(がんの先進医療: 2018年4月発売 29号 掲載記事)

第16回 リンパ浮腫の治療とケア
―小児のリンパ浮腫―

佐藤佳代子 合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表

小児のリンパ浮腫の多くは、リンパ管の先天的低形成・無形成や機能不全などによる原発性リンパ浮腫(primary lymphedema)として発症しています。四肢や顔面部などに生じる浮腫の発症時期や症状の程度はさまざまであり病因も一様ではないと考えられ、慢性的に経過し生涯にわたり身体的・精神的苦痛となる難治性疾患とされています。続発性リンパ浮腫(がん術後の一部)については平成20年度診療報酬改定において保険収載されましたが、原発性リンパ浮腫は常々対象外とされてきました。

「原発性リンパ浮腫」が小児慢性特定疾病として認められる

平成30年度実施分(4月1日付)として、厚生労働科学研究費補助金事業における研究班および関係学会の調査を通じて、「小児慢性特定疾病医療費助成制度」の対象となる35疾病が新たに認められました(756疾患に拡大)⑴。うち、「脈管系疾患」として、複合的理学療法の適用疾患である「原発性リンパ浮腫」や「クリッペル・トレノネー・ウェーバー症候群」(毛細血管形成異常を伴う症候群)が追加されることになりました⑵。これは個々の疾病ごとに小児慢性特定疾病の4要件とされる「慢性に経過する疾病であること」、「生命を長期にわたって脅かす疾病であること」、「症状や治療が長期にわたって生活の質を低下させる疾患であること」、「長期にわたって高額な医療費の負担が続く疾患であること」が満たされていると判断された結果となります。
これにより小児慢性特定疾病を抱える18歳未満の児童等について、健全育成の観点から患児家庭の医療費の負担軽減を図るため、その医療費の自己負担分の一部が助成されます(※18歳到達時点において本事業の対象になっており、かつ、18歳到達後も引き続き治療が必要と認められる場合には、20歳未満でも対象となることがあります)⑶。

疫学的に見た原発性リンパ浮腫

厚労科研研究班(笹嶋唯博班長)の調査報告(平成24年3月)によると、わが国の原発性リンパ浮腫患者数は3595名程度(人口10万人対3・00人)とされています。発症時期による内訳は先天性9%、早発性42%、遅発性49%であり、男女比は男:女=1:2・38で女性に多いです。
原発性リンパ浮腫の罹患部位として最も多いのは下肢(88%)であり、原発性リンパ浮腫の原因となる遺伝子については、家族例、症候群などの研究により、FoxC2(リンパ管の成熟に関与する遺伝子)、VEGFR–3(リンパ管新生作用を有する血管内皮細胞増殖因子(VEGF)–Cの受容体)、SOX18(リンパ管の発生、分化に関与する転写因子の一種)などが挙げられ、遺伝子の病態発生への影響に関する理解は進んでいるものの、遺伝子の異常が確定されるものは一部であり、現況では本疾患全体の原因や病態解明には至っていません)⑷。

診断について

有用とされる画像検査には、患部の水分貯留を確認できる超音波検査やMRI、放射性同位元素により標識したトレーサーを投与することによりリンパ流を画像的に確認するリンパシンチグラフィ(保険未収載)、インドシアニングリーン色素(ICG)を用いた蛍光リンパ管造影(保険未収載)などがあります。また2次性に浮腫を生じうる病態を除外するために、血液・尿検査、胸部X線などは必須とされています。また、明確な診断基準は定められていませんが、手術、外傷、放射線などの原因が除外される場合に原発性リンパ浮腫と診断されます。
合併症として蜂窩織炎(ほうかしきえん)、色素沈着、皮膚の乾燥皮膚血流障害、皮膚潰瘍、リンパ漏、白癬症などの皮膚感染症、硬化、象皮症、関節拘縮(こうしゃく)による機能障害、リンパ管肉腫などの悪性腫瘍を発症することもあります⑸。

原発性リンパ浮腫に対する治療法

現在、原発性リンパ浮腫に対して行われている治療法として、保存的治療、外科的治療、遺伝子治療が挙げられます。保存的治療の目的はリンパ浮腫の重症化予防、合併症などの種々の問題の予防が中心となります。成人と同じく患肢挙上などを含めた生活指導および複合的理学療法を中心に、子どもの成長過程に応じて物理的な刺激量や使用する製品の見極めが必須となります。
外科的治療ではリンパ管静脈吻合術や血管柄付きリンパ節・リンパ管移植、直接的に病変組織を減量する脂肪吸引などが行われることがあります。遺伝子治療では、血管新生療法開発でヒトに応用された実績のある肝細胞増殖因子プラスミドDNAの原発性リンパ浮腫を対象とした治験が実施されています(写真1)。

写真1 ①下肢リンパ浮腫

写真1 ①下肢リンパ浮腫

写真1 ②上肢リンパ浮腫

写真1 ②上肢リンパ浮腫

当施設におけるケア

【スキンケア】

小児の皮膚のスキンケアの基本は、「清潔を保つこと」と「保湿をすること」です。幼児期は成人と比べて保湿機能やバリア機能を担う角質層の発達が未熟であり、皮膚が薄く発汗も多いので、湿疹などの皮膚トラブルの起きやすいとてもデリケートな肌状態です。成長とともに外的刺激にも対応できるようになりますが、大人用の石けんや保湿剤には、幼児にとって刺激となる香料や防腐剤などの成分が含まれていることもあるので、できるだけ無添加の成分が主体となるベビー用の製品をおすすめします。ローション、乳液、クリーム、軟膏の順に水分が多め→脂が多めになりますので、皮膚状態や成長過程に合わせて使い分けをすると良いです。

【医療用リンパドレナージ(MLD)】

MLDの排液方向や施術方法については、基本的に成人と同様になりますが、皮膚がより繊細ですので、優しいタッチが中心になります。幼い患者さんは施術中もよく動きますので、できるだけ「楽しい遊びのなかに治療がある」という雰囲気をつくりながら、風船や鳥の羽のおもちゃを使ったり、一緒に歌ったりしながら行うようにします。ご両親にもケア方法を習得していただき、ご家庭でもセルフケアを継続していただくようにします。治療やケアは家族で肌と肌を触れ合わせるスキンシップの絶好の機会にもなりますので、我慢しながらではなく、楽しい時間になるように心がけていただきます。

【圧迫療法】

圧迫療法で使用する素材については、幼児期はおもに肌に優しい綿素材や軽伸縮性のものが中心になりますが、症状や成長過程によって適切な圧迫方法(弾性包帯、弾性着衣、簡易的圧迫用品の使用)へと変化させていきます。児童期になると嫌がって外してしまったり、長時間の圧迫により苦痛を伴うことでトラウマになる場合もあるため精神的ストレスへのサポートも大切となります。一方向的な治療構成にならないよう、圧迫療法を行う意味や効果について話し合ったり、受け入れられないときには別のどのような方法であったら続けられるかなども一緒に考えるようにします。頭顔部は圧迫するのが難しいためMLDや簡易的ドレナージ(SLD)を中心に行うこともあります(写真2)。

写真2 ①簡易的圧迫用品の使用例

写真2 ①簡易的圧迫用品の使用例

写真2 ②手製の手部用圧迫用品

写真2 ②手製の手部用圧迫用品

写真2 ③特注の弾性スリーブ(肘まで)

写真2 ③特注の弾性スリーブ(肘まで)

【運動療法】

基本として排液効果を促すために患肢を圧迫した状態で筋ポンプを活用した運動方法(手足の指のグーパー・グーパー運動、手足くびをグルグル回す、かかとを突き出してふくらはぎを伸ばす、つま先を天井に向ける、ボール遊びやおにごっこなど)が中心になります。昭和時代の駄菓子屋さんの懐かしいおもちゃ(吹き戻し、ジェット風船、風車、紙風船、ブーブー風船、しゃぼん玉など)を活用すると楽しく腹式呼吸を誘導することができます。

成長過程における課題

成長過程において市販されている靴が履けないなどの生活上の問題だけでなく、お友達にはできる細かい作業がうまくできなかったり、時間がかかってしまったり、外見上のことをまわりの子ども達から指摘を受けることによる心理的な悩みを抱えることもあります。
また、思春期となると身体的にも精神的にも大きな変化を経験する時期であり、弾性着衣を身に着けることに強い抵抗感を示すことや身体の変化への戸惑い、外性器に生じる浮腫などについて周囲に打ち明けることが難しいこともあります。
治療およびQOL向上の効果を実感できたら治療やケアを続けていくモチベーションにもつながりますので、それぞれの発達時期の特徴を配慮しながら、適宜、治療内容を調整しながら対応していくことが課題となります(写真3)。

写真3 左右の大きさを調整した靴

写真3 左右の大きさを調整した靴

参考・引用資料
⑴ 小児慢性特定疾病情報センター
平成30年4月1日より追加された疾病の一覧
https://www.shouman.jp/disease/html/contents/Poster_20180319.pdf
⑵ 厚生労働省ホームページの資料
小児慢性特定疾患児への支援の在り方に関する専門委員会による
「小児慢性特定疾病(平成 30 年度実施分)に係る検討結果について」の資料
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_
⑶ 小児慢性特定疾病情報センター 対象者
https://www.shouman.jp/assist/outline#contents01
⑷ 原発性リンパ浮腫全国調査を基礎とした治療指針の作成研究(平成21~23年度総合研究報告書)
⑸ 一般社団法人リンパ浮腫療法士認定機構 リンパ浮腫診断治療指針2013.
Shakaihoshoutantou/0000192089.pdf

佐藤佳代子(さとう・かよこ) 合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表。20代前半に渡独し、リンパ静脈疾患専門病院「フェルディクリニック」においてリンパ浮腫治療および教育の研鑽を積み、日本人初のフェルディ式複合的理学療法認定教師資格を取得。日々の治療に取り組むほか、医療製品の研究開発、医療職セラピストおよび指導者の育成、医療機関などにおいて技術指導を行う。J-LAM(リンパ脈管筋腫症)の会、リンパ浮腫ネットワークジャパン(リンネット)医療アドバイザー。著書に『リンパ浮腫治療のセルフケア』『DVD暮らしのなかのリンパ浮腫ケア』ほか。

佐藤佳代子(さとう・かよこ)
合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表。20代前半に渡独し、リンパ静脈疾患専門病院「フェルディクリニック」においてリンパ浮腫治療および教育の研鑽を積み、日本人初のフェルディ式複合的理学療法認定教師資格を取得。日々の治療に取り組むほか、医療製品の研究開発、医療職セラピストおよび指導者の育成、医療機関などにおいて技術指導を行う。J-LAM(リンパ脈管筋腫症)の会、リンパ浮腫ネットワークジャパン(リンネット)医療アドバイザー。著書に『リンパ浮腫治療のセルフケア』『DVD暮らしのなかのリンパ浮腫ケア』ほか。

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