第2回 リンパ浮腫の治療とケア
―続発性・原発性リンパ浮腫/診断と所見―
第1回連載では、リンパ浮腫の概要と現状について紹介しました。今号では、続発性と原発性の違いと共通点および診察や所見について纏めました。両者の原因は異なりますが、同じ治療で改善させることができます。
続発性リンパ浮腫について
日本に15万人以上いるとされる患者さんの約80~90%が、続発性リンパ浮腫に起因しているといわれます。続発性リンパ浮腫の原因はさまざまですが、もっとも多いのは悪性腫瘍の外科治療により、リンパ管系が圧迫、狭窄、閉塞されるなどの損傷を受けて発症するケースです。がん手術に伴うリンパ節の切除だけでなく、放射線治療(後期障害として)、リンパ節転移の有無を調べるセンチネルリンパ節生検なども原因となることもあるため、患者さんに対するがん治療の後遺症としての発症リスクの説明がより重要視されてきています。
発症率は、乳がん術後では3年内に約5~10%、子宮がん術後では約20~30%といわれています。日本脈管学会では、さまざまな悪性腫瘍の年間手術件数と発症率の相関から、年間6000人以上の方が新たにリンパ浮腫を発症する可能性があると推測しています。
写真1 続発性リンパ浮腫
原発性リンパ浮腫について
原発性リンパ浮腫は、おもに先天的なリンパ管系の形成不全により発症するといわれ、遺伝子異常の可能性が指摘されていますが、その原因については十分に解明されていません。2010年、厚生労働省難治性疾患克服研究事業研究班(研究代表者:笹島唯博教授/旭川医大)により原発性リンパ浮腫の患者動向と診療の実態把握のための研究が実施されました。調査の結果、全国で医療機関を受診された原発性リンパ浮腫患者数は3595名にのぼることがわかりました。
その後、同班が中心となる原発性リンパ浮腫診断治療指針作成委員会より『原発性リンパ浮腫診断治療指針(2012年版)』が刊行されました。2013年には、同指針を礎に、続発性リンパ浮腫についても含めた『リンパ浮腫診断治療指針』としてリンパ浮腫療法士認定機構により編纂されています。
写真2 原発性リンパ浮腫
リンパ浮腫の原因
続発性と原発性では発症原因は異なりますが、同様の症状や経過を呈します。両者ともにリンパ管系の還流障害を生じますが、原因として続発性はおもに機能障害によるもので、原発性の場合にはおもに器質的な障害によります。一般的には、がん治療の後遺症として発症する場合には、リンパ管系を手術した周辺組織から浮腫症状が始まり中枢側から末梢側へ進展しやすく、原発性では末梢側から中枢側に進展しやすい傾向があるといわれますが、実際には個人差もあります。
診断と検査
リンパ浮腫治療は、リンパ浮腫の病期や合併疾患により対処法が異なります。治療開始にあたり、かならず医師の診察を受け、基本的な診察(問診、視診、触診)および諸検査を行い、重症度の判断、合併症の有無、療法の適応禁忌などを考慮しながら、総合的に治療方針を判断していくことになります。とくに、全身性浮腫や静脈疾患およびリンパ浮腫以外に浮腫症状をきたすその他の浮腫をきたす疾患との鑑別は、安全で効果的な治療を行うために必須となります。
鑑別が必要な疾患
リンパ浮腫との鑑別が必要な疾患には、全身性浮腫、静脈性浮腫が挙げられます。全身性浮腫は、静脈圧の上昇、膠質浸透圧の低下、血管透過性の亢進などをきたし、血管から組織間隙に水分が過剰に漏れ出すことにより生じます。代表的な例として、腎性浮腫(ネフローゼ症候群、腎不全など)、心性浮腫(うっ血性心不全、心筋梗塞など)、肝性浮腫(肝硬変、慢性肝炎など)、栄養障害性浮腫(蛋白漏出性胃腸症、極度の栄養障害など)、薬剤性浮腫(解熱消炎鎮痛薬、降圧薬など)、内分泌疾患による浮腫(甲状腺機能低下症、クッシング症候群など)、特発性浮腫(原因不明)などが挙げられます。
第1回連載にて紹介しましたが、重度な心性浮腫や急性静脈疾患(深部静脈血栓症、静脈炎など)については、医床用リンパドレナージの禁忌に位置付けられています。
所見時に確認すること
さまざまな浮腫症状を確認する際に、基本的な問診・視診・触診を行います。
●問診
問診では、現病歴、既往歴、薬剤歴、手術歴、放射線治療の有無、化学療法の有無、浮腫発症の部位やきっかけ、、蜂窩織炎(ほうかしきえん)(写真3)やその他の合併症(リンパ小疱・リンパ漏など)の既往、自覚症状、痛みの有無、神経症状や歩行障害の有無、現在リンパ浮腫に対して行っている治療法や使用している弾性着衣、日常生活でご苦労されている点などについて確認します。
写真3 蜂窩織炎(前腕)
●視診
視診では、患肢や体幹の浮腫の左右差、色調変化、左右の静脈の見え方、手指・足趾の形状や状態、真菌感染や皮膚開口部の有無などを確認します(写真4・5・6)。患者さんが診察室や治療室に向かって歩いてこられるときから、歩行時の左右のバランスなどもチェックします。
写真4 表在静脈の見え方(足背)
写真5 リンパ小皮(下腿)
写真6 象皮症
●触診
初診では、皮膚全体の温度、関節の可動性、患肢や体幹の浮腫や皮膚状態、線維症の進行状態、術痕や照射領域の状態、患肢と健肢の皮膚を寄せることにより表皮の硬さや浮腫の範囲を確認する(シュテンマー徴候)、患部の皮膚を約10秒間指腹で圧迫することにより圧迫痕が残るかどうかを確認する(圧痕性テスト)、各同位部の皮膚の厚みの差や程度を確認する皮膚肥厚チェックなどを行います(写真7・8・9)。
写真7 シュテンマー徴候(足趾)
写真8① 圧痕性テスト(下 腿前面)
写真8② 圧痕性テスト(陽性)
写真9 皮膚肥厚チェック(後腋窩部)
●浮腫の原因を鑑別する検査
問診、視診、触診により浮腫の有無や状態を確認できますが、リンパ浮腫とその他の浮腫を鑑別する方法として、血液・尿、血液生化学、内分泌検査、胸部Ⅹ線撮影、心電図、超音波断層法、超音波ドップラー検査、四肢別体脂肪率測定(体組成計)など)、CT検査、MRI検査、リンパ管蛍光造影、リンパシンチグラフィ、リンパ管造影などが挙げられます。このうち、インドシアニングリーン(ICG)を皮内注射し、患部に赤外線をあてることにより肉眼では見えない組織表面下のリンパ管内に取り込まれたICGが発する蛍光をカメラで捉えるICG蛍光造影(PDE:Photodynamic Eye)、リンパシンチグラフィー、リンパ管造影(侵襲的)の3つは、確定診断の指標とされています(写真10・11)。
写真10 ICG蛍光造影(浜松ホトニクス社HPより)
写真11① 正常なリンパ流
写真11② リンパ浮腫に見られる皮膚逆流
(写真提供:リムズ徳島クリニック 小川佳宏医師)
●記録しておきたいこと
リンパ浮腫の初診時に、個別の患者さんの状態を細やかに確認しておくと、その後の経過についてもより把握しやすくなります。
当施設では、毎回の治療開始前に患肢・健肢の周囲径計測を行い記録しています。併せて定期的な写真記録、体重記録なども行っています。
入院治療を実施できる施設では、治療開始日と終了日の計測でも十分かと思いますが、当施設のように通院形式で実施している場合には、個別の患者さんの長期的な経過や変化を把握するうえで、毎回の記録がより重要な意味を持ちます。
このほかに、患者さんの治療目標や、最近の出来事なども綴っておくと、心の変化に気づくことができたり、治療へのモチベーションを支えていくうえでのヒントになります。
望まれるリンパ浮腫治療施設の存在
近年、幸いなことに全国各地でリンパ浮腫外来が開設されるようになってきました。治療技術が保険収載の対象となっていない現状なので、施設側のご苦労も多いかと思いますが、軽度、重度に関わらず大勢の患者さんが治療の場を求められています。近い将来、全国津々浦々でリンパ浮腫治療がいつでも受けられるような日本になる日が来ることを願っています。
佐藤佳代子(さとう・かよこ)
合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表。20代前半に渡独し、リンパ静脈疾患専門病院「フェルディクリニック」においてリンパ浮腫治療および教育の研鑽を積み、日本人初のフェルディ式複合的理学療法認定教師資格を取得。日々の治療に取り組むほか、医療製品の研究開発、医療職セラピストおよび指導者の育成、医療機関などにおいて技術指導を行う。J-LAM(リンパ脈管筋腫症)の会、リンパ浮腫ネットワークジャパン(リンネット)医療アドバイザー。著書に『リンパ浮腫治療のセルフケア』『DVD暮らしのなかのリンパ浮腫ケア』ほか。