第19回 リンパ浮腫の治療とケア
―外傷性浮腫のケア―
今号では複合的理学療法(CPT)の適応症である外傷性浮腫についてまとめます。外傷は外的要因(機械的、物理的、化学的)により骨、軟骨、関節、軟部組織(皮膚、皮下組織、筋肉、腱、神経、血管、靱帯など)または臓器の損傷の総称ですが、CPTの適用は前者に伴う局所性浮腫(急性期を除く)となります(写真1)。
写真1 大腿骨骨折後の外傷性浮腫
浮腫発症から1年後に来室(受傷部から足部にかけて慢性化した浮腫)
外傷性浮腫について
外傷性浮腫は、おもに損傷部位の毛細血管の透過性の亢進により生じます。さまざまな外傷(捻挫や打撲、骨折、肉離れ、靭帯損傷など)により患部の骨や筋肉、血管などが損傷すると、患部や周辺組織に炎症反応が生じ、平常時には毛細血管壁を通過しない血漿タンパクが組織へ漏出します。これにより組織間液のタンパク濃度が上昇して、組織間液の膠質浸透圧(毛細血管内の水分を組織へ取り込む力)が高まり、組織間液が増加して浮腫が起こります。
■複合性局所疼痛症候群について
複合性局所疼痛症候群 (com-plex regional pain syndrome:CRPS)はさまざまな外傷をきっかけに、慢性的な痛み、浮腫(腫れ)、皮膚温の異常、発汗異常などの症状を伴う難治性の慢性疼痛症候群をいいます。萎縮や運動制限が見られることもあります。以前は、ズデック症候群や反射性交感神経性ジストロフィーなどと呼ばれていましたが、1994年の国際疼痛学会で「骨折などの外傷や神経損傷の後に疼痛が持続する症候群」として定義されました⑴。CRPSは、いまだにその発生機序が解明されておらず、通常では痛みを起こさないような刺激でも疼痛が生じることもあり、器質的、機能的要因だけでなく、心因的要素の関与も示唆されています。医療用リンパドレナージ(MLD)はおもに増悪時に伴う浮腫の対症療法として用いられます。
■コンパートメント症候群について
コンパートメント症候群は、前腕や下腿部、大腿部の損傷により筋肉組織などが腫脹して、骨、筋膜、筋間中隔などで囲まれた区画の内圧が異常に上昇することで、筋肉、血管、神経などが圧迫されて起こる局所灌流障害です。これにより筋肉壊死や神経麻痺が引き起こされ救急処置を要するため、MLDは禁忌となります。
問診
当施設では外傷性浮腫のケアのみを目的に来訪されるケースは稀ですが、CPT適応であることをご理解される主治医より紹介されて来室されることがあります。またリンパ浮腫を抱える方が受傷されると患部の浮腫増強が見られますので、並行して治療を行うこともあります。来室のタイミングとしては外傷直後ではなく、数日経過してから腫れや痛みが引かないと訴えるケースが多く見受けられます。ですので、いつ、どこで、どのような状況で外傷を負ったのか、日常生活での支障の度合いやどんなときに痛みが増強するかなど詳しくお聞きします。
一般的な外傷時の応急処置としてRICE処置[Rest(安静)・Icing(冷却)・Compression(圧迫)・Elevation(挙上)]が推奨されますが、このような処置が行われているケースはそう多くはありません。受傷後もがまんしながら稼業や育児などで負荷をかけてしまい腫れと痛みが増強していることもあります。とくに外部に出血がない内出血などは痛みがあっても応急処置がなされていないこともあります。
また、長期臥床や車椅子生活が続いている状態では、深部静脈血栓症や肺塞栓による循環不全を起こすことがあるため、家での過ごし方についても必ず確認します。
視診・触診
浮腫の見られる範囲や程度、皮膚温、発汗のようすを確認します。患部に発赤や熱感が残っていないか、動脈の循環障害、しびれの有無、痛みがあるときにはどのような性質の痛みなのか、圧痛や叩打痛について、関節の可動性についても確認します。患部側だけでなく、健側についても触知して左右差をチェックします。通常、腫脹や疼痛は1~2週間程度で改善しますが、その後も痛みや腫れが継続するときには何らかの神経損傷やCRPSが生じている可能性もあります。
当施設におけるケア
外傷性浮腫の治療目標は、損傷によって生じた浮腫を改善させ、組織間隙にうっ滞したタンパク質の排出を促し組織の早期再生を図ることです。痛みのある部位は避けます。
【スキンケア】
「保湿」「保護」「清潔」のスキンケアの基本が中心になります。受傷後、患部の皮膚は脆弱化し細菌感染を起こしやすい状態になっていますので、2次感染が起きないよう心がけていただきます。
【医療用リンパドレナージ(MLD)】
頸部(肩回し)、腹部(腹式呼吸)の処置後に、患部の所属リンパ節にアプローチします。下肢の外傷時の最終排液リンパ節は「鼠経リンパ節」になります。上肢では「腋窩リンパ節」、頭頸部では「鎖骨上リンパ節」になります。外傷後、最初の5~7日間は瘢痕組織の中枢側のみにとどめ、その後注意しながら瘢痕部分全体を施術部位に組み入れます⑵。瘢痕周辺の組織に対するMLDは基本的に優しいタッチが中心になります。リンパ浮腫を発症されている方が受傷した場合は、患肢の所属リンパ節ではなく、健康なリンパ節に向けて排液します。
【圧迫療法】
外傷性浮腫は概ね患部より抹梢部が増強しやすいため、圧迫療法は患部よりやや広めの領域に、もしくは患部を含め遠位から近位の関節付近まで行います。足関節周囲や下腿での外傷の場合には足関節から膝関節または膝下まで、手関節や前腕で生じている場合には手関節から肘関節またはその付近まで圧迫することになります。使用する医療用品はガーゼ素材の包帯やエラスコットなどの伸縮性の少ない綿包帯などが中心になります。ハイソックスなども活用できますが、包帯類は患者さんの状態や患部の形状に合わせてその都度圧迫の度合いを調節できるのが特長です。リンパ浮腫を発症されている方が受傷した場合は、患肢にかかる全体圧を鑑みながら、創傷部に局所的な負荷がかからないよう注意します。
【運動療法】
痛みがない場合には、基本的な筋ポンプ運動を行うことができます。痛みがある場合には安静を保ちます。
症例
Aさん(74歳、女性)は、階段から落ちて左アキレス腱を切断されました(写真2)。
写真2 左アキレス腱断裂後の外傷性浮腫 下腿後面から見た様子
その約1週間後に来室されたときに熱感は引いていましたが、足部に顕著な腫脹が見られました。肩回しや腹式呼吸で深部リンパ管を活性化させた後、左鼠径リンパ節にアプローチし、患肢の中枢側からMLDを行いました。圧迫療法は日々変動しやすい浮腫の状態に応じてご自宅でも続けていただけるように、3本のガーゼ包帯(8㎝×4m)を足趾つけ根から下腿最大まで巻いてその上から伸縮性の筒状包帯で覆う方法と、ガーゼ包帯や不織布で同領域を覆った後にエラスコット包帯(2本)を巻く2種類のセルフケア包帯法の指導をいたしました。3回目の来室時(8週間後)の足背の周囲径値は1・9㎝に、足関節では1・7㎝、下腿最大部では2・6㎝減少し、健肢と同値に戻りました(写真3①②)。
写真3 左アキレス腱断裂後の外傷性浮腫の治療効果
まとめ
外傷性浮腫は順調に経過すると自然に改善していきますが、より早期から適切な治療やケアを介入させることで、より早期のうちに身体機能や日常生活動作の改善が期待できます。今回は外傷性浮腫が中心でしたが、さまざまな手術後や人工膝関節全置換術後などの浮腫や腫脹などにも応用することができます⑶。
参考・引用資料
⑴ 木村浩彰「複合性局所疼痛症候群の診断と治療、疼痛とリハビリテーション」『Jpn J Rehabil Med 2016』、53:610-614
⑵ 監修・監訳 加藤逸夫、佐藤佳代子『リンパ浮腫マネジメント』P115 、ガイア出版、2016年1月
⑶ 森陵『整形外科術後の浮腫・腫脹に対する複合的理学療法の有用性~フェルディー式リンパドレナージ手法を中心に介入~』、順天堂スポーツ健康科学研究、第3巻第1号(通巻59号)、P42~47 、2011年
佐藤佳代子(さとう・かよこ)
合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表。20代前半に渡独し、リンパ静脈疾患専門病院「フェルディクリニック」においてリンパ浮腫治療および教育の研鑽を積み、日本人初のフェルディ式複合的理学療法認定教師資格を取得。日々の治療に取り組むほか、医療製品の研究開発、医療職セラピストおよび指導者の育成、医療機関などにおいて技術指導を行う。J-LAM(リンパ脈管筋腫症)の会、リンパ浮腫ネットワークジャパン(リンネット)医療アドバイザー。著書に『リンパ浮腫治療のセルフケア』『DVD暮らしのなかのリンパ浮腫ケア』ほか。