第21回 リンパ浮腫の治療とケア
―下肢リンパ浮腫のセルフケア―
今号は下肢リンパ浮腫の各期のセルフリンパドレナージのポイントについてまとめます。より早期からご自身の状態に合ったセルフケアを暮らしのなかに取り入れ、より良い状態を維持していただけるよう、ぜひご参考になりましたらと思います。
下肢リンパ浮腫について
下肢リンパ浮腫の原因として、先天的なリンパ管系の形成不全や続発性(婦人科がん前立腺がんなど骨盤腔内リンパ節の切除もしくは放射線治療などを伴う治療後など)が挙げられます。リンパ浮腫の発症時期や症状には個人差があり、それに応じて具体的なセルフケアの内容にもさまざまなバリエーションがあります。重度の場合には専門セラピストによる治療とケアが中心となりますが、より早期の場合にはご自身でケアできる領域も大きくなります。
セルフリンパドレナージを始める前に
むくみの症状は日によって変動しやすいですので、その日のむくみの程度や皮膚の温度を確認しましょう。ご自宅でも安全に行えるように考えていますので、目安となる順序や回数などを設けていますが、日々の体調に合わせて少なめにしたり、多めにしたりしても構いません。
セルフドレナージの手技
セルフドレナージでは主に「皮膚をなでる」と「皮膚をずらす」の2つの動きを用います。うっ滞した水分をより流すようにするときには「皮膚をなでる」ように、ポイントとなるリンパ節を刺激するときや少し硬さのある部分はやさしく円を描くように「皮膚をずらす」ようにします。洋服の上からではなく、皮膚に直接手のひらをあてて、リンパ液の流れにそってマッサージをしていただくと効果的です。基本は、〝痛みを与えず〟、〝やさしくゆっくりと〟行うことです。タオルなどをうまく使って高さを微調整しながら、できるだけ楽にリラックスした状態で行えるよう工夫してみましょう。
セルフドレナージの手順
姿勢は下腿を下垂せずに、ベッドや床に長座したり、脚全体を少し挙げた状態が望ましいです。
手順は、ご紹介する流れのように深部リンパ管系や健康側から始めて健康側のリンパ活性を高めてから、患側の体幹や下肢の施術に移行する流れになります。患肢を触れる順番もより中枢側から末梢側へとなりますが、流す方向は常に健康なリンパ節の方向や中枢側となります。これは、患肢にうっ滞した水分を足先から一気に押し上げるのではなく、より中枢側の皮膚を緩めてうっ滞液を軽減させながら効果的に進めていくためです。渋滞の出口により近い前方の車を先に誘導して、後方の車の流れを円滑にするのと似ています。
左下肢のセルフドレナージ
【前準備】
①肩まわし(鎖骨周囲のリンパ管系を活性化するため、肩を大きく10回ほどまわします。このときに痛みや可動制限があるようでしたら無理に行わないようにします)。
②腹式呼吸(3~5回ほど、鼻からゆっくり息を吸って、口から細く長く吐くようにします)。
③左腋窩リンパ節:患肢と同側の腋窩のくぼみの皮膚に手のひらを当てて、10回ほどゆっくり円を描くように行います。
④左の体側:左腋窩リンパ節と左鼠径リンパ節の間を3~5等分して、左腋窩リンパ節に近い領域から始めます。健康な領域から徐々に患側の領域の順に手のひらを当ててゆっくり円を描くように行います。
【患肢】
左下肢のケアに入ります。
⑤大腿部:約3等分して上部、中間、下部の順に行います。
⑥下腿:3等分して上部、中間、下部の順に行います。
⑦足部:足関節や外果、内果に手指を密着させて、ゆっくり円を描くように行います。足趾をつけ根、中間、趾先の順に行います。足底のリンパ液は足背に流れますので、その走行を意識して流します。
【まとめ】
⑧最後に、足先から左腋窩リンパ節まで流します。まず、足部→下肢→左体側を通って、左の腋窩リンパ節へ流します。
右下肢に浮腫が見られる場合には右側を同様の流れで行います。両下肢に発症している場合には、両側行います。
脚のリンパドレナージ手順(出典:小冊子『爽やかな明日へ』黒田精工)
各進行期によるセルフリンパドレナージ
柔らかい浮腫が見られる時期(1期)では「皮膚をなでる」方法を中心としてケアで効果を感じていただけるかと思います。2期以降のリンパうっ滞性線維症や皮膚肥厚が見られる時期ではより「皮膚をずらす」方法や線維症を緩和させる手技などが中心となります。下腹部や腰臀部、外性器、大転子周囲、膝周り、足部などの水分貯留や線維化が重度化している場合には、より専門的な技術を用いた治療が必要となります。こちらの方法については患者さんがご自宅でできるように簡易化させて、手の当て方や圧のかけ方などを一緒に練習してご指導させていただきます。
0期(潜在期)のセルフケアについて
0期(潜在期)では集中的な専門治療は必要としませんが、多くの患者さんはこの時期からリンパ浮腫発症を心配されていたり、浮腫は顕在化していないものの明らかな左右差が見られることもあります。このため当施設では、浮腫の初期症状を感じられている方には、スキンケアの延長の意味合いも含め、今号でご紹介したセルフドレナージの手順を入浴時(石鹸の泡をつけた手のひらで身体を洗う)やスキンケア時(ローション塗布)に取り入れていただくことをお勧めしています。これにより日々の小さな体調の変化や皮膚の様子に気がつきやすくなります。また、何かのきっかけで発症された場合にも初期のケアの技術が備わっていますので、早めに対処することができます。
まとめ
婦人科がん術後のリンパ浮腫発症率は約30~35%といわれ、乳がん術後の約10~20%を大きく上回ります。誘因はさまざまですが、そのひとつには下肢は、上肢よりも重力の影響を受けやすいという点が挙げられます。
下肢はより日常生活の負担がかかりやすい面もありますので、患者さんの治療目標を踏まえながら、職業や日常において頻繁に取られる姿勢や動作について確認し、よりその方に合ったケアのあり方を考慮していきます。
参考・引用資料
⑴ 黒田精工株式会社「爽やかな明日へ」セルフケア冊子
佐藤佳代子(さとう・かよこ)
合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表。20代前半に渡独し、リンパ静脈疾患専門病院「フェルディクリニック」においてリンパ浮腫治療および教育の研鑽を積み、日本人初のフェルディ式複合的理学療法認定教師資格を取得。日々の治療に取り組むほか、医療製品の研究開発、医療職セラピストおよび指導者の育成、医療機関などにおいて技術指導を行う。J-LAM(リンパ脈管筋腫症)の会、リンパ浮腫ネットワークジャパン(リンネット)医療アドバイザー。著書に『リンパ浮腫治療のセルフケア』『DVD暮らしのなかのリンパ浮腫ケア』ほか。