第10回 リンパ浮腫の治療とケア
―乳がん治療に伴う強皮症様皮膚硬化のケア―
本号では、乳がん治療に伴うタキサン系製剤使用による強皮症様皮膚硬化についてまとめます。これらの症状に対して、治療室開設当初(2001年)から随時対応してきましたが、近年、本症状に悩まれる患者さんは少しずつ増加傾向にあります。
薬剤性浮腫について
薬剤の長期間使用やその副作用により全身や局所に浮腫症状をきたすことがあり、これらは薬剤性浮腫といわれます。その代表的な抗腫瘍薬のひとつとされるタキサン系製剤には、パクリタキセル(タキソール)やドセタキセル(タキソテール)などがあり、乳がん、胃がん、肺非小細胞がん、卵巣がんなどの悪性腫瘍に対して広く使用されています⑴。
そして、製剤によるさらなる副作用として、高度の皮膚硬化が見られることがあり、これを強皮症様皮膚硬化といいます。
強皮症とは
一般的に強皮症とは、原因不明に皮膚が浮腫をきたし、その後硬化し、萎縮していく進行性の疾患であり、さまざまな内臓病変を合併する全身性強皮症と、皮膚に限局して硬化をきたす限局性強皮症に分類されます⑵。
今回のテーマであり、皮膚に浮腫をきたし、硬化、萎縮するというプロセスを有する「強皮症様皮膚硬化」については、発生機序が十分解明されておらず、研究発表や論文が少ないのが現状です。
強皮症様皮膚硬化について
抗腫瘍薬使用後2~3クール程度で、四肢や全身の浮腫が出現し、化学療法後に全身の浮腫が軽減しても、四肢遠位部に強い皮膚硬化や進行性の浮腫が残存することがあります。患肢の皮膚は全体的に硬く、表皮・真皮層の肥厚が著明であり毛根が目立つ(オレンジピール状)のが特徴です⑶。
皮膚本来の弾力性や伸縮性が低下し、関節部の皮膚の硬さが顕著になるに従い、可動性にも支障が出てくることもあります。乳がん治療に伴う強皮症様皮膚硬化では、患側上肢および両下腿(場合によっては大腿部まで)に見られることがあります。シュテンマー徴候は陽性で、圧痕は局部的に残りにくいところと、残りやすいところがあります。皮膚硬化は四肢末端から中枢側へと進行する傾向がありますが、いわゆるリンパ浮腫とは違い、周囲径は健側との差が大きく変化しないこともあります。エコー画像では、真皮層の水分貯留が黒く写る所見が確認できます(写真1)。
写真1 強皮症様皮膚硬化のエコー所見
資料提供:都庁前血管外科・循環器内科(東京バスキュラークリニック)
患者さんの感じ方
強皮症様皮膚硬化を抱える患者さんが共通して訴えることは、手がこわばる、手指の曲げ伸ばしがしにくい、手関節が曲げにくい、などの緊満感や巧緻性の低下、皮膚に赤みが出てきた(特に手を下垂するとより顕著)などです(写真2)。
写真2 強皮症様皮膚硬化(右手部)
しかしながら、これらの色味や硬さの変化を自覚するまでには個人差があり、すぐに違和感を覚える方もいれば、実際に硬さが増してから時間を要する方もいます。それは、同様の自覚症状はリンパ浮腫の症状においても感じられることでもあり、それらが混在してしまうことがあるようです。
ですが、時間の経過とともに、むくみ症状だけのときに比べ、皮膚自体の厚みが増して、表面が硬く伸びやかでなくなってきたなどの感覚を持たれます。まれに、しびれ感を訴える方もいます。ほとんどの患者さんは、医療者から「薬が抜けたらまた柔らかくなる」と説明を受けていますが、そのときを待ち続け放置してしまうと症状がより増強する方もおられます。強度の皮膚硬化や関節の拘縮などの非可逆的な状態に至ることもあるため、より早い段階から気づいて、適切なケアを受けることが大切です(写真3)。
写真3 高度の皮膚硬化、関節の拘縮(左手部)
当施設における強皮症様皮膚硬化のケア
【スキンケア】
強皮症様皮膚硬化においては、清潔保持とともに、十分に保湿し皮膚の潤いを保つことは重要なポイントです。医師から処方された軟膏類や日常的に使用できる市販の低刺激タイプ(弱酸性、無香料、無着色、ノンアルコール)の保湿クリームをお勧めしています。日々の皮膚状態の確認のしかたや保湿クリームを使用したセルフケア方法を、患者さんと一緒に練習します。
【医療用リンパドレナージ(MLD)】
当施設では、強皮症様皮膚硬化に対して、より早期からMLDを介入させます。硬さに加えデリケートな皮膚状態でもありますので、皮膚への刺激を適宜調整しながら進めていきます。基本のMLDから始めても皮膚の伸張性は改善しにくいので、まずは皮膚面に四指腹を並列させて、ピアノを弾くような動きや、垂直に沈ませ圧痕がやや残る程度の圧(指先のみに強い圧をかけない) でのアプローチを用います。
このようにして段階的に、より丁寧に触診しながら皮膚組織を緩めていきます。患部に対して約20~40分の治療を、定期的に複数回継続することにより、次第に皮膚が柔らかくなり、緊満痛や関節可動域が全体的に改善されていきます。
【圧迫療法】
圧迫方法については、慎重に判断していきます。さらに個人差や日毎の状態に応じて、圧迫の程度を軌道修正します。その領域に生じている皮膚の硬さが、強皮症様皮膚硬化単独のものであるのか、あるいはリンパうっ滞性線維症を合併しているのかを確認しながら、皮膚の状態に応じて適宣圧を調整していきます。
使用する圧迫用品の素材や厚み、刺激量などから、弾性包帯、弾性着衣、その他のさまざまな簡易的圧迫用品のうち、どれが現状に最も適切であるのか、組み合わせることが可能かなどを、圧迫刺激による血液循環への影響を含めて考慮しながら判断します(写真4)。
写真4 スポンジで作製した圧迫用品
治療開始当初は弾性着衣の使用が困難であった方も、成果が出てくると着用可能になることもあります。原則として、皮膚が硬いからといって、硬めの素材でしっかり圧迫することは避けています。
【運動療法】
日常的に無理なく反復できる内容を中心に、皮膚状態と関節可動域を改善させ、ADL(日常生活動作)やQOL(生活の質)の向上につなげていきます。その中心となるものは、患部に関連するあらゆる関節をゆっくりと、時間をかけて動かすような運動法です。
たとえば、患部の手背骨間(虫様筋)に反対の手の母指腹を平らに当て、深部に向けて垂直に圧をかけながら、10~20秒かけてグーパー運動を繰り返す、前腕内側・正中の橈骨―尺骨間に同様に母指腹を当てながら手関節をゆっくり回旋させる、などです。
このように、より簡単でゆっくりとした動作とマッサージ刺激を組み合わせた運動は続けていただきやすく、段階的に皮膚の緩みや改善が期待できます。
まとめ
2006年5月~2009年6月までに来室された乳がん治療に伴うリンパ浮腫を発症し、ドセタキセル投与後の薬剤性浮腫と診断された患者さんに対する複合的理学療法の実施により、緊満感の軽減、皮膚状態の改善、超音波断層法による皮下脂肪内の水分貯留および肥厚の軽減、周囲径値、浮腫容積の軽減を確認できました⑷(写真5①②③④)。
写真5 治療例:乳がん治療に伴う強皮症様皮膚硬化(患側上肢、両下肢に発症)
今号は乳がん治療に伴う症例の報告となりましたが、それ以外のがん治療に伴う強皮症様皮膚硬化についても同様に対応しています。少しでも特徴的な皮膚の硬化を確認したら、できるだけ早い段階でケアを始めることで、症状の進行を緩やかにし、巧緻性の維持に貢献できると著者は考えます。
参考資料
⑴ 築場広一著『タキサン製剤による強皮症様皮膚硬化』日皮会誌、P116 (②)、201–207、2006
⑵ 清水宏著『あたらしい皮膚科学:第2版』:、P187 、中山書店、2011年
⑶ 小川佳宏著『リンパ浮腫の診断』脈管学VOL.50 No.6
⑷ 「ドセタキセル副作用による薬剤性浮腫に対する複合的理学療法を応用した浮腫管理の硬化について」2009年第17回日本乳癌学会にて発表
佐藤佳代子(さとう・かよこ)
合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表。20代前半に渡独し、リンパ静脈疾患専門病院「フェルディクリニック」においてリンパ浮腫治療および教育の研鑽を積み、日本人初のフェルディ式複合的理学療法認定教師資格を取得。日々の治療に取り組むほか、医療製品の研究開発、医療職セラピストおよび指導者の育成、医療機関などにおいて技術指導を行う。J-LAM(リンパ脈管筋腫症)の会、リンパ浮腫ネットワークジャパン(リンネット)医療アドバイザー。著書に『リンパ浮腫治療のセルフケア』『DVD暮らしのなかのリンパ浮腫ケア』ほか。