第18回 リンパ浮腫の治療とケア
―慢性静脈不全による浮腫のケア―
これまで本連載では主にがん治療後や先天的な原因によるリンパ浮腫治療についてご紹介してきました。日本の医療現場では、リンパ浮腫の保存的治療として複合的理学療法(Complex Physical Therapy:以下CPT)』が全国各地のリンパ浮腫外来を中心に普及しつつありますが、CPTの適応疾患は幅広く、局所性浮腫に分類される慢性静脈不全による浮腫や外傷性浮腫、交通事故などでの広範囲の皮膚損傷や火傷によって生じる浮腫などに対しても応用することができます。
本療法の先進国ドイツでは、静脈疾患や整形外科領域の症状に対しても広く臨床に取り入れられています。当施設においても慢性静脈不全に起因する浮腫の治療とケアのために主治医から紹介されて来室される方が増えています。
今号では、慢性静脈不全(Chro- nic Venous Insufficiency:以下CVI)に伴う浮腫のケアについて纏めます。
慢性静脈不全による浮腫について
CVIは静脈還流が障害される病態で、下肢の静脈瘤、腫れや痛み、かゆみ、こむら返り、色素沈着、湿疹、浮腫、潰瘍などを引き起こすことがあります。下肢の血液は脚の筋収縮および静脈内の弁の働きを介して心臓へ流れますが、CVIは血液の流路となる表在静脈や深部静脈が何らかの理由で拡張するか、静脈内の弁が損傷した際に起こります。これにより下肢静脈内の血流が停滞して、静脈内圧が上昇することで、下肢に過剰な水分が蓄積されむくみを生じます。多くの場合、むくみは重力の影響を受けやすい下腿に顕著に現れます。
深部静脈血栓症の原因と検査について
CVIの原因はさまざまですが、代表的な疾患は深部静脈血栓症(Deep Vein Thrombosis:以下DVT)です。DVTはVirc- howにより提唱された、①血流の遅延、②静脈内皮障害、③血液凝固能の亢進、の3つの要因が引き金となって生じることが知られています。急性期では下肢や骨盤内などの深部静脈に生じた血栓が静脈血の還流増加に伴い血栓を遊離させ、肺血栓塞栓症を生じる危険性があります。このため、CPTではDVT後遺症は適応に、急性期は禁忌となります。
CVIに伴う浮腫の治療やケアの開始前には、必ず専門医を受診して血栓の有無を確認していただきます。その際、血流停滞、静脈内皮障害、血管凝固能亢進などの誘発因子をもつ症例はスクリーニングが必要となり、Wells スコアのPCP(Pretest Clinical Probability)スコアリングとDダイマーの測定が推奨されます⑴。
問診
問診では既往歴、手術歴や治療歴(硬化療法、高位結紮術、ストリッピング手術および血管内レーザー治療など)、表在静脈拡張、浮腫出現時の様子、浮腫の範囲や感じ方(姿勢による浮腫増強の様子、安静時や労作時の変化などを含め)、痛みやかゆみ、皮膚の状態(温度、色素沈着、湿疹など)、潰瘍の有無なども確認します。また仕事時の動き(立位・座位が多いなど)、靴下のゴムの締めつけなどが症状悪化を助長していることもあるため、併せてお聞きします。
また、静脈疾患の治療を終えていても、新たに血栓による静脈閉塞を生じるケースもあるため、患部の強い熱感や腫脹、痛みを確認した場合には、すみやかに医療機関を受診していただきます。
視診・触診下肢の腫脹
CVIでは患部より下にさまざまな症状が見られるようになります。とくに浮腫は重力の影響も受けやすく大半が下腿に生じますが、鼠径部あたりまで進展していることもあります。静脈性浮腫では皮下組織や筋肉内にも水分が貯留するため、柔らかく圧痕を生じやすい浮腫を呈します。静脈血行には下腿や足底の筋肉が大きく影響するため、CPTの治療構成は全体の状況によって調整していきます。
DVTの急性期では典型的な下肢の腫脹、圧痛、発赤が見られますので、DVTの慢性期やリンパ浮腫と鑑別されます。併せて、後脛骨動脈(足底側)、足背動脈(足背側)の脈拍触知ができるか確認します。末梢動脈疾患(Peripheral Arterial Disease;PAD)の病変の疑いがある場合には、事前に専門医を受診して血管病変、特に閉塞性動脈硬化(Arteriosclerosis Obliterans;ASO)の有無を確認しておく必要があります。脈拍触知や体温の確認、足関節/上腕血圧比(ankle-brachial pressure index;ABPI)などによって下肢動脈の状態を評価します。通常の圧迫療法を行うためにはABPIが0・8以上なければならず、末梢動脈の閉塞症が認められるときには圧迫療法は禁忌とされます⑵。
当施設におけるケア
【スキンケア】
日頃より皮膚の脆弱化や乾燥によりバリア機能が低下しているため、基本になりますが「保湿」「保護」「清潔」を心がけていただきます。小さな傷から潰瘍形成に進展することもあるため、強く掻いたり、傷つけたりしないようお伝えします。
【医療用リンパドレナージ(MLD)】
下腿のみに浮腫を生じている場合の最終排液リンパ節は「鼠経リンパ節」になります。鼠経部まで進展している場合には補足的に腰臀部や腋窩リンパ節方向へのアプローチを加えます。基本的には優しいタッチのMLDで状態を改善させることができますが、組織に厚みがある部位には軽めの圧で患部を緩めるようにします。
【圧迫療法】
静脈性浮腫に対して圧迫療法を行う際には、浮腫発症部位に応じて膝下までもしくは鼠経までの範囲になります。弾性包帯を使用する場合には、リンパ浮腫のみの場合と比べやや軽圧となり、厚みや凹凸のあるスポンジ類はほとんど使用しません(薄手のものでしたら局所的に使用することもあります)。
弾性着衣は、ハイソックスや片脚ストッキングを使い分けます。下肢静脈瘤や軽度浮腫には 20~30㎜Hg、高度浮腫、うっ滞性皮膚炎、脂肪皮膚硬化、下腿潰瘍には30~40㎜Hgの圧のストッキングが推奨されています⑶。
【運動療法】
基本的な下肢の筋ポンプ運動(かかとやつま先の上げ下げ運動、交互の膝伸ばし運動など)が中心となりますが、ご高齢の方にはできるだけ日常的な歩行を継続していただくようにしています。
症例
Mさん(85歳女性)は、左下肢静脈ストリッピング手術から2年後に顕れたむくみのために歩行が不安定となり、主治医に紹介されて来室されました。下肢全体に冷感があり、ご自身も冷えを強く感じていらっしゃいました。下腿内側の皮膚は脆弱化して弾力性がなく、いつ潰瘍に進展してもおかしくない状況でした。
皮膚の保湿やMLDを中心軸に、日々の状態に合わせて継続できるようにコットンバンデージ(ソルブ株式会社)やKチューブ(越屋メディカルケア株式会社)などの優しい素材の圧迫用品を選びました。外出時用に主治医から圧クラスⅠのハイソックスが処方されました。5回目の来室時(6週間後)に下腿最大部の周囲径値は―3・1㎝、大腿部では―2・1㎝減少しました(写真1)。
写真1 左静脈ストリッピング手術後浮腫の治療効果
暗紅色であった下腿内側の皮膚の色味や温度は正常範囲となり、脆弱化していた皮膚には柔らかい産毛が生え、その後弾力性と伸張性も回復しました(写真2)。
写真2 皮膚状態の改善
来室時には毎回娘さんが付き添われて熱心にご自宅でのケアを学んでくださったおかげで、日中に約1時間の散歩ができるようになり、1年前よりほぼセルフケアでよい状態を維持されています。
まとめ
静脈性浮腫を安全に治療するためには、他の浮腫をきたす疾患との鑑別が重要になります。全身性浮腫や末梢血管疾患を合併されている場合には、これらの疾患を基軸においたうえで、治療やケア内容を構成していきます。しかし施術開始時に必要な検査をくまなく済ませているという患者さんは多くないため、医師や多職種スタッフとの綿密な連携、臨床現場でのアセスメントや見極める力がより大切になります。
また、長期にわたり静脈系に負荷がかかると2次的にリンパ管系にも影響が及ぶことがあります。いわゆる混合型として静脈性リンパ浮腫などに発展することもあるため、より早期のうちに重症化を予防することが望まれます。
参考・引用資料
⑴Partsch H, Blättler W:Compression and walking versus bed rest in the treatment of proximal deep venous thrombosis with low molecular weight heparin,J Vasc Surg,Nov;32(5):pp861-9, 2000
⑵ 孟真:『慢性下肢静脈不全とその治療』;心臓 Vol.48 No.3(2016)
⑶Debra Doherty, Philip Morgan, Christine Moffatt:Hosiery in lower limb lymphedema.Journal of Lymphoedema, Vol 4, No1:pp35,2009
佐藤佳代子(さとう・かよこ)
合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表。20代前半に渡独し、リンパ静脈疾患専門病院「フェルディクリニック」においてリンパ浮腫治療および教育の研鑽を積み、日本人初のフェルディ式複合的理学療法認定教師資格を取得。日々の治療に取り組むほか、医療製品の研究開発、医療職セラピストおよび指導者の育成、医療機関などにおいて技術指導を行う。J-LAM(リンパ脈管筋腫症)の会、リンパ浮腫ネットワークジャパン(リンネット)医療アドバイザー。著書に『リンパ浮腫治療のセルフケア』『DVD暮らしのなかのリンパ浮腫ケア』ほか。