(がんの先進医療: 2017年1月発売 24号 掲載記事)

第11回 リンパ浮腫の治療とケア
―乳がん治療に伴う乳房の浮腫のケア―

佐藤佳代子 合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表

本号では、乳がん治療に伴う乳房の浮腫についてまとめたいと思います。腋窩リンパ節を切除・郭清している場合に、乳房や胸背部、上肢などの腋窩リンパ節の所属領域に、リンパ液の輸送障害を生じリンパ浮腫を発症することがあります。また、乳がん治療は、1990年代に入ると乳房と胸筋を切除する「胸筋合併乳房切除術(ハルステッド法)」に代わり、乳房温存療法が急速に普及し、センチネルリンパ節生検で転移がみられない場合には腋窩リンパ節郭清が省略されるなど、腋窩リンパ節の所属領域への負担が大幅に減りました。これに伴い上肢のリンパ浮腫発症が軽減し、QOL(生活の質)向上が期待されていますが、温存手術に併用される乳房の放射線治療の後遺症として生じた乳房の浮腫を気にされる患者さんが少なくありません。

乳房の浮腫について

乳房の浮腫の主訴として、乳房の変形や左右差、患側乳房の緊満感、線維化による皮膚肥厚、皮膚硬化、慢性的な熱感などが挙げられます。放射線療法を受けた場合には、汗腺が障害を受け発汗が減少したり、乳房の皮膚が乾燥したり、褐色の色素沈着がみられることもあります(写真1)。

写真1 乳房の浮腫、慢性的な熱感(左側)

写真1 乳房の浮腫、慢性的な熱感(左側)

乳房の浮腫が重症化して、皮膚の肥厚がみられたり硬化した部位では、皮膚を寄せると毛穴が目立ちますが、症状が改善するとともに目立たなくなります。乳房全体に同程度の腫脹が見られることもありますが、部分的に皮膚の状態が異なることのほうが多いように見受けられます(写真2)。

写真2 乳房の皮膚硬化(右側)

写真2 乳房の皮膚硬化(右側)

患者さんの感じ方

乳房の緊満感や左右差や変形は、外科治療や放射線治療の直後というより、数カ月や数年経過してから徐々に感じる方が多いようです。乳房の皮膚の線維化や硬化が顕著になると、皮膚全体の伸張性が失われて関節の可動性が低下し、衣類の着脱時などに違和感を覚える方もいます。写真3①の患者さんは手術や放射線治療による乳房の変形や左右差に加え、乳房下部に強い硬さがみられます。外来治療3回(2カ月間)にて全体的に状態が改善され、深部組織も柔らかさを取り戻すことができました(写真3②)。

写真3① 乳房の浮腫治療前(リムズ徳島クリニック 小川佳宏医師より提供)

写真3① 乳房の浮腫治療前(リムズ徳島クリニック 小川佳宏医師より提供)

写真3② 治療後

写真3② 治療後

慢性的な熱感について

実際に乳房に慢性的な熱感が生じていても自覚していない方が多い印象があります。患者さんへの聞き取りによってわかったことですが、慢性的な熱感は急性炎症とは異なり、日常生活に大きな支障がないことが多いため、熱感があること自体が恒常化して次第に気にならなくなり、問題意識が薄れてしまうことが背景にあるようです。なかには5年以上前から熱感を自覚していたという方もいますが、定期的な診察時には、具体的に心身の負担を実感されていること(再発・転移への不安、上肢の浮腫や痛みやしびれなど)を伝えることが優先されるため、患者さんからも医療者側に乳房の慢性的な熱感について伝達される機会が少ないようです。

当施設における乳房浮腫のケア

【スキンケア】

乳房の浮腫に対しては、患者さんにも保湿を心がけていただき皮膚の潤いを保つようにします。慢性的な熱感がある場合には冷たすぎない氷嚢を用いて、皮膚の熱を少しずつ冷ますようにします(参照:さとう式氷嚢)。一度に患部をしっかり冷やし切るというよりは、日を隔てて数回に分けて行うと皮膚に負担をかけずに患部の熱を取り除いていくことができます。熱感が残っている間は血管の透過性が高まっているため乳房の張り感も持続しますが、熱感が軽減するに従い乳房全体が柔らかくなり皺が寄るようになります。患者さんご自身も、熱感消失後に皮膚が平温に戻り、柔らかくなった状態を認識されると、これまで皮膚に熱感があったことやそれが原因となり乳房の浮腫が一層増していたことに気づかれて、驚かれるということが度々あります。

●さとう式氷嚢の作り方(乳房用)

さとう式氷嚢は身近なもので作ることができます。乳房用は、概ね両手のひらのサイズになります。氷嚢本体はビニールに氷水を入れて作るので、柔軟に患部の形状に合わせて密着させることができます。冷却時間は氷嚢を患部に当てたときに心地よく感じる範囲を目安にしてください。寒気を感じる場合には使用を控えます。

《準備するもの》氷:3~5個程度、水500㎖、ビニール袋1枚、筒状ガーゼ包帯

《作り方》(写真4)①ビニール袋に氷と水を入れます。②空気を抜きながら袋を絞めます。③筒状ガーゼ包帯で包みます。
※筒状ガーゼ包帯がない場合には薄地のガーゼハンカチなどでも代用できます。

写真4 さとう式氷嚢の作り方

写真4 さとう式氷嚢の作り方

【医療用リンパドレナージ(MLD)】

当施設では、乳房の浮腫に対してより早期からMLDを介入させます。患部の状態を確認しながら皮膚面に手掌や四指、指腹などを当て、患部と反対側の腋窩リンパ節に向けて排液を促します。患部と同側の鎖骨上リンパ節・深頸リンパ節に放射線治療などを受けていない場合には、こちらにも向けて誘導します。腋窩部に放射線による皮膚線維症がみられる場合には、上肢の外転時の可動性を確認しながら、腋窩部の中心に指腹を当てて、皮膚の硬さを緩めていきます(写真5)。

写真5 放射線による皮膚線維症(腋窩)

写真5 放射線による皮膚線維症(腋窩)

鎖骨付近や胸壁、乳房などの照射領域の皮膚に対してアプローチする場合には、四指腹を並列させて置き、照射領域内のより外側から始め中央部へ移動していきます。照射領域の皮膚に爪の跡が付くと、デリケートな状態の皮膚をさらに傷めてしまうため、指先は照射していない皮膚の方向を向けます。
この場合においても、一度に長時間刺激を加えるというよりは、日を隔てて数回に分けて行うと皮膚に負担をかけずに患部の状態を改善することができます。皮膚状態を完全に回復させることは難しくとも、皮膚組織の伸張性や関節可動性が改善されると胸部がより広がり呼吸が深くなる、衣類を着脱しやすくなるなどQOL向上が期待できます。

【圧迫療法】

圧迫方法については個人差に応じて慎重に行います。多くの場合は乳房の浮腫や皮膚肥厚、硬さに合わせてスポンジを加工して圧迫用品を作ります。一例として、写真6のように乳頭部にはスポンジが当たらないようにし、うっ滞した組織液が健康な領域に放射状に誘導されるような形状にします。

写真6① 乳房用の圧迫用品(中身)

写真6① 乳房用の圧迫用品(中身)

写真6② 乳房用の圧迫用品(完成形)

写真6② 乳房用の圧迫用品(完成形)

【運動療法】

乳房全体を手のひらで包むように軽く押さえながら、肩関節を小さく回旋させるようにします。また同じ状態で胸を張る動き、肩をすぼめる動きなどをゆっくりと繰り返します。このとき皮膚が過剰に引っ張られ痛みを与えないように注意しましょう。

まとめ

乳がん治療後の乳房の浮腫は、外科治療や放射線治療後に緩慢に生じることもあり、自覚される時期もやや遅くなりがちですが、より早期から治療やケアを始めることにより症状が改善し、QOLの向上が期待できます。特に慢性的な熱感は数年にわたることがあり、放置すると浮腫増強を助長させてしまうことがあるため、日頃からご自身の乳房に触れて皮膚温や状態を確認していただくようにしています。

参考資料
⑴ 小川 佳宏、佐藤 佳代子著『浮腫疾患に対する圧迫療法―複合的理学療法による治療とケア』文光堂

佐藤佳代子(さとう・かよこ) 合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表。20代前半に渡独し、リンパ静脈疾患専門病院「フェルディクリニック」においてリンパ浮腫治療および教育の研鑽を積み、日本人初のフェルディ式複合的理学療法認定教師資格を取得。日々の治療に取り組むほか、医療製品の研究開発、医療職セラピストおよび指導者の育成、医療機関などにおいて技術指導を行う。J-LAM(リンパ脈管筋腫症)の会、リンパ浮腫ネットワークジャパン(リンネット)医療アドバイザー。著書に『リンパ浮腫治療のセルフケア』『DVD暮らしのなかのリンパ浮腫ケア』ほか。

佐藤佳代子(さとう・かよこ)
合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表。20代前半に渡独し、リンパ静脈疾患専門病院「フェルディクリニック」においてリンパ浮腫治療および教育の研鑽を積み、日本人初のフェルディ式複合的理学療法認定教師資格を取得。日々の治療に取り組むほか、医療製品の研究開発、医療職セラピストおよび指導者の育成、医療機関などにおいて技術指導を行う。J-LAM(リンパ脈管筋腫症)の会、リンパ浮腫ネットワークジャパン(リンネット)医療アドバイザー。著書に『リンパ浮腫治療のセルフケア』『DVD暮らしのなかのリンパ浮腫ケア』ほか。

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