(がんの先進医療: 2022年1月発売 44号 掲載記事)

第31回 リンパ浮腫の治療とケア
―上肢リンパ浮腫のセルフバンデージ③―

佐藤佳代子 合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表

今号でご紹介するのは、乳がん治療のためにハルステッド手術を受けられた後、長期にわたる上肢リンパ浮腫により腕神経叢が圧迫され、次第に患肢に麻痺を生じた患者さんへのセルフ包帯法です。

ハルステッド手術は1900年代初頭に米国のウィリアム・ハルステッド医師により考案され、長い間乳がん手術の標準治療とされていた手術法です。乳房はもとより、その下の大胸筋、小胸筋、さらに腋窩リンパ節もすべて除去される乳房全摘手術です。このため肋骨が浮き出るなど術後の傷跡が目立つうえに、腕のリンパ還流が阻害され腕がむくんだり、神経損傷により感覚が鈍くなったりという後遺症に悩まされることも少なくありません。

個別対応の大切さ

特に利き腕に浮腫を発症されると日常生活のさまざまな場面においてご苦労がありますが、さらに麻痺が見られる状態でのセルフケアには一層の大変さと難しさが伴います。このような状況においても、患者さんご自身の暮らしのなかでセルフケアが身近な形で繰り返し行えること、そしてケアに費やす「労力」と「所要時間」をより軽減させることが重要になります。具体的に問題解決していけるように、個別の症状と暮らし方を踏まえたケア方法を考えていきます。

患肢に麻痺がみられる方のセルフ包帯法ついて

一般的に上肢リンパ浮腫のセルフ包帯では、肌に直接触れる包帯の下地(筒状包帯)、緩衝材として必要に応じて用いるスポンジ類、患肢を圧迫するための弾性包帯などを使います。また簡易的圧迫用品を使用する場合には、より簡便で着脱しやすい製品を選びます。しかし、腕や手部に麻痺を生じているとより簡便に工夫された製品でも着用するのが難しくなる場合もあります。

ヒントは患者さんとの語り合いのなかに

セルフケア方法の内容が複雑すぎると長く続けることは難しくなりますし、続けることができなければより良い状態を維持することも難しくなります。これらを解決しながらより効果的なケアに仕上げていくためのヒントを、患者さんとの語り合いのなかで見つけていきます。今号でご紹介する患者さんは、10年前には従来法のもっとも難しい包帯法も上手に巻くことのできた方でした。その後、次第に麻痺が顕著となり、変化に応じてケア方法もその都度改良してきました。
最近の治療中の会話のなかで、「麻痺が進み手指の開閉も難しくなり、手部のむくみのために使っていたグローブ型の製品は指が利かないので手を中に入れにくくなり、ご主人に手伝ってもらわないと着けられず困っている」というお話しを受け、『より簡便に、かつご自身だけでも巻くことができる工夫』が必要と考えました。そして、何度かの試行錯誤の末、現在のセルフ包帯法に辿り着きました。

辿り着いたセルフ包帯法

今回の患者さんが始められた「ソニックバンド」を使用したセルフ包帯法について解説いたします。
「ソニックバンド」はフランスで開発された製品です。伸縮性のある弾性包帯が筒状のコットン生地に覆われている形状で、8㎝幅と10㎝幅があります(写真1)。

写真1 ソニックバンド(8㎝幅)

写真1 ソニックバンド(8㎝幅)

上肢用には、患者さんご自身で巻いていただく際に持ちやすく、巻きやすい8㎝幅の方をお勧めします。上肢用の長さは4種類(3・5m、4m、4・5m、5m)あり、用途に合わせて選びます。バンドの先端(アンカー)を親指に掛け、バンド幅の1/2が重なるよう巻くと30㎜Hgの圧迫がかかります。バンド幅の1/3が重なるように巻くと20㎜Hgの圧迫がかかります。基本的に包帯をやや伸張させながら患肢に沿わせて巻くことで、必要な圧が掛かる設計になっているため、従来法のショートストレッチ包帯のような圧調整は不要です。

「ソニックバンド包帯法」を使用した圧迫用品

「ソニックバンド」を用いる目的は、ケアの効果を維持しながらも、必要な物品と動作をできる限り最小限に留め、セルフケアとしての負担を大幅に減らすためです。

・巻き方の手順

今回ご紹介する「ソニックバンド包帯法」は、次のように行います。

【スキンケア】
保湿用クリーム、ローションなどで皮膚を保湿します。

【筒状包帯】
筒状包帯は不要です。本体の表面がガーゼで覆われているため、素肌に直接巻くことができます。

【指包帯】
6㎝幅ガーゼ包帯を半分に折って3㎝幅にした指包帯を各指に巻きます。手指の感覚が鈍い、しびれがある、麻痺が見られるという場合には、包帯が手指に優しく密着する程度の圧迫に留めます。写真2のように指包帯の代わりに手指のサイズに合わせた指サックを作製したり、岡本メディカル弾性グローブを使用したりすることもできます。

写真2 さまざまな手指の圧迫方法

写真2 さまざまな手指の圧迫方法

【緩衝材】
手背にむくみが見られる場合には手部に緩衝材(スポンジ)を用います。写真の緩衝材は介助者の力を借りずに自分ではめられるように作製したものです(写真3)。

写真3 緩衝材(スポンジ)の活用

写真3 緩衝材(スポンジ)の活用

手首の径がやや広く、4指の真ん中(中指と環指の間)のみ糸で数回留めてあります。ここまで何通りか試して調整しながら仕上げています。環指、小指にかかる部分はカットすることもできましたが、覆って使いたいというご意向もありこのままの形にしていますが、使っているうちに調整が必要になったらまた整えます。

【弾性包帯】
8㎝幅×5mのソニックバンドを手背から腋窩の高さまで巻きます。バンドの先端(アンカー)が輪っかになっていて、これを親指にはめて巻き始めます。手背で2巻きして手部全体を覆います。その後は横巻き(らせん帯)で腋窩の高さまで巻き上げます。10㎝毎に縫い目があり、中に入っている包帯を引っ張り過ぎるのを防ぐしくみになっています。そのうえで腕の長さや必要な圧迫加減を微調整しながら腋窩まで巻いていきます。
写真4は、手部に岡本グローブを着用した上から、上肢全体に「ソニックバンド」を巻いた状態です。

写真4 通常の巻き方 (※上端はテープの代わりに筒状包帯を使用している)

写真4 通常の巻き方
(※上端はテープの代わりに筒状包帯を使用している)

通常はこのような仕上がりになります。製造会社には推奨されない方法ですが、今回の場合には包帯自体に切り込みを入れて穴を空け、包帯を巻く流れのまま指を通せるようにしています。このような加工をすることで腋窩までの包帯の長さを十分に確保できたり、巻きやすさが格段に向上することもあります(写真5①)。

写真5 包帯自体に指を通す穴を空けて加工

写真5 包帯自体に指を通す穴を空けて加工

【巻き上がり】
日中、在宅でソニックバンドを巻いて過ごされる場合には端をテープで止めて、ズレ落ちないようにします。就寝時に装着する場合には、包帯の上端を巻き上げてきた包帯の隙間に挿入して固定するだけでも大丈夫です(写真6①)。

写真6 巻きあがりの様子

写真6 巻きあがりの様子

日によってソニックバンドの圧だけでは足りないと感じる場合には、この上からショートストレッチ包帯を巻き足して圧調整をすることもあります(写真6②)。このときのショートストレッチ包帯にもそのまま指を通せるように指穴の加工を施しています(写真5②)。

【運動や日常生活動作について】
包帯を巻いている間は、ご自身で筋ポンプ運動を取り入れるようにして排液効果を高めます。巻いたタオルを握ったり、手首や肘関節をゆっくり回したりなどの動きを取り入れていただきますが、麻痺が見られる場合には、反対の手で患肢の関節を動かすようにしていただきます。

身体と心の負担を軽減させること

今回は弾性包帯を使用した方法をご紹介しましたが、すべての方が包帯によるケアが必要とは限りません。セルフケアはその方に合う基礎となる方法でしばらく続けていただきながら、柔軟に微調整していくことが大切です。また「ソニックバンド」自体もさまざまな使い方ができるので、今後の機会にあらためてご紹介できたらと思います。
症状によっては専門施設での集中治療が必要なケースもありますが、セルフケアにおいては、「頑張りすぎないで続けられるケア」、「働きながら続けられるケア」、「ご高齢になっても安心して続けられるケア」を目標に、効果を維持しながらも簡便にできるケア方法を追求していきたいと思います。

お問い合わせ先:
・岡本メディカル弾性グローブ
岡本株式会社 電話:0120–55–1975
・ソニックバンドスリーブ
株式会社日本リンパ浮腫サポートセンター 電話:072–808–7531

※上肢用「ソニックバンドスリーブ」、下肢用「ソニックバンドストッキング」は弾性包帯のように巻くことができますが、医療機器一般名称は「弾性ストッキング」としての扱いになります。

佐藤佳代子(さとう・かよこ) 合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表。20代前半に渡独し、リンパ静脈疾患専門病院「フェルディクリニック」においてリンパ浮腫治療および教育の研鑽を積み、日本人初のフェルディ式複合的理学療法認定教師資格を取得。日々の治療に取り組むほか、医療製品の研究開発、医療職セラピストおよび指導者の育成、医療機関などにおいて技術指導を行う。J-LAM(リンパ脈管筋腫症)の会、リンパ浮腫ネットワークジャパン(リンネット)医療アドバイザー。著書に『リンパ浮腫治療のセルフケア』『DVD暮らしのなかのリンパ浮腫ケア』ほか。

佐藤佳代子(さとう・かよこ)
合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表。20代前半に渡独し、リンパ静脈疾患専門病院「フェルディクリニック」においてリンパ浮腫治療および教育の研鑽を積み、日本人初のフェルディ式複合的理学療法認定教師資格を取得。日々の治療に取り組むほか、医療製品の研究開発、医療職セラピストおよび指導者の育成、医療機関などにおいて技術指導を行う。J-LAM(リンパ脈管筋腫症)の会、リンパ浮腫ネットワークジャパン(リンネット)医療アドバイザー。著書に『リンパ浮腫治療のセルフケア』『DVD暮らしのなかのリンパ浮腫ケア』ほか。

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