山田邦子のがんとのやさしい付き合い方(第14回)
そこが知りたい 古くて新しい最先端のがん免疫治療薬『丸山ワクチン』
ワクチンとは、体の中にある免疫作用を高め、ウイルスやがん細胞などを抑えるもの
本日は先生に丸山ワクチンの話をお伺いしたいと思いますが、その前にお聞きしたいのは薬とワクチンの違いです。
高橋
確かに「ワクチン」は今、何かと話題になっていますからね。私たちの身体には免疫システムがあり、身体の防疫システムを高めています。その結果、たとえばがんという病気で考えてみると、がん細胞を抑えるのがワクチン。がん細胞をやっつけるのが抗がん剤です。コロナウイルスで考えたら、薬というのは、ウイルスに直接作用するもの。ワクチンはヒトが持っている「免疫(めんえき)」という仕組みを使って、ウイルスを抑えるものと考えられます。
高橋院長との対談は2020年12月24日(木)、東京都文京区本郷の漢方・免疫 たかはし内科クリニックにおいて行われた
山田
なるほど。そうなんですね。ワクチンとがんが結びつかなかったもので……。
高橋
体の中にがんと闘う力があると考えるならばそれを高めるのが「がんワクチン」の考え方です、とはいえ一般的にはそのような力がないからがんになると考えています。そこで今まではがん細胞を徹底的にやっつけることが中心になっていましたが、実はがんと闘う力が体内にあるので、それを高めようという考え方により開発されたわけです。
山田
それが丸山ワクチンなのですね。どのようにしてつくられたのですか?
高橋
丸山ワクチン(SSM=Special Substanceof MARUYAMA)の創薬者は、皮膚科医の丸山千里博士で、ヒト結核菌の病原菌から抽出してワクチンをつくられました。
山田
いつ頃、開発されたのですか?
高橋
1944年から研究開発がスタートし、ヒト結核菌の病原菌を元に副作用の少ないワクチン開発を開始しています。というのも当時の死因の第1位は結核だったので、皮膚結核のためのワクチンとして開発されたのです。
山田
最初は皮膚結核のためだったのですね。
東京都生まれ、タレント。「がん検診率向上のため、日々頑張っています」
高橋
そうですね。3年後の1947年、副作用を起こす有害物質を取り除くことに成功し丸山ワクチンが完成しました。以後、肺結核やハンセン病にも効果を示しています。
費用は40日分で9000円で、一度も価格を上げていない
山田
いつからがんの治療薬に?
高橋
1956年になると肺結核患者が大勢いる中、がんを患っている者が少ないことに気付いたのです。そこで肺結核より抽出した成分のがん治療薬の応用を開始したわけです。すると余命宣告された末期がん患者さんの長期延命など著効例が続出しました。それから10年後の1966年7月、「結核菌体抽出物質による悪性腫瘍の治療について」という「がん免疫療法」の臨床報告を日本皮膚科学会で発表したことで、メディアは「がんの特効薬」として大々的に取り上げました。
山田
それから有名になったわけですね。
高橋
1976年にはゼリア新薬工業から当時の厚生省に「抗悪性腫瘍剤」としての承認申請を行いましたが1981年に不承認となりました。しかし世論の声に押され、がんの治療薬としては認可しないものの使用は認め、患者さんが対価を支払うこと(有償)を条件に治験の形で投与を受ける「有償治験薬」という異例の措置で限定的な使用が認められています。
山田
費用はおいくらなのですか?
高橋
40日分で9000円ですね。
山田
えっ? 1回でなくて、40日で?すごいお安いではないですか?
高橋
しかも価格はまったく上がっていません。
山田
それは素晴らしい。ありがたいですね。
高橋
副作用も少ないのです。しかし現在も医薬品として未認可な上に、医師の間では、単なる水だという意見をいう方も多い上に、丸山ワクチンを打つと抗がん剤が使えなくなってしまうという理由もあり、なかなか使用されてきませんでした。丸山ワクチンはもともと人間の身体の免疫を高めるという、がん細胞をやっつける抗がん剤とは異なるコンセプトなのです。
「丸山ワクチンはもともと人間の身体の免疫を高めるという、がん細胞をやっつける抗がん剤とは異なるコンセプトなのです」
山田
そこで高橋先生が論文を書いたことによりこの度、丸山ワクチンが再び認められつつあるということなんですね。
作用機序は、樹状細胞を「免疫活性型」に変換し、がん細胞を死滅させること
高橋
今までは丸山ワクチンの作用機序(メカニズム)についてはよくわかっていませんでした。そこで論文で認められないことには、容認されないと思い、研究を重ねました。私は臨床で患者さんを診ているので、研究ばかりをしているわけにはいかないんですが、やはり患者さんからは喜びの声をいただきます。2019年に論文をがん免疫専門誌〝Cancer Immunology Immunotherapy〟に発表し、世界からも丸山ワクチンが注目されるようになりました。
山田
どのような内容の論文ですか?
「そこで高橋先生が論文を書いたことによりこの度、丸山ワクチンが再び認められたということなんですね」
高橋
私たちの身体の中には1日5000個以上のがん細胞が発生していますが、自然免疫の力でがん細胞を退治しているため、がんになりません。でも免疫細胞の攻撃から逃れて、がん細胞が生き残ってしまう場合はがんに罹ってしまうわけです。がんを攻撃するのは通常はキラーT細胞です。そしてこの細胞に指令を出しているのが樹状細胞です。
山田
樹状細胞とはどのような細胞ですか?
高橋
自然免疫システムの司令塔の役割を果たしている細胞です。カナダの免疫学、細胞生物学者であるラルフ・スタインマン博士が2011年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。その受賞理由が「樹状細胞と獲得免疫におけるその役割の発見」でした。がん細胞によって「免疫抑制型」に変質された樹状細胞を「免疫活性型」に変換し、がん細胞を攻撃する能力を獲得したキラーT細胞を体内で次々と誘導することでがん細胞を死滅させるということです。
有効成分のミコール酸とLAMと呼ばれる糖脂質が樹状細胞を「免疫活性型」に変換させる
山田
樹状細胞の働きが重要なんですね。
高橋
ところが、がん細胞がある種のファクターを出すことで樹状細胞が「免疫抑制型」に変質してしまうことがわかりました。CD 1という分子が樹状細胞にあり、その分子を抑えられると、がんと闘う力を落としてしまうのです。
こうなるとT細胞を活性化させることができなくなってしまうわけです。
山田
樹状細胞がやる気をなくしてしまうわけですね。やる気を出させるにはどうすればいいんですか?
高橋
ダメージを受けた樹状細胞がもう一度やる気を出すファクターはどういうものかと研究した結果、それは油でした。
山田
油ですか?
高橋
そうです。脂質です。丸山ワクチンを投与することで、その有効成分である結核菌由来のミコール酸と呼ばれる糖脂質とリボアラビノマンナン(LAM)と呼ばれる糖脂質が、がん患者さんの中で機能抑制されていた樹状細胞を免疫活性型に変換させることができることがわかりました。
山田
へええ、すごいですね。
高橋
樹状細胞の表面にあるCD1b脂質提示分子にミコール酸が結合し、Dectin–2とDC–SIGNにリボアラビノマンナンが結合する。ミコール酸とリボアラビノマンナンが樹状細胞上で作用することで樹状細胞を活性化できるわけです(図1参照)。
図1 樹状細胞の活性化の作用機序
そこで、この二つの成分を含んでいる物質はないかと探したところ、なんと丸山ワクチンが、まさにその物質だったわけです。
山田
おおおおお。そこに行き着いたわけですか?
高橋
しかも、どちらか一つの成分だけでは、十分な効果を発揮しないこともわかりました(図2参照)。
図2 樹状細胞の活性化の度合い
(注)目盛りは無活性状態を0 とした場合の樹状細胞部の活性化の度合い(%)を示している。また、各パーセンテージの数字の一部については四捨五入処理を行っている。
(出典)高橋秀実先生の論文(Cancer Immunology Immunotherapy〈2019〉68:1605-1619)から作成
オプジーボと併用することで、理想的な「がん縮小効果」が得られるかもしれない
高橋
丸山ワクチンというのは樹状細胞活性化剤ということだったわけです。そこで2020年3月に抗がん剤のオプジーボ(少量)との併用療法の動物実験の結果を免疫専門誌”Immunobiology”に発表しました。
山田
オプジーボといったら、最新の抗がん剤ですね。
高橋
抗がん剤ではなく免疫チェックポイント阻害薬です。オプジーボは眠っているキラーT細胞を活性化させます。T細胞のPD–1と結合することにより、免疫の働きにブレーキがかからないようにする「免疫チェックポイント阻害薬」といわれます。そこで少量のオプジーボと丸山ワクチンとの併用療法の試験も行いました。仮説としては、副作用を大幅に抑えられ理想的ながん縮小効果が得られることです(図3参照)。
図3 丸山ワクチンとオプジーボの作用機序
動物実験で、オプジーボ1割との併用が最も良い結果になったわけですが、実はオプジーボの課題は、副作用が重篤なケースが多いことと、医療費が高額であることですね。
山田
確かに相当高額になると聞きました。
高橋
そうなんです。そのためこのような方法が実践できたら、医療保険財政の削減にも大きく寄与できると思います。
山田
もう一つの課題である、オプジーボの副作用は重篤ということについてはいかがですか?
高橋
オプジーボを使うと、キラーT細胞が異常に活性するためにわれわれの身体の中の攻撃しなくてもいいような細胞までを攻撃してしまうことです。がんを攻撃するためのキラーT細胞だけを選択的に活性化すればいいのですが、あらゆるキラーT細胞が活性化されると、自己攻撃が始まってしまいます。それがオプジーボの持っている副作用であり、圧倒的に多いのは肺線維症です。
肺の中に何らかのウイルスが存在した場合、それをやっつけるキラーT細胞が働き、異常に活性化することによって肺の細胞を攻撃し、肺胞の壁に炎症や損傷が起こります。そして肺線維症になり呼吸困難になって患者さんの命が失われてしまうわけです。
山田
それでは困りますね。
高橋
丸山ワクチンは樹状細胞の機能の落ちたものを活性化させて機能アップを図るので、どの細胞を今やっつければいいのか標的を教えてくれます。その過程でオプジーボを利用すれば、自分の身体の中で活性化させるキラーT細胞はどれであるか、樹状細胞が教えてくれます。そこでオプジーボを併用すればよいと考えているわけです。
対談を終えたあと、記念撮影
山田
それは素晴らしいですね。まさに古くて新しい最先端のアプローチ。これからの展開が楽しみです。ありがとうございました。
山田 邦子●やまだ・くにこ●
1960年東京都生まれ。タレント。2007年、乳がんが見つかり、手術を受ける。
2008年、〝がん撲滅〟を目指す芸能人チャリティ組織「スター混声合唱団」を結成し、団長に就任する。2008~2010年、厚生労働省「がんに関する普及啓発懇談会」の一員となる。栄養士の資格を持っている。