第20回 リンパ浮腫の治療とケア
―上肢リンパ浮腫のセルフケア―
今号よりリンパ浮腫のセルフケアのポイントについて紹介したいと思います。今回は上肢リンパ浮腫の各期の医療用リンパドレナージ(MLD)のセルフケアのポイントについてまとめます。より早期からご自身の状態に合ったセルフケアを暮らしのなかに取り入れていただくことで、身体の状態や患部や患肢の状態に気がつきやすくなります。術後のより良い状態を保つために、ぜひご参考になりましたらと思います。
上肢リンパ浮腫について
上肢リンパ浮腫の原因として、先天的なリンパ管系の形成不全や続発性(乳がんや軟部肉腫など腋窩リンパ節の切除もしくは放射線治療などを伴う治療後など)が挙げられます。リンパ浮腫の発症時期には個人差があり、手術をされた場合には術直後から起こることもあれば、何年も経過してから発症する場合もあります。その後の進行の様子も個人差があり、具体的なセルフケアの内容も異なってきます。患者さんがご自身で行うセルフリンパドレナージと専門セラピストが行う治療としてのMLDの細かい手技は異なりますが、どちらもやさしい圧で皮膚の表面や皮下組織を動かすように行います。
0期
0期は、いわゆるリンパ浮腫は未発症の状態で「潜在期」と言われます。臨床的には顕在化していませんが、リンパ管造影、リンパシンチグラフィーなどの検査でリンパ管系の異常が確認できます。浮腫が発現していないこの時期に最も大切なことは正しい情報提供と生活指導です。診療報酬の「リンパ浮腫指導管理」においては表1のセルフケア指導が推奨されています。
表1
この時期の術後早期のリンパドレナージは医師の指示のもとに開始することができます。
1期
1期は「可逆期」とされ、患部の皮膚に圧迫痕ができる柔らかさのある浮腫であり、患肢を挙上することでむくみが軽減する時期です。手術を受けた側の腕、もしくは後腋窩部、患側の胸部、背部などにむくみに感じることがあります。お一人おひとり症状に違いがあり、また職業や生活様式もそれぞれですので、これらの背景を踏まえた個別の状態に応じたケアのあり方を患者さんと共に考えます。
2期
2期は「不可逆期」とされ、2次的な組織病変を伴う浮腫となります。患肢を挙上しても効果は少なく、早期では皮膚に硬さが見られても圧迫痕が残ります。晩期は次第に圧迫痕が残りにくくなります。セルフケアでは水分貯留の軽減と肥厚した皮膚の改善が中心となります。
3期
3期は「象皮期」とされ、象皮様の硬い浮腫を呈したり、角化やリンパ小疱などの典型的な皮膚変化が認められることがあります。この時期は専門外来や治療施設における治療やケアが中心となります。症状が軽減し、ご自分でのケアができるようになりましたら、今号でご紹介する内容をご活用いただけます。
セルフリンパドレナージを始める前に
むくみの症状は日によって変動しやすいですので、その日のむくみの程度や皮膚の温度を確認しましょう。ご自宅でも安全に行えるように考えていますので、目安となる順序や回数などを設けていますが、日々の体調に合わせて少なめにしたり、多めにしたりしても構いません。
セルフドレナージの手技
セルフドレナージでは主に「皮膚をなでる」と「皮膚をずらす」の2つの動きを用います。うっ滞した水分をより流すようにするときには「皮膚をなでる」ように、ポイントとなるリンパ節を刺激するときや少し硬さのある部分はやさしく円を描くように「皮膚をずらす」ようにします。洋服の上からではなく、皮膚に直接手のひらをあてて、リンパ液の流れにそってマッサージをしていただくと効果的です。基本は、〝痛みを与えず〟、〝やさしくゆっくりと〟行うことです。力いっぱい押し込んだり、痛い、つっぱる、赤くなるなどの刺激を感じるようでしたら、それは強すぎるといえるでしょう。タオルなどをうまく使って高さを微調整しながら、できるだけ楽にリラックスした状態で行えるよう工夫してみましょう。
セルフドレナージの手順
手順は、ご紹介する流れのように深部リンパ管系や健康側から初めて健康側のリンパ活性を高めてから、患側の体幹や上肢の施術に移行する流れになります。患肢の触れる順番もより中枢側から末梢側へとなりますが、流す方向は常に健康なリンパ節の方向や中枢側となります。これは、患肢にうっ滞した水分を指先から一気に押し上げるのではなく、より中枢側の皮膚を緩めてうっ滞液を軽減させながら効果的に進めていくためです。渋滞の出口により近い前方の車を先に誘導して、後方の車の流れを円滑にするのと似ています。
右上肢のセルフドレナージ
【前準備】
①肩まわし(鎖骨周囲のリンパ管系を活性化するため、肩を大きく10回ほどまわします。このときに痛みや可動制限があるようでしたら無理に行わないようにします)。
②腹式呼吸(3~5回ほど、鼻からゆっくり息を吸って、口から細く長く吐くようにします)。
③健康な側の腋窩リンパ節:腋窩のくぼみの皮膚に手のひらを当てて、10回ほどゆっくり円を描くように行います。
④前胸部:両方の腋窩リンパ節の間を3等分して、左の健康なリンパ節に近い領域から始めます。健康な領域、真ん中、患側の領域の順に当てた手のひらでゆっくり円を描くように行います。
⑤右鼠径リンパ節:鼠径のやや内側に動脈の拍動を感じるところ(大腿動脈)の周囲に鼠径リンパ節が存在しますので、拍動を目安に手のひらを置いて10回ほどゆっくり円を描くように行います。
⑥体側:右腋窩リンパ節と右鼠径リンパ節の間を3等分して、健康な鼠径リンパ節に近い領域から始めます。健康な領域、真ん中、患側の領域の順に手のひらを当てて行います。
【患肢】
⑦いよいよ右上肢のケアに入ります。
上腕:約3等分して上部、中間、下部の順に行います。
前腕:3等分して上部、中間、下部の順に行います。
手部:手の甲に反対の手を密着させて、ゆっくり円を描くように行います。手指も3等分して、つけ根、中間、指先の順に行います。手のひらのリンパ液は手の甲に流れますので、その走行を意識して流します。
【まとめ】
⑧最後に、指先からそれぞれのリンパ節まで流します。まず、手部→上肢→前胸部を通って、左の腋窩リンパ節へ流します。次に、手部→上肢→後腋窩部→体側を通って、右鼠径リンパ節に流します。
腕のリンパドレナージ手順(出典:小冊子『爽やかな明日へ』黒田精工)
各進行期によるセルフリンパドレナージ
柔らかい浮腫が見られる時期(1期)では「皮膚をなでる」方法を中心としてケアで効果を感じていただけるかと思います。2期以降のリンパうっ滞性線維症や皮膚肥厚が見られる時期ではより「皮膚をずらす」方法を要します。また線維症を緩和させる手技なども加わります。
0期は潜在期ですので積極的なセルフリンパドレナージは行いませんが、浮腫の初期症状を感じられている方にはご紹介したセルフドレナージの手順を入浴時(石鹸の泡をつけた手のひらで身体を洗う)やスキンケア時(ローション塗布)に取り入れていただくことをお勧めしています。これにより日々の小さな体調の変化や皮膚の様子に気がつきやすくなり、より良い状態を保つことができます。また、何かのきっかけで発症された場合にも初期のケアの技術が備わっていることで、早めに対処することができます。
まとめ
リンパ浮腫は発症すると完治が難しく、ADLやQOL(生活の質)の低下を伴う慢性疾患であるため、進行を防ぐためには長期的に治療やセルフケアを継続する必要があります。2008年4月に厚生労働省より「リンパ浮腫指導管理料」が算定されたことにより、全国の医療機関において患者さんは、周術期の入院中もしくは退院後に医療者により「セルフケア指導」を受けられるようになりました(表1)。
表1
参考・引用資料
⑴ 黒田精工株式会社「爽やかな明日へ」セルフケア冊子
佐藤佳代子(さとう・かよこ)
合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表。20代前半に渡独し、リンパ静脈疾患専門病院「フェルディクリニック」においてリンパ浮腫治療および教育の研鑽を積み、日本人初のフェルディ式複合的理学療法認定教師資格を取得。日々の治療に取り組むほか、医療製品の研究開発、医療職セラピストおよび指導者の育成、医療機関などにおいて技術指導を行う。J-LAM(リンパ脈管筋腫症)の会、リンパ浮腫ネットワークジャパン(リンネット)医療アドバイザー。著書に『リンパ浮腫治療のセルフケア』『DVD暮らしのなかのリンパ浮腫ケア』ほか。