(がんの先進医療: 2020年4月発売 37号 掲載記事)

第24回 リンパ浮腫の治療とケア
―2020年度診療報酬改定 原発性リンパ浮腫診療の進展―

佐藤佳代子 合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表

はじめに

診療報酬改定においてはじめてリンパ浮腫治療に関する要件が認められたのは2008年のことでした。2007年にがん対策基本法が施行されたことが追い風となり、翌年、がん術後の後遺症として続発性リンパ浮腫に対する「リンパ浮腫指導管理料」および「四肢のリンパ浮腫治療のための弾性着衣等に係る療養費の支給」が診療報酬に正式に算定され、保険適用化の実現に向けて取り組んできた多くの医療者や患者会、支援者の方々の長年の活動が認められました。
一方、続発性リンパ浮腫と同様の治療やケアにより症状改善が期待できる原発性リンパ浮腫は適用疾患として認められず、両者には様々な医療サービスの格差が生じていました。
しかし、本年度の診療報酬改定において、待望の「原発性リンパ浮腫」が算定対象となり大きな一歩を踏み出しました。

原発性リンパ浮腫について

原発性リンパ浮腫(primary lymp-hedema)は、リンパ管の先天的低形成、無形成や機能不全により、四肢や体幹にリンパ液の還流障害を発症し慢性的に経過する疾患です(写真1)。

写真1 先天性下肢リンパ浮腫(小児)

写真1 先天性下肢リンパ浮腫(小児)

発症時期や浮腫の程度は様々ですが、発症時期により先天性(1歳未満)、早発性(1~35歳)、遅発性(36歳以上)の3型に分類されています(Kinmonth分類)。近年では、原発性リンパ浮腫の発症と関連する遺伝子(FoxC2、VEGFR-3、SOX18など)について研究が進められています。

保険適用化実現に向けた様々な活動を振り返って

皮膚や深部組織に対して直角に手指を当てます。皮膚を横ずれさせないで、深部に向けて垂直に圧がかかるようにします。施術を始めるとすぐに変化がわかりますので、随時触診で状態の変化を確認しながら行います。深部組織に触れるには、より表層の組織から改善させる必要があります。時間をかけながら、痛みや不快感、赤みや熱感が生じない程度に行いましょう。

患者グループによる地道な活動

2000年に設立されたリンパ浮腫患者グループ「あすなろ会」は、原発性リンパ浮腫を抱える患者さんへの親身な支援を続けてこられました。大阪と東京を拠点に全国各地からの電話相談や定期勉強会をはじめ、保険適用実現に向けてリンパ浮腫に関連する医学会や多職種によるチーム医療推進協議会、厚労省関連審議会などにおいても、患者代表として切実な願いを伝え続けています。保険適用実現に向けた陳情や署名活動においても、全国の患者会と共に多大な貢献をされました(写真2)。

写真2 「あすなろ会」森洋子会長(写真中央)、「リンパの会」金井弘子会長(右から2人目)と24万人の署名簿を舛添要一厚労大臣に提出(2007年)

写真2 「あすなろ会」森洋子会長(写真中央)、「リンパの会」金井弘子会長(右から2人目)と24万人の署名簿を舛添要一厚労大臣に提出(2007年)

医学学会による取り組み

原発性リンパ浮腫の保険適用実現の取り組みは、常に続発性リンパ浮腫への取り組みに並行して行われてきました。日本静脈学会、日本脈管学会、日本循環器学会、日本血管外科学会、日本リンパ学会、日本リンパ浮腫治療学会、日本リンパ浮腫学会、日本緩和医療学会、看護系学会等社会保険連合など、数多くの医学会からリンパ浮腫に対する治療とケアの重要性が提唱されてきました。

海外の第一人者からの後押し

2009年秋、60年にわたり先駆的にリンパ浮腫診療にあたる独フェルディクリニックのE・フェルディ院長と共に厚生労働省保険局に陳情に出向いた際に院長は、
「原発性リンパ浮腫を抱える幼い子供たちは適切な治療とケアを受け、立派な成人となり、安定した職に就き、家庭を築き、元気に暮らしています」
と、原発性リンパ浮腫に対する早期からの治療とケアによる重症化予防の重要性について語られました。ドイツでは1974年に続発性・原発性リンパ浮腫が保険適用として認められています。

原発性リンパ浮腫に関する調査や研究

原発性リンパ浮腫は研究の基盤となる疫学調査や診断治療指針の根拠となる患者QOL(生活の質)調査の報告が世界的にも存在しないことから、2009年に厚労科研研究班(笹嶋唯博班長)が調査を行うことになりました。その調査結果は2013年に報告され、国内の3595名(人口10万人対3・00人)の原発性リンパ浮腫患者の存在が明らかになりました。
発症時期による内訳は、先天性9%、早発性42%、遅発性49%であり、男女比は男:女=1:2・38で女性に多いことがわかりました。この報告書を通じて原発性リンパ浮腫に関する重要な疫学データが得られました。

小児慢性特定疾病に認定される

2019年4月、原発性リンパ浮腫が「小児慢性特定疾病」の対象疾病として認定されました。この制度は児童福祉法第19条の2に基づき、児童等の慢性疾病のうち国が指定した疾病(小児慢性特定疾病)の医療にかかる費用の一部を県が助成し、小児慢性児童等のご家庭の医療費の負担軽減を図る制度です。申請により発達段階に合わせて新調する弾性着衣やリハビリ用靴のための高額な医療費負担が軽減されることになり、大きな支援となっています。

2020年度診療報酬改定の要点について

これまでの国内における長年の取り組みの成果が結実し、本年度の診療報酬改定において、リンパ浮腫に対する早期かつ適切な介入を推進する観点から、リンパ浮腫指導管理料およびリンパ浮腫複合的治療料について対象患者等の要件が見直されました。
改定前後の要点の比較は次のとおりです。

◆リンパ浮腫指導管理料について

これまでは、(旧)「保険医療機関に入院中の患者であって、子宮悪性腫瘍、子宮附属器悪性腫瘍、前立腺悪性腫瘍又は腋窩部郭清を伴う乳腺悪性腫瘍に対する手術を行ったものに対して、当該手術を行った日の属する月又はその前月若しくは翌月のいずれかに、医師又は医師の指示に基づき看護師、理学療法士若しくは作業療法士が、リンパ浮腫の重症化等を抑制するための指導を実施した場合に、入院中1回に限り算定する。」とされていましたが、本年度の改定により、(新)「保険医療機関に入院中の患者であって、鼠径部、骨盤部若しくは腋窩部のリンパ節郭清を伴う悪性腫瘍に対する手術を行った患者又は原発性リンパ浮腫と確定診断された患者に変更する。」と算定対象が大幅に見直されました。

※リンパ浮腫指導管理料の診療報酬点数(100点)については変更なし。
※リンパ浮腫指導管理料は、手術前若しくは手術後又は診断時若しくは診断後において、規定事項について、個別に説明及び指導管理を行った場合に算定できる。

◆リンパ浮腫複合的治療料について

これまでは、(旧)「B001–7リンパ浮腫指導管理料の対象となる腫瘍に対する手術等の後にリンパ浮腫に罹患した患者であって、国際リンパ学会による病期分類Ⅰ期以降のものに対し、複合的治療を実施した場合に算定する。」とされていましたが、本年度の改定により、(新)「リンパ浮腫複合的治療料は、鼠径部、骨盤部若しくは腋窩部のリンパ節郭清を伴う悪性腫瘍に対する手術を行った患者又は原発性リンパ浮腫と診断された患者であって、国際リンパ学会による病期分類Ⅰ期以降のものに対し、複合的治療を実施した場合に算定する。」と変更され、さらにリンパ浮腫複合的治療料「1」の「重症の場合」の対象患者について、国際リンパ学会による(旧)病期分類Ⅱ期後期以降から、(新)病期分類Ⅱ期以降に改定されました。これにより病期分類Ⅱ期早期の患者さんも算定対象として認められるようになります。

◆四肢のリンパ浮腫治療のための弾 性着衣等に係る療養費の支給について

(旧)1 目的 腋窩、骨盤内の広範なリンパ節郭清術を伴う悪性腫瘍の術後に発生する四肢のリンパ浮腫の重篤化予防を目的とした弾性着衣等の購入費用について、療養費として支給する。
2 支給対象 上記悪性腫瘍術後の四肢のリンパ浮腫の治療のために、医師の指示に基づき購入する弾性着衣等について、療養費の支給対象とする。

(新)1 目的 鼠径部、骨盤部若しくは腋窩部のリンパ節郭清を伴う悪性腫瘍の術後に発生する四肢のリンパ浮腫又は原発性の四肢のリンパ浮腫の重篤化予防を目的とした弾性着衣等の購入費用について、療養費として支給する。
2 支給対象 上記の四肢のリンパ浮腫の治療のために、医師の指示に基づき購入する弾性着衣等について、療養費の支給対象とする。

※弾性包帯については、弾性ストッキング、弾性スリーブ及び弾性グローブを使用できないと認められる場合に限り療養費の支給対象とする。

さらに、療養費の支給における留意事項として、次の内容が明記されました。
(旧)1 支給対象となる疾病 リンパ節郭清術を伴う悪性腫瘍(悪性黒色腫、乳腺をはじめとする腋窩部のリンパ節郭清術を伴う悪性腫瘍、子宮悪性腫瘍、子宮附属器悪性腫瘍、前立腺悪性腫瘍及び膀胱をはじめとする泌尿器系の骨盤内のリンパ節郭清を伴う悪性腫瘍)の術後に発生する四肢のリンパ浮腫。
(新)1 支給対象となる疾病 鼠径部、骨盤部若しくは腋窩部のリンパ節郭清を伴う悪性腫瘍の術後に発生する四肢のリンパ浮腫又は原発性の四肢のリンパ浮腫。

弾性着衣購入について

医療用弾性着衣の価格は、上肢用既製品で1万円前後、下肢用既製品では2万円前後であり、特注製品になるとその1・5~4倍ほどになります。毎日下着のように着用するため3カ月~半年で消耗しやすく、経年劣化や洗い換えを考慮すると年間4~5本必要となり、年に合計10万円以上かかります。これまで原発性リンパ浮腫患者についてはすべて自己負担となっていましたが、今後は算定対象として正式に申請することが可能になります(写真3)。

写真3 特注弾性スリーブ

写真3 特注弾性スリーブ

まとめ

これまでの約20年間に、がん術後の続発性リンパ浮腫に加え、原発性リンパ浮腫の保険適用化が実現されたことを大変嬉しく思います。今後もより一層リンパ浮腫について社会的認知が広がり、患者さんご自身の職場や家庭においても理解が深まり、生活しやすくなることが期待されます。他方その傍らで、手術以外のがん治療によるリンパ浮腫、頭頸部リンパ浮腫、がん疾患以外の成因で生じたリンパ浮腫については保険適用対象外となっています。近い将来には対象となる適用疾患の枠が拡充され、成因に区別されることなく「リンパ浮腫」と診断された方が必要な社会的支援と適切な治療とケアを受けられる環境が整備されることを願っています。

参考資料
・Kinmonth JB. The lymphatics:Surgery, lymphography and diseases of the chyle and lymph systems. London: Edward Arnold; 1982. p.83-104.
・齊藤幸裕「リンパ浮腫治療への新たな挑戦とその展望 原発性リンパ浮腫診断治療指針の上梓と克服へ向けた今後の展開」、『リンパ学』2013. 36(1): p. 40-46.
・「原発性リンパ浮腫全国調査を基礎とした治療指針の作成研究」、『平成21―23年度総合研究報告書』 研究代表者 笹嶋唯博(平成24年3月)
・小児慢性特定疾病情報センター:https://www.shouman.jp/disease/H300401add
・「四肢のリンパ浮腫治療のための弾性着衣等に係る療養費の支給について」の一部改正について(令和2年3月27日 保医発0327第4号)
・「四肢のリンパ浮腫治療のための弾性着衣等に係る療養費の支給における留意事項について」の一部改正について(令和2年3月27日 保医発0327第7号)

佐藤佳代子(さとう・かよこ) 合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表。20代前半に渡独し、リンパ静脈疾患専門病院「フェルディクリニック」においてリンパ浮腫治療および教育の研鑽を積み、日本人初のフェルディ式複合的理学療法認定教師資格を取得。日々の治療に取り組むほか、医療製品の研究開発、医療職セラピストおよび指導者の育成、医療機関などにおいて技術指導を行う。J-LAM(リンパ脈管筋腫症)の会、リンパ浮腫ネットワークジャパン(リンネット)医療アドバイザー。著書に『リンパ浮腫治療のセルフケア』『DVD暮らしのなかのリンパ浮腫ケア』ほか。

佐藤佳代子(さとう・かよこ)
合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表。20代前半に渡独し、リンパ静脈疾患専門病院「フェルディクリニック」においてリンパ浮腫治療および教育の研鑽を積み、日本人初のフェルディ式複合的理学療法認定教師資格を取得。日々の治療に取り組むほか、医療製品の研究開発、医療職セラピストおよび指導者の育成、医療機関などにおいて技術指導を行う。J-LAM(リンパ脈管筋腫症)の会、リンパ浮腫ネットワークジャパン(リンネット)医療アドバイザー。著書に『リンパ浮腫治療のセルフケア』『DVD暮らしのなかのリンパ浮腫ケア』ほか。

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