(がんの先進医療: 2015年4月発売 17号 掲載記事)

第4回 リンパ浮腫の治療とケア
―望まれる保険適用②―

佐藤佳代子 合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表

前号に続き、望まれる保険適用②として、これまでの取り組みや現状について纏めたいと思います。リンパ浮腫の保険適用実現までの道のりは長く、厳しいものです。厚労省や要所に陳情に向かい、リンパ浮腫の実態や早期からの情報提供や治療の必要性についてお伝えしてきました。

リンパ浮腫患者に関する実態アンケート調査

2007年10月、当施設が事務局を務めた「リンパ浮腫治療の保険適用の要望」に対する連絡協議会(代表世話人:松尾循環器科クリニック 松尾汎院長)では、全国規模の署名運動を実施し、15日間で23万8931名の署名が集まりました。その後も各地から署名は届き続け、実際にはより多くの方からの署名が寄せられました(写真1)。

写真1 23万8931人の署名

写真1 23万8931人の署名

その際、併せてリンパ浮腫特有の症状(むくみや皮膚病変など)のために、日常および社会的生活に支障をきたしている患者さんの実態についてアンケート調査を行いました。これまで、その実態については、ほとんど把握されていなかったため、本調査によって、リンパ浮腫発症による日常生活における変化や困難、精神的苦痛など日々抱えられている現状や「生の声」が浮き彫りとなりました。リンパ浮腫治療を行っている医療機関45カ所に通院されている方およびリンパ浮腫患者の会の会員の方を含め3532名を対象に実施し、有効回答数は1202名(34・0%)でした。
以下、本調査によって得られた結果となります。

問1 回答者の93・4%は女性であった。
問2 年齢は50~60歳代が過半数を占める(56・2%)。
問3 むくみを感じる部位は上肢(28・0%)、下肢(72・9%)。※重複あり。
問4 むくみの原因は、がん治療、手術、放射線治療による続発性が最多(90・9%)。
問5 続発性リンパ浮腫患者(がんの術後)の場合、7割近くが「3年以内」に発症している。「半年未満」が30・1%、「半年~3年未満」が36・9%。発症から治療開始までの期間は「半年未満」が36・1%、「半年~3年未満」が37・5%。26・4%は3年以降に発症。
問6 原発性リンパ浮腫患者の場合、発症から治療開始まで「10年以上」が最多(26・0%)。
問7 問5、6にあてはまらない自己免疫疾患などその他の原因によるリンパ浮腫患者の場合、発症から治療開始まで「1年~3年未満」が最多(18・8%)。
問8 医療機関でリンパ浮腫のことや治療についての説明を受けたかという質問に対して、「リンパ浮腫について受けた」24・6%である。回答者の4人に1人しかリンパ浮腫の説明を受けていない。また、治療法についてはいずれも30%前後しか説明を受けていない。
問9 複数回答可のリンパ浮腫の治療内容に関しては、「マッサージ」を最も多くの人が受けており(88・5%)、次いで「弾性着衣(弾性ストッキング・弾性スリーブ)」が占める(86・7%)。
問10・11 治療開始前には、「腕や脚を重く感じていた」が最多(78・2%)、治療開始後の生活全般について改善されたものとして「階段の昇り降りが苦労していた」が最多(81・2%)であり、「腕や脚を重く感じていた」が68・2%と続く。
問12 合併症に関しては炎症(蜂窩織炎(ほうかしきえん))が最多(46・3%)で、回答者の半数近くが炎症(蜂窩織炎)を経験していることがわかった。
問13 炎症経験がある人に関しては「治療後、炎症を起こさなくなった」、「起こしにくくなった」が過半数(57・3%)を占める。
問14 リンパ浮腫治療にかかる費用に関しては、81・9%の方が負担に感じている。
問15 1回炎症を起こした際にかかる治療費は、「1万円未満」が最多(15・8%)であるが、「5万円以上」かかる人が12・2%もいる。年間に炎症にかかる費用が「15万円以上」が最多(15・6%)であった。
問16 リンパ浮腫の保険適用については、93・4%の人が望んでいる。
問17 むくみが発症してからの悩みについて、半数以上が「家族の協力が必要だと感じることがある」(51・5%)、「精神的に不安定になるときがある」(50・6%)とあり、「対人関係が消極的になった」(31・3%)、「周囲の理解が得られない」(26・8%)と自分と他者との関係について感じている。

アンケート調査の結果から見えること

本アンケート調査の結果から、患者さんへの必要な情報が行き届いていないことや十分な治療が提供されていないことが明らかになりました。情報提供や治療の遅れにより、リンパ浮腫が発症したり、やむなく重症化させてしまう可能性が高まります。改善が難しくなるうえ、より時間を要します。また、肉体的・精神的な負担が募り、蜂窩織炎や皮膚病変などの複数の合併症を抱えることもあります。これが最終的に医療費の増加に繋がります。しかし、早期より適切な治療やケアを受けることによってこの悪循環を止めることができます。つまり、患者さんへの情報提供、早期診断・早期治療が何よりも大切ということをこのアンケート調査の結果が教えてくれるわけです。
この活動を通じて、医療者側の意識にも大きな変化が見られました。以前は、リンパ浮腫の治療法はない、改善は難しいと放置されてしまいがちでしたが、実際には治療法もあり改善も望めることが広く周知される機会となりました。また、下肢に浮腫を抱えながらおひとりで数百人もの署名を集められた方、浮腫を抱える家族や仲間のために四方八方に働きかけてくださった方々がおられます(写真2)。

写真2 患者会による署名運動

写真2 患者会による署名運動

職場にがん疾患やリンパ浮腫を発症していることをカミングアウトされた方も大勢いました。リンパ浮腫に対する正しい知識が広まることにより、職場や周囲の理解も得られ、多くの患者さんが抱える精神的な不安、孤立感、疎外感なども改善が望めます。
本協議会では全署名と調査結果を、厚生労働大臣(当事:枡添要一氏)および日本医師会に提出しました。翌年、多くの方々の長年の切実な思いと働きかけは実を結び、リンパ浮腫に関する2項の保険適用実現を叶えることができました(写真3、4)。

写真3 2007年、当時の枡添厚生労働大臣へ全署名と調査結果を提出

写真3 2007年、当時の枡添厚生労働大臣へ全署名と調査結果を提出

写真4 日本医師会への陳情

写真4 日本医師会への陳情

これからの課題

適用から7年が経過し、リンパ浮腫に関する早期からの情報提供や弾性着衣の療養費支給については大きく前進を遂げることができました(今尚残る課題について、詳しくは前号をご参照ください)。
がん罹患率が急増するなか、治療の後遺症であるリンパ浮腫を抱える方が増加することは必至であると考えられます。慢性化する症状や体型の変化は、QOL(生活の質)の低下を招き、肉体的にも精神的にも大きな負担となります。リンパ浮腫を発症する前にリンパ浮腫や治療について正しく知ること、発症時に重症化しないよう対策することが大切です。治療の遅れは症状の回復をも遅らせてしまいますが、早期に気がつき、適切な治療やケアを受けることができれば、より良い状態を維持することができます。
治療先進国のドイツ諸国とは違い、日本はまだまだ発展途上の状況です。患者さんの絶対数に対応できるセラピストの養成が急務となっている背景で、患者さんご自身によるセルフケアの充実も必要となります。このような日本の現況について、医療者も患者さんもお互いに共有することができれば、それが結果的にQOLの維持や向上を実現させ、重症化や蜂窩織炎などの合併症および高齢時の介護の必要性の回避を期待でき、総体的な医療費コスト削減にも繋がります。
人生はたった1度きり。だからこそ、どの方にもかけがえのない〝今〟を大切にしてもらいたい。たとえリンパ浮腫を発症しても元気に現職を続けられる、引き続き社会と豊かに関わることができる環境を築くことが、これからの大きな課題であると思います。
次号では、望まれる保険適用③として、複合的理学療法の医療技術評価への要望について纏めたいと思います。

佐藤佳代子(さとう・かよこ) 合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表。20代前半に渡独し、リンパ静脈疾患専門病院「フェルディクリニック」においてリンパ浮腫治療および教育の研鑽を積み、日本人初のフェルディ式複合的理学療法認定教師資格を取得。日々の治療に取り組むほか、医療製品の研究開発、医療職セラピストおよび指導者の育成、医療機関などにおいて技術指導を行う。J-LAM(リンパ脈管筋腫症)の会、リンパ浮腫ネットワークジャパン(リンネット)医療アドバイザー。著書に『リンパ浮腫治療のセルフケア』『DVD暮らしのなかのリンパ浮腫ケア』ほか。

佐藤佳代子(さとう・かよこ)
合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表。20代前半に渡独し、リンパ静脈疾患専門病院「フェルディクリニック」においてリンパ浮腫治療および教育の研鑽を積み、日本人初のフェルディ式複合的理学療法認定教師資格を取得。日々の治療に取り組むほか、医療製品の研究開発、医療職セラピストおよび指導者の育成、医療機関などにおいて技術指導を行う。J-LAM(リンパ脈管筋腫症)の会、リンパ浮腫ネットワークジャパン(リンネット)医療アドバイザー。著書に『リンパ浮腫治療のセルフケア』『DVD暮らしのなかのリンパ浮腫ケア』ほか。

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