第22回 リンパ浮腫の治療とケア
―上肢リンパ浮腫のセルフケア(線維化した皮膚①)―
リンパ浮腫が進行すると少しずつ線維化や皮膚肥厚、硬化などが見られるようになります(写真1)。
写真1 線維化の様子
2期以降のエコー所見において表皮と筋膜の間に水分貯留や皮膚肥厚が確認できます(写真2)。
写真2 2期のエコー所見
程度は状態によってさまざまですが、皮膚に密着して表層から深部までゆっくり垂直に押圧するようにしながら、組織の状態を改善させていきます。基本の医療用リンパドレナージ(MLD)では組織を優しくずらしながら皮膚の伸張性を高めていきますので、また違うアプローチ法となります。
今号では著者が日々患者さんにご指導させていただいている「上肢リンパ浮腫における皮膚変化に対するセルフケア」方法についてご紹介します。口頭だけで説明するよりも、実際に患者さんの変化が起きている部位に手を当てて、施術による変化を体感していただきながらお伝えすると、お家でも続けていただきやすくなります。皮膚に厚みや硬さを感じるようになったら、その変化が定着する前に、ぜひ早いうちからセルフケアに取り入れていただき、症状悪化の予防につなげていただきたいと思います。
施術する部位
線維化が生じやすい部位は、おもに慢性的に過剰な水分が貯留している部位になります。そのなかでも筋肉や関節周囲、筋や骨との間の溝が顕著です。また動きの少ない部位にも変化が起きやすくなります。2期早期(a期)では組織にやや伸張性が残っていますが、2期後期(b期)ではずっしりとした質感に変化していきます。上肢においては、三角筋周辺、後腋窩部、上腕内側、肘頭周囲、肘まわり、腕橈骨筋周囲、前腕内側(中央部)、手背、手掌になります。腋窩リンパ節が障害されると、上肢だけでなく腋窩リンパ節の管轄流域である胸部や背部にも浮腫が生じることがありますので、線維化や皮膚肥厚が見られる場合にはこれらの部位も含めて行います(図1)。
図1 線維化の好発部位(上肢)
施術に用いる手部の名称
より効果的に行うために図内の手の各部を用います。物理的な刺激の特徴として、手腹や手根のように当たる面積が広いほど表層に圧がかかり、指頭のように小さいほどより深部にかかります。同じ部位に留まる時間が短いほど表層に、長くなるほど深部に圧の刺激が伝わります。指頭や指腹を施術部位に一直線状に並べて行うとかかる圧は強くなり、指を開くと圧が分散されますので弱くなります。施術部位のその日の状態や範囲に合わせて、当たる面や角度を微調整しながら行うと効果的です(図2)。
図2 施術時に用いる手部の名称
基本的な触れ方
皮膚や深部組織に対して直角に手指を当てます。皮膚を横ずれさせないで、深部に向けて垂直に圧がかかるようにします。施術を始めるとすぐに変化がわかりますので、随時触診で状態の変化を確認しながら行います。深部組織に触れるには、より表層の組織から改善させる必要があります。時間をかけながら、痛みや不快感、赤みや熱感が生じない程度に行いましょう。
行うタイミング
基本的には患肢に対するMLD施術の流れのなかで、線維化が見られる部位も一緒に含めて行います。症状が強く周囲径が大きい場合には、MLD施術前に線維化を緩める手技を行うこともあります。はじめに皮膚表層や肥厚や硬さの見られる部位を緩めておくことで、深部組織内で動きにくくなっている組織液を表層に誘導しやすくなります。
各部位のポイント
『』内は患者さんにお伝えするときのキーワードになります。
早いテンポで行うとより表層に、ゆっくり行うとより深部に刺激が伝わりますので、皮膚の厚みや硬さに合わせて刺激量を調節してください。
各部位のアプローチ方法
今号では、体幹および上腕のアプローチについてご紹介します。タオルやクッションなどもうまく活用してできるだけ楽な姿勢で行いましょう。
体幹 *胸部(大胸筋)
『胸の筋肉におうぎ状に指の腹を当てたまま、肩をゆっくり回す』
肩前面の大胸筋の走行に沿うように手腹を当てた状態で、肩関節をゆっくり回します。上腕の屈曲(前方に上げる動作)や、伸展(下垂状態から上腕を後ろに上げる動き)などを合わせて行うとより深部まで緩みやすくなります。
その他にも、肩関節の内転(腕を身体の中心に近づける働き)、肩関節の伸展(腕を身体よりも後ろに下げる働き)などの動きを取り入れると、より多方向の角度からのアプローチができます(写真3)。
写真3 胸部
*背部(後腋窩部)
『わきの下の後ろに手の腹を押し当てたまま、肘をかかとの方向へ動かす』
後腋窩部の皮膚面に指頭や指腹を密着させた状態で、肘を踵の方向へ動かします。肩周辺の動きと連動させることによって、より深部に押圧刺激が到達し、肩甲骨周囲の小円筋や大円筋、棘下筋付近にうっ滞している水分を効果的に排液し、線維化を和らげることができます(写真4)。
写真4 後腋窩部
上肢 ①三角筋
『肩を覆っている三角の筋肉に指の腹を当てたまま、肘を天井に向けて挙げる』
三角筋は前部、中部、後部に分かれ、肩の多様な動きを担います。筋の走行に沿って指腹を当てた状態で、筋収縮に合わせて深部から指腹面が押し上げられるのを感じながら行います。前部へのアプローチでは『肘を身体の内側に寄せる』、中部は『肘を天井に向けて挙げる』、後部は『肘を背中のほうに引く』など目的によって伝え方を変化させます(写真5)。
写真5 三角筋
②上腕内側
『二の腕全体を把握したまま、肘の曲げ伸ばしをする』
二の腕付近は線維化が比較的強く見られる部位になります。肘の曲げ伸ばし(屈曲・伸展)を行いながら、ゆっくり組織を緩めていきます。凝り固まっているように硬かった深部組織が次第にほぐれてくるのを感じられると思います(写真6)。
写真6 上腕内側(二の腕)
次号は肘から手指までのアプローチ法についてご紹介します。
効果の評価
通常は施術を行うとすぐに効果を得ることができます。張っていた皮膚が緩んできた、皮膚のシワが増えてきた、伸張性が出てきた、関節が動かしやすくなってきたなどの良い変化を視診、触診で確認できます。長期的には皮膚の厚みが軽減され、その部位の周囲径が小さくなったり、鈍痛が和らいだり、むくみにくくなったりするなどの効果を感じていただけると思います。
まとめ
リンパ浮腫症状には個人差がありますので、セルフケア内容にも個人差があります。重度のケースでは専門セラピストによる治療とケアが中心となりますが、多くの場合はご自身でのケアで改善させることができます。辛さを感じたときにご自分でもケアができて、その効果をすぐに感じられると症状も楽になりますし、気持ちも軽くなります。日々の暮らしのなかで、セルフケアに時間がたっぷり取れる日もあれば、なかなかできない日もあるかと思います。こんなときは、決まった時間にだけでなく、服の上からでもよいですので、むくみや張り感が気になった部位に触れて優しく緩めてあげてください。
佐藤佳代子(さとう・かよこ)
合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表。20代前半に渡独し、リンパ静脈疾患専門病院「フェルディクリニック」においてリンパ浮腫治療および教育の研鑽を積み、日本人初のフェルディ式複合的理学療法認定教師資格を取得。日々の治療に取り組むほか、医療製品の研究開発、医療職セラピストおよび指導者の育成、医療機関などにおいて技術指導を行う。J-LAM(リンパ脈管筋腫症)の会、リンパ浮腫ネットワークジャパン(リンネット)医療アドバイザー。著書に『リンパ浮腫治療のセルフケア』『DVD暮らしのなかのリンパ浮腫ケア』ほか。