(がんの先進医療: 2017年7月発売 26号 掲載記事)

第13回 リンパ浮腫の治療とケア
―下腹部・腰臀部、外性器リンパ浮腫(男性)のケア―

佐藤佳代子 合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表

本号では、男性の下腹部・腰臀部および外性器リンパ浮腫について纏めます。この領域のリンパ浮腫は、先天的なリンパ管系の形成不全や、前立腺がんや陰茎がん、膀胱がん、消化器がんなどの治療における骨盤内や鼠径リンパ節の切除・郭清や放射線療法などの後遺症として発症することがあります。当治療室においては下肢リンパ浮腫と合併しているケースが多くみられます。

問診

外性器周囲は個人的でデリケートな領域であるため、丁寧に聞き取りをしていきます。多くの方が同じように悩まれていることをお伝えしながら、患者さんご本人ができるだけ気を遣われずにお話ができる環境づくりを心がけています。
まずは、いつから、どんな風に感じられているのか、排尿時の支障、下着の跡のつきやすさなどの日常生活に関わること、むくみの状態や形状の変化などについてもお聴きします。また、今後のケアの構成を判断するうえでも、患者さんの治療に対する希望を確認しておくことが大切です。

視診・触診

下腹部・腰臀部および外性器の所属リンパ節は、鼠径リンパ節になります(図1)。

図1 鼠径リンパ節群へのリンパ流

図1 鼠径リンパ節群へのリンパ流

陰嚢や陰茎、もしくは両者に発症しているケースがあります。著者は、下肢の状態を全体的に確認した後に、下腹部、腰臀部、外性器の順番で視診・触診をさせていただきます。まずは、患部からより離れたところから触れさせていただき、徐々に患者さんからお聞きした違和感のある部位の確認に入ります。
下腹部に手術痕や照射領域がある場合には、患部の皮膚状態や伸張性を確認しながら、皮膚肥厚や線維症の状態、左右差、真菌感染の有無などを確認します。外性器やその周辺にリンパ小疱(写真1)、リンパ漏が複数生じていることもありますので、注意して確認させていただきます。

写真1 外性器のリンパ小疱

写真1 外性器のリンパ小疱

陰嚢や陰茎は圧迫するのが難しい部位でもあるため、触診時にMLD(医療用リンパドレナージ)や圧迫方法について個別の状態に合った構成について適宜検討します。

当施設におけるケア

【スキンケア】

肌の清潔を保ち、低刺激のローションや軟膏などで保湿を心がけていただきます。皮膚が密接する部位に湿気がこもらないよう風通しを良くしておきます。腹部の手術痕(治癒後)が気になる方には、手術痕の上からでも安心して着用できる皮膚に優しい肌着をご紹介することもあります(参考:完全無縫製の下着「メディキュア」 グンゼ株式会社)。患部にリンパ小泡やリンパ漏がある場合は、皮膚への刺激が少なく、泡切れのよい洗浄剤などの使用をお勧めしています(参考:清拭・洗浄剤「ベーテルF」越屋メディカル=写真2)。

写真2 泡切れのよい清拭・洗浄剤「ベーテルF」

写真2 泡切れのよい清拭・洗浄剤「ベーテルF」

【医療用リンパドレナージ(MLD)】

《施術時の肢位について》
患者さんが安心して施術を受けられる姿勢で行います。おもに仰臥位や横臥位になります。施術時には医療用ゴム手袋を装着して施術にあたります。施術する領域以外はできるだけ露出しないようタオルで覆います。

[下腹部・腰臀部]
最終排液リンパ節は腋窩リンパ節になります(図2)。

図2 MLDの排液ルート

図2 MLDの排液ルート

下腹部・腰臀部の正中から、それぞれ左右の腋窩リンパ節に向けて施術をします。上前腸骨棘のあたりから、腋窩リンパ節方向に排液するように円状の動きを繰り返しながら、順々に恥骨により近い領域に手を移動させます。
皮膚全体が緩んできたら、上前腸骨棘の方向へ戻るように排液します。下腹部だけでなく、腰臀部や体側の皮下組織も同様に念入りに行うと、より効果的に排液が促されます。
患部にリンパうっ滞性線維症、放射線性線維症、または両者共に生じている場合には、硬くなった組織を優しく緩める手技なども併せて行います。

[外性器]
まずは陰嚢から始め皮膚に柔らかさが出てきたら、陰茎を含めて行います。陰嚢は全体を両手で覆い、外側から上方・中心部に向けて柔らかい圧をかけながら排液を促します。その後、水分貯留や線維症により部分的に厚くなった皮下組織を緩める手技を繰り返し、全体の皮膚状態を整えていきます。陰嚢後部につながる会陰部も同様に行います。
次に、陰茎を下から支え、恥骨により近い領域(中枢側)から円状の動きを中心に皮膚を緩め、亀頭まで行います。陰嚢にリンパ小疱がみられる場合には、小疱を傷つけないように気をつけます。複数回の治療後には、徐々に皮膚状態が安定してきて、効果を感じていただけるかと思います。デリケートな領域ですので、できるだけご自身でもセルフケアができるようにご指導させていただきます。ご協力いただける場合には奥様やパートナーの方にもケア方法を習得していただきます。

【圧迫療法】

治療効果を維持するために、患部に圧迫療法を行います。

[下腹部・腰臀部]
下腹部用の扇型スポンジパットを患部の形に合わせて作製します。これを下着とソフトガードルなどの軽度圧のかかる素材の衣類で挟むようにします(図3)。

図3 下腹部パット(手製)とチューブ包帯による圧迫

図3 下腹部パット(手製)とチューブ包帯による圧迫

[外性器]
陰嚢と陰茎に症状がみられる場合には、患部に対して安定した包帯法を行うために、まずは陰茎から圧迫します。次に陰嚢を支えるベースをつくり、全体を適度に圧迫しながら巻いていきます。陰茎と亀頭は分けて巻き、排尿時には亀頭部分の包帯を取り外せるようにします。陰茎は末梢側から中枢側方向に包帯を巻き、最後に亀頭部分を巻きます。陰茎に浮腫症状がない場合、また陰嚢の圧迫療法により陰茎への液体の流動がみられない場合は、陰茎に包帯を巻く必要はありません。
セルフ包帯法についてもご指導させていただきますが、ご自分で包帯が巻きにくい場合には、必要な長さにカットした伸縮性のある綿製のチューブ包帯で覆うこともあります(図3)。
外性器に水分貯留が多い場合には、包帯を巻いた後に比較的すみやかに水分が移動します。患部に巻いた包帯がするっと外れてしまう場合には、MLDと下腹部パットによる圧迫を中心に行います。

[弾性着衣]
男性用の弾性着衣は、縦型や横型の前開きタイプのパンティストッキングをお勧めしています(写真3)。

写真3 前開きタイプの弾性着衣(男性用)

写真3 前開きタイプの弾性着衣(男性用)

【運動療法】

まず、下腹部に手のひらや手指の腹をあてます。次にあてた指の腹を深部に向けながら小さな円を描くように動かします。そのままゆっくりと圧が加わるように腹式呼吸をします。これは呼吸法とマッサージ合わせて皮膚を緩めるセルフケアのひとつです。できる方には、加えてお尻の穴を絞めるようにイメージしていただきます。他にも、腹筋に空き缶を挟んで上下から押しつぶすイメージで呼吸をしていただく方法があります。これらは、簡単かつゆっくりとした動作で腹筋を鍛えることができますので、お勧めしています。

まとめ

男性の患者さんは、長期間ご自身で耐えられて、症状が増強されてからご来室されるという印象があります。写真4の患者さん(89歳)は、前立腺がん治療(前立腺全摘+骨盤内リンパ節郭清)から5年後に下肢・外性器にリンパ浮腫を発症されました。治療開始は3年後でした。下腹部・腰臀部には左右差のある浮腫が、陰嚢は全体的に、陰茎は柔らかい浮腫がみられ、MLD施術と下腹部パット+陰茎の包帯法で改善された例です。外性器リンパ浮腫を抱えながらも、現役で仕事をされたり、ゴルフなどのスポーツを続けていただくことができました
(写真4①治療前 写真4②治療後)。

写真4 前立腺がん術後・照射後 下腹部リンパ浮腫 ①治療前 ②治療後

写真4 前立腺がん術後・照射後 下腹部リンパ浮腫 ①治療前 ②治療後

当施設における施術は複合的理学療法が中心となりますが、患部に合併するリンパ小疱やリンパ漏の治療として外科治療を希望される場合には、近隣のリンパ浮腫の診療を行う形成外科医と連携させていただきます。

参考資料
⑴ 佐藤佳代子『リンパ浮腫治療のセルフケア』文光堂 2006年

佐藤佳代子(さとう・かよこ) 合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表。20代前半に渡独し、リンパ静脈疾患専門病院「フェルディクリニック」においてリンパ浮腫治療および教育の研鑽を積み、日本人初のフェルディ式複合的理学療法認定教師資格を取得。日々の治療に取り組むほか、医療製品の研究開発、医療職セラピストおよび指導者の育成、医療機関などにおいて技術指導を行う。J-LAM(リンパ脈管筋腫症)の会、リンパ浮腫ネットワークジャパン(リンネット)医療アドバイザー。著書に『リンパ浮腫治療のセルフケア』『DVD暮らしのなかのリンパ浮腫ケア』ほか。

佐藤佳代子(さとう・かよこ)
合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表。20代前半に渡独し、リンパ静脈疾患専門病院「フェルディクリニック」においてリンパ浮腫治療および教育の研鑽を積み、日本人初のフェルディ式複合的理学療法認定教師資格を取得。日々の治療に取り組むほか、医療製品の研究開発、医療職セラピストおよび指導者の育成、医療機関などにおいて技術指導を行う。J-LAM(リンパ脈管筋腫症)の会、リンパ浮腫ネットワークジャパン(リンネット)医療アドバイザー。著書に『リンパ浮腫治療のセルフケア』『DVD暮らしのなかのリンパ浮腫ケア』ほか。

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