第25回 リンパ浮腫の治療とケア
―下肢リンパ浮腫のセルフケア(線維化した皮膚①)―
今号では「下肢リンパ浮腫における皮膚変化に対するセルフケア」の方法についてご紹介します。セルフケアについて患者さんにご指導するときは、実際にむくみや皮膚の変化が起きている部位や気にされているところに手を当てて、施術による変化を体感していただきながらお伝えします。患者さんご自身もケアの意味合いやコツが掴めますと、日々の症状に合わせて応用ができるようになります。基本的には皮膚に密着して表層から深部までゆっくり垂直に押圧するようにしながら行いますが、同じ手技でもむくみや皮膚の状態によってさまざまなバリエーションがあります。今回ご紹介する内容が皆様の臨床のご参考のひとつとなりましたらと思います。
セルフケアの範囲について
婦人科系がんや前立腺がん、肉腫(サルコーマ)などに対する外科治療に伴い骨盤腔内リンパ節や鼠径リンパ節を郭清・切除された場合、後遺症として両下肢もしくは片脚にリンパ浮腫を生じることがあります。原発性下肢リンパ浮腫の場合においても同様ですが、現在浮腫を発症している部位が片脚のみの場合であっても、問診時には「過去に反対側の下肢に浮腫が見られたことがないか」について確認します。もしも、以前に一時的にでも浮腫を生じたことがある場合には、両下肢ともにケアの対象として考えます。鼠径リンパ節の管轄流域である下腹部や外性器、臀部にも浮腫が生じることがありますので、これらの領域に線維化や皮膚肥厚が見られる場合には速やかにケア対象のなかに含めます。
線維化を生じやすい部位
下肢リンパ浮腫において線維化を生じやすい部位は、図1で示したような部位(腰臀部外側、大腿筋膜張筋周囲、腸脛靭帯ライン、大腿三角、縫工筋ライン、大腿内転筋群、膝周囲、前脛骨ライン、腓腹筋周囲、アキレス腱ライン、外果内果、足背、足趾)になります。
図1 線維化を生じやすい部位(下肢)
これらは図2の筋肉の走行や骨の形状など解剖学的要素に深く関連しています。
図2 下肢の筋肉(『整形外科看護』2019年春季増刊より)
線維化は長期にわたる皮下組織内の水分貯留により促されますので、筋肉間の境目や筋肉と骨間の溝、骨自体の凹凸のある部位などは早い段階からケアの要点として捉えます。また、大腿部前面は全体的に厚く線維化を生じていることもあるため丁寧に触診をして確認します。下肢の皮下組織内部の変化は外観からでは判断できませんので、かならず触診をして確認をします。浮腫発症後間もない時期には皮膚を優しく伸張させて行うMLD(リンパドレナージ)の基本手技を中心に行いますが、皮膚の線維化や硬化が見られる2期以降には線維化を緩める手技(ほぐし手技)を加えて行います。
施術に用いる手部
より効果的にセルフケアを行うために手の各部位を用います。物理的な刺激の特徴として、手のひらや手根のように当たる面積が広いほどより表層に圧がかかり、指頭のように小さいほどより深部にかかります。同じ部位に留まる時間が短いほどより表層に、長くなるほどより深部に圧の刺激が伝わります。指頭や指腹を施術部位に一直線状に並べて行うとかかる圧はより強くなり、指を開くと圧が分散されますのでより弱くなります。施術部位のその日の状態や範囲に合わせ当たる面積や角度を微調整しながら行うと効果的です。
基本的な触れ方
皮膚や深部組織に対して直角に手指を当てます。皮膚を横ずれさせないで、深部に向けて垂直に圧がかかるようにします。施術を始めるとすぐに変化がわかりますので、随時触診で皮下組織の状態を確認しながら行います。深部組織に触れるには、より表層の組織から改善させる必要があります。下肢は上肢よりも皮下組織に厚みがあるため、より時間をかけて刺激量を調節しながら、痛みや不快感、赤みや熱感が生じない程度に行いましょう。
行うタイミング
基本的には患肢に対するMLD施術の流れのなかに線維化が見られる部位のケアを組み入れて行います。症状のある領域が広く周囲径が大きい場合には、はじめに線維化を緩める手技を中心に行うこともあります。はじめに皮膚表層や肥厚や硬さの見られる部位を緩めておくことで、深部組織内で動きにくくなっている組織液を表層に誘導しやすくなります。
各部位のアプローチ方法
今号では、体幹および大腿部のアプローチについてご紹介します。
『』内は患者さんにお伝えするときのキーワードになります。早いテンポで行うとより表層に、ゆっくり行うとより深部に刺激が伝わりますので、皮膚の厚みや硬さに合わせて刺激量を調節してください。タオルやクッションなどもうまく活用していただき、できるだけ楽な姿勢で行いましょう。
体幹 *腰臀部外側(大殿筋・中殿筋)
『おしりの外側の丸みに手指の腹を当てて壁をつくり、膝を外側に向けて開く』
腰臀部外側の丸みはおもに大殿筋と中殿筋で形づくられています。これらの筋肉の境目には慢性的な水分貯留や線維化が見られることが多く、皮下組織の厚みが増して張り出すように形状が変化していることもあります。体幹と下肢をつなぐ領域でもあり弾性包帯や弾性着衣などの圧迫療法によって押し上げられた水分が停滞しやすい部位でもあります。この領域の皮膚肥厚を緩めるときには、まずクッションの上に患肢を乗せて、膝を少し曲げた状態をつくると、より楽な姿勢でケアができます。そして、腰臀部外側の丸みに四指腹を当てたまま、膝を外側に向けてゆっくり開くようにします(膝を外側に倒すように、とお伝えすると感覚が掴みやすい方もいます)。このとき腰臀部外側に当てた手は、膝を外側に開くことで生まれる圧を受け止める壁の役目をします。早い動きはより表層の組織に、ゆっくり時間をかけて行う動きではより深部の組織に圧がかかります(写真1)。
写真1 腰臀部外側
下肢 ①腸脛靭帯ライン
『太ももの外側の靭帯を手のひら全体で把握したまま、交互に上下に動かす』
腸脛靭帯は、腸骨稜周辺から始まり脛骨の外側(ガーディ結節)に付着する筋膜様の強靭な結合組織で、大腿部外側のほぼ中心線を長く覆っています。腸脛靭帯の上部に付着している筋肉(大腿筋膜張筋、大殿筋、中殿筋)が収縮すると、腸脛靭帯に張力が加わることで膝関節を安定させています。腸脛靭帯は、靭帯真上の組織、靭帯の両縁に分けてアプローチをするため幾つかの手技を組み合わせて行いますが、本稿ではセルフケアを行いやすいS字手技(靭帯を手のひら全体で把握したまま、交互に上下に動かす)をご紹介します。靭帯を手のひらで把握したまま、肘や肩を使って組織を動かすようにすると手を傷めることなくケアができます(写真2)。
写真2 腸脛靭帯ライン
②大腿内転筋群
『内ももに手のひらを当てて、反対側から脚の中心に向けて押し合いっこする』
大腿内転筋群は、恥骨周辺から始まり大腿骨や脛骨に付着する筋群(恥骨筋、短内転筋、長内転筋、大内転筋薄筋)で構成され、股関節の内転や膝屈曲などに関わっていますが、これらの筋肉は細く力が弱いのが特徴です。このためか浮腫発症早期からこの部分に違和感を訴える方が多いようです。強く押すと痛みを感じやすいので、手のひらを当ててマイルドな圧でケアをしていきます。このとき当てた手のひらと対角になるように、反対の手を使って大腿部外側から脚の中心に向けて押し合いっこするように圧をかけると、少ない刺激でより深部の組織まで緩めることができます(写真3)。
写真3 大腿内転筋群
③縫工筋ライン
『脚のつけ根から膝の内側までのラインに沿って、手指の腹を深部に向けて真っすぐ沈めるようにする』
縫工筋は、骨盤(上前腸骨棘)から始まり膝の内側(脛骨粗面)に付着する筋肉で、股関節の屈曲、股関節・膝関節の屈曲に伴う股関節の外旋、膝関節の屈曲などに関わります。縫工筋全体の真上や両縁も発症早期から水分が貯留しやすく、経時的に線維化を生じやすい傾向があります。縫工筋ラインも②のように手のひらを当てるケアから始めますが、組織全体が概ね緩んできたら、より深層の組織にアプローチをしていきます。このとき両手の四指腹を皮膚面に平らに当てたまま、深部に向けて小さな円を描きながら手指を垂直に沈めるように動かします。水分貯留が見られるときは手指の腹の跡が皮膚面や組織内に残りますが、これは水分が周囲組織に移動した結果によるもので、さらに深い組織層にアプローチできる目安にもなります。このとき手指の腹自体で皮膚面を押すのではなく、肘や肩もしくは上半身の重心移動を上手に使って行うと手指や皮膚面を傷つけずに、また痛みを与えないようにケアができます(写真4)。
写真4 縫工筋ライン
次号は膝周囲から足趾までのアプローチ法についてご紹介します。
参考文献
・図2『整形外科看護』2019春季増刊P11
佐藤佳代子(さとう・かよこ)
合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表。20代前半に渡独し、リンパ静脈疾患専門病院「フェルディクリニック」においてリンパ浮腫治療および教育の研鑽を積み、日本人初のフェルディ式複合的理学療法認定教師資格を取得。日々の治療に取り組むほか、医療製品の研究開発、医療職セラピストおよび指導者の育成、医療機関などにおいて技術指導を行う。J-LAM(リンパ脈管筋腫症)の会、リンパ浮腫ネットワークジャパン(リンネット)医療アドバイザー。著書に『リンパ浮腫治療のセルフケア』『DVD暮らしのなかのリンパ浮腫ケア』ほか。