(がんの先進医療: 2015年10月発売 19号 掲載記事)

第6回 リンパ浮腫の治療とケア
―重症度に応じた治療とケア 0期について―

佐藤佳代子 合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表

リンパ浮腫の病期はISL(国際リンパ学会)によって0~3期に分類され、わが国においても一般的に指標とされています(表1)。しかし、実際に日々患者さんの治療にあたっている医療者の方であれば、その症状は一体肢全体に均等に生じているのではなく、さまざまな病期の特徴が一体肢の各部位にわたり混在していることを認識されることと思います。まさにリンパ浮腫というのは、病期によっても、浮腫や皮膚・皮下組織の状態によっても、重症度の個別性は高いといえるでしょう。

表1 リンパ浮腫の病期

表1 リンパ浮腫の病期

病期分類はあくまでも指標であり、現在、リンパ浮腫を適切に診断、評価するための方法を心臓血管外科や形成外科などの諸先生方が研究を重ねておられます。こうしたなか、臨床現場においては、個別の症状や治療の経過による変化を把握したうえで、現状を改善するための効果的なケアが適宜必要とされます。
これから数回にわたり、病期や個別の重症度を含めて、さまざまなリンパ浮腫のあり方について臨床のなかで学び得たことを纏めたいと思います。

0期の所見について

0期は、潜在期や有リスク期といわれ、超音波やリンパ管シンチグラフィーなどで軽度の組織変化が見られても、臨床的にはほとんど浮腫が確認されない時期です。自覚症状も比較的少ないため、積極的な治療の必要性は低いとされます。しかしながら、患者さんが気になると訴える部分の皮膚に直接触れてみると、あきらかに健常肢での左右差とは別に、まわりの皮膚よりもやや厚みが増していることが確認できます。
患部の状態を把握するうえで、視診では、皮下静脈の走行が確認できるかどうかがポイントとなります。
触診では左右同部位で皮膚を寄せたときに皺がどの程度できるかを比較するテスト(シュテンマー徴候)が用いられます。発症する可能性のある側の体肢に浮腫兆候がなくとも、患側の体幹皮膚の厚みが増していることもあるので、触診で丁寧に確かめます。

手術による発症部位と 初期に発症しやすい部位

リンパ浮腫は、表在や深部のリンパ管系の解剖学的な走行により所属流域に分かれています。そして何かしらの原因でリンパ節やリンパ管が傷害を受けると、関連する流路に影響が及び、その領域に関わる皮下組織に過剰な組織液貯留が生じ、結果的に慢性的なリンパ浮腫を生じることになります。
所属リンパ節と発症領域の関連性の例として、乳がん治療のため右腋窩リンパ節を切除した場合には、右腋窩リンパ節が管轄する右上肢および右胸部、右背部にリンパ浮腫を発症する可能性があります。なかでも初期に発症しやすい部位は、後腋窩部、上腕内側、前腕内側中央部になります(写真1)。

写真1 初期に発症しやすい部位(前腕内側)

写真1 初期に発症しやすい部位(前腕内側)

子宮がん治療のため骨盤腔内リンパ節を切除した場合には、下肢および下腹部、腰臀部に発症する可能性があります。初期には外性器、腰臀部外側、大腿内側、下腿、足背などに生じるケースが見られます(写真2)。

写真2 初期に発症しやすい部位(腰臀部)

写真2 初期に発症しやすい部位(腰臀部)

このように初期段階として、手術部位より近い領域(体肢の中枢側)から発症する傾向があります。もちろん個別差はありますが、日々の観察ポイントとして役立てていただけたらと思います。

患者さんの感じ方

このようなポイントに変化を感じたとき、患者さんは「この奥のあたり(手を当てて)がチクチクする」というような表現で仰ることが多いです。これは浮腫が顕在化していなくとも、患部組織の貯留液が増すことにより間質圧が高まり、一時的な鈍痛として感じられているようです。
また、変化のある部位に触れながら、「ここに薄いクッションが入っているような厚みを感じる」などと表現されることもあります。

当施設における  0期のケア

【スキンケア】

浮腫が進行するに従い、より蜂窩織炎に罹患しやすくなりますが、0期においてもリンパ管系の機能不全により免疫機能が低下しているため、蜂窩織炎を起こされることがあります。これがきっかけとなりリンパ浮腫を発症することもあるため、0期では清潔さと十分な保湿により皮膚の潤いを保ち、皮膚のバリア機能を維持するように心がけていただくようにします。

【医療用リンパドレナージ】

医療用のリンパドレナージ(Manual lymph drainage :以下、MLD)は、患肢や患部に過剰に貯留したリンパ液や組織液を、傷害のない領域の皮膚やリンパ管系を介して、正常に機能しているリンパ管系や静脈系へ誘導し、浮腫症状を軽減させるためのマッサージ療法です。

【0期のMLD介入について】

0期では、まだ浮腫が顕在化していませんので積極的にMLDを行う必要がありませんが、自宅で簡易的に行えるセルフリンパドレナージ(SLD)を覚えていただけると、身体に生じた小さな変化により早く気がつくことができます。平成20年度診療報酬改定時に新設された「リンパ浮腫指導管理料」においてもSLDの指導が推奨されています。これは早期からの治療やケアにつながり、重症化予防に貢献できます。
当施設では具体的な方法として、SLDの手順で、お風呂で身体を洗うときにせっけんの泡で「なで洗い」をしたり、同じようにローションなどでスキンケアを行うなど、いつもの行為のなかにケアの要素を含めるケア内容を紹介しています。

【術後早期からのMLD介入について】

がん術後の0期において、術後の創傷治癒の過程が完了する前段階にMLDを介入させることで、後のリンパ浮腫の発症を妨げる可能性があることが報告されています⑴。これは、MLDによる刺激がリンパ管吻合路を広げ、残存するリンパ管の機能を促進させリンパ流を改善するためと考えられます。また、瘢痕化した患部組織にMLDを施行することにより、粗野な結合組織網構造を緩ませ、同組織内でのリンパ管新生が促されるという報告もあります。創傷治癒過程が完了すると、組織にこのような影響を及ぼすことができなくなるため、手術後数週間以内の介入が望ましいとされています⑵。

【圧迫療法】

リンパ浮腫治療において適切な圧迫療法は重要な位置づけとなりますが、0期には必要ないというのが一般的な考え方です。MLDで貯留したリンパ液を排液した状態を良好に維持するのが、圧迫療法の主な役割ですので、基本的には浮腫が顕在化した1期以降に行います⑶。
また、圧迫療法の施行には専門のスキルが必要であり、不適切な施術により逆効果を招く恐れがあるため、重症度に応じて必要性を見極めなければなりません。現在、さまざまな医療用品が開発され、従来の弾性包帯や弾性着衣だけでなく、軽度に圧迫する代用品も増えてきました。当施設では、症状や生活環境などを考慮したうえ対応していますが、0期においては積極的な圧迫は行わない方針でいます。

【運動療法】

リンパ液の運搬や貯留液の軽減に際して、各部での筋ポンプ作用が重要な役割を果たしています。高齢時においても適度な筋力の維持が必要不可欠となりますので、負担のない程度に行うことが大切です。簡単な手のクーパー運動や階段の上り下りだけでも効果的です。

まとめ

重症化されたどの患者さんにも、可逆的なむくみ始めの時期がありました。リンパ浮腫を完全に予防することは難しいですが、0期の段階でできる方策はあり、今回ご紹介したような初期の対処法を知っておくことで、発症した場合にもすみやかに対応することができます。
しかしながら、日常生活上のさまざまなアドバイスが行き過ぎて、患者さんの生活を過度に制限させてしまうことのないようにお伝えすることも大切です。違和感があったらすみやかに相談できる環境を整え、遠方のがん治療の主治医だけでなく、近場に相談できる医師や医療機関を見つけておくこともお勧めしています。

参考文献
⑴ Zimmermann A et al. Einfluss der manuellen Lymphdrainage auf die Schulterbeweglichkeit nach Brustkrebsoperation. Eine randomisierte kontrollierte klinische Studie. Zeitschrift für Physiotherapeuten 61 2009;7: 602-610.(用手的リンパドレナージによる乳がん術後肩関節可動性への影響。ランダム化比較群臨床試験)
⑵ Földi M, Földi E (eds.): Lehrbuch Lymphologie, 7. Aufl. Urban&Fischer Verlag, München, 2010, 626-7.(リンパ学教本)
⑶ Leitlinien der Gesellschaft Deutschsprachiger Lymphologen: Diagnostik und Therapie der Lymphödeme.(ドイツ語圏リンパ学者協会ガイドライン:リンパ浮腫の診断と治療)

佐藤佳代子(さとう・かよこ) 合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表。20代前半に渡独し、リンパ静脈疾患専門病院「フェルディクリニック」においてリンパ浮腫治療および教育の研鑽を積み、日本人初のフェルディ式複合的理学療法認定教師資格を取得。日々の治療に取り組むほか、医療製品の研究開発、医療職セラピストおよび指導者の育成、医療機関などにおいて技術指導を行う。J-LAM(リンパ脈管筋腫症)の会、リンパ浮腫ネットワークジャパン(リンネット)医療アドバイザー。著書に『リンパ浮腫治療のセルフケア』『DVD暮らしのなかのリンパ浮腫ケア』ほか。

佐藤佳代子(さとう・かよこ)
合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表。20代前半に渡独し、リンパ静脈疾患専門病院「フェルディクリニック」においてリンパ浮腫治療および教育の研鑽を積み、日本人初のフェルディ式複合的理学療法認定教師資格を取得。日々の治療に取り組むほか、医療製品の研究開発、医療職セラピストおよび指導者の育成、医療機関などにおいて技術指導を行う。J-LAM(リンパ脈管筋腫症)の会、リンパ浮腫ネットワークジャパン(リンネット)医療アドバイザー。著書に『リンパ浮腫治療のセルフケア』『DVD暮らしのなかのリンパ浮腫ケア』ほか。

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