第14回 リンパ浮腫の治療とケア
―頭頸部リンパ浮腫のケア―
本号では、頭頸部リンパ浮腫について纏めます。
この領域のリンパ浮腫は、先天的なリンパ管系の形成不全や、耳鼻咽喉科領域のがん(甲状腺がん、咽頭がん、喉頭がん、舌がんなど)の治療における頸部周辺のリンパ節の切除・郭清や放射線療法などの後遺症として発症することがあります。
四肢のリンパ浮腫と比較すると、客観的に治療効果を評価するための標準化された方法はなく、頭頸部リンパ浮腫治療の普及状況については格段に遅れているといっても過言ではありません。
問診
基本的にはご本人に聞き取りをさせていただきますが、頭頸部リンパ浮腫はがん治療の合併症として発声・発語や呼吸、嚥下にも影響が及んでいることがあります。状況に合わせて筆談もしくはご家族に状況を確認しながら進めていくこともあります。
まずは、いつから、どのような支障を感じられているのか、起床時や睡眠時の様子、日常生活に関わること、むくみの状態や形状の変化などについても確認します。
頭頸部リンパ浮腫は痛みを伴わないことが多いですが、外見的に影響を与えることばかりではなく、浮腫が生じた部位によっては、さまざまな機能障害が引き起こされることもあります。むくみが顔面や口唇、頸部に生じた場合には発声・発語や嚥下に、気道に影響する部位に起こった場合には呼吸困難を生じさせることもあります。また、耳介に生じると音の聞き取りに、眼周囲では読み書きや歩行にも影響する場合もあります。
視診・触診
がんの治療法によって、頭頸部の片側のみにむくみが現れることもありますし、領域全体に及ぶこともあります。頭頸部の状態を全体的に確認した後に、鎖骨上・頸部リンパ節、頸部全体、顎下、顔面部、頭部全体の順番で各部の視診・触診を進めます。患部のむくみや皮膚硬化の程度だけではなく、併せて、手術痕の状態、皮膚感覚、放射線照射後の皮膚乾燥や放射線線維症などについても丁寧に確認します。
口腔内にもむくみを生じていることもあるため、注意して確認させていただきます。頭頸部リンパ浮腫を抱える患者さんの大半は、四肢リンパ浮腫の患者さんの訴えとは逆で、朝起きたときに最もむくみの程度が強く、時間の経過のなかで徐々に軽減していきます。
頭頸部リンパ浮腫の標準治療法は複合的理学療法(CPT)になります。領域に生じている個別の問題や課題を確認しながら、医療用リンパドレナージや圧迫療法の適用や応用方法を検討します。
当施設におけるケア
頭頸部リンパ浮腫の治療効果は比較的早く認められることが多く、概ねの治療期間を経た後は維持的なケアに入ります。強い線維化や瘢痕化を伴う場合には、より長めの治療期間が必要となります。
【スキンケア】
患部の皮膚は乾燥しやすいため、低刺激のローションや軟膏などで保湿を心がけていただきます。特に手術痕のある部位や放射線領域の皮膚は組織が硬くなっていることがあるため、指の腹でやさしく撫でるように塗布します。
【医療用リンパドレナージ(MLD)】
[施術時の肢位について]
患部へのMLDは手の平らな部分を用いて皮膚を優しく刺激しながら、組織液やリンパ液の流れを改善させていきます。基本的に患者さんが長時間負担なく安心して施術を受けられる姿勢で行います。ベッド上での仰臥位や横臥位が多いですが、後頭部を集中的にケアするときには座位の状態で上半身をベッドに預ける姿勢で受けていただくこともあります。
排液方向については、前頸部に手術痕があったり照射されている場合には、側頸部や後頸部の照射されていない部分の皮膚を経由して、腋窩リンパ節に誘導します。口腔内の施術時には医療用指サックを装着したうえで、紙コップに入れた水で指先を潤わせながら施術にあたります。リンパうっ滞性線維症のある患部に対しては、やわらかいタッチでS状や円状の動きを繰り返しながら組織を緩めていきます。放射線線維症に対しては、より軽度な刺激でのケアになります。
[セルフケアについて]
頭頸部リンパ浮腫はセルフケアによっても効果が出やすいため、ご自身でもケアを継続できる方法を指導させていただきます。例として頬の外側に手のひらや四指腹、手指の腹をあてます。
次に、あてた指腹で小さな円を描くように深部へと動かします。指腹を患部に置いたまま顔の筋肉を動かすと、その間の皮下組織が適度に圧迫され受動的なマッサージ効果を得ることができます。
また、頬の外側からあてた四指腹に対するように、口腔内から舌を使って軽く押すようにすると口腔内をセルフマッサージすることができます。
【圧迫療法】
MLDで柔らかく改善した患部組織の治療効果を維持し、再貯留を防ぐために、軽度な圧迫療法を行います。四肢と同様には圧迫ができない領域ですので、おもに簡易的な圧迫用品を用います。綿を主素材としたやわからく通気性のある筒状包帯(ティジーグリップ各種:ナック商会⑭)を必要な幅に切り分けて圧迫帯をつくり、患部にフィットさせます(写真1)。
写真1 tgグリップ
また、圧迫帯は違和感がなく、必要であれば睡眠中も装着できる程度のものをおすすめします。四肢の弾性着衣と同様の生地で特注の弾性マスクをつくることもできますが(図1・図2)、高価なうえ、症状の変動に対応しにくいため、通常は効果が得られかつ安価な方法を選んでいます。
図1 頭頸部リンパ浮腫に対する圧迫帯の使用例
図2 頭頸部用の弾性マスク
圧迫が適用しない場合には、MLDを中心に行います。
【運動療法】
頭頸部リンパ浮腫に対する運動療法は、おもに肩関節周囲の過度な筋緊張を緩めたり、皮膚組織の柔軟性を維持させるために行います。ご自身のペースで、無理のないようゆっくりとできる動き(くびを回す・傾ける、肩をすくめる・回す・伸ばす、胸を広げるなど)や、顔面の筋肉運動(目を開閉させる・頬を膨らませる・すぼめる、舌を出す・引く、頬の内側や左右の口角を舌先で触るなど)も効果的です。
症例1の患者さん(60代)は、中咽頭がんおよび下咽頭がん治療のために舌根部から下咽頭までの切除術および頸部リンパ節郭清後に放射線治療を受けられ、下顎部から頸部術痕周辺までの浮腫が増強し来室されました。口腔内ケアを含むMLDおよび圧迫帯での治療を開始してから3カ月間で順調に緩やかに改善されました(写真2①②③)。
写真2 頭頸部リンパ浮腫の治療の経過
また、放射線線維症の影響が強い方の場合には、MLDを中心としたケアに時間をかけています。照射前の皮膚のような柔らかさを完全に取り戻すことは難しくても、伸張性や緊張感が和らぐことにより、以前よりも会話がしやすくなったり衣類着脱時、軽い運動時などにも頭頸部を動かすのが楽になった、睡眠が深くなったなどのお声をいただき、定期的なケアがQOL(生活の質)向上や日々の安堵感につながっていることの指標となっています。
まとめ
頭頸部リンパ浮腫は、より早期の段階から治療を開始することで、より良好な治療効果を得ることができます。顔面部のむくみや皮膚肥厚により、顔を洗うときに両頬を触った感じが違う、食事のときに口腔内を傷つけてしまうなどの生活面での支障に関しては、治療効果を実感されるとともに徐々に改善してきます。
しかし、食事や会話時の違和感や、顔貌の変化などのため、憂鬱になり気持ちが塞ぎこんでしまうことや人と会うことを避けるようになるなど、長期的な心理的ストレスの蓄積が抑うつ状態を招くこともあります。そのため、早い時期からの症状緩和や心理・身体面のケアなどの療養支援、復職などの社会的支援がより一層必要とされています。
参考資料
⑴ 『浮腫疾患に対する圧迫療法~複合的理学療法による治療とケア』(小川佳宏・佐藤佳代子著、加藤逸夫監修)文光堂、2008年
佐藤佳代子(さとう・かよこ)
合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表。20代前半に渡独し、リンパ静脈疾患専門病院「フェルディクリニック」においてリンパ浮腫治療および教育の研鑽を積み、日本人初のフェルディ式複合的理学療法認定教師資格を取得。日々の治療に取り組むほか、医療製品の研究開発、医療職セラピストおよび指導者の育成、医療機関などにおいて技術指導を行う。J-LAM(リンパ脈管筋腫症)の会、リンパ浮腫ネットワークジャパン(リンネット)医療アドバイザー。著書に『リンパ浮腫治療のセルフケア』『DVD暮らしのなかのリンパ浮腫ケア』ほか。