(がんの先進医療: 2015年7月発売 18号 掲載記事)

第5回 リンパ浮腫の治療とケア
―望まれる保険適用③―

佐藤佳代子 合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表

前号と前々号では、「望まれる保険適用①と②」としてリンパ浮腫治療の保険適用の実現に向けた活動の経緯と内容をまとめました。これまで厚生労働省に働きかけを続けてきた『リンパ浮腫指導管理料(早期情報提供)』、『弾性着衣の療養費支給』、『複合的理学療法の医療技術評価』という3つの要望を紹介しました。要望のうち2項目『リンパ浮腫指導管理料』と『弾性着衣の療養費支給』については課題が残るなか、有難いことに2008年4月1日より保険に収載され、その詳細について本誌VOL・16に記載しました。

医療技術評価

本号では、患者さんの生活の質を向上させるために最も重要な3つ目の要望『複合的理学療法の医療技術評価』についてまとめたいと思います。
複合的理学療法は「スキンケア」、「医療用リンパドレナージ」、「圧迫療法」と「運動療法」の4つの治療法から構成されるリンパ浮腫に対する標準治療であることを以前にも述べましたが(VOL・14)、この4つの治療法が、患者さんの個別の状態に応じて複合的に施されることによって、最善の結果が得られます。
治療効果については、国際リンパ学会(ISL)や国内外の諸論文で認められており、また、日本の厚生労働省より「リンパ浮腫指導管理料」に関する通達(図1)においても、この4つの治療法について患者さんの指導にあたることが義務づけられています。つまり、厚生労働省も複合的理学療法の有効性を認めていることとなります。しかしながら、現時点では、指導のみに留まり、治療自体は未だに保険適用外の状況となっています。かねてよりリンパ浮腫医療に取り組む医学学会(日本脈管学会、日本血管外科学会、日本リンパ学会、日本静脈学会、日本フットケア学会、日本緩和医療学会、日本がん看護学会など)から複合的理学療法の医療技術評価提案書が厚生労働省に提出されてきました。しかし、2013年の医療技術評価分科会の結果ではエビデンスが十分示されていないという理由で、複合的理学療法の保険収載が見送りとなりました。

図1 平成20年厚生労働省発行『診療報酬の算定方法の制定等に伴う実施上の留意事項について』より抜粋

図1 平成20年厚生労働省発行『診療報酬の算定方法の制定等に伴う実施上の留意事項について』より抜粋

論文による効果検証

Foeldi、Casley-SmithやLeducなどは先駆的に治療効果について発表し、近年ではKoら(1998年)、Didemら(2005年)やKimら(2007年)などによっても報告され、そして、国内では2007年、2008年の山本らにより検証されましたが、多施設での治療効果についての論文が示され始めたのはまだ最近のことです。
2014年に蘆野らが11施設から233症例を基に治療効果を発表しています。同年、フランスのQuereらも12施設から306症例で複合的理学療法の有効性を示しました。これにより、以前の効果検証を最近の多施設論文によって再確認することができました。
そもそも厚生労働省にリンパ浮腫治療の医療技術を評価してもらうには、医療技術としての質の担保および広域にわたる治療効果の検証が必要です。この点においても、問題意識の高い5つの医学学会による「リンパ浮腫療法士認定機構」(2012年設立)に認定されたリンパ浮腫療法士(LT:Lymphedema Therapist)が施術にあたることにより、医療者における一定の技術レベルが保証され、さらに、昨年(2014)の多施設論文で明らかにされた治療効果において、この2点をクリアしています。これにより、次回の医療技術評価分科会では技術の質担保とエビデンスというハードルを乗り越えて、複合的理学療法が保険に収載されることを大いに期待できるところまで来ています。

国内外の統計データ

2010年にCormierらが出したシステマティックレビューでは、がん関連の続発性リンパ浮腫発症率の平均値は16%とされています。2015年のShaitelmanらの文献では再びこの発症率が確認されました。患者さんの個人差が大きく、術式、手術部位や放射線療法とその他のさまざまなリスクファクターの有無により、発症率の幅は乳がん術後12~60%、婦人科がん術後28~47%(ILFベストプラクティス合意書)、場合によっては70%を上回る(Shaitelman)という報告もあります。
この幅広い個人差において、16%というのはきわめて低く計算された発症率となりますが、常々注目されている子宮がんや乳がん以外に頭頸部がん、黒色腫やセンチネルリンパ節生検などの術後発症率も含まれています。したがって、現況のがん患者数から見て、少なくとも約16%はリンパ浮腫を発症する可能性があるという認識が必要となります。
国立がん研究センターが、がん情報サービスで公開している「全国がん罹患モニタリング集計」の報告書や予測がん罹患数2006年~2015年のデータを見てみると、がん患者さんは男女全部位で2006年の66万4398人から2015年の98万2100人に増加したことがわかります(図2)。

図2 国立がん研究センターより

図2 国立がん研究センターより

発症率16%をベースにしてリンパ浮腫患者数を試算すると、2006年の10万6304人から2015年の15万7136人に増えてきたということになります(図3)。この数字に笹島ら(2012年)の原発性リンパ浮腫全国調査結果の3595人の患者さんを含めると、現時点で全国におけるリンパ浮腫患者数は16万人以上、ということが予測できます。

図3 国立がん研究センターおよびShaitelmanのデータを基に行った後藤学園附属リンパ浮腫研究所の試算

図3 国立がん研究センターおよびShaitelmanのデータを基に行った後藤学園附属リンパ浮腫研究所の試算

望まれる医療技術評価

これだけたくさんの方々が高額な医療費負担を強いられている状況下において、保険適用は切実に望まれています。リンパ浮腫治療の先進国であるドイツでは複合的理学療法の保険適用はすでに1970年代には実現され、全国各地に数万人のリンパ浮腫療法士としての資格を有する理学療法士とマッサージ師が、医師と連携を取りながら自らの開業施設にて患者さんの治療にあたっています。その結果として、ドイツの患者さんは自宅の近くの治療室で保険適用内の治療を受けることができ、その成果として重症化する方が大幅に減り、リンパ浮腫を抱えていても、仕事や社会生活を継続しながら、充実した毎日を送ることが可能となりました。諸隣国(イギリス、フランス、オランダなど)でも同様の医療体制が整っています。
リンパ浮腫は、早期発見と早期治療によって重症化を防ぐことが可能です。がんの罹患率が高まる日本において、現在リンパ浮腫を発症されている患者さん、これから発症する可能性のある患者さんを継続的に支援するには、国の理解と支援を得ながら、医療体制を整えていくプロセスが必要であり、その先には保険適用による治療提供が必要不可欠と考えます。陳情活動、要望書および医療技術評価提案書の継続的な提出などは、患者さんやご家族の切実な願いの代弁となり現実に変えてくれる道となっています。そして、特筆すべきは、この療法により患者さんの苦悩ともいえる術後後遺症などによる〝むくみ〟を軽減させることに留まらず、炎症やさまざな重篤な皮膚病変に係る治療費の削減、仕事や社会生活への復帰、高齢時の介護回避などにも大きく影響し、総合的な医療費削減につながることです。
リンパ管系が傷害されて生じるリンパ浮腫を完全に解決させることは難しいことです。しかしながら、近い将来、「わが国では、リンパ浮腫が重度化する患者さんは激減し、リンパ浮腫の発症を最小限に留め、がん術後の後遺症を抱えながらも、誰もが安心して社会生活を継続できる、そして望めば適切な治療やケアが受けられるようになった」と語られるようになってほしいです。

参考文献
1 The Diagnosis and Treatment of Peripheral Lymphedema: 2013 Consensus Document of the International Society of Lymphology. Lymphology 46(2013)1-11.
2 Ko DS et al.: Effective treatment of lymphedema of the extremities. Arch Surg 1998.133(4): 452-8.
3 Didem K et al.:The comparison of two different physiotherapy methods in treatment of lymphedema after breast surgery. Breast Cancer Res Treat. 2005. 93(1): 49-54.
4 Kim S et al.: Effect of complex decongestive therapy on edema and the quality of life in breast cancer patients with unilateral lymphedema. Lymphology 2007. 40(3): 143-51.
5 Ashino Y et al.: Effectiveness of complex physical therapy (CPT) of lymphedema in a prospective baseline-controlled study in eleven domestic facilities. Shinryo to Shinyaku 2014. 51(11):1053-1059.
6 Quere I et al.: Prospective multicentre observational study of lymphedema therapy: POLIT study. Journal des Maladies Vasculaires 2014. (39): 256-263
7 Yamamoto R et al.: Effectiveness of the treatment-phase of two-phase complex decongestive physiotherapy for the treatment of extremity lymphedema. Int J Clin Oncol. 2007 Dec;12(6):463-8.
8 Yamamoto T et al.: Study of edema reduction patterns during the treatment phase of complex decongestive physiotherapy for extremity lymphedema. Lymphology 2008. (41): 80-86.
9 Cormier JN et al.:Lymphedema beyond breast-cancer. A systematic review and meta-analysis of cancer-related secondary lymphedema. Cancer 2010. 116(22):5138-5149.
10 Shaitelman SF et al.: Recent progress in the treatment and prevention of cancer-related lymphedema. CA Cancer J Clin 65(1):55-81, 1/2015
11 Lymphoedema Framework. Best Practice for the management of lymphoedema. International consensus. London. MEP Ltd. 2006.
12 笹嶋唯博 ほか『原発性リンパ浮腫全国調査を基礎とした治療指針の作成研究』

佐藤佳代子(さとう・かよこ) 合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表。20代前半に渡独し、リンパ静脈疾患専門病院「フェルディクリニック」においてリンパ浮腫治療および教育の研鑽を積み、日本人初のフェルディ式複合的理学療法認定教師資格を取得。日々の治療に取り組むほか、医療製品の研究開発、医療職セラピストおよび指導者の育成、医療機関などにおいて技術指導を行う。J-LAM(リンパ脈管筋腫症)の会、リンパ浮腫ネットワークジャパン(リンネット)医療アドバイザー。著書に『リンパ浮腫治療のセルフケア』『DVD暮らしのなかのリンパ浮腫ケア』ほか。

佐藤佳代子(さとう・かよこ)
合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表。20代前半に渡独し、リンパ静脈疾患専門病院「フェルディクリニック」においてリンパ浮腫治療および教育の研鑽を積み、日本人初のフェルディ式複合的理学療法認定教師資格を取得。日々の治療に取り組むほか、医療製品の研究開発、医療職セラピストおよび指導者の育成、医療機関などにおいて技術指導を行う。J-LAM(リンパ脈管筋腫症)の会、リンパ浮腫ネットワークジャパン(リンネット)医療アドバイザー。著書に『リンパ浮腫治療のセルフケア』『DVD暮らしのなかのリンパ浮腫ケア』ほか。

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