第1回 リンパ浮腫の治療とケア
―リンパ浮腫の概要と現状―
はじめに
リンパ浮腫は慢性疾患であり、がん治療の後遺症のひとつとして挙げられます。外科手術(リンパ節切除・郭清など)や放射線療法などによりリンパ管系がその機能を十分に果たせなくなり、輸送能力がリンパ流量を下回ると、次第に症状として現れます。発症時期には個人差があり、手術直後や数カ月以内、数年後、20年以上経過してから発症することもあります。
リンパ浮腫の諸症状は、当該領域の免疫機能が低下したり、間質組織に過剰に貯留した間質液に含まれる成分(細菌や病原菌、蛋白濃度の高い液体など)が蓄積して引き起こされるため、びまん性に進行するむくみ、だるさ、疲れやすさ、易感染、皮膚の病的変化(線維症・角化・象皮症・リンパ小疱・リンパ漏など)がみられます。
その特徴からより早い段階で患部や患肢の浮腫を軽減させ、随伴する可能性の高い組織変化や合併症を最小限に抑えることが主軸となります。定期的な治療による症状の軽減は、日常生活活動の最大化、疼痛の減少、関節可動性の増大、機能改善を含め、症状の深刻な重症化を防ぎ精神的・肉体的苦痛を和らげ、QOL(生活の質)の低下を招くさまざまな合併症の発症頻度の減少が期待できます。
病期
国際リンパ学会では、リンパ浮腫の特徴的な症状から、病期を次の4期に分類しています(表1)。
表1 リンパ浮腫の病期
0期は潜在期で自覚症状は比較的少なく、Ⅰ期になると皮下組織の水分貯留が目立ち、患部を指で押すと圧痕が残るようになります(Ditting-edema)。この時期には安静臥床や患肢高位保持により改善しやすいのですが、Ⅱ期になると線維化により皮膚の厚みが増し指で押しても圧痕が残りにくくなります(non-Ditting-edema)。そして、Ⅲ期に進展すると象皮症や特徴的な皮膚病変(リンパ小疱、リンパ漏など)を呈します(写真1)。
写真1 子宮がん術後右下肢リンパ浮腫
広がりをみせる複合的理学療法
これらの症状を改善させるため編み出された「複合的理学療法(Complex Physical Therapy :以下、CPT)」は、リンパ浮腫の保存的治療であり、スキンケア、医療用リンパドレナージ、圧迫療法、運動療法の4つの柱で構成されます。
本療法では、解剖学的な循環系やリンパ管の走行や、皮膚機能を考慮した技術を用い、患部や患肢に過剰に貯留する組織間液を軽減させ、皮膚病変を改善させます。発症予防や症状悪化の回避を目指し、日常生活における留意点やセルフケア指導(患肢挙上、リスク管理など)を併せて行うことにより奏功的な治療効果を得られます(表2)。
表2 複合的理学療法の内容とプロセス
適応はおもにリンパ輸送障害や慢性静脈不全、一般的手術や外傷などに起因する局所性浮腫であり、禁忌には原則的および局所的なものがあります(表3)。
表3 CPT(複合的理学療法)の適応禁忌
保存的リンパ浮腫治療は、100年以上前からさまざまな試行錯誤が繰り返されてきましたが、本療法におけるリンパドレナージ(Manual lymph drainage:以下、 MLD)の技術は、1930年代にデンマークのEmil Vodder博士が皮膚病などのケア方法として発表されたものです。その後、ドイツの医師Michael Foeldi教授は、スキンケア、圧迫療法、運動療法に、MLDを含めた本療法を礎に、病期分類に応じて実施する形態を「複合的理学療法」と名づけ、現在もなお安全な治療法の普及に大きく貢献しています。
そして、同様に世界各地で医師やセラピストが協力し合い、リンパ浮腫を抱える患者さんの生活の質を向上させるために取り組んでいます。
教育機関と治療施設について
リンパ浮腫の先進国であるドイツには、複数の教育機関が存在します。1981年に開設されたフェルディ学校では、これまでに2万5000名のリンパドレナージセラピスト(保存的リンパ浮腫治療全般を担う医療者)が養成されています。
対象はマッサージ師と理学療法士であり、教育の質についてはドイツ健康保険組合連合が主体となる教育基準推奨『ドイツにおける教育研修および教師研修課程』に基づく。この施設基準、教育課程、試験内容、試験官、講義に携わる医師や教師の条件などについて詳細に条件付けられています。
隣接のオーストリアにおいても同様に厳しく条件付けられています。フランスではおもに理学療法士が実施し、アメリカでは一定レベルの教育課程を修了した多職種が実施しています。
日本においても幾つかの養成機関があり、全国各地の医療施設では知識と技術を習得した看護師や理学療法士・作業療法士のセラピストたちがリンパ浮腫外来の中心的な存在として活躍しています。按摩マッサージ指圧師(国家資格)は、医療機関と連携し、治療室や在宅ケアにおいて外出することが困難な患者の心強い支えとなっています。日本には15万人以上の患者さんがいると言われています。
わたしが現在(平成26年7月現在)所属する学校法人後藤学園附属マッサージ治療室は、リンパ浮腫治療専門施設として平成13年4月に開設して以来、全国の医療機関484施設、1620人の医師と連携し、3384人(平成26年5月末現在)の患者さんの治療にあたってきました。週5日間、常勤施術者10名の治療体制で、保存的治療(複合的理学療法)を中心に、セルフケアと生活指導も併せて行っています。
医療連携施設である心臓血管外科・循環器内科にて、静脈性浮腫やその他の浮腫をきたす疾患との鑑別診断、超音波検査や空気容積脈波を用いた浮腫の進行度・治療期の分類、禁忌の有無を確認後、医師の指示に基づき治療を開始しています。
保険適用、自治体の動き
平成20年度診療報酬改定において、全国各地の多くの方々の尽力の賜物により「リンパ浮腫指導管理料」が新設され、四肢のリンパ浮腫重症化予防のための弾性着衣が療養費として支給されることになりました。これによりリンパ浮腫治療に目を向ける医療者は確実に増えており、患者さんに早期から適切な情報提供がなされ、リンパ浮腫の早期発見、重症化の回避に寄与しています。しかしながら、リンパ浮腫治療自体は、未だ保険収載されていません。自由診療で治療を受けることができても患者さんの自己負担額は大きく、経済的な理由から治療を継続できなくなるケースもあります。
このような状況下、全国の自治体に先駆け、平成21年4月、岩手県では「県条例」においてリンパ浮腫患者の治療点数として「リンパ浮腫外来で実施する指導・リンパドレナージ料1回につき693点」を制度化しました。
翌22年7月、青森県十和田市では市条例としてリンパ浮腫治療に必要な施術項目毎に、「十和田市立中央病院使用料及び手数料徴収条例」(平成17年十和田市条例第210号)に基づいて定めています。また、北海道では「平成24年度北海道がん対策推進条例」の第3次予防として、がん術後後遺症対策のなかに全国で初めてリンパ浮腫を組み入れました。
個別性を大切に
リンパ浮腫治療の主役は、患者さん自身です。医療者の役割は、リンパ浮腫を抱える患者さん一人ひとりが持つ本質的な暮らしの営みを支えることです。個別性が高いため、治療や指導のあり方においても画一的なものはそぐわず、ご本人の治療の目標がどこにあるのか、一人所帯または家族の協力が得られるのかなどの基本的な生活環境、職業や趣味なども考慮し、患者さんと対話しながら、極力負担の少ない形で治療やケアが継続できるよう心がけています。
1970年代には保険適用を実現したドイツでは、現在、国内に重症化した患者さんはほぼいないと言います。近い将来、わが国においても、リンパ浮腫を発症し日々生活に支障を抱えられている方々が、日本各地のどの地域においても、適切なリンパ浮腫治療やケアの指導が受けられるようになり、その結果、安心して働くことができたり、身近な大切な人たちとごく普段の生活を送ることができるよう心より願っています。
佐藤佳代子(さとう・かよこ)
合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表。20代前半に渡独し、リンパ静脈疾患専門病院「フェルディクリニック」においてリンパ浮腫治療および教育の研鑽を積み、日本人初のフェルディ式複合的理学療法認定教師資格を取得。日々の治療に取り組むほか、医療製品の研究開発、医療職セラピストおよび指導者の育成、医療機関などにおいて技術指導を行う。J-LAM(リンパ脈管筋腫症)の会、リンパ浮腫ネットワークジャパン(リンネット)医療アドバイザー。著書に『リンパ浮腫治療のセルフケア』『DVD暮らしのなかのリンパ浮腫ケア』ほか。