第27回 リンパ浮腫の治療とケア
―頭頸部リンパ浮腫のセルフケア(線維化した皮膚)―
頭頸部リンパ浮腫は咽頭がん、喉頭がん、舌がん、甲状腺がんなどの頭頸部がんの外科治療や放射線療法の後遺症として発症することがあります。顔や頭皮のむくみに気づいたときに早めに対応できると短期間のうちに効果が現れやすいのですが、四肢のリンパ浮腫よりも治療やケアが行き届いていないという現状もあり、初診時に顕著な皮膚の線維化や皮膚肥厚が見られることもあります。組織の柔らかい口唇や眼瞼、耳介などには比較的移動しやすい水分が貯留し、頬部や頸部などの広面積の部位では線維化がやや増強しやすい傾向があります。また、口唇や口腔内、頸部内部での浮腫や線維化が進むと発声や嚥下、呼吸などにも影響が及ぶこともあるため、より早期からの治療やケアの開始が重要となります。
一日のむくみの変化
頭頸部リンパ浮腫を抱える患者さんの大半は、夕方よりも朝起きたときのほうがよりむくみを強く感じると訴えます。これには就寝時に顔面筋(表情筋)の収縮運動が少なくなることや、顔面部の集合リンパ管に備わる弁の数が四肢に比べて少ないという解剖学的な要素などが関与しています。起床して頭頸部に重力が加わったり、洗顔などで皮膚に刺激を与えることで、時間が経過するにつれて次第に浮腫は軽減していきます。
施術の全体像
今回ご紹介する頭頸部リンパ浮腫のマッサージ方法は、ご自宅でも安心してセルフケアを続けていただける内容を著者の経験よりまとめたものです。頸部のリンパ節を郭清されたり、放射線治療を受けて鎖骨付近のリンパ管系の機能に支障が生じている場合には、最終排液リンパ節は左右の腋窩リンパ節になります(図1)。
図1 頭頸部のリンパ節と排液ルート
マッサージ手順については過去のVOL.27(2017年10月発行)号に掲載していますので、本稿では頭頸部リンパ浮腫により線維化した皮膚に対するアプローチを中心にご紹介します。
図内では各施術部位においてより腋窩リンパ節に近い領域からを3等分に小分けし、①②③の順に行う流れとなっています。小分けの数はひとつの目安として考えてください。むくみや線維化の度合いが強い場合には、より細かく分けて行います。実際の治療では個別の状態に応じて施術内容を構成するため、このように書面でご紹介できるのは全体の一部となりますが、図をご参考に在宅でのセルフケアにご活用いただけましたら幸いです。
施術時の姿勢
セラピストが施術させていただくときには、おもに仰向けや横臥位、座位などが中心となりますが、ご自身でケアをされるときにはできるだけ楽な姿勢で行いましょう。クッションやソファーに寄り掛かったり、ベッドに仰向けになって行うと、力が入りやすい首や肩への負担を和らげることができます。患者さんのセルフケア指導にあたるときには、その方の症状やセルフケアの環境(どのような姿勢が楽か、ご自身でどの程度実践できるか、協力者の有無など)を確認しながら、実際にむくみや線維化が生じている部位に一緒に触れながらお伝えすると、患者さんにも安心して取り組んでいただくことができます。
基本的な触れ方
より広い領域や表層の組織に触れるときには手のひらや手根部を、より小さい領域やより深層組織にアプローチするときには、指頭(尖)や指腹を用いると効果的です。指頭(尖)や指腹は直線状に密に並べて行うとかかる圧は強くなり、指同士の間隔をあけて行うと圧は分散され弱くなります。皮膚に触れるときは、組織を横ずれさせないように、深部に向けて垂直に圧がかかるようにします。
各部位への施術時間の目安は1部位に数分から10分程度です。皮膚の厚みや硬さに合わせて心地よく感じるくらいの刺激量の範囲で調節してください。放射線治療の晩期障害としての皮膚線維化が生じている部位については、皮膚の表面に優しく触れるくらいのタッチで行います。
各部位の施術ポイント
頭頸部リンパ浮腫の線維化の見られる部位への施術ポイントをご紹介します。
『』内は患者さんにお伝えするときのキーワードになります。頭頸部の施術ではどこの部位に触れていても、腋窩リンパ節の方向に排液するイメージで行います。視診では全体的に同じように腫脹しているように見えても、触診をしてみると部位によって不均等な皮膚の厚みを確認することができるかと思います。このような場合には、まずは手のひら全体で表層の皮膚から緩め、次第に緩んできたら、手指の腹をより深層の組織(浅筋膜や深筋膜をイメージしながら)に密着させるようにして、段階的に行うようにします。
頸部
①後頸部
『くびの後ろに両方の手のひらを密着させたまま、背中(腋窩リンパ節の方向)に向けてゆっくり円を描く』
この領域の皮膚は施術時の重要なリンパ排液路になります。
※後頸部に放射線治療後の皮膚線維化を生じている場合には、別の排液路を検討します。見た目よりも皮膚がデリケートな状態ですので、皮膚を横ずれさせないように注意します。滑剤を用いて優しく撫でる、スキンケアの延長のようなマッサージ法が中心になります(図2)。
図2 後頸部の排液方向
②側頸部
『くびの両脇に両方の手のひらを密着させたまま、背中(腋窩リンパ節の方向)に向けてゆっくり円を描く』
この領域の皮膚も施術時の重要なリンパ排液路になります(図3)。
図3 側頸部の排液方向
③前頸部
『喉仏の真上には圧をかけないようにして、両脇の皮膚を四本の指を平らに当てて、背中(腋窩リンパ節の方向)にゆっくり円を描く』
前頸部のケアでは、右脇は左手で、左脇は右手で触れると行いやすいです。喉仏(喉頭隆起)上に直接圧が掛かると咳き込んだりすることがあります。このため前頸部の正中領域については、安全な施術の仕方に慣れるまでは患者さんご自身のみでの施術は避けていただき、その周囲(両脇)の皮膚のみ触れるようにします(図4)。
図4 前頚部の排液方向
※前頸部に放射線治療後の皮膚線維化を生じている場合には、前述した内容と同様に滑剤を用いて優しく撫でるようなマッサージ法が中心になります。
耳まわり
『耳を前と後ろから挟むように手のひらに密着させて、後頸部に向けてゆっくり円を描く』
手指で耳を挟むようにすると、中指は「耳介前リンパ節」に、人差し指は「耳介後リンパ節」に触れる位置になります。このまま手のひら全体を耳まわりに密着させた状態で、後頸部の排液ルートに向けてゆっくり円を描くようにします(図5)。
図5 側頚部の排液方向
後頭部
『頭皮に手指と手のひらを密着させて、後頸部の排液ルートに向けてゆっくり円を描く』
後頭部は頭皮のむくみや線維化の状態に応じて小分けにして施術をします。目安は3~5等分ですが、頭皮の皮膚の厚みが強い場合にはより細かく丁寧に行います。より深層の組織にアプローチするときは各指の腹を頭皮に密着させて、頭皮を緩めるように、小さな円をゆっくり描くように動かします(図6)。
図6 後頭部の排液方向
お風呂の中では泡立てた石鹸で手指や手のひらを滑らすように、お風呂以外の場所ではスキンケア用のクリームやローションを用いて行うと皮膚への過剰な刺激を避けることができます。このとき身体の形状に沿って皮膚と手のひらが一体に馴染むように密着させるとより効果的です。
次号は、顔面部のアプローチ方法に続きます。
佐藤佳代子(さとう・かよこ)
合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表。20代前半に渡独し、リンパ静脈疾患専門病院「フェルディクリニック」においてリンパ浮腫治療および教育の研鑽を積み、日本人初のフェルディ式複合的理学療法認定教師資格を取得。日々の治療に取り組むほか、医療製品の研究開発、医療職セラピストおよび指導者の育成、医療機関などにおいて技術指導を行う。J-LAM(リンパ脈管筋腫症)の会、リンパ浮腫ネットワークジャパン(リンネット)医療アドバイザー。著書に『リンパ浮腫治療のセルフケア』『DVD暮らしのなかのリンパ浮腫ケア』ほか。