第15回 リンパ浮腫の治療とケア
―がん終末期のケア―
がん終末期に見られる浮腫は、身体的にも心理社会的にも患者さんの苦痛の要因のひとつとなっています。循環不全や低タンパク血症、静脈血栓症なども合併していることがあるため、純粋なリンパ浮腫としての対応ができないことも多くあります。最優先されるべき治療目的は患肢容積の軽減ではなく、がん治療の補完的なケアとして、腫脹による皮膚の張りや緊満感の緩和、QOL(生活の質)の向上に沿う内容が中心となります。積極的なケアの介入ではありませんが、日々の患者さんの体調や心理的な状況を鑑みながら無理のない範囲で行うことにより、呼吸が楽になった、深く眠れるようになった、温かい手で触れられると安心するなどの効果を感じていただけるため、ケアを求める声は高まっています。
問診
がん終末期の治療の内容は、患者さんが居られる場所(自宅や病院など)によって配慮すべき要点が異なりますが、今後の治療やケアの構成を検討するうえで、患者さんの病状や治療に対する希望に添った個別の対応が必要となります。また初診時だけでなく定期的にアセスメントを行い、病態の変化に応じて複合的理学療法(CPT)の介入の度合いについて随時調整します。ご本人やご家族、および介護者の方にどのくらいご協力いただけるかという点も、安全かつ効果的にケアを進めていく過程において重要な情報になります。
視診・触診
がん終末期では、全身性浮腫(心不全および肝疾患など)や長期にわたる不動状態(廃用性浮腫)などにより、柔らかく圧痕を生じやすい浮腫を呈することが多いです。また、広範囲にリンパ小疱やリンパ漏(リンパ液の漏出)などの合併症が生じることがあります。病状が進行すると腹水や胸水が認められる場合があります。この時期に深部静脈血栓症(Deep Vein Thrombosis : DVT)の有無について積極的に検査が行われることは少ないですが、常にリスクを認識しておく必要があります⑴。
当施設におけるケア
【スキンケア】
基本的には肌の清潔を保ち、低刺激のローションや軟膏などで保湿を心がけていただきます。リンパ小疱やリンパ漏(瘻)、皮膚潰瘍などが見られる場合には、処方された医療用創傷被覆材の使用を除き、患部局所への保湿剤の塗布を避けます。リンパ瘻の場合には体液の漏出部位が特定できますが、浮腫が増強し皮膚が引き伸ばされて脆弱化すると、創部が見当たらなくても表皮上に液体が漏れ出てくることもあります(リンパ漏)。いずれにしても患部は慢性的な浸軟の影響により真菌や細菌の温床になりやすいため、早期からの専門的な対処が必要になります。
【医療用リンパドレナージ(MLD)】
四肢や頭頸部へのMLDの手順は基本に準じますが、皮下組織の貯留液を積極的に排液するのではなく、緩和的な手技を中心に行います。治療目的はおもに腫脹による皮膚の張りや緊満感の緩和が主体になります。腫瘍の浸潤によって生じる脊髄圧迫症候群や腕神経叢浸潤症候群などによる神経因性疼痛、骨転移などによる体性痛、また浮腫増強により体位変換が難しくなることによる関節痛など、さまざまな原因による痛みを訴えることもあります。このようなときには短時間でも同じ姿勢での施術が難しいこともありますので、随時患者さんが安心して施術を受けられる姿勢に調整していきます。
腹水・胸水がある場合には体幹の外側(おもに背側より)を中心に触れ、腹腔への施術は避けるようにします。積極的に患肢の排液ができない状態でも、関節部にまたがる浮腫を縮小させることにより可動域の制限が改善されると、機能や運動性の向上が期待できます
【圧迫療法】
圧迫療法で使用する素材は、肌に優しい綿製のものや軽伸縮性のものが中心になります。適切な圧は日によって異なるので、患者さんの「快適さ」を確認しながら見極めていきます。MLD後に皮膚の緊満感が和らいでも、その直後に患部に水分が戻ってくるという場合には、MLDと圧迫療法(包帯類を用いて)を適宜並行して行うこともあります。
弾性着衣は安静時圧が高いため、着圧やサイズが合わない場合には過度な締めつけや食い込みなどが生じて不快感を引き起こすことがあります。このため最低限の弱圧のもの(おもに平編みのタイプ)や通気性のある伸縮性の筒状包帯などを選びます⑵。
ご自分で弾性包帯や弾性着衣を外すことや、途中の経過(皮膚状態や感覚など)を観察することが難しい場合には、弾性着衣の使用は控え、長時間装着していても負担なく軽度圧迫ができる簡易的圧迫用品をおすすめしています(写真1・写真2)。
写真1 抗菌 弾性チューブ包帯「Kチューブ」越屋メディカルケア株式会社
写真2 特殊生地を使用した簡易的圧迫用品「G-HOGWAVE」株式会社KEA工房
【運動療法】
運動療法はできる範囲内での自動運動を継続していただくことを推奨しますが、筋力低下または麻痺を生じている場合には負担の少ない受動運動がより重要になります。骨に転移が見られる場合には軽い運動でも骨折が起こるリスクがあるため、その部位に影響のないように留意します。
症例
63歳のHさんは、乳がん終末期のリンパ浮腫ケアを望まれ主治医から紹介されてきました。初診時にHさんの右上半身は約2倍にむくみ、頸リンパ節転移により顔面下部に浮腫が見られました。耳周りから腰あたりまで皮膚転移による赤味が見られ、前胸部は自壊創で埋め尽くされていました。半月のうちに4回来室されましたが、ご自宅でもケアを続けたいとのご意向があり、ご家族の皆さんと一緒に必要最小限の単純化したMLDの練習をしました。その様子を見て、Hさんも終始にこやかに過ごされていました。
5回目の治療日の約束は叶えられず、その1カ月後に優しい穏やかなお顔で妹さんに看取られました。
「治療室に来る前は、自分ひとりでできていたはずのことが一つひとつできなくなって塞ぎがちでした。けれど、治療が始まり皮膚の熱感が落ち着いてきて、パンパンの腕や手の甲にシワが寄ってきて、呼吸が楽になったって喜んでいました。お手洗いにもスタスタ一人で行けるようになって。階段も自分で上がっちゃうの。そして何より、自分たち家族にもできることを見つけていただいて、本当に救われました』
と、妹さんからお電話をいただきました⑶。最期の瞬間まで寄り添い合うこと、この絆にひとはお互いに支えられること、そしてその時間を共有させていただけることのありがたさを実感しました(写真3 ①治療前 ②治療後)。
写真3 症例 がん終末期(乳がん)のケア
① 初診時 ②4回目来室時(皮膚の熱感が消失)
まとめ
現在、がん終末期の浮腫に対するコンセンサスの得られた治療法は確立されていません。しかし、浮腫の要因や病態を把握したうえでリンパ浮腫のケアを実施することは、身体的・心理的苦痛の緩和を図ることができます。
また、今回ご紹介した症例のようにご家族や身近な存在の方によるケアの介入がお互いのスキンシップとなり、最期まで安心感に包まれてお過ごしいただけることの意義は深いものと思われます。
参考・引用資料
⑴『進行がんにおけるリンパ浮腫 および終末期の浮腫の管理』国際リンパ浮腫フレームワーク・ジャパン懇話会
⑵『浮腫疾患に対する圧迫療法』―複合的理学療法による治療とケア― 文光堂 2008年12月
⑶『生活臨床と緩和ケア』青海社Vol.23(緩和ケア増刊号)2013年6月
佐藤佳代子(さとう・かよこ)
合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表。20代前半に渡独し、リンパ静脈疾患専門病院「フェルディクリニック」においてリンパ浮腫治療および教育の研鑽を積み、日本人初のフェルディ式複合的理学療法認定教師資格を取得。日々の治療に取り組むほか、医療製品の研究開発、医療職セラピストおよび指導者の育成、医療機関などにおいて技術指導を行う。J-LAM(リンパ脈管筋腫症)の会、リンパ浮腫ネットワークジャパン(リンネット)医療アドバイザー。著書に『リンパ浮腫治療のセルフケア』『DVD暮らしのなかのリンパ浮腫ケア』ほか。