第12回 リンパ浮腫の治療とケア
―下腹部・腰臀部、外性器リンパ浮腫(女性)のケア―
本号では、原発性リンパ浮腫や、婦人科がんなどの治療の後遺症として生じることのある、女性の下腹部・腰臀部および外性器リンパ浮腫についてまとめます。下腹部・腰臀部および外性器の所属リンパ節は、鼠径リンパ節群になります(図1)。
図1 鼠径リンパ節群へのリンパ流
骨盤内や鼠径部のリンパ管系の形成不全や、リンパ節の切除・郭清などによるリンパ還流が妨げられ、この領域にリンパ浮腫を発症することがあります。
外性器やその周辺のみに発症している場合もありますが、当施設においては下肢リンパ浮腫に合併している方の3~4割くらいの方が軽重度を問わず何かしらの変化を感じられています。
問診
この領域はデリケートな部分であるため、患者さんの心と身体を包括的に配慮しながら、話していただきやすい環境づくりが大切です。患者さんが最初に下腹部・腰臀部のむくみについて自覚されるのは、下着の跡がつきやすくなった、皮膚が厚くなった、硬くなってきた、ズボンのチャックが閉まらなくなったなど、今までと違う小さな変化からのことが多いようです。これらの変化を「最近太ってきたからかな」と思ってそのままにしてしまい、後から左右差の変化の定着に気づかれるということもあります。術直後からリンパ浮腫を発症したという声も多く、手術による腫脹とリンパ浮腫を混在されていることもありますが、手術による腫脹の場合には時間の経過とともに軽減していきます。
外性器においては、入浴中に患部に触れたときやトイレ時に違和感を覚えることが多いようです。立っているときに患部に液体が溜まってくる感じがあるとか、座ったときに股に何か挟まっている感じがあるなどの声もあります。最近、下着が濡れるようになったという方のなかには、実は尿漏れではなくリンパ小疱が破れリンパ漏に進展していたというケースもありますので、今後のケアの構成を判断するうえでも、問診時の丁寧な聞き取りが大切です。
視診・触診
問診で患者さんからお聞きした違和感のある部位の確認に入ります。必要に応じて医療用ゴム手袋を着用します。著者は、まずは下肢の状態を全体的に確認した後に、下腹部、腰臀部、外性器の順番で視診・触診をさせていただきます。下腹部に手術痕や照射している場合には、患部の皮膚状態や伸張性を確認しながら、皮膚肥厚や線維症の有無、左右差などを確認します(写真1)。
写真1 子宮がん術後・照射後 下腹部リンパ浮腫
浮腫の範囲や皮膚の硬さなどの変化は各々で、リンパうっ滞性線維症、放射線線維症、その両者を生じていることもあります。脂肪のつき方によっては、皮膚の重なりの谷間に真菌感染を起こしていることもあります。特に外性器やその周辺にリンパ小疱、リンパ漏が複数生じていることもあります、これらは蜂窩織炎を誘発することもあるため注意します。会陰部(腟口から肛門までの部)がむくんでいるときには、指で触れると圧痕がつくのを確認できると思います。
当施設におけるケア
【スキンケア】
乾燥が強い場合には保湿を心がけていただきます。この領域に炎症を生じた場合には、氷嚢でおもに皮膚表層を冷却します。患者さんによっては腸閉塞や排尿・排便障害を抱えていることもありますので、腹部深部まで冷やさないように注意します(図2)。
図2 冷却の様子
【医療用リンパドレナージ(MLD)】
《施術時の姿位について》
患者さんが安心される姿勢で施術を進めることが大前提となります。すでに伏臥位になれる方であっても、「うつ伏せの姿勢はまだこわい、心配」という方もいますので、その場合には、仰臥位もしくは横臥位でも問題なく治療を行うことができます。
下腹部・腰臀部
最終排液リンパ節は腋窩リンパ節になります(図3)。
図3 MLDの排液ルート
下腹部・腰臀部の正中から、それぞれ左右の腋窩リンパ節に向けて施術をします。ご自身が気になるのは、いつも目に入る下腹部が中心になりがちですが、腰臀部の皮下組織も念入りに行うと、より効果的に下腹部からの排液が促されます。特に患部にリンパうっ滞性線維症、放射線線維症、リンパうっ滞性線維症+放射線線維症を生じている場合には、皮下組織の貯留液を健康なリンパ管系や静脈系に誘導するだけではなく、硬くなった組織を優しく緩める手技なども併せて行います。鼠径靭帯の周囲の皮膚に厚みが出て硬くなることがありますが、その場合には股関節屈曲運動と併せて、ゆっくりと皮下組織を緩めるようにして改善に導きます。
外性器
最終排液リンパ節は、同じく腋窩リンパ節になります。まずは下腹部・腰臀部を施術してから外性器に入ります。デリケートな部位ですので、患者さんとの信頼関係を築きながら行うよう心がけます。大陰唇の皮下組織に過剰な水分貯留が見られる場合には、触診+施術で液体の移動を確認しながら行います(図4)。
図4 外性器とその周辺のリンパ浮腫
触れたときに毛根が沈むほどに線維化が進み、皮膚が全体的に硬くなっている場合には、皮膚組織を優しく緩めながら行います。会陰部は体幹の中心部(深層)に向けて垂直に、併せて臀部の方向にも流すようにします。複数回の治療後には、以前よりむくみにくくなったり、形状が整ってくるなどの効果を感じていただけるかと思います。
入浴時などにも応用できるように、その方に応じた下腹部・腰臀部、外性器のセルフケア方法をお伝えしています。
【圧迫療法】
下腹部・腰臀部
①のように波状のスポンジを、その方の身体の形に合わせてカットします(写真2)。
写真2 下腹部パット(手製)
これを下着とソフトガードルなどの軽度圧のかかる素材の衣類で挟むようにします。スポンジの厚みは適宜調整が可能です。皮膚肥厚や水分貯留が強い場合には、波状の面を内側にして当てます。少ない場合には、フラットな面を内側にします。そのようにしても下腹部の皮膚には薄くラインが残りますので、皮膚を柔らかくする効果を保つことができます。
外性器
外性器に浮腫がある場合には、②のようにスポンジをカットします(写真3)。
写真3 下腹部・外性器パット (手製)
リンパ漏が見られる場合には生理用ナプキンなどを下着に貼り付け、外側からスポンジをあてがうようにします(図5)。
図5 装着の様子
患部の圧迫用品としてガードルやスパッツを着用していただきますが、ワイヤーや硬い素材を用いたハードタイプは、皮膚を傷めることがあるためお勧めしていません。圧がかかりながらも極力柔らかい素材のソフトタイプでしたら、安心して着用していただけます(写真4)。
写真4 下腹部用ガードル(メディカルサポート) ⑭メディックス Tel.088-683-3456
【運動療法】
体肢と違い積極的に運動ができる部位ではありませんが、下腹部に手のひらや手指をあてながら軽めの腹筋や股関節挙上、外転、内転などの動きをお勧めすることがあります。このようにより簡単でゆっくりとした動作とマッサージ刺激を組み合わせる方法は、ご自宅でも繰り返し行いやすく、継続的に皮膚の緩みや改善が期待できます。
まとめ
筆者が担当したある患者さんの治療開始から数カ月後に、外性器の浮腫について相談を受けたことがあります。患部を見せていただくと両側の大陰唇に複数のリンパ小疱が連なって発症していました。そのとき、治療開始からこれまでに、いつでもお話を聴ける状況であったのに、もっと早くに気がついて差しあげることができなかったことを申し訳なく思いました。
それ以来、患者さんには初診時から、お話していただきやすい環境づくりを心掛けています。特に男性の医師や医療従事者にはお伝えしにくい悩みのひとつでもありますので、多くの方が同じ悩みを抱えられている領域であること、大切な部位で適切なケアで改善できることを、優しくお伝えいただけたらと思います。
参考資料
⑴ 『リンパ浮腫治療のセルフケア』文光堂2006年
佐藤佳代子(さとう・かよこ)
合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表。20代前半に渡独し、リンパ静脈疾患専門病院「フェルディクリニック」においてリンパ浮腫治療および教育の研鑽を積み、日本人初のフェルディ式複合的理学療法認定教師資格を取得。日々の治療に取り組むほか、医療製品の研究開発、医療職セラピストおよび指導者の育成、医療機関などにおいて技術指導を行う。J-LAM(リンパ脈管筋腫症)の会、リンパ浮腫ネットワークジャパン(リンネット)医療アドバイザー。著書に『リンパ浮腫治療のセルフケア』『DVD暮らしのなかのリンパ浮腫ケア』ほか。