第7回 リンパ浮腫の治療とケア
―重症度に応じた治療とケア 1期について―
前号(2015年10月発行=VOL.19)では0期の症状について纏めました。本号では1期について見ていきたいと思います。1期は可逆期ともいわれ、症状を改善させたり、進行を緩慢にさせることができる大切な時期といえます。
1期の所見について
写真1は、右下肢の大腿内側およびアキレス腱周囲に浮腫症状が確認できます。患肢の一部もしくは全体に浮腫が顕在化しているため、視診ではその領域の患部の皮下静脈は見えにくくなり、浮腫領域をすみやかに確認できるようになります。触診では圧痕性テストとシュテンマー徴候の確認、皮膚肥厚チェックを行います。圧痕性テストでは、患部の皮膚に母指の腹を密着させて、垂直に深部に向けてゆっくり押圧します。このとき母指腹の下の組織に圧が加わり、その部位の過剰な組織間液が周囲に移動することで圧痕が残ります。そして、圧痕の残り具合や戻ってくる様子で進行状態を判断します。組織間隙に過剰な水分が貯留しているほど圧痕は深くなります。
写真1 1期右下肢 の症例
また、同部位で皮膚を寄せたときに皺がどの程度できるかを比較するテスト(シュテンマー徴候)を行い、併せて患側の体幹皮膚の厚みを丁寧に確かめます。周囲径が増し、太さが目立ってきても2期に顕著に見られるような線維化の影響は少なく、皮膚は柔らかいことが多いです。写真2は左下肢に発症した症例ですが、エコーで見ると左大腿部の鼠径部付近の皮下組織の厚み(表皮から筋膜まで)が増している様子が確認できます(右:14・3㎜、左:21・6㎜)⑴。
写真2 1期のエコー所見(左患肢の症例)
患者さんの感じ方
1期では、水分が過剰に貯留している部位や患肢全体に重さ、だるさを感じやすくなります。とくに長時間の立ち仕事や椅子に座った姿勢(膝下を下垂させる)を取り続けたり、経時的には夕方になるにつれ、この傾向は強まります。
むくみ初めの頃は、患肢を休めたり、少し挙上させて就寝すると翌朝には改善しやすく、立ち仕事をして夕方に浮腫が増強しても、翌朝には改善するという状態をしばらく繰り返します。そのうちに、これまでは改善していたむくみの引きが悪くなり、だんだんと定着するようになってくるというのが多くの患者さんが体験される典型的な経過になります。急に立ち上がったときなどには、皮下組織のなかを液体が落ちていく感覚を訴えることもあります。
当施設における1期のケア
【スキンケア】
清潔を保ち、十分に保湿をして皮膚の潤いを保つようにします。むくんだ手足は冷えやすく、冬場にはレッグウォーマーなどで保温することをお勧めしています。写真3⑵は、元々は車椅子に乗っている時に膝をぶつけやすいという声から生まれた膝の保護用製品ですが、長めのタイプなので、下腿全体を覆うことができます。
写真3 レッグウォーマー
また、カイロなどの直貼りやコタツなどの家電で直接的に温めると、かえって症状を増強させてしまうことがあるため気をつけます。
対処法として、カイロを厚みのある衣服の間に貼った後もときどき位置をずらしたり、コタツに入るときはブランケットなどで患肢を保護するなどすると、局部への過剰な熱刺激を防ぐことができます。
【医療用リンパドレナージ】
1期では、具体的に浮腫症状が確認できるため、早期からの治療やケアが必要となります。わが国では、医療としてのリンパドレナージ施術を受けられる施設に限りがあるため、患者さんやご家族に自宅での簡易的なセルフリンパドレナージの指導が必要になります。
本号では、子宮がん術後左下肢リンパ浮腫のためのリンパドレナージ手順をご紹介します(76頁 図1)⑶。
図1 子宮がん術後左下肢リンパ浮腫のためのリンパドレナージ手順
右下肢にむくみがある場合には文中の[左]を[右]に置きかえてください。回数はおおよその目安として示しています。
1期では、おもに患部の皮膚に直接手のひら(素手)を密着させて基本手技を中心に行いますが、前号でご紹介した0期のご自宅での簡易的なケア方法である《お風呂でのせっけんの泡での「なで洗い」や、ローションやクリームの「なで塗り」など》を効果的に活用していただくことができます。
【圧迫療法】
1期の圧迫療法では、症状に応じて弾性包帯もしくは弾性着衣を用います。弾性包帯は症状によって使用本数や圧迫圧が変わりますが、線維症や硬化などの皮膚症状は殆ど見られず、患肢や体型の変形も少ないため、基本的な多層包帯法で改善しやすい状態です。
また、弾性着衣は既製品でも十分に対応できます。しかし、関節部に食い込みが見られたり、上端が丸まって局所的に締め付けがあるなどは弾性着衣を着用していても症状を悪化させるだけですので、形状やサイズ、圧クラスなど、使用製品の状態を見直します。関節部の内側にパット(写真4)⑷を挿入したり、日中に何度か生地を引き上げて調整したりすることで食い込みを緩和させることができる場合には、そのまま使用を継続することもあります。
写真4 関節部内側用のパット
また、弾性着衣を選択する際には、患肢の太さや皮膚肥厚のみで判断するのではなく、患者さん自身の身体状況(高血圧、内臓性浮腫、静脈疾患の有無など)や整形外科的な問題(変形性関節症やリウマチ疾患など)、生活様式や環境なども考慮します。このようにして、家庭で安全に少しでも無理なく継続的に着用できるようにします。
【運動療法】
運動は基本的に患肢を外部から圧迫した状態で、疲労や筋肉痛を残さない程度に行うことが推奨されています。当施設では、上下肢の浮腫状態に応じて、患者さんの生活様式をお聞きしながら、暮らしのなかで繰り返し行える内容を指導しています。主に、筋肉の収縮・弛緩による筋ポンプ作用を促す手指や足趾のグーパー運動、手足関節の底背屈・回旋、肘や膝の屈伸運動、上腕二頭筋や大腿四頭筋を鍛える運動などが中心となります。
まとめ
このような可逆期といわれるまだ皮下組織に柔らかさのある時期に、皮下組織に本来身体に吸収されるべき物質が慢性的に残存すると症状は進行しやすく、線維化(たんぱく質の作用)が増強したり、蜂窩織炎などの急性炎症(サイトカインなどの作用)発症のリスクに曝されることになります。これらのリスクを回避するために、定期的に適切な治療やケアを受けることが大切です。
参考資料
⑴ 小川佳宏、佐藤佳代子著『浮腫疾患に対する圧迫療法―複合的理学療法による治療とケア』、文光堂
⑵ レッグウォーマー:QOL総合研究所⑭ 問い合わせ:03–6914–9941
⑶ 山崎善弥、佐藤佳代子著『爽やかな明日へ』黒田精工⑭
⑷ 関節部用パット:⑭メディックス 問い合わせ:088–683–3456
佐藤佳代子(さとう・かよこ)
合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表。20代前半に渡独し、リンパ静脈疾患専門病院「フェルディクリニック」においてリンパ浮腫治療および教育の研鑽を積み、日本人初のフェルディ式複合的理学療法認定教師資格を取得。日々の治療に取り組むほか、医療製品の研究開発、医療職セラピストおよび指導者の育成、医療機関などにおいて技術指導を行う。J-LAM(リンパ脈管筋腫症)の会、リンパ浮腫ネットワークジャパン(リンネット)医療アドバイザー。著書に『リンパ浮腫治療のセルフケア』『DVD暮らしのなかのリンパ浮腫ケア』ほか。