かく刻み、泡立てた卵白と混ぜて蒸すとか。
山田
いろいろな工夫がありますね。逆にホルモン療法などで体重が増えるときは?
川口
体脂肪が増えることが問題です。合併症のリスクが高まる危険がありますから注意が必要ですね。活動の低下と間食も原因です。
山田
なるほど。今、自粛中で家にいてコロナ太りになっている方が多いですね。暇さえあれば台所に行って冷蔵庫をあける癖を治しなさいと私も言われていますよ(笑)
川口
間食を上手に選ぶことです。食品の裏を見るとエネルギー量が書いてあるので、それを見てもらい1日に間食は200キロカロリーだけ。チョコレート半分くらいですね。
対談を終えたあと、記念撮影
山田
それを聞いて気が楽になりました(笑)。
川口
とにかく体力をつけて、何かあったときに耐えうる身体をつくっておくことです。体重を維持するために、食べることに少しの努力と知識を持つことが再発防止になります。夏場になって食欲が落ちても食べる努力をする。今は医師にお願いすればがんの栄養指導を予約してもらえます。入院緩和ケアにも「食」について診療報酬がつくようになりました。それは島根大の私たちのデータが使われているんですよ。
山田
わあ。素晴らしい貢献ですね。本日は有意義なお話をありがとうございました!
山田 邦子●やまだ・くにこ●
1960年東京都生まれ。タレント。2007年、乳がんが見つかり、手術を受ける。2008年、〝がん撲滅〟を目指す芸能人チャリティ組織「スター混声合唱団」を結成し、団長に就任する。2008~2010年、厚生労働省「がんに関する普及啓発懇談会」の一員となる。栄養士の資格を持っている。